霊感頼みの貴族家末男、追放先で出会った大悪霊と領地運営で成り上がる

霧の向こうの真実

北の空が不気味に光る中、僕たちは馬を駆って境界線へと向かっていた。父上とレイモンド・ブラックソーン、そして僕。わずか数時間前まで対立していた三者が、今は同じ目的のために走っている。その状況の異常さに、現実感が薄れるのを感じた。

「あれは...！」

遠くに、巨大な光の柱が見えた。その周りを、濃い霧が渦を巻いている。

「まさか、あれが...」

レイモンドが絶句した。その表情には、恐怖と後悔が混じっていた。

「説明してくれ」父上が厳しい口調で言った。「あれは何なんだ？」

レイモンドは深いため息をついた。

「...シャドウクリフには、霧の力を我が国のために利用しようとする過激派がいます。彼らは、霧の根源を制御できれば、その力を独占できると考えているのです」

「バカな」父上が怒りを露わにする。「そんなことをすれば、均衡が崩れてしまう」

僕は、目の前の光景を凝視していた。あの光の柱、そして渦を巻く霧。それらが意味するものが、少しずつ分かってきた気がした。

「レイモンド殿」僕は静かに口を開いた。「あの過激派は、霧の本質を理解していないのではないですか？」

レイモンドは驚いたように僕を見た。

「どういうことだ？」

「霧の力は、この地に住む人々と霊たちの調和から生まれるものです。それを無理に制御しようとすれば...」

言葉を探していると、突然、轟音が響き渡った。光の柱が揺らぎ、周囲の霧が激しく渦を巻き始める。

「危ない！」

父上の叫び声と共に、僕たちは馬から飛び降りた。その直後、強烈な衝撃波が襲ってきた。

地面に叩きつけられた僕は、しばらく身動きが取れなかった。やがて、ようやく体を起こすと、目の前に信じられない光景が広がっていた。

光の柱は消え、代わりに巨大な霧の渦が空へと伸びている。その中心には、何かが浮かんでいるのが見えた。

「あれは...境界の印？」

僕の言葉に、父上とレイモンドが驚いた様子で顔を上げた。

「お前、あれを知っているのか？」父上が問う。

「はい...霧の世界の守護者から聞いたんです」

僕は、あの老人との出会いを思い出していた。彼の言葉が、今になって深い意味を持ち始めている。

「霧の世界の守護者だと...？」レイモンドが困惑した表情で言った。

説明する暇はなかった。霧の渦が次第に拡大し、周囲の景色を飲み込んでいく。

「このままでは危険です。村の人々を避難させないと！」

僕の言葉に、父上が即座に反応した。

「よし、私が城に戻って指示を出す。お前たちは、ここの状況を...」

その時、霧の中から声が聞こえてきた。

「来たれ...選ばれし者よ...」

僕は息を呑んだ。その声には、どこか懐かしさを感じる。まるで...オリヴィアの声のようだ。

「アリストン！」父上の声が響く。「何をぼんやりしている！」

「す、すみません。でも...あの声が...」

レイモンドが困惑した表情で僕を見つめている。

「何の声だ？私には何も聞こえないぞ」

その瞬間、僕は理解した。この声が聞こえるのは、僕だけなのだと。

決意を固め、僕は立ち上がった。

「父上、レイモンド殿。私があの霧の中に入ります」

「何を言っている！」父上が怒鳴った。「危険すぎる！」

レイモンドも同意するように頷く。

「そうだ、我々にはまだ分からないことが多すぎる。軽率な行動は...」

「でも、私にしか聞こえない声があるんです」僕は真剣な表情で二人を見た。「きっと、これが私の役割なんです」

父上とレイモンドは、言葉を失ったように黙り込んだ。

「...分かった」やがて、父上が重々しく言った。「だが、無理はするな。何か異変を感じたら、すぐに戻ってこい」

レイモンドも、渋々ながら頷いた。

「気をつけろ、若き領主よ」

深呼吸をして、僕は霧に向かって歩き始めた。一歩、また一歩と進むにつれ、周囲の景色が霧に飲み込まれていく。

やがて、僕の周りには白い霧しか見えなくなった。不思議なことに、恐怖は感じない。むしろ、懐かしさと安心感に包まれているような気がした。

「来たのですね、アリストン」

振り返ると、そこにはオリヴィアの姿があった。

「オリヴィア...！どうして...」

彼女は優しく微笑んだ。

「ここが、全ての始まりの場所。そして、終わりの場所でもあるのです」

「どういうこと...？」

オリヴィアは、ゆっくりと手を差し伸べた。

「さあ、全てを見せましょう。あなたの、そしてこの地の真の姿を」

躊躇なく、僕はその手を取った。

その瞬間、目の前に無数の映像が流れ始めた。ヴェイルミストの誕生、霧の力の起源、そして...僕自身の過去。

「これは...！」

驚きと共に、全てが繋がり始める感覚。僕の中に眠っていた記憶が、少しずつ目覚めていく。

そして、ついに全てを理解した時、僕の体が光に包まれ始めた。

「アリストン、あなたの真の力が目覚めたのです」オリヴィアの声が響く。「さあ、この地の運命を、あなたの手で決めるのです」

光が強くなり、僕の意識が遠のいていく。

最後に聞こえたのは、オリヴィアの優しい声だった。

「私たちは、あなたを信じています...」

目を覚ますと、僕は霧の渦の中心で浮かんでいた。周りを見渡すと、父上やレイモンド、そして村人たちが驚愕の表情で僕を見上げている。

そして僕は悟った。これから始まるのは、ヴェイルミストの、そして世界の新たな章なのだと。

その瞬間、僕の中に眠っていた力が、一気に解き放たれた。