厭世手記

深月

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9月10日

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人は、死ぬときは、誰しも独りだ。
そんなわかりきった言葉を反芻する。
それでも、最期の時は誰かにあたたかく手を握っていてほしいと
願うのはそれほどまでに過ぎた望みなのだろうか。

アラームの30分前に目を覚ます。
体を動かさなくても、頭蓋の半分が絶望で圧迫されるような感覚で
精神の調子は容易に判断できる。

今日は、最高に調子が悪い。

調子が悪いときの思考回路は、我ながら常軌を逸していると思う。
心配事の9割は起こらない、などという慰めは暴走する絶望の前には
塵芥のようなものだ。
自分が残りの1割に入らない、という保証はないのだから。

双極性障害と診断されてどのくらい経っただろう。
1年は経っていないように思う。

躁転をするたびに、鬱転が怖いと泣いた。
鬱転をすると、この地獄から早く救ってくれ、と呻いた。
いつからか躁転すらしなくなっていた。
ひたすら、この真っ暗な、先の見えない地獄の中で膝を抱えている。

重い体を引きずり、バスルームのドアを開ける。
熱めのシャワーを浴びながら、早くこの地獄を終わらせてほしい、と
泣きながら身体を清めていく。

なぜ、なぜ自分はこの状態でも
仕事にいかねば、と身体が動いてしまうのだろう。
もっと、こう、朝起きたら体が動かない、
仕事にいかなければいけないのはわかっているのにどうしても起き上がれない、とか
そういう状態が来るのではないのか。

楽になりたい、この地獄をぷつりと断ち切る手段がほしい。
それは薬でも他人でも環境の変化でも何でも構わない。
この地獄を終わらせてくれるなら自身の大脳辺縁系などいくらでもいじってもらって構わない。
意識の連続性など保たなくていい。楽にしてほしい。

それでも、そんな奇跡みたいなことがこの地獄では起きないことはわかっているから
死にたい、という陳腐な4文字に落とし込む。

どうやって、楽になろうか。

住んでいるマンションの屋上から飛び降りてしまおうか。
この前見に行った時は屋上に鍵がかかっていたが、椅子を使えば
乗り越えられるほどの高さの柵しかなかったようだ。
監視カメラがついてなければなお良い。
転落の途中で身体が引っかかるような段差がなければなおのこと。
赤黒くぶちまけた中身の中心に横たわる自身を空想すると
心がすっと軽くなる。

練炭はどうだろう。
若干不確実だが、意識はすぐに薄れると聞く。
特に手持ちの睡眠導入剤を規定量以上に飲んだ後に
そのまま眠るように逝けたら、苦痛は最小限で済むのではないか。

縊る。一番オーソドックスと思われる。
舞台装置さえ整えば周りに迷惑をかけず、確実に実行できる。
身体を支える椅子を、蹴り倒す勇気さえあれば。

つまるところ、途中でキャンセルができない方法が良い。
練炭、首吊り、両方とも途中で決心が鈍ってしまうと
ともすれば今よりも悲惨な状況で生きながらえることになる。
それだけは、避けなくてはいけない。

様々な手段で自身の命を終わらせる方法を夢想しながら
また身体を引きずるように、バスルームを後にする。
仕事。しごと。しごと。
私の臆病な責任感は、とっくに限界を迎えている精神を無視して
肉体を通勤路というベルトコンベアに放り込む。

駅のベンチに身体を預けながら、
ホームドアが、邪魔だな、と思案する。
しかしどうも地下鉄でうまく本懐を遂げられる気がしない。
自身の四肢を細かく刻むには、速度が足りないのではないか。
どうせなら新幹線の通過速度くらいでパン、と終わらせてほしい。
じわじわと四肢を刻まれていくのはまっぴらだ。

普通の、幸せな人達が、
一生に一度のことなのだから、と奮発して結婚式を挙げるのと同じ。
私にとって、自死は一生に一度のことなのだから。
こだわって然るべきだろう。

…ちゃんと、帰って、来るよね。

パートナーの、犬のように懇願する視線が脳裏をよぎる。
返事をせずに家を出てきてしまった。
死ぬのが怖いと嘆く、怖がりなパートナーを、道連れにするわけにはいかない。
それでも、最期のときに手を握っていてはくれないだろうか。
縊って、痙攣をおこし、やがて命が潰える私の手を、最期まで握っていてほしい、と望むのは
やはり残酷なことだろうか。


耳鳴りと、頭痛の中、健常の皮を被り
私は自身の最期を空想しながら、この日記を書いている。
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