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XNUMX(9)アダルト
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マツシタ家の墓の前でセーラはしばらく考え事をしていた。供えた線香はもう燃え尽きようとしていた。自分の先祖の墓参りに来たであろう中年男性が、帰り際にセーラの後ろを通り、わざわざ引き返してまた何度か通り過ぎ、さらに遠巻きにこっちをチラチラ見てから、墓石に身を隠してスマホでセーラの写真を撮っていた。それが女優・池上セーラだと分かっての事か、ただのタイプの女性として撮られたのかは分からないが、週刊誌などではない素人丸出しの隠し撮りだったので、セーラはそのまま放っておいた。
・・あーあ、なるべく地味な服装(グレーのパーカーの上にオーバーサイズのデニムジャケット、黒のワイドパンツに白のエアフォース1)で、目立たないようにして来たけど、大して効果はなかったか・・・でも自分は、いつからこういう事に慣れてしまったんだろう?田舎にいた頃は、人に見られる事を当然に思うような人間じゃなかったのに・・・それよりもっと驚くのは、そんな地元の同級生二人と、大人になってから付き合った事だ、こんな事になるなんて、当時は考えもしなかった・・そしてその一人は、既にこの石の下・・・人生はとんでもなく奇妙で、常に自分の予想とは大きく違う方向に進む物なんだな・・そう言えばマツシタくんのご家族は、息子の突然の死をどう捉えているんだろう?複数の貿易会社を営んでいるお父さんと、医者だったお母さん、母親の意思を継いで外科医になったという優秀な弟さん・・マツシタくんは(自分が漫画家になってから両親とはほとんど絶縁している)と言っていた(価値観が違う人間と無理やり関係を続ける必要はないだろ?)って・・そういうものなのかな?
セーラは元来、人間が好きなのでマツシタのそういう考え方がよく理解できなかった。だから、誰かに好きだと言われるとどうしても断れなくなってしまい、無駄に男性経験の数だけが増えてしまった。セーラの初めての相手は中学3年の時で、相手は新卒でクラスの担任になった教師だった。よくない関係だと分かっていたが言い寄られて断れなくなってしまったのだ。周りにはスカウトされて高校から大阪に出たと言っていたが、それだけではなく、その教師との関係から逃げたいという思いもあり、町を出たのだった。その男が初めての恋人のようなものだったが、それと同時に初めてのストーカーでもあった。セーラと付き合った男のほとんどは、マツシタと同じくその後、セーラのストーカーになった。若い頃はその事に少し悩んでいたが、ある時から自分はそういう女なんだ、と半ば諦めるようになっていった。好きでもない男性と言われるがままに付き合ってしまい、やっぱり無理だと思い、別れを切り出すと相手がストーカーになる。セーラの恋愛は常にそれの繰り返しだった。人間好きの性格は大人になっても変わらなかったが、逆に言えばそのせいで特別な思いで好きになった男性は今まで一人もいなかった。しかし今自分と一緒にいる同級生の事は、これまでとは違い、もしかしたら初めて本当に好きになった相手なのかも知れない、そう思っていた。というよりも、よくよく思い出してみると、小学校の入学式で初めて隣りに並んだ時から、その人には特別な何かを感じていた。あの時、既に好意を持っていたのかも知れない。そんな気がしてきた。
・・本当だったら今日も、彼と二人でお墓参りをしに来たかったな。親友だった彼なら、マツシタくんも付き合うのを許してくれるかも知れない。でも事務所を辞めたとはいえ、明るい時間に外を歩くと大体顔を指される事はわかっているし。彼と歩いている所を週刊誌か何かに取り上げられたら、向こうの仕事にも支障が出るかも知れない・・だからもうしばらくは(お家デート)で我慢かな。もう仕事も辞めたし、いつか二人で地元に帰って周りを気にせず自由に暮らせる日が来るかも知れない・・・問題は彼に自分の秘密を打ち明けるかどうか・・・わざわざ嫌われるかも知れない事を自分から言わなくてもいいような気もするけど・・でも、本気で彼と付き合おうと思えば思うほど、どうしても後ろめたい気持ちになってしまう・・・。
セーラは元々、人の話を聞くのは好きだったが、自分の話を誰かにするのは苦手だった。訊かれてない事や、自分に起こった出来事、自分の思っている事を他人に話すのは、昔からなんとなく下品な気がしてしまうのだ。それは多分、田舎でスナックを経営しているフィリピン人の母親が、客だろうと家族だろうと自分の事ばかり話す人だったからだろう。他人が自分に興味を持っていなくても一方的に自分の事を話す、聞いてる人間の事などお構いなし、それはただの発散行為でしかない、それより自分は人の話を聞いている方が良い。中学の教師に言い寄られていた時にも、母はまともに相談に乗ってくれなかった。母のように自分の痛みだけしか感じられない人間にはなりたくない。そう考えていた。そしてセーラは自分の事を話すのと同じぐらい、嘘をつくのが苦手だった。仕事では長年演技の勉強をして、それなりにドラマや大きな舞台で芝居をしてきたのに、プライベートでは嘘をつこうとするとすぐ顔に出てしまうのだった。
・・最近は彼と二人でいる時に落ち着かない気持ちになる事も多い・・・舞台の前にグラビアをやっていた事は、自然な話の流れで言えたけれど・・でも彼とこれからも真剣に付き合うなら、事務所に所属する前の素人の時に無理やりスカウトされて、ほんの少しだけアダルト・ビデオに出ていた事は、やっぱり言うべきなのかな・・。
セーラはここ数日間、その事ばかりを考えていた。
結論から言えば、案件(1)は空振りだった。
俺はモウリ編集長の情報を元に、最もゲイが集まると言う火曜の23時過ぎから公園内を三時間近くも張ったが、それらしい怪しい集いは全く見つけられなかった。遅い時間にその公園に行ったのは初めてだったが、外灯も明るく、カメラも至る所に設置してあり、海外とは全く違う治安の良さを感じた。一応、寒空の中、次の日も同じ時刻に行ってしばらく様子を伺ったが、予備校帰りと思われる高校生カップルがベンチで少しイチャついていただけでやはり収穫はなかった。20年前にはそういう場所として有名だったのかも知れないが、思った通り今は健全な公園だった。俺がその事をモウリに電話で告げると、意外な返事が返ってきた。
「なに言ってるんですか、それでいいんですよ、えー」
「は?」
「なかったなら、なかったって書けばいいんですから。えー、その高校生カップルの写真は撮りました?」
「いや、覗きをしてるみたいで嫌だったので・・」
「なんでですか!顔なんて画像にモザイク処理すればいいんだから、えー、その写真を載せて(有名なゲイの公園も今では高校生のラブホテルだ)とか何とか書けばいいんですよ、ご丁寧に二日も取材しなくたって、時間も労力ももったいないでしょう、えー」
俺はこんな雑誌を作ってる事自体が時間と労力の無駄遣いだと思ったが、もちろん言わなかった。しかしガセネタを記事にするというのは、ネタが嘘だった場合には絶対に記事を書かない我々ジャーナリストとは全く逆の考え方で、これはこれで新鮮に感じた。何か出来事があったというニュースと、なかったというニュースはある意味では同じことなのかも知れない。それを我々はいつからか「ある方がウケる」という固定概念で選別して、なければそれは「使えない」と思い込んでいるのだ。1は1、0はないのではなく0がある・・とまぁ、どちらにせよ今回のネタは、そもそもそこまで大げさな出来事ではないのだが。とりあえず日当を貰う事と、本来の目的である(案件2)に話を進める為に俺は、その日の夕方に言われるがまま適当な記事を書いて(一枚だけゲイのカップルだと思ってかなり遠くから撮った、高校生カップルの写真を添付して)モウリに送った。それでこの件は終わりだった。
ギャラは手取りか月末にまとめて振り込みか選べると言われたので、俺はチャンスだと思い、手取りを選択した。直接モウリに会って例の件を聞き出せるかも知れないと思ったからだ。モウリはそんなこちらの意図を察知せずに、(えー、3本やるのにまとめて振込みではないんですか?)と嫌味を言ってきたが、こちらが(急いで欲しい)と切羽詰まっているフリをしたので(えーじゃあ、明日の15時頃にでも来てくれれば一回分のギャラは渡しますよ、えー)と約束を取り付ける事が出来た。
そして俺は予定通り、次の日の午後三時過ぎにGSWブックスを訪ねた。
上野と御徒町の間ぐらいにある雑居ビルの三階に、その小さな出版社はあった。チャイムを押しても返答がなく、鳴ったかどうかもわからなかったので、挨拶をしながら恐る恐る入ってみると、高々と乱雑に積まれた新聞や雑誌に埋もれるように、小柄で太った男が奥の机に向かっていた。
もう一度声をかけると(はい、どーも)と漫才師の登場のごとく軽快に、元気よく椅子をターンさせて振り向いたその男は、頭は半分ほど額から頭頂部に向かって禿げ上がり、右目に眼帯を付けていてその上から強引に老眼鏡をかけていた。よく見ると鼻の下にチョビ髭も生やしている。そして11月なのに半袖の白いシャツを着ていて、太いベージュのスラックスをサスペンダーで留めていた。印象としては写真家のアラーキーを太らせた感じの初老の男性、それがモウリだった。
「モウリです。わざわざご足労かけましたね、電車賃も出ないのに」そう言うとモウリは、どこかから空気が漏れているような嫌な笑い方をした。電話でのイメージどおりの人間だったが、驚いたのは面と向かって話すと例の口癖が全くなくなっている事だった。モウリは「はい、どーぞ」とおもむろに一万円を財布から出し、明らかに使い回してくしゃくしゃになっている茶封筒に入れて渡してきた。さらに(給与に関する書類等はこっちで適当にやっておきますから)と、およそ出版社とは思えないルーズな言葉を吐いてきたので、こちらは三十半ばにして、親戚の個人商店にお小遣いバイトとして雇われている中学生のような、不愉快な気分になった。
「と言うわけで、また連絡します。」と、モウリが早々にこちらを追い出すような素振りを見せたので、俺は焦って「いやいや、二件目の案件の説明をして下さい。ついでなんで」と粘った。
モウリは老眼鏡を外して両腿に手を置くと膝当たりまでを擦りながら「漫画家の謎の死についてですよね?う~ん、やります?」と面倒臭そうに言った。
「もちろん、やりますよ」
「う~ん、でもなぁ~」
「メールで頂いた三つの案件はセットでやるとお約束しましたし。」
「ん?そうでしたっけ?」
とぼければとぼけるほど、この男は何かを知っていると思えた。
「お願いします。家賃も滞納してるんで、急いで稼がないといけないんです」と俺は、分かりやすく嘘をついた。
「う~ん、そうですかぁ、じゃあ人気漫画家の死にアイドルが関わっていた件について、とりあえず今まで調べがついている所までお話ししますね・・でもワタシが言うのも何ですが、はたして読者が食いつくようなネタなのかどうか・・・」
・・あーあ、なるべく地味な服装(グレーのパーカーの上にオーバーサイズのデニムジャケット、黒のワイドパンツに白のエアフォース1)で、目立たないようにして来たけど、大して効果はなかったか・・・でも自分は、いつからこういう事に慣れてしまったんだろう?田舎にいた頃は、人に見られる事を当然に思うような人間じゃなかったのに・・・それよりもっと驚くのは、そんな地元の同級生二人と、大人になってから付き合った事だ、こんな事になるなんて、当時は考えもしなかった・・そしてその一人は、既にこの石の下・・・人生はとんでもなく奇妙で、常に自分の予想とは大きく違う方向に進む物なんだな・・そう言えばマツシタくんのご家族は、息子の突然の死をどう捉えているんだろう?複数の貿易会社を営んでいるお父さんと、医者だったお母さん、母親の意思を継いで外科医になったという優秀な弟さん・・マツシタくんは(自分が漫画家になってから両親とはほとんど絶縁している)と言っていた(価値観が違う人間と無理やり関係を続ける必要はないだろ?)って・・そういうものなのかな?
セーラは元来、人間が好きなのでマツシタのそういう考え方がよく理解できなかった。だから、誰かに好きだと言われるとどうしても断れなくなってしまい、無駄に男性経験の数だけが増えてしまった。セーラの初めての相手は中学3年の時で、相手は新卒でクラスの担任になった教師だった。よくない関係だと分かっていたが言い寄られて断れなくなってしまったのだ。周りにはスカウトされて高校から大阪に出たと言っていたが、それだけではなく、その教師との関係から逃げたいという思いもあり、町を出たのだった。その男が初めての恋人のようなものだったが、それと同時に初めてのストーカーでもあった。セーラと付き合った男のほとんどは、マツシタと同じくその後、セーラのストーカーになった。若い頃はその事に少し悩んでいたが、ある時から自分はそういう女なんだ、と半ば諦めるようになっていった。好きでもない男性と言われるがままに付き合ってしまい、やっぱり無理だと思い、別れを切り出すと相手がストーカーになる。セーラの恋愛は常にそれの繰り返しだった。人間好きの性格は大人になっても変わらなかったが、逆に言えばそのせいで特別な思いで好きになった男性は今まで一人もいなかった。しかし今自分と一緒にいる同級生の事は、これまでとは違い、もしかしたら初めて本当に好きになった相手なのかも知れない、そう思っていた。というよりも、よくよく思い出してみると、小学校の入学式で初めて隣りに並んだ時から、その人には特別な何かを感じていた。あの時、既に好意を持っていたのかも知れない。そんな気がしてきた。
・・本当だったら今日も、彼と二人でお墓参りをしに来たかったな。親友だった彼なら、マツシタくんも付き合うのを許してくれるかも知れない。でも事務所を辞めたとはいえ、明るい時間に外を歩くと大体顔を指される事はわかっているし。彼と歩いている所を週刊誌か何かに取り上げられたら、向こうの仕事にも支障が出るかも知れない・・だからもうしばらくは(お家デート)で我慢かな。もう仕事も辞めたし、いつか二人で地元に帰って周りを気にせず自由に暮らせる日が来るかも知れない・・・問題は彼に自分の秘密を打ち明けるかどうか・・・わざわざ嫌われるかも知れない事を自分から言わなくてもいいような気もするけど・・でも、本気で彼と付き合おうと思えば思うほど、どうしても後ろめたい気持ちになってしまう・・・。
セーラは元々、人の話を聞くのは好きだったが、自分の話を誰かにするのは苦手だった。訊かれてない事や、自分に起こった出来事、自分の思っている事を他人に話すのは、昔からなんとなく下品な気がしてしまうのだ。それは多分、田舎でスナックを経営しているフィリピン人の母親が、客だろうと家族だろうと自分の事ばかり話す人だったからだろう。他人が自分に興味を持っていなくても一方的に自分の事を話す、聞いてる人間の事などお構いなし、それはただの発散行為でしかない、それより自分は人の話を聞いている方が良い。中学の教師に言い寄られていた時にも、母はまともに相談に乗ってくれなかった。母のように自分の痛みだけしか感じられない人間にはなりたくない。そう考えていた。そしてセーラは自分の事を話すのと同じぐらい、嘘をつくのが苦手だった。仕事では長年演技の勉強をして、それなりにドラマや大きな舞台で芝居をしてきたのに、プライベートでは嘘をつこうとするとすぐ顔に出てしまうのだった。
・・最近は彼と二人でいる時に落ち着かない気持ちになる事も多い・・・舞台の前にグラビアをやっていた事は、自然な話の流れで言えたけれど・・でも彼とこれからも真剣に付き合うなら、事務所に所属する前の素人の時に無理やりスカウトされて、ほんの少しだけアダルト・ビデオに出ていた事は、やっぱり言うべきなのかな・・。
セーラはここ数日間、その事ばかりを考えていた。
結論から言えば、案件(1)は空振りだった。
俺はモウリ編集長の情報を元に、最もゲイが集まると言う火曜の23時過ぎから公園内を三時間近くも張ったが、それらしい怪しい集いは全く見つけられなかった。遅い時間にその公園に行ったのは初めてだったが、外灯も明るく、カメラも至る所に設置してあり、海外とは全く違う治安の良さを感じた。一応、寒空の中、次の日も同じ時刻に行ってしばらく様子を伺ったが、予備校帰りと思われる高校生カップルがベンチで少しイチャついていただけでやはり収穫はなかった。20年前にはそういう場所として有名だったのかも知れないが、思った通り今は健全な公園だった。俺がその事をモウリに電話で告げると、意外な返事が返ってきた。
「なに言ってるんですか、それでいいんですよ、えー」
「は?」
「なかったなら、なかったって書けばいいんですから。えー、その高校生カップルの写真は撮りました?」
「いや、覗きをしてるみたいで嫌だったので・・」
「なんでですか!顔なんて画像にモザイク処理すればいいんだから、えー、その写真を載せて(有名なゲイの公園も今では高校生のラブホテルだ)とか何とか書けばいいんですよ、ご丁寧に二日も取材しなくたって、時間も労力ももったいないでしょう、えー」
俺はこんな雑誌を作ってる事自体が時間と労力の無駄遣いだと思ったが、もちろん言わなかった。しかしガセネタを記事にするというのは、ネタが嘘だった場合には絶対に記事を書かない我々ジャーナリストとは全く逆の考え方で、これはこれで新鮮に感じた。何か出来事があったというニュースと、なかったというニュースはある意味では同じことなのかも知れない。それを我々はいつからか「ある方がウケる」という固定概念で選別して、なければそれは「使えない」と思い込んでいるのだ。1は1、0はないのではなく0がある・・とまぁ、どちらにせよ今回のネタは、そもそもそこまで大げさな出来事ではないのだが。とりあえず日当を貰う事と、本来の目的である(案件2)に話を進める為に俺は、その日の夕方に言われるがまま適当な記事を書いて(一枚だけゲイのカップルだと思ってかなり遠くから撮った、高校生カップルの写真を添付して)モウリに送った。それでこの件は終わりだった。
ギャラは手取りか月末にまとめて振り込みか選べると言われたので、俺はチャンスだと思い、手取りを選択した。直接モウリに会って例の件を聞き出せるかも知れないと思ったからだ。モウリはそんなこちらの意図を察知せずに、(えー、3本やるのにまとめて振込みではないんですか?)と嫌味を言ってきたが、こちらが(急いで欲しい)と切羽詰まっているフリをしたので(えーじゃあ、明日の15時頃にでも来てくれれば一回分のギャラは渡しますよ、えー)と約束を取り付ける事が出来た。
そして俺は予定通り、次の日の午後三時過ぎにGSWブックスを訪ねた。
上野と御徒町の間ぐらいにある雑居ビルの三階に、その小さな出版社はあった。チャイムを押しても返答がなく、鳴ったかどうかもわからなかったので、挨拶をしながら恐る恐る入ってみると、高々と乱雑に積まれた新聞や雑誌に埋もれるように、小柄で太った男が奥の机に向かっていた。
もう一度声をかけると(はい、どーも)と漫才師の登場のごとく軽快に、元気よく椅子をターンさせて振り向いたその男は、頭は半分ほど額から頭頂部に向かって禿げ上がり、右目に眼帯を付けていてその上から強引に老眼鏡をかけていた。よく見ると鼻の下にチョビ髭も生やしている。そして11月なのに半袖の白いシャツを着ていて、太いベージュのスラックスをサスペンダーで留めていた。印象としては写真家のアラーキーを太らせた感じの初老の男性、それがモウリだった。
「モウリです。わざわざご足労かけましたね、電車賃も出ないのに」そう言うとモウリは、どこかから空気が漏れているような嫌な笑い方をした。電話でのイメージどおりの人間だったが、驚いたのは面と向かって話すと例の口癖が全くなくなっている事だった。モウリは「はい、どーぞ」とおもむろに一万円を財布から出し、明らかに使い回してくしゃくしゃになっている茶封筒に入れて渡してきた。さらに(給与に関する書類等はこっちで適当にやっておきますから)と、およそ出版社とは思えないルーズな言葉を吐いてきたので、こちらは三十半ばにして、親戚の個人商店にお小遣いバイトとして雇われている中学生のような、不愉快な気分になった。
「と言うわけで、また連絡します。」と、モウリが早々にこちらを追い出すような素振りを見せたので、俺は焦って「いやいや、二件目の案件の説明をして下さい。ついでなんで」と粘った。
モウリは老眼鏡を外して両腿に手を置くと膝当たりまでを擦りながら「漫画家の謎の死についてですよね?う~ん、やります?」と面倒臭そうに言った。
「もちろん、やりますよ」
「う~ん、でもなぁ~」
「メールで頂いた三つの案件はセットでやるとお約束しましたし。」
「ん?そうでしたっけ?」
とぼければとぼけるほど、この男は何かを知っていると思えた。
「お願いします。家賃も滞納してるんで、急いで稼がないといけないんです」と俺は、分かりやすく嘘をついた。
「う~ん、そうですかぁ、じゃあ人気漫画家の死にアイドルが関わっていた件について、とりあえず今まで調べがついている所までお話ししますね・・でもワタシが言うのも何ですが、はたして読者が食いつくようなネタなのかどうか・・・」
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