XNUMX

一貫田

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XNUMX(3)ニュース

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 20年以上の時間が経過して、またこいつと共通意識を持って繋がるようになるとは思いもしなかった。それが嬉しくもあり、どこか気恥ずかしくもあった。マツシタは最初とは違う気難しい顔で話を続ける。
「忘れられないほどなら今更オレが何か言うこともないが、一つだけ確認させてくれ。6年になってすぐ・・オレ達が親しくなったきっかけでもある大好きな縦溝シリーズの特集を学級新聞でやった時、・・もちろん他の土地からきたオレは知るべくもなかったんだが・・実は、お前は「六つ墓村」のモデルになったW町が、オレ達の住んでいるK町の隣町だったという事を、当時から知っていたのか?」
「まさか」と俺は言った。
「・・だよな、あの時のお前のリアクションから考えても、オレに隠して話しを合わせていたとは考えづらい。だがな、例の大事件は当時のオレ達から遡ってもたかだか40年前の話だぜ?親はギリギリ知らないとして、祖父、祖母の代はみんな知っていたはずだ。J市はそれほど広くない。隣町なんて近所のようなもんだろう?」
「確かに、今思えばそうなんだが・・・」それは、俺にとってもずっと疑問だった事だ。不思議な事に親からはもちろん、祖父からもそんな話は一度も聞いた事がなかった。知っててわざとその事件を題材にした映画「六つ墓村」を頻繁に上映していたとも考えられない。何というか、町全体が隣町で起きたその昭和史に残る凶悪犯罪を隠遁しているような・・いや、俺が感じたのはむしろ、町民全員がその事をまるっきり全部忘れているような不自然な感覚だった。
 マツシタは俺の思考を感じ取って言った。
「わからないよな?・・じゃあお前はあの事件の事をいつ知った?」
「こっちに出て来てからだ。最初の新聞社に勤め出してすぐの頃、何気なく出身地を先輩に言ったら(ああ、「村人62人殺し」のT県J市か)と言われた。なんの事かさっぱり分からず詳しく訊いたら、歴史に残るようなとんでもない事件だったし、さらに現場は地元の隣町だった。驚いたよ、そして出身の自分が知らない事が恥ずかしくもあった。」
「そうか・・・いや、お前を咎めてるわけじゃない。オレも横浜へ戻ってきて、大分大人になってから知った事だ。わからないんだよオレも。あの時、担任の教師に突然(新聞はもう発行できない。)と言われて、しかも春休み明けの新学年になったばかりのオレ達に、アイツは半ばキレ気味に(来年は中学だからそろそろ将来の事を考えて新聞作りは止めろ)と言ってきた。そもそもあの辺は中学受験をするような土地柄じゃないだろう?それに新聞を毎回一番楽しみにしていたのは、あの担任自身だぜ?」
「・・確かにな。だから俺も大人になって例の事件を知って、あの時の事を思い出して、なるほど、近隣で起きた大事件の元ネタとなった縦溝作品を大々的に取り上げようとして、それを良しとしないオトナと学校の圧力によって強引に廃刊にされたのか、と納得するようになった・・・でも・・」
「やっぱりそうだよな!」とマツシタはテーブルに身を乗り出してきた。
「そうなんだよ、おかしいんだよ、それでも担任はあの時、事件の事を知ってる風でもなかったんだ!なぜなら発行前のお決まり事として初稿を確認させに行った時に、アイツは(今回も面白そうだな、市の新聞社が面白い学級新聞を書いてる子供たちがいるって取材に来たいと言ってたぞ)なんて興奮して言ってたんだ。オレはそれをはっきりと覚えている。お前も覚えてるだろうが、その頃は同級生の子供達だけでなく、担任はもちろん、他の教師や大人達も全員オレ達の新聞を楽しみにしてた。校内だけじゃないぜ、近所を歩いてた時、誰の親かもわからないオッサンに、こないだのゾンビ特集良かったぞ、なんて声をかけられた事もあったんだ。だからオレ達はいつにも増して完璧な紙面を作り、あとはコピーを取って校内に配布するだけだった。それなのに次の日になって急に(もう学級新聞作りは中止だ)と、強引に廃刊にさせられた。なぜそうならなきゃいけなかったのか・・・余りにも不自然過ぎるし、正直に言えばオレは今でもその件がずっと気になっているんだ。」
 まったく俺も同感だった。フリーのジャーナリストになって約10年、海外の危険地帯や秘境や国内の凶悪犯罪や解決していない大小様々な事件を取材している中で、自分が追っているもの、本当に知りたい謎の真相は果たしてこれなのだろうか?と、どこかで感じていたのだ。そもそも自分の奥底に刺さったままの小さな棘を抜きたくて、この仕事に就いたのではなかっただろうか?最近は特にそういう思いが強くなってきていた。
 あの時、急遽「学級新聞係」の任務を解かれた11歳の我々はその後、本来違う生息地域の生物同士だったから、いよいよ話す理由もなくなり、次第に関係が希薄になっていった。夏にもなると、俺は以前の仲間達とのっぱらを走り回る典型的な田舎児童に戻り、放課後は校庭で野球をやったり、川まで魚を取りに行って、頭の先から足の先まで真っ黒に日焼けし、あっという間に風景と同化した。マツシタは急遽中学からまた横浜に戻る事が決まり、都内の私立を受験する為に親が遠方から呼んだ家庭教師を雇い、勉強漬けの毎日となって学校以外で彼を見かける事はほとんどなくなった。
 
 それから二十年近くが経った頃、我々は同じ出版社のレセプション・パーティーで偶然顔を合わせる事となる。マツシタはその時「このマンガが凄すぎる賞」に、ほぼ毎作品がノミネートしていて、完全にキテいる漫画家だった。(中学受験で志望校に落ちたので、その後は勉強に身が入らなくなり、医者になる事は諦めて漫画家になったらしい。)俺はといえば、新聞社を退社してフリージャーナリストとなって数年後、命を張って取材したメキシコの麻薬カルテルの記事が、初めてドキュメンタリー雑誌の小さな賞を受賞した時だった。そこで顔を合わせて以来、我々は時々連絡を取って年に2、3回ほど会うようになった。

 チェーン店だがもう店舗数が少なくなり、街でも見かける事が珍しくなった一昔前のファミリーレストランの空いている店内で、平日の夕方に差し掛かった時間帯に三十代後半の男二人が難しい顔をして何かを話している。この構図は、はたして他人にはどう見えているのだろうか?借金の取り立てか、ゲイカップルの別れ話か、はたまた・・・
「なぁ、オレは漫画家で、もう長いこと身体の半分をフィクションの世界に突っ込んじまってるから、正直自分がこれから言う事がまともな考えかどうかわからない。だからお前のジャーナリストとしての、リアリストの観点から教えてくれ」
 マツシタは続ける。
「あの、高校球児の時に王子様と言われた凄腕のピッチャーがその能力を失った事と、K町の町民全員が隣町で起きた事件を忘れていた事、そしてオレ達の学級新聞が何かの圧力でもって突然廃刊に追い込まれた事は、もしかしたら何か繋がりがあるんじゃないか?」
 店内に流れているイージーリスニング・アレンジのミスター・チルドレンが、やけにコミカルに聴こえた。
「・・・あるはずがない」と、俺はぶっきらぼうに答えた。
「おいおい、何も百点の答えを言ってくれとはいってないんだ、当事者だったオレ達二人でもう一度ディスカッションしてみて、少しでも閉ざされた真実に近づいていければ・・」
「ありえない、と言いたいんだ、ジャーナリストの端くれとして。けれど・・・」
 マツシタは俺の言葉の続きを欲しがって口をつぐんだ。
「けれど、それ以前に感覚、人間としての圧倒的な皮膚感が、あるはずがないと言葉にしつつも、諦めようとする自分を許してはくれないんだ。」
 そう言った後、俺は飲みたくなかった氷の溶けきった薄いアイスコーヒーの残りを、一気に飲み干した。そして然るべき沈黙が然るべき時間を経て、その存在が店内の壁に全て吸収されかかった頃、今までもずっとそうであり、これからもずっとそうであるようにマツシタが先に口を開いた。
「お前はグラビアアイドルの沢口明菜を知ってるか?」
 突拍子もない話題の変化に俺は反応が遅れた。「・・いや?」
「まぁ元々色気のないお前が新人のグラビアアイドルなんて知るわけがないか。名古屋県出身21歳のGカップ、特技はテニス、高校の県大会では準優勝。沢口明菜は去年のうちの漫画雑誌グラビア大賞のグランプリを獲った子だ。」
「・・・それがどうした?」
 マツシタは一度高そうな腕時計に目をやると、いつものマツシタらしい嫌味な笑顔を向けて言った。
「今夜その子とディナーなんだ。オレの漫画のファンだって言ってたから半年ぐらい前から担当に飯に誘うよう、しつこく言っておいた。(石坂)っていうミシュランで星も取ってる高級創作和食の店を予約して、実写版映画の役を与えてもいいというニュアンスの誘い文句を伝えさせて今日、やっと飯にこぎつけたんだ」
「へぇ・・・それは良かったな」全くどうでもいい、と俺は思った。
「だから今の話はとりあえずここまでだ。もしお前が本腰で調べる気になったら連絡をくれ。それまでにオレはスポマガの編集長からピッチャー王子の件も、もう少し詳しく訊いておくつもりだ。」
「ああ」
「そんなわけで・・」と、マツシタはレシートを持って立ち上がった。俺が自分のコーヒー代を出そうとすると「バカ、不味いコーヒー代なんて、オレには入れる方の角砂糖一個分よりも価値がねぇんだよ」と笑ってレジに向かった。それが聞こえていたのか、会計のウエイトレスはやけに不愛想だった。
 マツシタが店内を出て駐車場に向かう姿を確認してから俺は、スマートフォンで沢口明菜を検索した。するとすぐに去年のグラビア大賞グランプリ、受賞イベントの画像が大量に出てきて、布面積の少ない赤い水着を着て、何人かの女性の真ん中に立っているのが沢口明菜だとわかった。確かに胸が大きく従順そうで、マツシタのような学生時代にモテなかった中年男性には好かれそうだったが、顔立ちはどこにでもいそうな感じでイマイチぱっとせず、どう贔屓目に見ても準グランプリ、いや特別賞の子の方ですら、グランプリである沢口明菜よりも器量が良かった。何しろ彼女には表情という物がほとんど感じられず、アイドルには必要であるはずの愛嬌に乏しく、その重量感のある胸以外に人を惹きつける魅力があるとは思えなかった。申し訳ないが、俺には半年かけて裏工作をして、一人十万円ほどはするであろう高級料理を奢るに値するほどの女性には、どうしても思えなかった。
 
 マツシタと会ってから心に小さくない波が立っていたものの、毎日の退屈な実務に追われているうちにその波は段々とさざ波になり、ひと月を越えるとすっかり凪の状態に変わった。その間マツシタからは何の連絡もなく、俺も海外に取材に行ったりしていて、例の件は完全な保留案件と考えてしまっていた。そもそも一時的な取材とは言え、あの土地に帰りたいとは、今は全く思えない。祖父も死んで母親も死んで、兄貴は大阪で自分の家族と暮らしていて、実家に残っているのは特に仲の良くない父親だけだ。たかだか旧友の気まぐれ話をきっかけに戻ったところで、消費カロリーに対して得る物は少ないだろう。時間が経てば経つほどそう思えてきた。
 さらに一ヶ月ほどの時が流れて、夏の湿気を帯びた風が一変して金木犀の匂いを届け始めた頃、自分の中であの件はもう、旧友との久々に会って盛り上がった昔話、といった形でとっくに着地していた。その日俺は、自宅兼事務所で目的もなくテレビを見ながら遅い昼食を取っていた。前日の取材が深夜までかかり、脳ミソの端の方がまだ睡眠を欲する信号を出していたが、俺はそれを無視して山積みの仕事の為に、強引にエネルギーを摂取していた。すると、ボヤけていた俺の目に突き刺さるように飛び込んできたのは、マツシタの訃報を告げるニュースだった。
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