海ぼうずさんは俺を愛でたいらしい

キルキ

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続 その後の話

50 りんごのドロップ

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不思議な鳴き声を上げながらコップの中でちゃぷちゃぷ跳ねているクラゲさんを背にして、台所のカウンターに向かっていた。包丁の刃をりんごの皮の下に滑らせる。試しに買ってみたりんごは、なかなか美味しそうだ。給食に出てくる、皮がついたままの赤いりんごを思い出した。味は美味しくて好きだったのだが、皮が噛みにくくてどうにも口の中に残るから気に入らなかった。後に、皮を剥いて食べるということを覚えた俺は、自分でりんごの処理をする際は欠かさず包丁と格闘していた。

今では包丁の扱いに慣れたから、怪我をすることは滅多にない。とはいえ、怪我をするときはするので自身を持って台所に立つことができないのだけど。

りんごを四等分にして心を取り除き、一つ一つの皮を向いていく。少々豪快だが、どうせこの家でりんごを食べるのは俺しかいない。これでも、男にしては繊細な料理ができていると思う。

どんどん皮を剥いていって、残り一つといったところで、カシャン、という音が背後から聞こえた。その拍子に肩が跳ねて、音がなった方へ振り向く前に指に電流のような痛みが走る。

包丁とりんごを置いて指を抑えながら、振り返ってみると、クラゲさんが入っていたコップが床に転がり落ちていた。プラスチック製だったので割れていないようだが、床がびしょびしょになっている。床に広がる水たまりの中に金色の双眼を見つけて、ほっと息をついた。

「もー、びっくりしたじゃん」

床に落ちて動こうとしないクラゲさんを抱え上げるために膝をついて、そのまま手を差し伸ばそうとして、ぽたりと血の雫が水たまりに落ちる。それを見て、思わず手を引いた。

指先から血が滲み出てきており、一筋の赤が垂れ落ちていく。さっきの包丁でやってしまったらしい。しかも、割と深く。血を認識した途端痛みを意識してしまって、傷口をぐっと押さえる。

「しまったな……絆創膏まだ残ってたかなぁ」

最悪セロハンテープで止血すればいっか。これ以上血を床に落としたくないので、クラゲさんを置いて急いで絆創膏を取りに行こうとしたとき、足の甲ににゅるんとした感触があった。

足元を見れば、クラゲさんが遠慮がちに体に触れてきていた。歩みを止めて彼を見ていると、俺が見つめていることに気づいたクラゲさんが、許しを得たと思ったのか、そのまま触手を俺の方に手を伸ばしてきた。何をしようとしているのかすぐにわかって、触れられている足を引っ込めて怪我をした指を隠すように、もう片方の手のひらで指先を覆った。

「それ嫌だ」
「……」
「傷、直そうとしたでしょ?」

俺にしては珍しく、きっぱりとした拒絶を示すと、クラゲさんの機嫌があからさまに悪くなる。

「いや、だってさぁ……なんか、怖いんだよそれ」

クラゲさんは他人の怪我を治せる、らしい。原理はよくわからない。いや、原理とかは今更かもしれないけど。

以前もクラゲさんに怪我を直してもらったことがある。クラゲさんの体に傷が覆われて、透明な体越しに自分の傷が治っていくところを見れた。しばらく見ていると、クラゲさんに覆われた傷が細かい泡をしゅわしゅわ出し始めて、3秒くらいで赤い傷が跡形もなく消えていた。
いや、怖すぎるでしょ。何の泡だったんだよ。俺の傷どこに吸われちゃったんだよ。

それに、そういう超次元的な力に頼っていたら、いつかしっぺ返しが来そうだし。あまりそういう面でクラゲさんに寄りかかりたくないのもある。なんというか、道具として扱っているみたいで気分が悪い。クラゲさんはそういうの気にしなさそうだけど。

というわけでいつもいつも彼の治療を拒否しているのだが、クラゲさんはそれが気に食わないようで。いつものごとく足にしがみついてくるクラゲさんに、ぐらりと体が傾く。

「はーなーせー」
「ヤー」

不満げな声を往なして、クラゲさんをずるずる引きずりながら救急箱がある部屋に向かった。



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