海ぼうずさんは俺を愛でたいらしい

キルキ

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続 その後の話

49 鴨の番②

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静かな時間が流れた。風がそよぎ、鴨たちが水面を漂っている様子は、まるで自然の饗宴のようだった。

「ここは小さな池だけど、確かに、きれいな場所だよね」
「この辺りに住んでいる方ですか?」
「そうだよ」

池を眺める彼の顔がどんな表情を浮かべているのか、こちらからはよく見えない。きっとその雰囲気に違わない、柔らかい表情をしているのだろう。

「この池、無くなってしまうんですね。こんなに平穏な場所なのに」
「残念だよね。でも、仕方ないことなんだってさ。みんな、こういう穏やかな瞬間を大切にするべきなのにさ。人生は忙しくて大変なこともあるけれど、こうして自然と触れ合う瞬間があるからこそ前を向き続けられると思うんだ」
「君は、この場所が好きなんだ?」

橋の下を見ながら語りかけてくる彼の様子は、すこし寂しそうで、この池がなくなることに不満があるようにみえた。よほど自然が好きなのだろう。そう思っての発言だったのだが、予想に反して、青年の反応は渋いものだった。

「うーん、まあ…そうだね……」

そんな返答に、思わず「は?」と低い声が出る。

「……君もこういう景色が好きだから先程の言葉をかけてくれたんでしょ?」
「いいや?」

淡白なその返答に、思わずガクッと頭が下がる。

「さっきのは、知り合いの受け売り。俺は正直、情緒とか風情とかに疎い方だからね」
「い、今までの会話は一体何だったんだよ」
「まあまあ。そういう考え方っていいよなぁって思って」

つまり、適当に俺の話に合わせただけかよ!

だんだん、真面目に彼と話をしていたのが馬鹿らしく思えてきた。最近の若い子ってこういう感じなのか?

飄々と笑っている青年に絶句していると、橋の向こうから小学生くらいの4人の子どもたちの姿が見えてくる。子供の一人が遠くからこちらに向かって手を振って、大きな声で呼びかけてきた。

「カイ兄~!」

その声を聞いた青年はすぐに子供たちの方に顔を向けると、子供の真似をするように大きく手を振った。知り合い同士のようだ。

「やべ、あいつらと約束してるんだった。俺、もう行くね」
「はぁ」

肩透かしを食らった心境のまま、青年の背中を見送る。一体何だったんだ……と若干疲れた気分になってると、ふと、青年が振り返った。

「そういえばさ、今度この辺りの神社で祭りが開かれるらしいよ。気晴らしに、友達と遊びにおいで」
「……はい」
「じゃあ、ご縁があればまた会おうね」

こちらにひらひらと手を振りながら、青年と子どもたちの姿は消えていく。彼らを見送った後、俺は再び池のカモたちに目を向けた。

名残惜しい気持ちはあるが、そろそろ俺も行こう。
……でも、そうか。この小さな池は、埋め立て地になるのか。

そう思うと、今のこの景色がとても貴重なもののように見えた。
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