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if集
【If】忘年会と上司 蛇男編①
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※安元さんルート
※クラゲさんと裕也はペットと飼い主みたいな関係
という前提です。
その日、とある料亭が年末の喧騒に包まれていた。座敷の宴会場では同じ社の人たちが集まっている。
そう、今日は忘年会があるのだ。たくさん人と話さないといけないし、俺の大嫌いなイベントである。
宴会の司会者がマイクに向かって話し始める。ここまで大きい宴会だと、幹事も大変だろう。
その後、テーブルに次々に料理が運ばれる。新鮮な刺身や揚げ物。日本人が好む日本食がずらりと並べられた。次に、酒。焼酎、ビールなどの様々な銘柄のお酒が用意されている。乾杯の音頭が取られると、会場は一気に酒に酔った空気になる。
隣に田川がいてよかった。面倒な話題を振られて困ったときはこいつの影に隠れよう。
周りの人たちは仕事の話や家族の話に花を咲かせて笑い合っている。そんな中、俺の頭はどうやって早めにこの場を抜けるかを考えていた。クラゲさんには今日は忘年会があるから遅くなると言っているが、できるだけ早めに帰ってやりたい。平日はいつも家で待ちぼうけさせているからな。
時計を見ながら、ちびちび酒を飲む。こういう酒の場ではよくダル絡みしてくる上司がいるが、今日はやけに静かだ。彼が俺に絡みだすと、その上司の連れまで俺のところに来るから騒がしくて仕方がなくなる。だから来なくて結構なのだが、ここまでなにもないと逆に不安になってくる。
上司の姿を何となく探してみると、彼は別の社員と仲良さげに話していた。なんだ、全然元気そうじゃん。
……なら、俺が心配することでもないか。
ちらほらと帰りだす人が出てきた頃合いを計らって、酒をテーブルに置いた。
そろそろ帰ろうと立ち上がると、ぐでぐでに酔った田川に引き止められた。どうして帰るんだ、と聞かれて、このあと用事があるからと答えた。冷静に考えればこんな夜遅くに用事なんて作るはずがないが、酒で頭が弱っている田川は納得した。因みに、忘年会を早めに抜けることは既に幹事に伝えている。
「じゃあー、最後に安元さんに会っていけよ。今日あの人と一言も喋ってないだろぉ?」
「ああ……そうだな」
普段お世話になっている人なのに、何も挨拶をしていなかった。珍しく田川に助けられたな。
直ぐに安元さんの元に行くと彼もかなり酔っ払っていたようで、彼の両隣に座っている人が苦笑いしながら世話を焼いていた。俺が近づくと、先程上司と中良さげにしていた男がこちらを見上げて、なんとも言えない顔をする。
「ああ、鍵田か……」
「はい。えと、安元さんに挨拶を……大丈夫なんですか、彼」
「まあ息はしてるけど、だいぶキテるな。……こいつさっきまで、お前の話ばっかりしてたんだよ。今は完全に潰れてるけど。鍵田のことめちゃくちゃ気に入ってるみたいだから、こんなんだけど今後とも仲良くしてあげててよ」
「い、いえ、こちらこそと言いたいところです」
俺の話……。何の話をしていたんだろう。この感じだと悪口を言っていたわけじゃないようだけど。俺がいないところでそんな話をしていたんだ。いつもなら安元さんの方から俺のところに来るのに。
「安元さん、起きてますか?」
上司の肩を叩くと、暫くしてもそりと動き出した。夢と現実の狭間にいるような微睡んだ目が、ゆらゆらしながら俺を捉える。
「……鍵田?」
「はい、鍵田です」
「もう帰るのか」
「そうです。帰る前に、安元さんと話がしたくて」
「帰るのか……」
「……聞こえているのかな」
言葉を繰り返す安元さんを見て、どうしてみんな苦笑いしていたのかがわかった。今まで見たことがないくらい酔っている。
来年もよろしくお願いしますね、という内容の定型文を伝えてみるが、安元さんの目は据わったままだ。どうしたものかと唸ると、安元さんの手がこちらに伸びてきた。
「帰るな」
「ぐえっ」
お腹を腕で締め付けられて、蛙みたいな声が出る。さっき料理を食べたばかりの腹にその攻撃はつらい。
「あー……ねえ、鍵田くん。もしも時間が大丈夫なら、もう少しここに居てやってくれない?この人、鍵田くんともっと話したいみたいだから」
「……少しなら大丈夫ですけど…………」
安元さんの隣にいた女性がそう提案してくる。この人たちもさっきまでこんな風に絡まれていたのだろうか。タイミングよく現れた部下に全て押しつけようとしてるんじゃないだろうな。
安元さんの腕に引っ張られて無理やり座らされた。いつもと違うタイプの絡み方だから、対処の仕方がよくわからない。いつもだったら饒舌に喋る安元さんに合わせて頷いていれば機嫌が良くなるんだけど、今日のこの人はやけに静かだ。
「鍵田ぁー、帰るなぁー」
「はいはい、ここに居ますよってば」
とうとう上司は俺の膝に頭を乗せて、泣き言のようにぐずぐず言い出した。普段とのギャップがすごすぎる。
鍵田帰るな、はいはいわかりましたを繰り返す。いつまで経っても正気に戻ってくれないから、足が痺れてきた。それに、こんなことしていたらいつまで経っても帰れない。
「……あの、そろそろ帰りま」
「…………」
「こら」
ごそごそと服の下を弄りだした手を叩き落とす。この際、上司とか部下とか無礼だとか、そういうのはどうでもいい。これ以上は悪ふざけがすぎるだろ。
助けを求めるように周囲を見渡すと、さっと顔を背けてくる人、苦笑いしながらも我関せずを貫いている人、微笑ましそうにこちらを見ている人で別れた。いずれも俺を助ける気は無さそうである。だが皆、ぐずっている安元さんを見ては怒るに怒れないといった表情をしている。
「ちょっと、いい加減にしてください」
安元さんの頭をどけて強引に立ち上がろうとすると、強い力で手を握られた。酒気を帯びた黒い目が俺を見据えている。さっきとはがらりと違う雰囲気を感じながら、今度は何だと目を眇めると、案外冷静な彼の声が聞こえてきた。
「お前を帰らせたくない」
真剣な顔が、苦しそうに歪んでいる。先程まで騒がしかった宴会場が、一回りほど静かになった気がする。
彼がそういった瞬間、あらぁ~、という女性達の小さな声が背後から聞こえた。俺の心中としては、あらぁ~どころじゃなかった。
こ、この人、男相手に何言って……!
いつもの軽口か、それとも従順な後輩を逃したくないだけなのか。
しかもそれを真剣な顔で言うものだから、ガチ感がすごい。おいちょっと。女の人たちがにっこりしながらこっちを見てるんだけど。口元に手を当てて顔を赤くしてる人もいるし。安元さんの両隣に座っていた人たちは、何か穏やかな目でこっちを見守っているし。絶対誤解されてちゃってるよ。
盛大に誤解を招く発言をした当人は、周りの様子に気づくことなく暴走し続ける。
「だって、ここで帰したら、お前はあいつの元に行っちまうんだろ?」
「……うん?」
「そんなの嫌だ。なあ、あいつのところに行くなよ。なんで俺じゃだめなんだよ、なあ……」
どうしてそんな切なそうな目で俺を見てくるのか。どうしてそんなに苦しそうなのか。
あいつと言われても、クラゲさんのことしか思いつかない。彼はクラゲさんの存在を知らないはずなのに。
握られた手が熱い。安元さんにつられて、俺の体温が上がっているからだ。
何がどういうことなのか理解できていないけど、ここまで言われたらさすがの俺でも気づく。俺じゃだめなのかって、つまり、そういうことだよな。そういう意味で言ってるんだよな。
混乱していた俺は、周囲の人達が「あいつって誰?まさか鍵田って既に彼氏がいたの?」「安元……それを知ってて、ずっと……」「三角関係っでマジ?」と言っていたことに気づかなかった。
「安元さんって、俺のことが好きなの?」
そう尋ねると、彼はこくりと頷いた。その瞬間、驚きとともに嬉しいという明るい感情が胸の中に満たされた。
……ほ、ほんとに?
予想もしていなかったことに直面して何も言えなくなる。
今度こそ静まり返った会場の中、次に響いたのは、こんな時でも肝が座っている田川の声。
「修羅場だ……」
※クラゲさんと裕也はペットと飼い主みたいな関係
という前提です。
その日、とある料亭が年末の喧騒に包まれていた。座敷の宴会場では同じ社の人たちが集まっている。
そう、今日は忘年会があるのだ。たくさん人と話さないといけないし、俺の大嫌いなイベントである。
宴会の司会者がマイクに向かって話し始める。ここまで大きい宴会だと、幹事も大変だろう。
その後、テーブルに次々に料理が運ばれる。新鮮な刺身や揚げ物。日本人が好む日本食がずらりと並べられた。次に、酒。焼酎、ビールなどの様々な銘柄のお酒が用意されている。乾杯の音頭が取られると、会場は一気に酒に酔った空気になる。
隣に田川がいてよかった。面倒な話題を振られて困ったときはこいつの影に隠れよう。
周りの人たちは仕事の話や家族の話に花を咲かせて笑い合っている。そんな中、俺の頭はどうやって早めにこの場を抜けるかを考えていた。クラゲさんには今日は忘年会があるから遅くなると言っているが、できるだけ早めに帰ってやりたい。平日はいつも家で待ちぼうけさせているからな。
時計を見ながら、ちびちび酒を飲む。こういう酒の場ではよくダル絡みしてくる上司がいるが、今日はやけに静かだ。彼が俺に絡みだすと、その上司の連れまで俺のところに来るから騒がしくて仕方がなくなる。だから来なくて結構なのだが、ここまでなにもないと逆に不安になってくる。
上司の姿を何となく探してみると、彼は別の社員と仲良さげに話していた。なんだ、全然元気そうじゃん。
……なら、俺が心配することでもないか。
ちらほらと帰りだす人が出てきた頃合いを計らって、酒をテーブルに置いた。
そろそろ帰ろうと立ち上がると、ぐでぐでに酔った田川に引き止められた。どうして帰るんだ、と聞かれて、このあと用事があるからと答えた。冷静に考えればこんな夜遅くに用事なんて作るはずがないが、酒で頭が弱っている田川は納得した。因みに、忘年会を早めに抜けることは既に幹事に伝えている。
「じゃあー、最後に安元さんに会っていけよ。今日あの人と一言も喋ってないだろぉ?」
「ああ……そうだな」
普段お世話になっている人なのに、何も挨拶をしていなかった。珍しく田川に助けられたな。
直ぐに安元さんの元に行くと彼もかなり酔っ払っていたようで、彼の両隣に座っている人が苦笑いしながら世話を焼いていた。俺が近づくと、先程上司と中良さげにしていた男がこちらを見上げて、なんとも言えない顔をする。
「ああ、鍵田か……」
「はい。えと、安元さんに挨拶を……大丈夫なんですか、彼」
「まあ息はしてるけど、だいぶキテるな。……こいつさっきまで、お前の話ばっかりしてたんだよ。今は完全に潰れてるけど。鍵田のことめちゃくちゃ気に入ってるみたいだから、こんなんだけど今後とも仲良くしてあげててよ」
「い、いえ、こちらこそと言いたいところです」
俺の話……。何の話をしていたんだろう。この感じだと悪口を言っていたわけじゃないようだけど。俺がいないところでそんな話をしていたんだ。いつもなら安元さんの方から俺のところに来るのに。
「安元さん、起きてますか?」
上司の肩を叩くと、暫くしてもそりと動き出した。夢と現実の狭間にいるような微睡んだ目が、ゆらゆらしながら俺を捉える。
「……鍵田?」
「はい、鍵田です」
「もう帰るのか」
「そうです。帰る前に、安元さんと話がしたくて」
「帰るのか……」
「……聞こえているのかな」
言葉を繰り返す安元さんを見て、どうしてみんな苦笑いしていたのかがわかった。今まで見たことがないくらい酔っている。
来年もよろしくお願いしますね、という内容の定型文を伝えてみるが、安元さんの目は据わったままだ。どうしたものかと唸ると、安元さんの手がこちらに伸びてきた。
「帰るな」
「ぐえっ」
お腹を腕で締め付けられて、蛙みたいな声が出る。さっき料理を食べたばかりの腹にその攻撃はつらい。
「あー……ねえ、鍵田くん。もしも時間が大丈夫なら、もう少しここに居てやってくれない?この人、鍵田くんともっと話したいみたいだから」
「……少しなら大丈夫ですけど…………」
安元さんの隣にいた女性がそう提案してくる。この人たちもさっきまでこんな風に絡まれていたのだろうか。タイミングよく現れた部下に全て押しつけようとしてるんじゃないだろうな。
安元さんの腕に引っ張られて無理やり座らされた。いつもと違うタイプの絡み方だから、対処の仕方がよくわからない。いつもだったら饒舌に喋る安元さんに合わせて頷いていれば機嫌が良くなるんだけど、今日のこの人はやけに静かだ。
「鍵田ぁー、帰るなぁー」
「はいはい、ここに居ますよってば」
とうとう上司は俺の膝に頭を乗せて、泣き言のようにぐずぐず言い出した。普段とのギャップがすごすぎる。
鍵田帰るな、はいはいわかりましたを繰り返す。いつまで経っても正気に戻ってくれないから、足が痺れてきた。それに、こんなことしていたらいつまで経っても帰れない。
「……あの、そろそろ帰りま」
「…………」
「こら」
ごそごそと服の下を弄りだした手を叩き落とす。この際、上司とか部下とか無礼だとか、そういうのはどうでもいい。これ以上は悪ふざけがすぎるだろ。
助けを求めるように周囲を見渡すと、さっと顔を背けてくる人、苦笑いしながらも我関せずを貫いている人、微笑ましそうにこちらを見ている人で別れた。いずれも俺を助ける気は無さそうである。だが皆、ぐずっている安元さんを見ては怒るに怒れないといった表情をしている。
「ちょっと、いい加減にしてください」
安元さんの頭をどけて強引に立ち上がろうとすると、強い力で手を握られた。酒気を帯びた黒い目が俺を見据えている。さっきとはがらりと違う雰囲気を感じながら、今度は何だと目を眇めると、案外冷静な彼の声が聞こえてきた。
「お前を帰らせたくない」
真剣な顔が、苦しそうに歪んでいる。先程まで騒がしかった宴会場が、一回りほど静かになった気がする。
彼がそういった瞬間、あらぁ~、という女性達の小さな声が背後から聞こえた。俺の心中としては、あらぁ~どころじゃなかった。
こ、この人、男相手に何言って……!
いつもの軽口か、それとも従順な後輩を逃したくないだけなのか。
しかもそれを真剣な顔で言うものだから、ガチ感がすごい。おいちょっと。女の人たちがにっこりしながらこっちを見てるんだけど。口元に手を当てて顔を赤くしてる人もいるし。安元さんの両隣に座っていた人たちは、何か穏やかな目でこっちを見守っているし。絶対誤解されてちゃってるよ。
盛大に誤解を招く発言をした当人は、周りの様子に気づくことなく暴走し続ける。
「だって、ここで帰したら、お前はあいつの元に行っちまうんだろ?」
「……うん?」
「そんなの嫌だ。なあ、あいつのところに行くなよ。なんで俺じゃだめなんだよ、なあ……」
どうしてそんな切なそうな目で俺を見てくるのか。どうしてそんなに苦しそうなのか。
あいつと言われても、クラゲさんのことしか思いつかない。彼はクラゲさんの存在を知らないはずなのに。
握られた手が熱い。安元さんにつられて、俺の体温が上がっているからだ。
何がどういうことなのか理解できていないけど、ここまで言われたらさすがの俺でも気づく。俺じゃだめなのかって、つまり、そういうことだよな。そういう意味で言ってるんだよな。
混乱していた俺は、周囲の人達が「あいつって誰?まさか鍵田って既に彼氏がいたの?」「安元……それを知ってて、ずっと……」「三角関係っでマジ?」と言っていたことに気づかなかった。
「安元さんって、俺のことが好きなの?」
そう尋ねると、彼はこくりと頷いた。その瞬間、驚きとともに嬉しいという明るい感情が胸の中に満たされた。
……ほ、ほんとに?
予想もしていなかったことに直面して何も言えなくなる。
今度こそ静まり返った会場の中、次に響いたのは、こんな時でも肝が座っている田川の声。
「修羅場だ……」
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