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続 その後の話
38 水族館の海月③
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ショーが終わって、今はふれあいコーナーにいる。タッチプールの水の中のヒトデやなまこ、その他魚たちに紛れて、黄色い目を戦慄かせながら隅っこで拗ねているクラゲさんに片手を差し伸べた。
岩がたくさん水槽に入っているから、母さんには見えていないだろう。
「ごめんってば……そろそろ機嫌直してよ」
片手でヒトデを撫でながらそう言うと、クラゲさんが唸った。これってもしかして嫉妬してるのかな。でも、これはしょうがないじゃん。こうしてないと傍から見れば、ただの水に話しかけたり撫でたりしてる異常な男になっちゃうんだし。
クラゲさんに触れようとすると、クラゲさんが水の中に潜って逃げて行ってしまう。ここまで拗ねられるのも珍しい。今までにないクラゲさんの行動に俺は困り果てた。
俺を避けているくせに、距離を取るとまたあの双眼をこちらに向ける。まだ泣いちゃってるよ。どうしたらいいんだ俺は。
密かに修羅場の中に俺がいることなど露ほども知らない母さんは、なまこを掴み取りして内蔵を吐き出されていた。裕也、これ見てよ。はいはい、すごいすごい。適当な返事をした自覚はあったのだが、母さんはそれを気にせず次の獲物に狙いを定めていた。獲物って。狩猟じゃないんだから。
「ねえ、なんであの時イルカ達に怒ったの?」
はっきり聞いておくべきだと思った。クラゲさんは普段言葉が少ないし、自分からこういうことを話そうとしない。
水に入れたままの片手に、一匹の魚が寄ってくる。小さくてかわいい魚だけど、ここでクラゲさんから目を逸らしたらまた怒られてしまう。
「ウー……」
「ねえ、教えて?ちゃんと言葉で教えてくれたら、今度から気をつけるから」
だからこっちに来て、ちゃんと話そう。そう言うと、クラゲさんがのろのろ近づいてくる。浅瀬で動いているクラゲさんはころころしてて小さくて、癒やされる。
いつもの如く短い言葉しか話せないクラゲさんは、単語を組み合わせながらいろいろ伝えてくれた。
曰く、自分以外のやつに水をかけられる俺が気に入らなかったこと。
曰く、イルカが俺の顔面に直接水をぶつけたことを引き金に、怒りが抑えられなくなったこと。
曰く、本当は自分にそっくりなクラゲがたくさんいる水族館に行ってほしくなかったこと。
曰く、何なら自分以外のお風呂に入らないでほしいこと。この前の旅行先の旅館で、俺がクラゲさんを部屋に置いて友人たちと温泉に行ったときは寂しさと嫉妬で密かに怒っていたこと。た、たしかに部屋においていったけど、あれは、人目が多いところに連れて行っても俺がクラゲさんを構ってやれないから、彼を疎かに扱いそうなのを恐れたからで……!
って、待て待て、嫉妬深すぎだろ!
今までの鬱憤を晴らすように一気に衝撃的なことを言われた俺は、ふれあいコーナーで膝から崩れ落ちるかと思った。
この調子だと水道水にまで嫉妬してるんじゃないだろうか。もしかして俺が家で飲み物を飲んでるところをやたら凝視してるのって、そういうこと?そう質問するのは藪蛇のように思えたから、心に留めておくだけにする。
「わ、わかった。なるべく気をつける」
「……ユーヤー」
「気をつけるって!」
信用ならないという顔をされた。失礼なやつめ。
「……でも、いくら怒ったからってイルカを襲ったらだめだよ。今度から気に食わないことがあったら、俺に言って」
「…………」
「返事しろ、こら」
帰るとき立ち寄ったショップで、母さんがイルカのぬいぐるみを買いたいと言ってきた。あまりにも母さんが買いたそうにしてるので好きにさせたら、俺の分まで買ってきた。
イルカ……。
つい先程起きた事件を思い出して、苦々しくぬいぐるみのつぶらな目を見つめた。
「お揃いって……カップルがするやつだろ」
「いいじゃない、家族同士でも」
母さんがにこやかに笑う。その笑顔を見て、そうだな、と思えた。
こんなふうに母さんとここに来れると思っていなかった。たくさん笑った。だからといって、俺と母さんの関係は普通の家族とは程遠い。昔からそうだ。一緒にいて楽しいと思えるけど、母さんのことを親として見れない。そして母さんも俺を自分の子供としてみていない。本人に自覚はないみたいだけど。
父親が家にいるときの母さんは、……今思うと、すごく嫌いだった。
今日の母さんはずっと楽しそうにしていた。時折腕を掴んできてはあちこち連れて行かれるのは困ったものだけど、久々の水族館に俺も楽しくなっていた。
それなりに楽しかった。来てよかったな、そう思えるくらいには。
しょうがないなあ。腕の中のぬいぐるみは、大切にすることにしよう。
【水族館の海月 終】
岩がたくさん水槽に入っているから、母さんには見えていないだろう。
「ごめんってば……そろそろ機嫌直してよ」
片手でヒトデを撫でながらそう言うと、クラゲさんが唸った。これってもしかして嫉妬してるのかな。でも、これはしょうがないじゃん。こうしてないと傍から見れば、ただの水に話しかけたり撫でたりしてる異常な男になっちゃうんだし。
クラゲさんに触れようとすると、クラゲさんが水の中に潜って逃げて行ってしまう。ここまで拗ねられるのも珍しい。今までにないクラゲさんの行動に俺は困り果てた。
俺を避けているくせに、距離を取るとまたあの双眼をこちらに向ける。まだ泣いちゃってるよ。どうしたらいいんだ俺は。
密かに修羅場の中に俺がいることなど露ほども知らない母さんは、なまこを掴み取りして内蔵を吐き出されていた。裕也、これ見てよ。はいはい、すごいすごい。適当な返事をした自覚はあったのだが、母さんはそれを気にせず次の獲物に狙いを定めていた。獲物って。狩猟じゃないんだから。
「ねえ、なんであの時イルカ達に怒ったの?」
はっきり聞いておくべきだと思った。クラゲさんは普段言葉が少ないし、自分からこういうことを話そうとしない。
水に入れたままの片手に、一匹の魚が寄ってくる。小さくてかわいい魚だけど、ここでクラゲさんから目を逸らしたらまた怒られてしまう。
「ウー……」
「ねえ、教えて?ちゃんと言葉で教えてくれたら、今度から気をつけるから」
だからこっちに来て、ちゃんと話そう。そう言うと、クラゲさんがのろのろ近づいてくる。浅瀬で動いているクラゲさんはころころしてて小さくて、癒やされる。
いつもの如く短い言葉しか話せないクラゲさんは、単語を組み合わせながらいろいろ伝えてくれた。
曰く、自分以外のやつに水をかけられる俺が気に入らなかったこと。
曰く、イルカが俺の顔面に直接水をぶつけたことを引き金に、怒りが抑えられなくなったこと。
曰く、本当は自分にそっくりなクラゲがたくさんいる水族館に行ってほしくなかったこと。
曰く、何なら自分以外のお風呂に入らないでほしいこと。この前の旅行先の旅館で、俺がクラゲさんを部屋に置いて友人たちと温泉に行ったときは寂しさと嫉妬で密かに怒っていたこと。た、たしかに部屋においていったけど、あれは、人目が多いところに連れて行っても俺がクラゲさんを構ってやれないから、彼を疎かに扱いそうなのを恐れたからで……!
って、待て待て、嫉妬深すぎだろ!
今までの鬱憤を晴らすように一気に衝撃的なことを言われた俺は、ふれあいコーナーで膝から崩れ落ちるかと思った。
この調子だと水道水にまで嫉妬してるんじゃないだろうか。もしかして俺が家で飲み物を飲んでるところをやたら凝視してるのって、そういうこと?そう質問するのは藪蛇のように思えたから、心に留めておくだけにする。
「わ、わかった。なるべく気をつける」
「……ユーヤー」
「気をつけるって!」
信用ならないという顔をされた。失礼なやつめ。
「……でも、いくら怒ったからってイルカを襲ったらだめだよ。今度から気に食わないことがあったら、俺に言って」
「…………」
「返事しろ、こら」
帰るとき立ち寄ったショップで、母さんがイルカのぬいぐるみを買いたいと言ってきた。あまりにも母さんが買いたそうにしてるので好きにさせたら、俺の分まで買ってきた。
イルカ……。
つい先程起きた事件を思い出して、苦々しくぬいぐるみのつぶらな目を見つめた。
「お揃いって……カップルがするやつだろ」
「いいじゃない、家族同士でも」
母さんがにこやかに笑う。その笑顔を見て、そうだな、と思えた。
こんなふうに母さんとここに来れると思っていなかった。たくさん笑った。だからといって、俺と母さんの関係は普通の家族とは程遠い。昔からそうだ。一緒にいて楽しいと思えるけど、母さんのことを親として見れない。そして母さんも俺を自分の子供としてみていない。本人に自覚はないみたいだけど。
父親が家にいるときの母さんは、……今思うと、すごく嫌いだった。
今日の母さんはずっと楽しそうにしていた。時折腕を掴んできてはあちこち連れて行かれるのは困ったものだけど、久々の水族館に俺も楽しくなっていた。
それなりに楽しかった。来てよかったな、そう思えるくらいには。
しょうがないなあ。腕の中のぬいぐるみは、大切にすることにしよう。
【水族館の海月 終】
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