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本編

31 ただ会いに来ただけ③

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結論から言うと、クラゲさんがなんとかしてくれた。

あの海辺で泣き崩れてしまった俺は、いつの間にかお布団で寝かされていた。起きたらもう朝になっていて、急いで会社に向かおうとする俺をクラゲさんが止めた。今日は休めと言いたいらしい。

俺の携帯を持ってどこかに行ったクラゲさんは、一日帰ってこなかった。代わりにと言ってはなんだけど、なんとなんと、上司の安元さんが家に来てくれた。玄関の先に上司の姿が見えたときは、驚きすぎて一瞬世界が逆さまに見えた。

安元さんは家庭的であるらしく、家事やらなんやらを手伝ってくれた。会社には俺が風邪を引いたってことになってるらしい。

忙しい安元さんがどうして家まで来たのかと聞くと、「心配だったから」と答えた。だけどそれは仕事を休んでまで俺のところに来るほどの理由じゃない。更に問い詰めると、「知り合いに頼まれたから」と言っていた。知り合いって誰だ。

もしかしてその知り合いもクラゲさんの手口だったりするのか。クラゲさんの計画の一環だったら困るので、それ以降は深く聞かなかった。俺が下手なことをして、クラゲさんの邪魔をしたらいけないし。

だけど家で一人になるのは心細かったから、安元さんの存在はすごく頼もしかった。俺よりガタイが良いし、父さんなんてワンパンかもな。そう思うと気が楽になった。陽キャを家に入れることにこんなに抵抗がなかったことはない。いや、安元さんは陽キャの中でも別格なのはわかってるんだけど。

俺の父親が来た話はどこかから聞いていたのかもしれない。父さんは俺を探すために結構派手な動きをしていたみたいだからな。

安元さんは時折、窓の外に視線を向けていた。あれは俺のために、父さんの姿を警戒していたのかもしれない。だとしたら、巻き込んでしまって本当に申し訳ない。そのことを口に出さなかったのも、俺に気を使ってのことだろう。たまに風呂場を睨んでいた理由はよくわからなかったけど。

夕飯をとった後くらいに、ようやくクラゲさんが帰ってきていた。風呂場に黄色い目が戻ってきていたときは、ホッとした。今日だけで何回も風呂場を見に行ったよ。

クラゲさんが帰ってきたあと、ちょうどタイミングよく安元さんも帰る時間になったと言い出した。安元さんは帰り際に「何かあったら連絡しろ」と俺の頭を撫でて、玄関から出ていった。スマートな男性だ。こんなことが自然にできるから、女にモテるんだろうな。あ、そういえばゲイなんだっけ。あの人なら絶世の美男美女を捕まえることができるだろう。何回あの人を見直せばいいんだ。



クラゲさんは、あの父親と会ってきたらしい。まずは俺のスマホを使って電話がかかってくるのを待ち、電話であいつと会話してその音声を録音したそうだ。音声を聞かせてもらうと、俺にそっくりな声と父さんが会話をしているのが聞こえた。これってまさかクラゲさんが俺の声のマネをしてるのか。

その電話で待ち合わせを決めて会う約束をしたクラゲさんは、今度は直接父親と会って話したそうだ。そこで音声を取り出して脅した。これで終わり。うっそだろ。これだけ時間がかかっていたくせに、それだけじゃないだろ絶対!もっと俺に言っていないような大変なことがあったはずだ。

どうやって会いに行ったんだと聞いたが答えなかった。順当に考えれば、人に化けたのだろう。上司の話にも、人に化けて騙しに来る海ぼうずの話があったはずだ。俺に化けて話したのかと聞くと否定された。じゃあ、誰として話に行ったんだろう。

数日後、母さんから連絡があった。結局父さんの例の件は伝わってしまったらしい。よく連絡してきたな。心配したとか言ってるけど、心のなかでは自分に矛先が向かなかったことにほっとしているようだ。母さんらしい。上辺の心配の声を聞き流して要件を聞くと、父さんが警察に捕まったことを聞かされた。

どうやら俺に会いに来る以前から、危ない手段で金稼ぎをしていたらしい。もしかしたら俺の家にも警察が話を聞きに来るかもしれない、と母さんは言った。

電話を切って、横目でクラゲさんの顔色を窺う。父さんは何をやらかしてたんだろう、と思ったけど、そんなことはどうでもいいかと思い直した。

父親が捕まったことをどこからか聞きつけた姉御からも連絡があった。誰にも頼ろうとせず一人で解決しようとしたことをさんざん怒られてしまった。「気持ちはわかるけどさ」と幼子に言い聞かせるように言われて、流石に反省した。






「ねえクラゲさんさ。あの時本気で俺を殺そうとしてたよね」
「ヤー……」
「俺が死んだ後って、クラゲさんどうするのかなって気になってさ。やっぱり海に帰るの?」

俺も悪かったからあの時のことはもう怒っていない。だけど、俺がいなくなったあとの彼がどうするのかが気になった。これは、この前の話だけではない。俺は人間だからいつか死ぬ。クラゲさんに寿命があるのか知らないが、俺より長生きするだろうというのはなんとなくわかる。

追求すると、クラゲさんは辿々しく話し始めた。クラゲさんは普段、喋っても単語くらいしか話さない。カタコトでぽつぽつ紡ぐクラゲさんの話をまとめると、「裕也が死んだら自分も死ぬ」ってことらしい。ヤンデレってこういうのを言うのかな。そこまで好かれてるってことだろうか。好きの次元が違いすぎて、いまいち実感が出ない。

ということは、あの日は自分も死ぬ気で俺を溺れさせていたのか。でも、何故そこまでして?

「どうして死ぬの?」

首を傾げると、クラゲさんが目をぴかりと光らせた。なになに。なんで怒った?

「ユウヤ」
「え、ええ?何で急に機嫌悪くなって……わ、わかったよ。死なないように気をつける」

咎めるような声に、肩を竦めた。クラゲさんは俺の自殺未遂に本当に腹を立てているようだ。もうあんなことはしないから、そんなに怒らないでほしい。

……思い返すと、こんなふうに咎められるように叱られるのは初めてかもしれない。いつも父さんには理不尽な怒りばかりぶつけられてきたから。なんて、叱られて心が暖かくなってしまう俺は、どこまでも彼に依存している。

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