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本編
27 風邪ひいた話
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「だるい……」
朝からやけに体が重いと思ったら、熱が38℃を超えていた。急いで会社に休みの連絡をして、市販薬を飲むとそのまま布団に潜り込む。あれ、朝食とったっけ。ご飯の様子をするのがだるくて、そのまま布団の中で目を閉じた。
こんこんと何かを叩く音がして目を開ける。透明なグラスに入ったクラゲさんが、心配そうにこちらを見ていた。
「だいじょーぶ。一日寝たら良くなるよ」
撫でるために手を伸ばして、たどり着く前に床に腕が落ちる。体力が尽きてしまったのだ。
身体が暑い。普段は寒がりなのに、こういう時は普通の人間と同じように暑苦しくなる。脳裏に浮かんだのは、幼少期に一人で泣いてる俺の姿だ。暑かろうと寒かろうと思い出すことは変わらないんだな。
……あつい。氷枕くらい持ってくればよかった。
ぐったりしてる俺を見るクラゲさんが戦慄いている。泣いているのだ。慰めてあげないといけない。今すぐ彼の不安を取り除いてやりたいのに、俺の体は床に沈んだままだった。
額に冷たいものが触れて、意識が浮上する。薄く目を開けても、額に乗っているものの正体がわからない。手をやると、スライムみたいにぷにぷにしてるものがぺったりくっついていた。
「つめたい……」
体温が奪われていく感じが気持ちよくて、再び目を閉じる。眠たいけど、喉が渇いている。
「水ほしい」
側にいる誰かに、そう話しかけた。幼い頃はこんなことを言っても、願いを叶えてくれる誰かはいなかった。
ゆるりと身体を起こされる。口の中に冷たい水が流し込められて、与えられるがままに飲み込む。ゆっくり飲ませてくれるから、むせることはない。
冷たい水が美味しい。気持ちいい。ひんやりしてる。もっと触れたい。
水を与えてくれる誰かに縋りついて、もっとほしいと強請る。舌を控えめに伸ばしたら、冷たい水に絡め取られた。そのまま喉を通ってくる水をこくこく飲み干して、ようやく離される。
金の双眼に見つめられているのを感じながら、再び意識を落とした。
夕方頃になると熱がだいぶ引いていた。空が赤くなった頃に目を冷ました俺は、自力で起き上がれるまで回復している。幼い頃は一度風邪を引いたら4日位寝たきりだったから、俺も成長したということだろう。
さて、動けるようになったからにはご飯でも作ろう。そう思ってキッチンに向かおうとしたとき、ずっと側にいてくれたクラゲさんの様子がおかしいことに気づいた。何というか、焦っているような申し訳無さそうな。悪戯をした後の子供のようだ。嫌な予感がして、急いでキッチンに向かった。
ぐちゃぐちゃになっている台所に苦笑いする。俺のマネをして、料理をしようとしてくれたのだろうか。家電が壊れていないだけ、幸運だろう。因みに卵は全滅だった。
落ち込んだようにしゅんとしてるクラゲさんを見て、怒る気持ちなど微塵も湧いてこなかった。俺のために頑張ってくれたのだろう。熱にうなされてる間もずっと側に居てくれたということも、はっきり覚えている。片付けは面倒だが、彼なりに俺を助けようとしてくれたことが何より嬉しかった。
「後で一緒に片付けような。そんで、今度台所の使い方を教えてあげる」
心が暖かくなって、少し泣きたい気持ちになった。こんなに俺に尽くしてくれるこの人を、一生大事にしてやりたい。
「おーい、昨日は大丈夫だったのかよ」
昨日の今日で出勤する俺を見た田川が、心配そうに声をかけてきた。
「見舞いに行こうとしたんだが、逆に疲れさせるかと思ってさぁ。お前気遣い屋だから、もてなそうとするだろうし」
「一人じゃなかったから、大丈夫だったよ」
「お?そうなのか」
意外そうな目で見られて、少し居心地悪い。
「そういえば、お前のおふくろと、この前再会したんだろ?おふくろに看病してもらったのか?」
「あ……」
そういえば、その手もあったんだな。しんどすぎて全然忘れていた。
だけど、もしも思い出せたとしても俺はあの人を呼ばなかったんじゃないか、と思う。嫌なことを思い出すし、あの人と話すのは気を使うから疲れる。
「違うよ」
「じゃあ誰が看病に来たんだよ。あ、例の彼氏か」
「ち、違う」
「お前さあ、安元さんと噂になってんの知ってんの?けっこうマジなんじゃないかって思ってるんだけど」
「何だよ噂って」
「お前が安元さんと付き合ってるって、女職員の間で話題らしい」
「違う。もしもその話をしてる人がいたら訂正しておいてよ」
「なんだよ、じゃああれは嘘か。つまんねー」
なぜそんな噂が流れてるんだ。そんな噂が流されて、安元さんも迷惑だろう。そもそも、
「だいたい、なんで俺とあの人が付き合うって発想になんの」
微塵も理解できない。今どきそういう趣向の女性たちがいるのを知っているが、男二人並んでいるだけでそういう想像をされるのは不本意だ。
不満気に声を低くすると、田川が口を手にやって目を見開いていた。どんな驚き方だ。
「え……お前、まさか気づいてないのかよ……」
「は?」
「いや嘘だろまさかな。でもその反応、ガチっぽいな……うわまじか。引くわー……」
「……話が見えないんだけど?」
有りえないものを見たときのように、じりじり後退りされる。どうして距離を取ってるんだ。そんなにおかしいことは言ってないだろ!
「俺、正直男同士の恋愛とか興味無いんだけどさ……安元さんには心底同情するよ……今度から積極的に応援しようかな……」
「え?あの人男が好きなの?いかにも女性にモテそうなのに」
「もうお前は黙れ」
今度は口を手で塞がれた。もう何も喋るなってか。納得できない!
朝からやけに体が重いと思ったら、熱が38℃を超えていた。急いで会社に休みの連絡をして、市販薬を飲むとそのまま布団に潜り込む。あれ、朝食とったっけ。ご飯の様子をするのがだるくて、そのまま布団の中で目を閉じた。
こんこんと何かを叩く音がして目を開ける。透明なグラスに入ったクラゲさんが、心配そうにこちらを見ていた。
「だいじょーぶ。一日寝たら良くなるよ」
撫でるために手を伸ばして、たどり着く前に床に腕が落ちる。体力が尽きてしまったのだ。
身体が暑い。普段は寒がりなのに、こういう時は普通の人間と同じように暑苦しくなる。脳裏に浮かんだのは、幼少期に一人で泣いてる俺の姿だ。暑かろうと寒かろうと思い出すことは変わらないんだな。
……あつい。氷枕くらい持ってくればよかった。
ぐったりしてる俺を見るクラゲさんが戦慄いている。泣いているのだ。慰めてあげないといけない。今すぐ彼の不安を取り除いてやりたいのに、俺の体は床に沈んだままだった。
額に冷たいものが触れて、意識が浮上する。薄く目を開けても、額に乗っているものの正体がわからない。手をやると、スライムみたいにぷにぷにしてるものがぺったりくっついていた。
「つめたい……」
体温が奪われていく感じが気持ちよくて、再び目を閉じる。眠たいけど、喉が渇いている。
「水ほしい」
側にいる誰かに、そう話しかけた。幼い頃はこんなことを言っても、願いを叶えてくれる誰かはいなかった。
ゆるりと身体を起こされる。口の中に冷たい水が流し込められて、与えられるがままに飲み込む。ゆっくり飲ませてくれるから、むせることはない。
冷たい水が美味しい。気持ちいい。ひんやりしてる。もっと触れたい。
水を与えてくれる誰かに縋りついて、もっとほしいと強請る。舌を控えめに伸ばしたら、冷たい水に絡め取られた。そのまま喉を通ってくる水をこくこく飲み干して、ようやく離される。
金の双眼に見つめられているのを感じながら、再び意識を落とした。
夕方頃になると熱がだいぶ引いていた。空が赤くなった頃に目を冷ました俺は、自力で起き上がれるまで回復している。幼い頃は一度風邪を引いたら4日位寝たきりだったから、俺も成長したということだろう。
さて、動けるようになったからにはご飯でも作ろう。そう思ってキッチンに向かおうとしたとき、ずっと側にいてくれたクラゲさんの様子がおかしいことに気づいた。何というか、焦っているような申し訳無さそうな。悪戯をした後の子供のようだ。嫌な予感がして、急いでキッチンに向かった。
ぐちゃぐちゃになっている台所に苦笑いする。俺のマネをして、料理をしようとしてくれたのだろうか。家電が壊れていないだけ、幸運だろう。因みに卵は全滅だった。
落ち込んだようにしゅんとしてるクラゲさんを見て、怒る気持ちなど微塵も湧いてこなかった。俺のために頑張ってくれたのだろう。熱にうなされてる間もずっと側に居てくれたということも、はっきり覚えている。片付けは面倒だが、彼なりに俺を助けようとしてくれたことが何より嬉しかった。
「後で一緒に片付けような。そんで、今度台所の使い方を教えてあげる」
心が暖かくなって、少し泣きたい気持ちになった。こんなに俺に尽くしてくれるこの人を、一生大事にしてやりたい。
「おーい、昨日は大丈夫だったのかよ」
昨日の今日で出勤する俺を見た田川が、心配そうに声をかけてきた。
「見舞いに行こうとしたんだが、逆に疲れさせるかと思ってさぁ。お前気遣い屋だから、もてなそうとするだろうし」
「一人じゃなかったから、大丈夫だったよ」
「お?そうなのか」
意外そうな目で見られて、少し居心地悪い。
「そういえば、お前のおふくろと、この前再会したんだろ?おふくろに看病してもらったのか?」
「あ……」
そういえば、その手もあったんだな。しんどすぎて全然忘れていた。
だけど、もしも思い出せたとしても俺はあの人を呼ばなかったんじゃないか、と思う。嫌なことを思い出すし、あの人と話すのは気を使うから疲れる。
「違うよ」
「じゃあ誰が看病に来たんだよ。あ、例の彼氏か」
「ち、違う」
「お前さあ、安元さんと噂になってんの知ってんの?けっこうマジなんじゃないかって思ってるんだけど」
「何だよ噂って」
「お前が安元さんと付き合ってるって、女職員の間で話題らしい」
「違う。もしもその話をしてる人がいたら訂正しておいてよ」
「なんだよ、じゃああれは嘘か。つまんねー」
なぜそんな噂が流れてるんだ。そんな噂が流されて、安元さんも迷惑だろう。そもそも、
「だいたい、なんで俺とあの人が付き合うって発想になんの」
微塵も理解できない。今どきそういう趣向の女性たちがいるのを知っているが、男二人並んでいるだけでそういう想像をされるのは不本意だ。
不満気に声を低くすると、田川が口を手にやって目を見開いていた。どんな驚き方だ。
「え……お前、まさか気づいてないのかよ……」
「は?」
「いや嘘だろまさかな。でもその反応、ガチっぽいな……うわまじか。引くわー……」
「……話が見えないんだけど?」
有りえないものを見たときのように、じりじり後退りされる。どうして距離を取ってるんだ。そんなにおかしいことは言ってないだろ!
「俺、正直男同士の恋愛とか興味無いんだけどさ……安元さんには心底同情するよ……今度から積極的に応援しようかな……」
「え?あの人男が好きなの?いかにも女性にモテそうなのに」
「もうお前は黙れ」
今度は口を手で塞がれた。もう何も喋るなってか。納得できない!
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