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本編
20 海ぼうずさんと上司③
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思いっきり田川の視界に入った、黄色い目が二つ浮かんだペットボトル。目を丸くしている田川に、一刻も早くこの場から立ち去りたくなった。でも、そうはできない。田川の目は確実に、クラゲさんの方を捕らえていた。
「あ、あの、田川。これはその、少し、いやかなり変わった見た目をしてるけど、決して悪い子じゃないんだ。だから、見なかったことに……」
「は?何言ってんだお前」
「ええ?このペットボトルの話でしょ?」
「そうそう。いや、さっきから気になってんだよな。鞄の中に水筒入ってるのに、ペットボトルも持ってるから。二本分も飲み物いらないだろ。そんなに水が好きなやつだったっけ?美容にでも目覚めたか」
「うえ?」
あれ、何か話が噛み合っていない。違和感を感じて、なんとなく探りながら話していくうちに、田川と俺では見えてるものが違うことがわかった。
どうやら、田川にはペットボトルのクラゲさんがただの水にしか見えないらしい。いや、田川だけじゃない。先程から何人もの職員が隣を通り過ぎているが、クラゲさんをみて驚く人は誰もいなかった。どうやら彼の姿は俺にしか見えないらしい。
これは好都合だ。ということは、彼と外へ出かける時もあんなにこそこそしなくてよかったのかもしれない。
………好都合、だけど。クラゲさんの存在がますます謎だ。
俺と田川が話している間も、クラゲさんは先程の女性がいた方をじっと睨んでいた。
あの後、なぜか職員に「昨日は大変だったな」と同情の言葉と眼差しを受けながら仕事をすることになった。周りの反応がなんかおかしい。昨日の騒動の話はまあ広まっているだろうと思っていたけど、こんなに同情の目を向けられるとは思っていなかった。俺の知らないところでどんな話になってんだ。
田川も、「大変だったな。疲れたときは、今カノにたくさん甘えておけ」とか言ってるし。そういえばこいつ、俺に彼女がいるって勘違いしたままだったな。
と、さり気なく同僚に聞いてみたところ、上司の安元さんが俺が職場に居づらくないようにといろいろフォローしてくれていたらしい。本当に、あの人には頭が上がらない。次に会うときは必ずお礼を言わないといけないな。
クラゲさんが入ったペットボトルを隣に置きながらパソコンに向かった。
仕事中でも、ふと隣に目を向けると癒やしの存在があると穏やかな気持ちになれる。これがアニマルセラピー……。アニマルとは程遠い形をしてるし、夜はエロいことしてくるけど……。偶にプラスチック越しにクラゲさんを突いて遊んでやりながらパソコンに向かっているうちに、昼休憩の時間がやってきた。
クラゲさんに癒やされていたら休憩時間が来たので、昼ごはんを買うためにコンビニに向かった。いつもなら社員食堂に行くのだが、今日はクラゲさんと話しながら食事を取りたい。つまり、クラゲさんと二人きりになりたい。
食堂でお喋りなんかしたら、旗から見ればペットボトルに話しかける異常人に成り下がってしまう。
最寄りのコンビニで適当に弁当を買って店を出ると、駐車場に見知った顔が俺を待ち伏せしていた。
「おー。鍵田。一緒に飯食おうぜ」
同じ白いビニール袋を手に持った安元さんが、俺の顔を見るとひらひら手を振ってきた。
公園のベンチに大人の男が仲良く二人で座って、弁当を広げる。陽キャと二人きりは心細いので、隣にクラゲさんを置いた。どうせクラゲさんの姿が見えないなら、ここに置いてても大丈夫だろ。
クラゲさんは安元さんが隣りにいることを酷く気にしているようだった。先程から落ち着かない様子で、ペットボトルの中でくるくる泳いでいる。
安元さんは牛カルビ重弁当を隣で頬張っている。イメージ通りの弁当だ。いかにも肉好きっぽいからな。
「あの、昨日はありがとうございました。それと、他にもフォローしていただいで」
「ん。いいってことよ。それと、俺もごめんな。昨日お前を帰らせるとき、強い言葉使っちまった。お前が叩かれてるの見て、女の方に腹が立ってて……気が立ってたんだ」
確かに昨日の物言いは安元さんらしくなかった。けど、わざわざ部下相手に謝るほどのことではない。それにあれくらいのことは、何度も言われたことがあるから慣れている。律儀に謝られたことに、心底驚いた。
「……あの……いろいろと俺のことをかばってくれたんですね。それがすごく嬉しいんです。だから、謝らないでください」
ああまでして、俺を信じていてくれたことが、信じられないくらい嬉しかった。これは絶対言っておきたかったのだ。そう言ってはにかむと、隣でも微笑を漏らす気配がした。
「……まあ、お前が女に対してトラブル起こすとはなから思っていないからな。そもそもそんな度胸がないだろうし」
「んな……!」
「それにしてもお前、別部署のあの絵莉さんと付き合ってたんだな。お前に彼女がいたことが驚きだ。あ、お前が絵莉さんと付き合っていたことは誰にもバラしてないから、安心しろ」
最悪だ……!思ってても言うなよ!バラしてないのはありがたいけど!
思っていたのと違う信頼をいつの間にか持たれていた。喜んで良いのか微妙なところだ。でも、モテてそうな安元さんにそこまで言われると、流石に自身がなくなってくる。俺ってそんな意気地なしに見えるのかな。トラブルを起こさないと思われてるのはいいけど、度胸がないと思われているのは男としてどうなんだ。
「あ、あの、田川。これはその、少し、いやかなり変わった見た目をしてるけど、決して悪い子じゃないんだ。だから、見なかったことに……」
「は?何言ってんだお前」
「ええ?このペットボトルの話でしょ?」
「そうそう。いや、さっきから気になってんだよな。鞄の中に水筒入ってるのに、ペットボトルも持ってるから。二本分も飲み物いらないだろ。そんなに水が好きなやつだったっけ?美容にでも目覚めたか」
「うえ?」
あれ、何か話が噛み合っていない。違和感を感じて、なんとなく探りながら話していくうちに、田川と俺では見えてるものが違うことがわかった。
どうやら、田川にはペットボトルのクラゲさんがただの水にしか見えないらしい。いや、田川だけじゃない。先程から何人もの職員が隣を通り過ぎているが、クラゲさんをみて驚く人は誰もいなかった。どうやら彼の姿は俺にしか見えないらしい。
これは好都合だ。ということは、彼と外へ出かける時もあんなにこそこそしなくてよかったのかもしれない。
………好都合、だけど。クラゲさんの存在がますます謎だ。
俺と田川が話している間も、クラゲさんは先程の女性がいた方をじっと睨んでいた。
あの後、なぜか職員に「昨日は大変だったな」と同情の言葉と眼差しを受けながら仕事をすることになった。周りの反応がなんかおかしい。昨日の騒動の話はまあ広まっているだろうと思っていたけど、こんなに同情の目を向けられるとは思っていなかった。俺の知らないところでどんな話になってんだ。
田川も、「大変だったな。疲れたときは、今カノにたくさん甘えておけ」とか言ってるし。そういえばこいつ、俺に彼女がいるって勘違いしたままだったな。
と、さり気なく同僚に聞いてみたところ、上司の安元さんが俺が職場に居づらくないようにといろいろフォローしてくれていたらしい。本当に、あの人には頭が上がらない。次に会うときは必ずお礼を言わないといけないな。
クラゲさんが入ったペットボトルを隣に置きながらパソコンに向かった。
仕事中でも、ふと隣に目を向けると癒やしの存在があると穏やかな気持ちになれる。これがアニマルセラピー……。アニマルとは程遠い形をしてるし、夜はエロいことしてくるけど……。偶にプラスチック越しにクラゲさんを突いて遊んでやりながらパソコンに向かっているうちに、昼休憩の時間がやってきた。
クラゲさんに癒やされていたら休憩時間が来たので、昼ごはんを買うためにコンビニに向かった。いつもなら社員食堂に行くのだが、今日はクラゲさんと話しながら食事を取りたい。つまり、クラゲさんと二人きりになりたい。
食堂でお喋りなんかしたら、旗から見ればペットボトルに話しかける異常人に成り下がってしまう。
最寄りのコンビニで適当に弁当を買って店を出ると、駐車場に見知った顔が俺を待ち伏せしていた。
「おー。鍵田。一緒に飯食おうぜ」
同じ白いビニール袋を手に持った安元さんが、俺の顔を見るとひらひら手を振ってきた。
公園のベンチに大人の男が仲良く二人で座って、弁当を広げる。陽キャと二人きりは心細いので、隣にクラゲさんを置いた。どうせクラゲさんの姿が見えないなら、ここに置いてても大丈夫だろ。
クラゲさんは安元さんが隣りにいることを酷く気にしているようだった。先程から落ち着かない様子で、ペットボトルの中でくるくる泳いでいる。
安元さんは牛カルビ重弁当を隣で頬張っている。イメージ通りの弁当だ。いかにも肉好きっぽいからな。
「あの、昨日はありがとうございました。それと、他にもフォローしていただいで」
「ん。いいってことよ。それと、俺もごめんな。昨日お前を帰らせるとき、強い言葉使っちまった。お前が叩かれてるの見て、女の方に腹が立ってて……気が立ってたんだ」
確かに昨日の物言いは安元さんらしくなかった。けど、わざわざ部下相手に謝るほどのことではない。それにあれくらいのことは、何度も言われたことがあるから慣れている。律儀に謝られたことに、心底驚いた。
「……あの……いろいろと俺のことをかばってくれたんですね。それがすごく嬉しいんです。だから、謝らないでください」
ああまでして、俺を信じていてくれたことが、信じられないくらい嬉しかった。これは絶対言っておきたかったのだ。そう言ってはにかむと、隣でも微笑を漏らす気配がした。
「……まあ、お前が女に対してトラブル起こすとはなから思っていないからな。そもそもそんな度胸がないだろうし」
「んな……!」
「それにしてもお前、別部署のあの絵莉さんと付き合ってたんだな。お前に彼女がいたことが驚きだ。あ、お前が絵莉さんと付き合っていたことは誰にもバラしてないから、安心しろ」
最悪だ……!思ってても言うなよ!バラしてないのはありがたいけど!
思っていたのと違う信頼をいつの間にか持たれていた。喜んで良いのか微妙なところだ。でも、モテてそうな安元さんにそこまで言われると、流石に自身がなくなってくる。俺ってそんな意気地なしに見えるのかな。トラブルを起こさないと思われてるのはいいけど、度胸がないと思われているのは男としてどうなんだ。
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