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本編

11 仕事疲れで病んでるときの話①

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「疲れた……」

今日は散々な日だった。

取引先のミスにより予定がズレて、他の部署のカバーまでするために走り回ることになった。今日は久しぶりに別の部署の絵莉さんとの仕事もあったのだが、あまりの忙しさで気まずさを感じる余地もなかったことだけは唯一の幸運だったのかもしれない。

別れてからというもの、彼女とまともに話していなかったのだ。周囲も俺と彼女の間に何かがあったのを察して、二人きりにならないよう気を使ってくれていた。特に上司の安元さんの配慮が大きい。薄々気づいていたが、俺が会話に困っているとさり気なく入ってきてフォローしてくれたり、スケジュール調整してくれたりしている。できる陽キャだ。陽キャは苦手だけど、あの人には一生ついていこう。

「おつかれ、鍵田」
「ああ……田川もおつかれ」

同僚の田川が、窶れた顔でデスクに伏せている。いつも飄々としてる彼も流石にくたびれているようだった。田川だけではない。オフィスには疲れた顔をした死屍累々があちこちにあった。

とりあえず、一区切りはついたというところだろう。ようやくちらほらと帰宅する人も出てきた。俺ももうすぐ帰れるはずだ。

半分夢の中に入っている田川が、むにゃむにゃと何かを喋っているのを無視しながら、俺は腕時計の針の先を確認した。

因みに、会社では俺と絵莉さんが付き合っていたことは言っていない。多分、なんとなく勘づいていたやつはいると思うけど、それも少数だ。だから会社の人達から見れば、「あの二人あんなに仲良かったのに最近話してるの見かけないな。喧嘩したのかな」程度の認識だろう。実際はもっとややこしいことが起きてるんだけどな。ははは。

あと、俺のような仕事一筋で女っ気のないやつに彼女なんていないだろという共通認識を、職場の人達に持たれているらしい。ソースは田川だ。悔しいことに、この手の噂話については田川が一番詳しい。知らず知らずのうちに不名誉な認識をされていることに、かなりへこんだ。なんでそういうことになったんだろう。発端は誰だ。特定できたら、問い詰めてやりたいです

その認識のおかげで今までバレなかったようなものだが、複雑な気持ちだ……。

付き合っていた頃、絵莉さんにこの話をしたことがある。職場の人に嫌な風評が流れてるんだと言うと、絵莉さんも苦笑いしてたな。絵莉さん、今の彼氏とはうまくいってるんだろうか。俺とよりもうまくいってるんだろうな。








くたくたのまま家に入ると、晩御飯に買ってきたコンビニのオムライス弁当を机の上に置く。帰りにコンビニに寄る余力を振り絞れたのは奇跡に近い。クラゲさんの移動用に置いている水の入ったコップには、すでに黄色い双眼がついていた。

「ただいま、クラゲさん」

風呂場で見るのと違い、小さくなってるクラゲさんを指で撫でる。「ヤーヤー」と鳴きながら、餅のように身体を伸ばしてくるクラゲさんがかわいい。

買ってきたペットボトルの水に口をつけながら、俺の手に絡みついてくるクラゲさんを眺めた。クラゲさんの体温はひんやりしている。

「今日さ、すごく大変だったんだ。ずっとバタバタしてて、お昼もゆっくりできなかったから……お腹すいた」

にゅるんと手のひらに乗ってきたクラゲさんをコップの中に戻す。ちょっとそこでじっとしてなさい。

あまり温かくない弁当の蓋をあけると、濃いソースのにおいがした。レンジに入れる手間すら面倒で、そのまま食べることにする。

オムライスをスプーンで口に運んでいるのを、凝視されている。クラゲさんは俺を観察するのが好きなようだった。何が面白いんだか。

すぐに食べ終えてキッチンの方へゴミを片付けに行く。キッチンから戻る際、机の上で待ってくれてるクラゲさんに振り向きざまに微笑んだ。

「お風呂入ろうかな」

そう言うと、クラゲさんはコップの中で嬉しそうに跳ねた。クラゲさんは、俺が風呂に入りたがるとご機嫌になる。

せっかくなら一緒に向かおうと思い、コップに入れたまま風呂場まで移動する。先に水が張ってある浴槽に入ってもらった後、脱衣所に戻って服を脱いだ。

裸になって浴室に入ると、風呂水はすでに暖かくなっていた。首を伸ばして待っているクラゲさんに「ありがとう」と言うと、金の目が一瞬ぼんやりと光った。どういう感情なんだろう。感情の変化と身体の変化が伴っていることはなんとなく理解してるけど、どれが何を指しているのか、まだ全てを把握しきれていない。
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