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本編

5 泣き虫の夜⑤ ※

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温かい何かが、お腹を上下に撫でている。なんだろう、これ。まるで水に撫でられているような、なんとも言い難いこの感じ。でも、何故かすごく安心する。

温かいものに身を任せていいると、今度は背中から胸にかけて大きななにかに包まれる。温かい。気持ちいい。自分より大きな誰かに大切に守られているようで、ずっとこうしていたくなる。

ぎゅうと抱きしめられた。とん、とん、とあやすようにお腹を撫でられて、変な感覚がしてきた。自分の呼吸が熱っぽくなっている。

何かがおかしい。何かが起きている。ようやく気づいて目を開ければ、風呂の天井が目に入った。

「……は?」

確かに俺は膝に俯いて目を閉じたはずだ。寝ている間に仰向けになっていたのだろうか。そんなに寝相が悪い方じゃないと思っていたのだけど。

驚くのもほどほどに、仰向けの上半身を起こすために風呂の縁に手を置こうとしたら、ぬるりとしたものに腕を絡め取られてしまった。透明な触手みたいなものが、腕に巻き付いている。腕だけじゃなく、胴回りや足にも絡みついており、その触手は風呂水の水面から伸びてきていた。

水の中に、何かがいる。

そのことに気づいたのもつかの間、背中を誰かに押されて、上半身をゆっくり起こされる。身体を起こされたことで、風呂水の水面がよく見えた。

水面に映る自分の顔を呆然と見つめながら、内頬を噛んでみる。痛い。夢じゃない。

俺のお腹を撫でていたのは、謎の透明な触手だった。触手、じゃないかもしれない。水飴のように、みょーんと伸びたそれは、みずみずしい輝きがあった。

いくつもうごめいている水飴の手は、太いものから細いもの、短かったり大きかったりと様々なものがある。

されるがままになっていれば、掴まれた腕が湯の中に戻された。そのまま両腕ごと透明な手に抱きしめられて、体の力が抜ける。ぱしゃんとお湯が跳ねる音が聞こえる。

「んん……あったか……」

この感じ、すごく安心する……。いやまて、リラックスしてる場合じゃない。一体この風呂に何が起きてるっていうんだ。一瞬警戒心が陥落しそうになった。

腕ごと触手に巻き付かれているから、動きにくい。
何とか顔だけ背後に向けると、透明でぷよぷよしたような見た目の何かがそこにいた。なんか、とても見覚えのあるフォルムだ。大きさは置いといて。恐る恐る上に視線を向けると、男の手より一回りくらい大きい黄金の目が俺を見下ろしていた。

「ひっ……!」

なんの感情も表さない金色の空洞が、2つともこちらを見ている。様子をうかがっているのか、俺の動き一つ一つを見逃さまいといったようにこちらをじっと見据えている。

天井まで届いているその身体は、この狭い浴室では窮屈そう見える。そんなどでかい化け物が、俺を背後から抱きしめていた。

……え、なに、この生き物?

混乱の中で、その縦長の楕円の金の目に見覚えがあることに気づく。洞窟で見たあの小さなクラゲも、同じ色をしていたはずだ。

まさか、あのクラゲがここまでついてきたのか……?でも、洞窟で見たサイズと明らかに違うんだけど。

俺を見て何を思っているのだろうか。そもそも、意志はあるんだろうか。とりあえず距離を取りたい。でも動けない。どうしよう。

「ひ……っ」

ふと、お腹に巻き付く触手の力が強まった。先程から変な感覚が溜まっていたそこを急に締められて、小さい悲鳴が出た。

まずい。何がまずいのかわからないけど、現状が非常にまずいということくらいはわかる。締められて、ちょっとぞくぞくしてきたのもまずい。近頃、自分でするのも五分沙汰だったのもあって、なんかおかしい気分になってきてる。

「ちょっと、離せよ」

お腹にぐるぐる巻き付いていた触手が緩み、ほっと息をついたのも束の間。今度は触手が股間に伸びてきた。

ぬるんとした触手が先っぽを掠めただけで、腰がビクンと跳ねる。

「やめッ……、は?………あ、ん……ん」

股間の触手を引き剥がそうと聞き手を伸ばす。掴んでくる触手を振り払う気持ちで、わりと本気で引っ張ったが、さらに強い力で拘束されるだけに終わった。

とうとう触手にぐるぐる巻きにされた陰茎が、上下に扱かれだした。強すぎる快感に途端に体の力が抜けて、口から変な声が出てくる。こんなに激しい快楽を受けるのは初めてだ。

俺の体が脱力したのがわかったのか、腕の触手の力が緩んだ。そのことにも気付けないくらい、俺の意識はどんどん気持ちいいことに向かっていく。

水の中で扱かれているから、風呂の水が波打っている。ばしゃんと水が跳ねる音に合わせて動く水が、今は生々しく見えた。

「ふ、んん……んっ…………、きもち、ぃ……」

生理的な涙を一粒流すと、すぐに拭われる。黄色い瞳が、俺の顔を覗き込んだ。きっとはしたない顔をしているんだから、誰にも見られたくない。

触手の動きに合わせて、腰がかくかく揺れた。半ば夢心地の中、思考が溶けていく。ぬるぬるされるのは気持ちいいけど、触手の力は優しいものだから、射精には至らない。イきたいのにイけない。こんなに気持ちいいのに。

性的な欲望がぶわっと溢れてきて、心臓がどくどく脈打っている。俺を見つめる金の瞳を、縋り付くように見つめ返した。

「……っ、だしたい……、ね、もっと、つよく……あ、ぁっ」

一人でするときだって、こんなになったことはなかった。気持ち良すぎて泣いたことなんて無いし、こんなに甘えた声を出したこともない。

ぐちゅり、という水音が聞こえて、一際強くそこを扱かれた。その瞬間溜まりに溜まった快感が弾けて、息が止まる。

「ーーーっ、ぁ」

びくんと身体が痙攣して、眼の前がちかちかする。ちんこの先から精子が出てきたのがわかった。

長い絶頂の波のあと、肩で息をする。黄色い双眼のそいつは俺の顔を舐め回すように見たあと、満足そうに頬を寄せてきた。予想に反して、その水の化け物の頬は水のようにさらさらしていた。というか、ただのお湯みたいだった。お湯に撫でられてるってどういう状況。

その化け物の身体は、スライムみたいにぬるぬるしているところと、水100%でできているところがあるみたいだった。

風呂の中で射精してしまったことを思い出して急いで股間に目を向けると、精子はどこにも見当たらなかった。もう水に混ざり切ってしまったのか。いや、そんなまさか。白いモヤが残っててもいいくらいなのに、水は透明のままだった。

立ち上がろうとすると、今度はあっさり触手を離してくれた。俺から離れた触手は、空中で水の状態になって湯船に落ちていった。

ふと、風呂に備わっている鏡を見ると、洞窟でつけた背中の傷はすっかり消えていた。
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