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本編
2 泣き虫の夜②
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とぼとぼ砂浜を歩いていると、いつの間にか大きな岩場まで来ていた。どれだけ歩いてきたのか、周りに人は見当たらない。
足場が危ないためこのあたりに立ち寄るのは、本来おすすめされていない。だけど今の俺には何もかもどうでも良くて、大きな岩石の上に足を乗せた。どんどん岩を登って海の奥に向かって歩いていると、一つの洞窟を見つけた。
大人一人立っても頭がぶつかないくらいの大きな穴だ。するりとその中に身を潜めると、洞窟の壁に寄りかかった。
「……っ、鈍感で陰鬱で、地味な男で悪かったなあああ!」
声が洞窟の奥まで響いていく。海パン姿で独り嘆く俺の姿は、傍から見ればさぞ滑稽に見えたことだろう。
美人で優秀な絵莉さんの相手として釣り合っているかと言われれば、そんな自信は毛頭なかった。どうしてこんな俺と付き合ってくれるのだろう、と疑問に思ったことはあれど、それでも、思いは通じ合っているものだと思っていた。
そう、信じていたのだ。彼女のことを。なのに、こんな形で失恋することになるなんて……!
「う……」
目からぽろりと水が溢れてくる。ずっと優しい女性だと思っていたのに、裏で俺のことをあんなふうに言っていたんだ。悲しみよりも憤りのほうが大きいのに、一度緩んだ涙腺は止まらない。
でも、こんなことになったのも仕方ないかもしれない。俺のような地味で暗い男と一緒にいても、楽しくないだろうし。将来有望な仕事のできる人間でもない。なんの取り柄もない俺なんて、いつ振られてもおかしくなかっただろう。
そう……これも全部、俺の自業自得で……。
目から流れる涙を拭うのを諦めて、鼻をすすりながらその場にしゃがみこんだ。膝を抱えて、俯く。顔から落ちていく涙が岩に落ちていくところを、どこか他人事のように眺めていた。
もう、友達と遊ぶどころの気分じゃない。
ぬるついた黒っぽい岩肌に、瞬きするたびにぽろぽろ溢れる透明なしずくが吸われていく。ぽたり、と涙が落ちたところを暫くの間見ていると、その部分の岩肌にだけ違和感を感じた。
「……?……なんだ、これ」
最初はぬめっているだけの黒い岩の表面から、透明なクラゲみたいなものが浮き上がってくる。クラゲにしてはぷくりと丸くて透明で、艶がある。
手のひらに収まりそうなくらいのそれは、ぱっと見ではクラゲに見えた。
岩に両手をついてそれを覗き込むと、その拍子にまた涙が落ちる。雫がクラゲに落ちた。
透明で艶のあるそれは、ゼリーのようにぷるんと身体を揺らした。これ、もしかして生きているの?
「ねえ、大丈夫?海に戻れなくなったの?」
恐る恐るそれを突いてみると、ぷるぷるしたそれがころりと転がった。うわ、柔らかい。それになんか、生暖かい。
見たところ目や鼻は見当たらない。RPGゲームの中にいそうなスライムそっくりだ。
え、まさか本物のスライム……なわけないよな。きっと、珍しい生き物なんだろう。
先程まで微動だにしなかったそれは、数歩先まで転がったかと思えば、ぬるぬるした動きで再び俺の方に戻ってきた。思わず後ずさるが、背後の壁に背中をぶつけて悶絶することになる。さっきとは違う種類の涙出てきそう。
「いったぁぁ……本当になんなんだこの子」
目を白黒させる暇もなく、足先に生温い何かが触れた。スライムもどきの謎の生き物は俺の足の甲にぬるりとよじ登ると、そのまま脛に身体を這わせてきたのだ。
「って、うわ!やば、のぼってきてる……、ど、どうしよ」
振り払ったら直ぐに弾けて死んでしまいそうなフォルムに、身体が硬直する。奇妙な生物相手とはいえ、殺してしまうのは罪悪感があった。というか、今の俺のメンタルで生き物を殺したら、しばらく立ち上がれなくなるだろう。
海パンの中に入ろうとするのを手で止めると、今度は腕を伝って上に登ってくる。ぬるぬるしているせいで掴むことができない。生き物の温もりが、ちょっと気持ち悪い。
海の生物ってみんな変温動物だと思っていたけど、体温がある生き物もいるんだなぁ。なんてのんきなことを考えてる場合じゃない!
先程とは打って変わって俊敏な動きで肩までよじ登ってきたそれが、首筋を舐めるように這う。途端に背筋がぞわぞわして、全身が粟立った。やめろと言っても止まらないから、くすぐったさに身じろぎをすると、洞窟の壁が背中に擦れる。
「んう……、ん、ちょっと、くすぐったいんだけど」
項に回ろうとしているそれをぺちんと叩いて抵抗すると、ようやく動きが止まった。かと思えば方向転換をして、胸元まで降りてくる。むき出しの赤い乳首に触れられた瞬間、ぴりぴりしたものがそこを走った。未知な感覚に、悲鳴に似た変な声が出てしまった。洞窟の岩が俺の声を反響して、顔が熱くなる。
なんつう声出してんだ、俺!
「ーーーっ、やめろ!」
こうなったら形振りかまってられないと、スライムもどきを振り払おうとしたその時、足がずるりと滑った。
忘れていたわけじゃなかったのだが、俺が今立っている岩はぬめり気があって、足場として不安定な場所だ。岩場で怪我をすれば大惨事間違いなし。恐怖でひゅっと喉がなって、とにかく何かを掴もうと壁に手を伸ばしたとき、何か出っ張ったものを見つけた。
遠慮なくそれを掴むと、既のところで転ばずに住んだ。
「あっぶな……はぁ……くっそ……」
安堵の息をつくと、未だ俺の体にへばりつく謎の生き物を睨んだ。そこでやっと、その生き物に目がついていることに気づいた。
楕円の空洞のような金色の穴が2つ、俺を見上げている。ごまのように小さい目をよく見ると、黒目も瞳孔もない、ただの穴のように見えた。洞窟の薄暗い中でも僅かな光を反射し、偶に妖しい金色がきらりと輝いている。得体のしれないものを感じて、息を呑んだ。
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことだろう。手のひらに収まりそうなサイズなのに、丸で遥かに大きい生き物を相手にしているようで、変な汗が出た。
……早くこいつから離れたほうがいい、と頭の中で警鐘が鳴っている。
「うわ!?」
掴んでいた岩が突然崩れて、再び体制を崩す。視界がひっくり返って、次に来るだろう痛みを想像して血の気が引く。
ごつごつした岩肌にぶつかる寸前で、俺の意識はぷつりと途絶えた。
足場が危ないためこのあたりに立ち寄るのは、本来おすすめされていない。だけど今の俺には何もかもどうでも良くて、大きな岩石の上に足を乗せた。どんどん岩を登って海の奥に向かって歩いていると、一つの洞窟を見つけた。
大人一人立っても頭がぶつかないくらいの大きな穴だ。するりとその中に身を潜めると、洞窟の壁に寄りかかった。
「……っ、鈍感で陰鬱で、地味な男で悪かったなあああ!」
声が洞窟の奥まで響いていく。海パン姿で独り嘆く俺の姿は、傍から見ればさぞ滑稽に見えたことだろう。
美人で優秀な絵莉さんの相手として釣り合っているかと言われれば、そんな自信は毛頭なかった。どうしてこんな俺と付き合ってくれるのだろう、と疑問に思ったことはあれど、それでも、思いは通じ合っているものだと思っていた。
そう、信じていたのだ。彼女のことを。なのに、こんな形で失恋することになるなんて……!
「う……」
目からぽろりと水が溢れてくる。ずっと優しい女性だと思っていたのに、裏で俺のことをあんなふうに言っていたんだ。悲しみよりも憤りのほうが大きいのに、一度緩んだ涙腺は止まらない。
でも、こんなことになったのも仕方ないかもしれない。俺のような地味で暗い男と一緒にいても、楽しくないだろうし。将来有望な仕事のできる人間でもない。なんの取り柄もない俺なんて、いつ振られてもおかしくなかっただろう。
そう……これも全部、俺の自業自得で……。
目から流れる涙を拭うのを諦めて、鼻をすすりながらその場にしゃがみこんだ。膝を抱えて、俯く。顔から落ちていく涙が岩に落ちていくところを、どこか他人事のように眺めていた。
もう、友達と遊ぶどころの気分じゃない。
ぬるついた黒っぽい岩肌に、瞬きするたびにぽろぽろ溢れる透明なしずくが吸われていく。ぽたり、と涙が落ちたところを暫くの間見ていると、その部分の岩肌にだけ違和感を感じた。
「……?……なんだ、これ」
最初はぬめっているだけの黒い岩の表面から、透明なクラゲみたいなものが浮き上がってくる。クラゲにしてはぷくりと丸くて透明で、艶がある。
手のひらに収まりそうなくらいのそれは、ぱっと見ではクラゲに見えた。
岩に両手をついてそれを覗き込むと、その拍子にまた涙が落ちる。雫がクラゲに落ちた。
透明で艶のあるそれは、ゼリーのようにぷるんと身体を揺らした。これ、もしかして生きているの?
「ねえ、大丈夫?海に戻れなくなったの?」
恐る恐るそれを突いてみると、ぷるぷるしたそれがころりと転がった。うわ、柔らかい。それになんか、生暖かい。
見たところ目や鼻は見当たらない。RPGゲームの中にいそうなスライムそっくりだ。
え、まさか本物のスライム……なわけないよな。きっと、珍しい生き物なんだろう。
先程まで微動だにしなかったそれは、数歩先まで転がったかと思えば、ぬるぬるした動きで再び俺の方に戻ってきた。思わず後ずさるが、背後の壁に背中をぶつけて悶絶することになる。さっきとは違う種類の涙出てきそう。
「いったぁぁ……本当になんなんだこの子」
目を白黒させる暇もなく、足先に生温い何かが触れた。スライムもどきの謎の生き物は俺の足の甲にぬるりとよじ登ると、そのまま脛に身体を這わせてきたのだ。
「って、うわ!やば、のぼってきてる……、ど、どうしよ」
振り払ったら直ぐに弾けて死んでしまいそうなフォルムに、身体が硬直する。奇妙な生物相手とはいえ、殺してしまうのは罪悪感があった。というか、今の俺のメンタルで生き物を殺したら、しばらく立ち上がれなくなるだろう。
海パンの中に入ろうとするのを手で止めると、今度は腕を伝って上に登ってくる。ぬるぬるしているせいで掴むことができない。生き物の温もりが、ちょっと気持ち悪い。
海の生物ってみんな変温動物だと思っていたけど、体温がある生き物もいるんだなぁ。なんてのんきなことを考えてる場合じゃない!
先程とは打って変わって俊敏な動きで肩までよじ登ってきたそれが、首筋を舐めるように這う。途端に背筋がぞわぞわして、全身が粟立った。やめろと言っても止まらないから、くすぐったさに身じろぎをすると、洞窟の壁が背中に擦れる。
「んう……、ん、ちょっと、くすぐったいんだけど」
項に回ろうとしているそれをぺちんと叩いて抵抗すると、ようやく動きが止まった。かと思えば方向転換をして、胸元まで降りてくる。むき出しの赤い乳首に触れられた瞬間、ぴりぴりしたものがそこを走った。未知な感覚に、悲鳴に似た変な声が出てしまった。洞窟の岩が俺の声を反響して、顔が熱くなる。
なんつう声出してんだ、俺!
「ーーーっ、やめろ!」
こうなったら形振りかまってられないと、スライムもどきを振り払おうとしたその時、足がずるりと滑った。
忘れていたわけじゃなかったのだが、俺が今立っている岩はぬめり気があって、足場として不安定な場所だ。岩場で怪我をすれば大惨事間違いなし。恐怖でひゅっと喉がなって、とにかく何かを掴もうと壁に手を伸ばしたとき、何か出っ張ったものを見つけた。
遠慮なくそれを掴むと、既のところで転ばずに住んだ。
「あっぶな……はぁ……くっそ……」
安堵の息をつくと、未だ俺の体にへばりつく謎の生き物を睨んだ。そこでやっと、その生き物に目がついていることに気づいた。
楕円の空洞のような金色の穴が2つ、俺を見上げている。ごまのように小さい目をよく見ると、黒目も瞳孔もない、ただの穴のように見えた。洞窟の薄暗い中でも僅かな光を反射し、偶に妖しい金色がきらりと輝いている。得体のしれないものを感じて、息を呑んだ。
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことだろう。手のひらに収まりそうなサイズなのに、丸で遥かに大きい生き物を相手にしているようで、変な汗が出た。
……早くこいつから離れたほうがいい、と頭の中で警鐘が鳴っている。
「うわ!?」
掴んでいた岩が突然崩れて、再び体制を崩す。視界がひっくり返って、次に来るだろう痛みを想像して血の気が引く。
ごつごつした岩肌にぶつかる寸前で、俺の意識はぷつりと途絶えた。
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