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本編
1 泣き虫の夜①
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鍵田裕也(かぎたゆうや)は不幸な男だ。
パチンカスな父親を持ったせいで幼い頃からお金に苦労し、借金関係のトラブルに巻き込まれ、時には母親のために父からかばったこともあった。身体が弱くて病気をしがちだったが病院に連れて行ってもらえないせいで年中顔色が悪く、そのせいで同級生に怖がられることもあった。
性格の暗さも相まって、後ろ姿の哀愁が凄まじい、というのが友人たちの俺への評価だった。
だが、そんな不幸な男にはよい友達がいた。明らかに根暗な俺の雰囲気を変えるためにおしゃれな服を買ってきてくれたり、引きこもりがちだった俺を色んな場所に連れ回してくれたり、笑顔の練習と言って一緒に鏡の前でにらめっこしたり、色々付き合ってくれた。
グイグイ引っ張ってくれる友人ったいのお陰で、昔よりはマシな顔色になったと思う。高校からは毎日のようにバイトに励み、勉強はそこまで得意ではなかったが、なんとか高卒で就職することができた。
それぞれの人生を歩み始め、以前ほどの頻度で友達と会わなくなったものの、連絡が途切れることはない。社会人になった今でも、度々友人たちと遊びに出ることがある。そんな関係だ。
人生初めての彼女ができたときは、一緒になって喜んでくれた。祝いと称した飲み会では、柄にもなくはしゃいで泥酔してしまったのはいい思い出だ。
そんなめでたい出来事も過去のことになり、就職先の会社で馬車馬のように働いていた3年目の夏に、そのメッセージは届いた。
『久々にみんなで集まって、どっか遊びに行こうぜ』
旧友からのお誘いメールに、嬉しさのあまり飛び上がったのが、2ヶ月前。
どこに行こうかと友人たちと話し合って、海に行くことが決まったのが1ヶ月半前。
行くことになった海はそれなりに遠かったため、一泊するために全員で旅館を予約した後、有給申請を出したのが一ヶ月前。
久々に合う友人たちのことを考えながら浮ついた気持ちで旅行の準備をしたのが一週間前。
で、今。待ちに待った友人たちとの感動の再会も終わり、さて海で遊ぼうかというときだった。海水浴に来た人々で賑わう海は、活気で満ち溢れており、誰も彼もが笑顔を浮かべてはしゃいでいる。夏の太陽に照らされる海で、白い砂浜に立ち尽くしながら、隣にいる友人のことも忘れて、ビーチで楽しんでいるとある二人組の姿に釘付けになっていた。
「佐野くんって泳ぐの上手なのね!すごく早かったから驚いちゃった」
「はははっ、運動は全般的に得意なんだ、昔から。次はゆっくり海に入ろうか。ただ海で歩くだけでも結構楽しいぞ」
「なら、さっきよりももう少し奥に行ってみない?」
「あれ以上奥に行ったら、絵莉さんの足がつかなくなるぞ」
「あら、あなたが支えてくれればいいじゃない。ね、こうやってぎゅってしてたら大丈夫でしょ?」
絵莉さん、佐野くんと呼び合う水着姿の男女は、仲睦まじそうにくっつきながら歩いている。筋肉質な男の腕に胸を押し付けるようにして歩いている女性に、とてつもなく見覚えがあった。
見覚えどころじゃない。一昨日だって、退勤帰りに一緒に食事をした───恋人の絵莉さんだ。
これって、浮気現場?いや、まさかまさか。まさかね。たしかに彼女は性格が明るくて人当たりがよくて可愛くて、同期の俺より仕事ができて、男にモテモテな素敵な女性ではあるけど。でも、彼女の人柄を考えたら、こんな……俺に隠れて、男と会ってるなんてこと……きっと、たまたまだよな。
キャッキャウフフと仲睦まじく並ぶ二人は傍から見ればラブラブカップルである。賑やかなビーチで誰もが楽しそうにしている中、一人顔色を悪くしていた俺は、さぞ不審な姿だっただろう。どうしたんだ?と戸惑う友人の声が遠くに聞こえた。
「そういえば、絵莉さんってまだあのカレシと付き合っているのか?」
「あー……多分まだ、付き合ってることになってるんじゃない?」
「あははっ何だその曖昧な返事。カレシさんかわいそー。早いとこ振ってあげなよ」
「あの人が鈍いせいよ。こっちが出してる雰囲気でなんとなく察してほしいのに、なかなか言ってくれなくて……。私から振るのも、罪悪感があってなかなかできないのよ。常に幸薄そうで陰気な人だから、これで私が振ったら、あの人、自殺しちゃいそうなんだもん」
思わぬ場面で知ってしまった彼女の本音に、くらっと目眩がした。
確かにこのところ、絵莉さんとあまりうまく行っていなかった。会話は弾まないし、彼女のテンションもどことなく低いし、最近調子悪いのかなと思ったけど、俺以外の人相手だといつも通りの様子のように見えたし。
マメな性格の彼女はメールの返信も早かったはずなのに、最近は遅くなってきている。職場で頼られがちの彼女だから、疲れているのだろうか、とか思っていたが、まさかこんなところで理由を知ってしまうなんて、最悪だ。
「んな遠慮してたら、いつまで経っても曖昧なままだぞ。それに、さっさと振ってくれないと俺も困る」
「……そうね。この旅行から帰ったら、すぐ彼と話をしてくるわ」
「そうそう。絵莉ちゃんも、地味でどこにでもいそうなあんな男から離れたいって言ってたじゃん」
「ちょっと、あんまり大声で言わないでよ。私が嫌な女みたいじゃない。もう!」
配慮無い男の行動に、絵莉さんは口を尖らせる。男は"ごめんごめん、お詫びにかき氷買って上げるから"と絵莉さんの腰に腕を回しながら、店の方へと歩いていった。
「……おい、裕也?なに女の子に見惚れてるんだ。ほら、あっちで冬弥たちが待ってるぞ。ビーチバレーに参加したいって言ってたじゃねえか。ナンパは今回は諦めて、俺たちと遊んでくれよ」
「……ごめん、ちょっとトイレ……」
「お、おう?なんかお前、様子おかしくないか?」
早く戻ってこいよ、という友人の声に返事もせず、その場から離れた。ふらふらした足取りで歩き回る。別にお手洗いに行きたかったわけじゃない。ただ今は、一人になりたかった。
パチンカスな父親を持ったせいで幼い頃からお金に苦労し、借金関係のトラブルに巻き込まれ、時には母親のために父からかばったこともあった。身体が弱くて病気をしがちだったが病院に連れて行ってもらえないせいで年中顔色が悪く、そのせいで同級生に怖がられることもあった。
性格の暗さも相まって、後ろ姿の哀愁が凄まじい、というのが友人たちの俺への評価だった。
だが、そんな不幸な男にはよい友達がいた。明らかに根暗な俺の雰囲気を変えるためにおしゃれな服を買ってきてくれたり、引きこもりがちだった俺を色んな場所に連れ回してくれたり、笑顔の練習と言って一緒に鏡の前でにらめっこしたり、色々付き合ってくれた。
グイグイ引っ張ってくれる友人ったいのお陰で、昔よりはマシな顔色になったと思う。高校からは毎日のようにバイトに励み、勉強はそこまで得意ではなかったが、なんとか高卒で就職することができた。
それぞれの人生を歩み始め、以前ほどの頻度で友達と会わなくなったものの、連絡が途切れることはない。社会人になった今でも、度々友人たちと遊びに出ることがある。そんな関係だ。
人生初めての彼女ができたときは、一緒になって喜んでくれた。祝いと称した飲み会では、柄にもなくはしゃいで泥酔してしまったのはいい思い出だ。
そんなめでたい出来事も過去のことになり、就職先の会社で馬車馬のように働いていた3年目の夏に、そのメッセージは届いた。
『久々にみんなで集まって、どっか遊びに行こうぜ』
旧友からのお誘いメールに、嬉しさのあまり飛び上がったのが、2ヶ月前。
どこに行こうかと友人たちと話し合って、海に行くことが決まったのが1ヶ月半前。
行くことになった海はそれなりに遠かったため、一泊するために全員で旅館を予約した後、有給申請を出したのが一ヶ月前。
久々に合う友人たちのことを考えながら浮ついた気持ちで旅行の準備をしたのが一週間前。
で、今。待ちに待った友人たちとの感動の再会も終わり、さて海で遊ぼうかというときだった。海水浴に来た人々で賑わう海は、活気で満ち溢れており、誰も彼もが笑顔を浮かべてはしゃいでいる。夏の太陽に照らされる海で、白い砂浜に立ち尽くしながら、隣にいる友人のことも忘れて、ビーチで楽しんでいるとある二人組の姿に釘付けになっていた。
「佐野くんって泳ぐの上手なのね!すごく早かったから驚いちゃった」
「はははっ、運動は全般的に得意なんだ、昔から。次はゆっくり海に入ろうか。ただ海で歩くだけでも結構楽しいぞ」
「なら、さっきよりももう少し奥に行ってみない?」
「あれ以上奥に行ったら、絵莉さんの足がつかなくなるぞ」
「あら、あなたが支えてくれればいいじゃない。ね、こうやってぎゅってしてたら大丈夫でしょ?」
絵莉さん、佐野くんと呼び合う水着姿の男女は、仲睦まじそうにくっつきながら歩いている。筋肉質な男の腕に胸を押し付けるようにして歩いている女性に、とてつもなく見覚えがあった。
見覚えどころじゃない。一昨日だって、退勤帰りに一緒に食事をした───恋人の絵莉さんだ。
これって、浮気現場?いや、まさかまさか。まさかね。たしかに彼女は性格が明るくて人当たりがよくて可愛くて、同期の俺より仕事ができて、男にモテモテな素敵な女性ではあるけど。でも、彼女の人柄を考えたら、こんな……俺に隠れて、男と会ってるなんてこと……きっと、たまたまだよな。
キャッキャウフフと仲睦まじく並ぶ二人は傍から見ればラブラブカップルである。賑やかなビーチで誰もが楽しそうにしている中、一人顔色を悪くしていた俺は、さぞ不審な姿だっただろう。どうしたんだ?と戸惑う友人の声が遠くに聞こえた。
「そういえば、絵莉さんってまだあのカレシと付き合っているのか?」
「あー……多分まだ、付き合ってることになってるんじゃない?」
「あははっ何だその曖昧な返事。カレシさんかわいそー。早いとこ振ってあげなよ」
「あの人が鈍いせいよ。こっちが出してる雰囲気でなんとなく察してほしいのに、なかなか言ってくれなくて……。私から振るのも、罪悪感があってなかなかできないのよ。常に幸薄そうで陰気な人だから、これで私が振ったら、あの人、自殺しちゃいそうなんだもん」
思わぬ場面で知ってしまった彼女の本音に、くらっと目眩がした。
確かにこのところ、絵莉さんとあまりうまく行っていなかった。会話は弾まないし、彼女のテンションもどことなく低いし、最近調子悪いのかなと思ったけど、俺以外の人相手だといつも通りの様子のように見えたし。
マメな性格の彼女はメールの返信も早かったはずなのに、最近は遅くなってきている。職場で頼られがちの彼女だから、疲れているのだろうか、とか思っていたが、まさかこんなところで理由を知ってしまうなんて、最悪だ。
「んな遠慮してたら、いつまで経っても曖昧なままだぞ。それに、さっさと振ってくれないと俺も困る」
「……そうね。この旅行から帰ったら、すぐ彼と話をしてくるわ」
「そうそう。絵莉ちゃんも、地味でどこにでもいそうなあんな男から離れたいって言ってたじゃん」
「ちょっと、あんまり大声で言わないでよ。私が嫌な女みたいじゃない。もう!」
配慮無い男の行動に、絵莉さんは口を尖らせる。男は"ごめんごめん、お詫びにかき氷買って上げるから"と絵莉さんの腰に腕を回しながら、店の方へと歩いていった。
「……おい、裕也?なに女の子に見惚れてるんだ。ほら、あっちで冬弥たちが待ってるぞ。ビーチバレーに参加したいって言ってたじゃねえか。ナンパは今回は諦めて、俺たちと遊んでくれよ」
「……ごめん、ちょっとトイレ……」
「お、おう?なんかお前、様子おかしくないか?」
早く戻ってこいよ、という友人の声に返事もせず、その場から離れた。ふらふらした足取りで歩き回る。別にお手洗いに行きたかったわけじゃない。ただ今は、一人になりたかった。
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