白猫の嫁入り

キルキ

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21 風邪

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大輝は俺が話し出すのを待っている。静寂に包まれたこの空間が苦しくて、泣きそうになってきた。俯いていると、大輝の手が頬をなでてきた。彼の手はそのまま俺の髪の毛を梳いて、ぱさりと帽子が床に落ちる。そういえばずっと着けたままだった。

「そんな顔しないで。俺が悪かったよ」
「……」
「今は無理には聞かないから。その代わり、いつかちゃんと教えてね。約束だ」

もちろん、約束するよ。

返事の代わりに彼の背中に腕を回したら、すぐに抱きしめ返してくれる。首元に顔を埋めて、数時間ぶりの体温にすり寄った。

「とらまる、階段大丈夫だった?」

首を横に振った。全然大丈夫じゃなかったし、今だって痣になったところが痛い。

「俺のために頑張ってくれたんだね。ありがとう」

痛かった。怖かった。

大輝の首元に頭をぐりぐり押し付けて甘えると、耳元から大輝の小さな笑い声が聞こえた。

「かわいいね、とらまる」
「……!」
「でも、風邪をうつしたら悪いから、もう離れようか。窓も開けておこう……あ、開けてくれるの?」

な、なんだなんだ。かわいいって言ったの?俺に?

以前は美人さんって言われたが、今度はかわいい……いやでも、ペットに向けた言葉としては今回のほうが正常……だけど……。

勝手にドキドキし始めた胸を抑えて、直ぐにベッドから立ち上がり側の窓を開けた。自然と大輝から体を離すことになる。

「頭がくらくらしてきたかも……。もう一回寝ようかなぁ」

ベッドに再び寝転んだ大輝を見ながら、後退りする。俺もなんかくらくらしてきた……。

……へ、部屋出たほうがいいよな。そうだよな。

半ば逃げ出す思いでベッドから離れようとしたその時、横になったままの大輝に俺の腕を掴まれ、彼の方に引き寄せられる。熱のせいかいつもより荒っぽい手付きだったから、体制を崩してベッドの上になだれ込んでしまった。

「俺のこと、好き?」

大輝に誘導されるがまま、マットレスに両手をつく。まるで彼を押し倒しているような体勢になってしまって、目のやり場がわからない。俺たちって、いつもこんなに距離が近かったんだっけ。

「…す、好き……デス……」

普段と違う彼の雰囲気に、しどろもどろになりながらそう答える。

何かが変わった大輝の表情が、…俺を見る目が、どこかそういう熱情を孕んだものにしか見えなくて、見ていられない。だって彼から向けられている熱が、風邪のせいだけではないことがひしひしと感じられるからだ。

大輝ってこんなに───色っぽかったかな。

「好きなんだ?」
「にゃ、う……」
「ふふ……俺もとらまるのこと、好きだよ」
「えっ…、んん……っ」

今までになかった彼の返答に驚く暇もなく、大輝に頭を引き寄せられる。唇に温かいものが触れて、息が止まった。

大輝の唇が、俺のとくっついてる。

「……っ、ぅあ」

触れるだけのキスを何度もされたあと、ぺろりと唇を舐められる。完全に意表を突かれた俺は、大輝にされるがままになっていた。

「だいき……っ」
「……びっくりした?でも俺はずっと、こうしたいって思ってたよ」

腕に抱かれたまま、くるりと視界が反転する。大輝の隣に頭を沈めると、甘い声が近くから聞こえてきた。

え、どうしたの……?

熱に浮かされて、頭がおかしくなってるのだろうか。

「だって、ずっと可愛がっていた子がいきなり人間になってさ……俺のこと、何度も何度も好きっていうんだから。愛しくなっても仕方ないじゃん……」

彼にしては子供っぽい口調。彼が正気であれば、こんな発言しないはずだ。

俺はというと、彼の口からもたらされる衝撃的な内容に混乱していた。

好きとか愛しいとか、それって、そういう意味で言ってるんだよね。やっぱり。

「俺に好きって言うために、人間になってくれたのかなって思ってさ。もしもそうだったら、うれしいなぁ……」

……そんなことを思っていたのか。

実際の事情は違うわけだけど、大輝は本当にそうであってほしいと思っているみたいだった。彼は掠れた声で最後にそう言うと目を閉じて、やがて寝息を立てていった。

彼が深く呼吸をしているのを確認すると、気が抜けてベッドに脱力した。自分の唇を指で触ってみると、キスの感触を思い出して変な気持ちになる。さっきのは本当に、現実で起きたことなの?ドキドキしすぎて、死ぬかと思った。

……びっくりしたけど、嫌じゃなかった。俺も、大輝のことが好きなんだ。

欲情とか恋情とか、俺には縁がないと思っていたのになぁ。こんな気持ちを誰かに抱くなんて、全然予想できなかったよ。
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