白猫の嫁入り

キルキ

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10 日常

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猫の俺が人間の服をするする着ることができるなんて不自然だったな。と今更思い返して後悔した。

服を渡されたときにもっと戸惑うべきだっただろうか。あのときは俺も動転していたから、そこまで考えられなかった。大輝がそのことに突っ込んで来ないから、このまま都合よく有耶無耶にしてしまいたい。

猫のときにつけていた赤い首輪は、もう付けることができなかった。久しぶりに首元がスースーして落ち着かないけど、いづれ慣れていくだろう。

いきなり人になった俺に対し大輝は、変わらず優しくしてくれた。食事もお風呂も、これまでどおりにお世話してくれる。お風呂に関しては自分一人で入りたいところなんだけど、今のところ、彼と一緒に入るのが普通になってきている。

彼はどうも、俺のことを赤子同然のように思っている節があるのだ。俺が一人で行動しようものなら、心配して引き止めてくる。だからお風呂も一人で入らせたくないみたい。

でも、彼が俺に対しそんな態度になるのも仕方がないと思う。人間の体に慣れていないから、すぐ転んだりするし橋とか手先を使う作業は苦手だし。俺が話すことといえば、猫の鳴き声以外だと『大輝』と『好き』のみである。あとたまに『お嫁さん』だ。これに関しては本当に死にたくなるくらい恥ずかしくなるため、言わないように心がけている。"お"って言いそうになったら手のひらで無理やり口を閉じるようにした。物理的に封じるのが一番手っ取り早い。

崖の上のポ○ョに登場するあの幼女でも、もっと賢い言葉を話していたのに。猫は猫でも前世の記憶持ちの、ハイスペック猫ちゃんだったのにどうしてこうなった。

まあそのおかげと言っていいのか、俺の告白は今のところ全て聞き流されているように感じる。大輝も今では"はいはい"とあしらってくる程だ。これはこれで微妙な気分になる。

初回に赤面していたのは何だったんだと言われれば、単にびっくりしただけなのだろうというのが俺の見解である。

聞くに、今は大学一年の夏休みだそうだ。長いこと学校に行っていなくて恋愛ごとにも触れていないから、不意打ちで俺に好き好き攻撃されて動揺したのだろう。たぶん。

そして、俺がヒト化してから数日後のこと。大輝による勉強会が開催されていた。

「とらまる。これはなぁに?」

大輝が切ったスイカを更にのせたまま、俺に見せてくる。

これはなあに、これはスイカだね。わかっているけれど、俺の口から出るのはやっぱり違う言葉。

「だいき!」
「違うってば。これはスイカだよ。す、い、か!」
「すー……き」

大輝が困ったような顔をした。無理もない、かれこれ10回はこのやり取りをしているのだ。

俺だってちゃんと答えてあげたいんだよ……許してくれ。

「とらまるー……。普段は賢い猫なのに、どうして言語となるとなかなか上達しないのかなぁ」
「う……」
「……でも、俺の言葉は理解してそうなんだよな。よし、できるようになるまで一緒に頑張ってみようか。とらまるならきっと、すぐに上手になるよ」

罪悪感で死にそうだ。

健気にも拳を握って自らを奮っている大輝を見ながら、胸に重石のような感情が溜まっていくのを感じた。大輝はこんなに頑張ってくれているのに、俺は何も返せないなんて。人間のみを手に入れたくせに、結局俺は何もできないのか。
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