白猫の嫁入り

キルキ

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6 家猫

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 ふと窓を見ればオレンジ色の朝日があった。
 ずっと遠く、ウェイストランドの西側に荒野の色が小高い山を作っていた。
 その手前には南からずっと続いていたあのクロラド川の枯れた道のりがある。
 八輪の駆動に掛かればそんなものも一瞬で、次見えたのは緑生い茂る大地だ。

「植物が生えてるな。ここらも水脈が戻ったのか?」
『ほんとだ……けっこう北まで来たのに、このあたりも転移の影響が届いてたんだね』

 移り変わる世紀末世界の様子はさておき、手元に集中した。
 PDAの【PERK】習得画面を見た。レベル14になると選択肢もまた増えてきた。
 敵の攻撃を防ぎやすくなる、銃の連射をうまく扱えるなど今日も様々だが、今回は【パンツァービュクセ】というものにして。

 【この期に及んであなたはようやく気付きました。別に対戦車火器は戦車じゃなくて人間にもぶつけてもいいやってね! こうした思考により重火器への造詣がとても深まりました、運用から相手の破壊方法までより適切かつ効果的にできるほどにです】

 と擲弾兵らしく【重火器】に触れるものを習得した。
 続いて作業台の上を確かめる――転がる数本の得物があった。
 柄から斧刃まで金属を無骨に削り出したようなだ。

「お~、ガストホグがたむろしてるっすよ。こっちにもいっぱいいるんすねえ」

 そんな『トマホーク』を砥石で整えると、視界の端で緑髪の生首が見えた。
 ふかふかのソファに座る首無しメイドが置いたものだ。によによ窓際を眺めてる。

「……おにく」
「お肉食べたいんすかニク君」
「ん、人工肉じゃなくて本物のお肉が食べたいだけ」
「そういえばしばらく作り物の肉ばっか食べてたっすよね、うちら」

 ついでに黒髪の犬耳っ娘がじゅるりしてた。ニクは今日も食いしん坊だ。
 ともあれ『P-DIY』クラフトアシストで出てきたそれを仕上げる。
 最後に柄にぐるりと布を巻いて完成、片手で軽々ぶん回せる重みがあるぞ。

「よしできた。ノルベルト、お前にプレゼントだ」

 物騒なプレゼントを抱えて立ち上がれば、テーブルの前で腰かける姿が一つ。
 金髪と角が映えるデカい好青年が、黙々と何かを眼光に捕らえる真っ最中だ。

「む、少し待つのだイチ」

 オーガの巨体は見向きもしない、というかできなかったようだ。
 その証拠に大事に抱えたスケッチ用のノートをさらさらと書き上げていて。

「よし、俺様もできたぞ? どうだすごいだろう?」

 ほどなくして鉛筆を握る手がぴたりと治まる。
 そしていい顔の十七歳児は良く見えるように中身を広げてきた。
 鉛筆で描かれた肩の砲身を構える鉄の巨人の姿だ。左腕の回転銃身式オートキャノンも誰かを狙ってる。

「すげえ百鬼だ!? 完璧に再現されてるぞこれ!?」
『す、すごい……! 細かいところもしっかり描き込まれてるよ!?』
「フハハ、ご覧の通り良い被写体が目の前にいらっしゃるものでな。ニシズミ社の奴らめ、一体どうやってこれほど良くできた像を作ったのだ?」
「あいつらも相当マジで百鬼作ったんだろうな。このフィギュア見てるとマジでそう思う。ほら投げ斧だ」
「おお、感謝するぞ。いやしかし――」

 ノルベルトが得意げになるのも仕方ない、完璧すぎる『百鬼』の絵だ。
 テーブルの上ではいい題材になってくれた大きなロボット・フィギュアが、その細かすぎる外見をみんなに振りまいている。
 自慢の作品をお披露目してくれたオーガに投げ斧を渡せば。

「それにしても俺様驚きだぞ。まさかとは思わなかったからな」

 座り心地抜群の椅子を気にしはじめた。
 『家が走る』という表現は間違っちゃいない、それほど充実した内装なのだから。

「確かにな。ウェイストランドの下手な宿屋よりよっぽど快適だぞ、これ」
『それもみんなでくつろげるぐらい大きいんだから、ほんとにすごいよね……。家具だって大体のものは揃ってるし』

 あらためて見渡した内装には相変わらず非常識な光景があった。
 自動車、それも大きな奴を二台格納できそうな空間にみんなのニーズを満たすものが勢ぞろいなのだ。
 壁際には無数の収納スペース、オープンキッチンや冷蔵庫が取り付けられ作業台すらも用意済み。
 くつろぐための柔らかいソファは車内で向かい合うように置かれてるし、オーガも満足なシャワールームさえもあり。

「……まだ朝か」

 奥と屋根には寝室つきだ。良く寝たクリューサももれなくついてくる。
 寝心地が良かったのか具合が悪くなるほどすっきりしてた。ふらふらだ。

「あら、おはようクリューサちゃん。お目覚めの紅茶はいかがかしら?」
「砂糖とミルク抜きで頼む」
「ふふ、分かりましたわ。ご一緒にポテトはいかがですか?」
「芋も抜きだ、寝起きに炭水化物をすすめるな」

 ゾンビさながらのお医者様にはキッチンからお茶が提供されるぐらいだ、芋とセットで。
 そいつはカップいっぱいの紅茶を渋そうに含みながら戻っていった。

「――ポテトはいかがですか?」

 ほくほくに茹でられた芋はこっちに回ってきた、ドヤ顔で。

「なんで俺に来るんだよリム様」
『流れるようにいちクンにすすめないでください、りむサマ』
「早く食べないと冷めちゃいますわよ、さあ召し上がりなさい」

 無言の圧力に負けて受け取った。仕方ないのでほっくり割ってノルベルトとご一緒した。
 芋の魔女はご機嫌で朝ごはんを作りに戻っていった、今日の朝食が楽しみだ。

「なんか俺、この旅が芋に始まって芋で終わりそうな気がする」
「フハハ、あちらの世界でもずっと食うことになるだろうな?」
「いやまあうまいからいいんだけどさ……」
『……せめてお塩ください』

 三人で素材の味いっぱいのじゃがいもを食べてると。

「イチ、そろそろ見張りの交代だぞ。それと腹が減った」

 今度は運転席の方からダークエルフがしたっと降りてくる。
 白髪褐色肌な格好は迷うことなくキッチン行きだ。朝飯まだかと目が訴えてた。

「今日の朝ごはんは黒パンとじゃがいもと人工ソーセージとスクランブルエッグとハッシュブラウンですわ~!」
「フランメリアらしい献立だなリム様! ところでハッシュブラウンってあのじゃがいものパンケーキみたいなものか?」
「つなぎなしで作ったじゃがいも料理のことですわ、アメリカでは良く食べられてたみたいですの」

 そして今日もじゃがいもがダブってる。旅の終わりまで付きまとうつもりだ。

「んじゃ俺の番な、お疲れさん」
「外は平和だぞ。見張りの仕事も良い景色であっという間だったからな」

 俺はクラウディアと見張りを交代した。
 ついでにリム様から「ヌイスちゃんに」と紅茶入りのマグカップを受け取る。
 狭い通路から運転席に近づくと、電子機器の立ち並ぶ前で白衣姿がハンドルを握って。

「クラウディア君の言う通り平和なものさ。ブルヘッドのひと騒ぎが嘘みたいに感じるね」

 退屈そうに北への道路を眺めてた。
 クロラド川に沿ってどんどん北上していく巨大な『走る家』は、今のところ何一つ障害なく進んでるようだ。

「もうあんな大騒ぎは人生に一度っきりで十分だ。ほら紅茶」
「私もだよ。ところでこれ濃い目だよね?」
『濃い目熱め甘め多めですわ~!』
「欲張りセットだってさ」
「流石リム様だね、私の嗜好をもう把握してる」
『ポテトもご一緒に――』
「ところでなんで彼女は芋をすすめるんだい? そういう強迫観念に囚われてる?」
「永久の謎だ、俺の代わりに解き明かしてくれヌイス」
「謎を解くのは好きだけどちょっとこれは違うかな、ていうかすすめるなら甘いものにしておくれよ」

 甘ったるそうな紅茶を渡して、俺は天窓まで登った。
 蓋を開ければそこは銃座だ。二連装の五十口径が道行く先を狙ってる。
 まだダークエルフの体温が残るグリップを握れば、気だるい気分のままあたりを見渡した。

「……いい景色だな」
『……うん、そうだね』

 俺たちの目に映るのは世紀末の荒野だ、けれども今日はきれいだった。
 左右にぽつぽつと見える廃墟が異世界からきた緑に染まりはじめてる。
 この大きなRVがもっと北へ向かえば、ゴール地点であるダムが見えてくるはずだ。

「あんだけ騒がしかった毎日だったのにさ、なんか妙に平和だよな」

 五十口径の間に挟まる照準越しに見渡した。敵らしき姿はもうない。
 後を追うカルトも、横やりを入れるライヒランドも、妨げる傭兵だってない。
 平和だ。驚くほどスムーズに足が進んでる。

『ゴールが近いから、かな?』

 ブルヘッドの出来事に追われてた相棒も、そんなおっとり声で落ち着いてた。
 言われてみればそうだ。嵐の前の静けさからのひと悶着すら乗り越えて、ストレンジャーズは旅の終わりに差し掛かってる。

「そうだろうな。もう来るところまで来たんだ、大体の邪魔はぶち抜いてきたよな」
『うん。トラブルはいっぱいあったけど、どうにかここまで来たもんね』

 道路の幅を食う巨体がどんどん進んでいく。
 けれども話が続かなくなった。俺も相棒も声に力が入らないっていうか。

「……なんか寂しいよな」
『……わたしも寂しいかも』

 すぐに原因は分かった、少し寂しいだけさ。
 旅が終われば『ストレンジャーズ』はどうなる? ずっと一緒なわけない。

 ノルベルトは帰らないといけない。
 ロアベアは雇い主の魔女とやらのところに戻る。
 クリューサとクラウディアはどっかに行くらしい。
 リム様は――まあ付きまとってくれるだろう。
 ニクはついてきてくれると信じてる、でもミコは?

 そう、物言う短剣のこれからだ。
 こいつの言う家族とやらに連れて帰って「はい幸せに終わり」なんてない。
 全てを打ち明けないといけない。無理に居場所を奪って連れ回した事実はどう頑張って消えないだろう。
 「家族を助けてくれてありがとう」なんて言われちゃいけないのだ。
 俺の命に複雑なものが絡み続ける限り。

『……わたしね、旅が終わったらみんなと離れ離れになるのかなって気になってるんだ』

 銃座越しに進路を見てると、肩からそんな声が聞こえた。

「俺も大体そんな感じだ」
『うん。みんなそれぞれだから、ずっと一緒にいれるわけないもんね。ノルベルト君はお父さんとお母さんが待ってるし、ロアベアさんは職場に戻らないといけないし。クリューサ先生とクラウディアさんも旅に出ちゃうんだよね』
「ああ、あっちの世界についたらそれぞれがあるからな」
『……いちクンは?』
「全然思いつかない。なんとかやってやるって意気込みぐらいだ」
『そんな考えができるなんてすごいと思うよ、とっても前向きだなあ』
「要するに行き当たりばったりだよ。大したことない」

 ……車はしばらく進んだ。
 左右に広がる光景に廃墟の色が強まってきた。

『……やっぱり、クランのみんなのことで悩んでる?』

 じっと見ているとそんな質問が飛んできた。
 お見通しかよ、とあきらめて肩をみた。

「嘘はつきたくないんだ。事実を伝えたい」
『やっぱり、その気持ちは変わらない?』
「誠実なやつに世話になったんだ、俺も誠実で答えたい。お前の家族にいい顔して「助けてやった」なんてしたくないだけなんだ」
『……でも、悪いことばっかりじゃなかったからね? こんな世界だけど、わたしには大事な思い出がいっぱいだから』
「ああ」
『だから、うん、悲しいお別れなんて絶対嫌だよ? あの時からずっと、あなたと辛いことも楽しいことも一緒に過ごしたんだから』
「……ああ」

 話がまた途切れた。何も言えなかった。
 沈黙はしばらく続いたと思う。気まずさすらも感じてくると

「……ん、ぼくも見張る」

 そんなところ、胸元にひょっこりと犬耳が生えた。
 目の前いっぱいに柔らかな黒い髪色だ。洗ったわん娘の香りがする。
 撫でてやった。風にふかれながらも気持ちよさそうだ。

『お二人とも、お取込み中失礼。ちょっとラジオでもどうだい?』

 銃座とわんこと仲良くしてると、足元からヌイスの声が届いた。
 ざざっとノイズが少し立った後、それははっきりとした音に変わっていって。

【よう、聞こえるかい北の皆さま。こちら本日から始まった『バロール・ラジオ』とその話し手であるエルドリーチだ、ウェイストランドのどっかにいる逞しい方々に素敵な曲をお届けするぜ。ちなみにオイラは骨だ、いや本当に骨なんだ、骨があるやつだって意味じゃないぜ?】

 愉快な番組が始まってしまった。エルドリーチのやつは新しい楽しみを見つけたらしい。
 少しあれこれ話した後、ラジオは軽快な戦前の音楽を流し始めた。いいBGMになった。

「エルドリーチかよ、なにやってんだあいつ」
『ら、ラジオ始めたんですね……』
『あいつは元々そういうのが好きだからね、壁の外とのつながりを得るためにもやってみるって言ってたよ。さまになってるじゃないか』

 軽やかな曲が流れた。重い車の動きが少し軽くなった気がする。
 三人で向かう先をぼーっと見てると、次第に『ポトック』と手書きのデカい看板が見えてきた。
 どうもこの先に人が集まるような地域が待ってるらしい。

『ふむ、ポトックか』
「知ってるのか?」
『壁の外に作られたコミュニティさ。細々とやってるような小さな街だけど、休むならちょうどいい場所かもね』
「そういえばほとんど走りっぱなしだったよな、俺たち」
『うん、それに朝食も近いんだからおあつらえ向きだと思わないかい?』
「分かった、ポトックに向かってくれ。無事故無違反でよろしく」
『了解だよリーダー』

 少し考えたが、休憩やら補給やらを兼ねて立ち寄ることにした。
 いくら快適でも外の空気に触れて身体を休めた方がずっといい、ウェイストランドの経験の一つだ。
 個性豊かな面々を乗せた車が看板を頼りに進んでいくと。

『――ヒャッハァァッ!』

 後ろから爆走音、それらしい声も追いかけてきた。
 嫌な予感がして二連の五十口径もろとも向けば、やはりその通りだ。

『あー、なんだいあいつら。外の野蛮人かい?』
「あれが俺たちのお友達に見えるか?」

 友達じゃない、賊っぽい何かだった。
 機銃を積んで装甲を無理矢理くっつけ、改造したエンジンで爆走する物騒な連中だ。
 足元でみんながぞろぞろと臨戦態勢を取るのが伝わってきたが。

『おい! なんだそのクルマ!? カッコいいな!?』

 先頭を走ってたパンクなフード姿がほめたたえてきた。
 そいつはロケットランチャーの発射機を取り付けたスポーツカーだ。
 砲座から出てきた姿がこっちに感激した様子を身体いっぱいに表してる。

「そっちもな! 戦車もぶっ壊せそうだ!」

 俺は中々の見てくれの連中にそう返した。
 するとどうだろう、いい顔の連中は顔を見合わせて興奮してきて。

「それマジか!? 俺たちがイカしてるってか!?」
「ああ! ウェイストランドらしくてカッコいいぞ! 愛車は大事にしろよ!」

 そこまで感想を伝えると『褒められたぜヒャッハー』いいながらかっとんでいった。
 なんだったんだあいつらは。お互い手を振りながら見送った。

「……なんだあいつら」
『私のセリフだよ。まあウェイストランドが変わってきたからだろうね、人がいっぱい増えて北も南も賑やかなんだろうさ。これもまた君の活躍が起こした変化だね』
「あれを見る限り南は賑やかにやってそうだな」
『れ、レイダーなのかなあの人たち……?』
「北部部隊の皆さんの前を通り過ぎたってことはマトモなんだろうさ」

 爆走するヒャッハーたちは今日も元気に消えていった。いつものウェイストランドだ。
 少しすればハイウェイを少しずれた先に無数のトレーラーが停まった土地が見えてきて。

【ポトックへようこそ】

 そんな看板が道のりを一生懸命に伝えてた。
 キャンピングカーは人気のある場所を求めてゆるかやに曲がり始めた。

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