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母親 4

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「ニール、私は暫くあなたと連絡が取れないの。だから、次会うときは立派に成長した姿を見せてね。夏休みは実家に帰ってきてね~」

あの後ニールの母は早々にニールに宣言してしまうと、さっさと電話を切ってしまった。

(やってしまったなぁ…)

どうして急に、原作のレオンと同じ振る舞いをしてしまったのだろう。普段はあんなことが起こったりしないから、何か条件があるはずなんだけど。

一回目と二回目の共通点としては、どちらも近くにニールがいたということだけ。だが、ニールと一緒にいることが条件ならば、もっと前にあの状態になっているはずなんだけどな。

(やっぱり、原作の内容を全部思い出せてないのが痛いな)

ニールは母親の突拍子もない言動にあまり動揺していない様子だった。もしかしたら、彼女がこういったことをするのはよくあることなのかもしれない。

心のなかで申し訳なく思っている俺に対し、ニールがおずおずと腕を掴んできた。

「ありがとう、その、いろいろかばってくれて。僕、がんばるね」

ぐっ、純粋な笑顔が刺さる……!

ついさっき母親に捏造話をした張本人とも知らず、健気に意気込むニールの姿に心がズキズキ痛んだ。

「あと、ごめんね、母さんのお喋りに付き合せちゃって」
「俺も楽しかったから、全然いいよ。息子想いのいいお母さんだね」
「でも、レオンくん少しお母さんのお喋りに困ってたふうに見えたから…、君の言う通り、悪い人じゃないんだ。マイペースだけど」

……え。

確かに二人きりで気まずかったし困っていたけど、俺はそんな態度を表に出したつもりはなかった。だからニールのその言葉に、思わず身体を止めてしまった。

「……気づいたの?」
「あ……、ご、ごめん、勝手に推察しちゃって。気を悪くしちゃったかな」
「いや、そういう訳では無いけど。今まで他人にそういうことに気づかれたことなかったから、新鮮で」


母様になら指摘されたことあるけど、他人に言われたのは初めてだ。ましてや、出会って二日目の人間に言われるなんて。

思いもよらなかったことに動揺しながら、平然とした態度を保つ。

「そうなんだ?」

こてん、とニールが首を傾げた。その拍子にニールの丸い瞳がきらんと煌く。

(かわいー……)

さすがBLゲーム、と言ったところだろうか。明らかに秀でた容貌に本人の自覚が無さそうなのも含めてすごくかわいらしい。って、いやいや、男相手に何思ってるんだ。

いくら美人でも、男に対しこんなこと思うのは普通じゃないだろ。俺は女の子が好きなのに。

(やべー、もしかして、度重なる出来事に頭が疲れてきているのかな)

そういえば昨日から禁煙もしているし、それもあるかもしれない。

思いがけずときめいてしまったことに罪悪感が出てきて、ニールの瞳から目を逸らす。その時、ニールの首についた一筋の細長い傷が目に入る。

「ニール。首のところに怪我をしているけど、自分で気づいてるかい?」
「え、あ…そういえば、ここに来るまでに誰かとぶつかってしまって……。たくさん書類持ってたから、それが首にあたったのかも。えっと、どこ……?」

ニールがぺたぺたと自分の首を触る。全然違う場所を触っているから、傷の痛みは無いようだ。

「そこじゃなくて、反対。……ここだって」

そっとニールに手を伸ばすと、傷を指で軽くなぞった。よく見ると少し血が滲んでいるが、やはり傷自体は浅そうだった。

これなら俺でも直せそうだな、と思っていると、急に触られてびっくりしたのか、ニールの肩がびくりと震えた。

「ひゃ、」
「………あ、ごめん」

なに、今の声。と言わなかった俺は偉いと思う。

女の子みたいな高い声に一瞬頭がショートしたが、すぐに彼から手を離す。その間も、ニールの様子を凝視していた。

「うあ、あ……」

ニールの顔にみるみる赤みがさしていく。眼の前の、白い肌がだんだん色づいていく様子から目が離せない。

傷を覆うように手を当てたニールは、顔を赤くしながらうつむいた。その表紙にふわふわの白髪が揺れる。

「ごめんなさい、僕……昔から首が弱くて」
「そ、そう、なんだ」

ごめんなさい、と謝るニールは本当に恥ずかしそうだ。だから、彼のためにも話題を変えてやるのが正解なのだろう。

だけど、いつもはよく回る口からはなにも出てこない。

「……」
「……」

擽ったい沈黙が流れる。気まずいと言うには少し違うような、よくわからない空気が流れた。

ニールは未だ俯いていて、どんな表情をしているのか俺から見えない。ふと、ニールの手が首元からはなれた隙に、再び細長い傷に手を伸ばした。

「もう一回触っていい?怪我、治してあげる」
「え、わ……っ」

腰に刺した杖を反対の手に取りながら、傷をなぞる。半ば強引な形で彼の方に身を寄せると、その細い首を手のひらで撫でた。

「ヒール」

そう唱えた途端、青い水の粒が赤い傷に集まっていく。淡い光を一瞬放つと、傷は跡形もなく消えていた。

「なおったよ」
「え…?え…?」
「いい子にしてくれてありがとう」

白い髪に指を通して、頭をなでてやる。見開かれた水色の双眼が、俺を見上げていた。







自室に入ると、制服の上着を脱いで椅子に掛ける。そのままベッドに上がって横になると、枕に顔を突っ伏した。

「ぜっっったいに俺おかしくなってる」

脳裏にあるのは、先程のニールとの出来事だ。

普段の俺だったら、絶対にあんなことをしない。

もしかして原作のレオンが出てきていたのか、という疑惑を信じたいところだが…

(あれは確実に俺の意思だったもんなぁ)

勝手に身体が動き出して~、といった感覚は無かった。だとしたら、あれは他でもない俺がしでかしたことだということになるが、やはり信じられない。

(あの時、やけにニールがかわいく見えて…それで、気がついたら首を撫でてた)

『いい子だねー』とか言いながら髪を触った覚えもあるし。俺、やらかしすぎでは?

人間関係ではめったにしくじらないと自負していただけあって、ちょっとショックだ。絶対にあのときの俺は正気じゃなかった。そうとしか言えない。

「はーぁ…タバコ吸ってないとやってられないな」

タバコを吸って頭をスッキリさせよう。そう思ってのろのろベッドから体を起こしたところで、あることを思い出した。

そういえば俺、昨日から禁煙してるんだった。もしかしてさっき俺がおかしくなったのって、ニコチン切れによる禁断症状?

(禁断症状って……ヘビースモーカー一歩手前まで来てるじゃん)

ああでも、そう思えばニールに変なことをしてしまったことも納得できた。

「タバコ切れか…」

悪役にならまいとしてタバコを禁止したのがいけなかったのだろう。急にいつもの習慣がなくなったことで、脳みそがバグってたんだ。そう。きっとそうだ。

(やっぱりタバコを吸ってたほうが身のためかもしれない…)

机の引き出しからタバコを取り出すと、一本口に咥える。魔法で火をつけると、一瞬水の玉がタバコの先に集まったあと、ふわりと煙が登り始めた。

これだよ、これ~、と思いながら目を閉じる。煙を吸い込めば、頭が冴えていくのを感じた。よし、これでいつも通りの俺に戻った。

今日の反省点はたくさんあるけど、とにかく今はニールの手助けに専念だ。今日と明日は休日だから、…明後日から授業がまた始まる。明後日からは、いじめからニールを庇いながらジャン達の機嫌を取らなくてならない。もちろん、俺にできる範囲でしか助けられないけど、原作よりはましな学園生活を遅らせることはできるだろう。

……ああ、あと、原作通りに物語を進めるなら、どうやってニールをヤドリギの泉に行かせるかも考えておかないと。本来ならレオンがニールを酷く犯したことをきっかけに、ニールが泉で入水をしようとするっていう展開なんだけど、俺はそんなことをするつもりはさらさら無いし。

さらさら無いけど…今日はちょっと魔が差しちゃっただけで。

「…うん」

やっぱり俺、おかしくなっちゃってるかも。

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