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母親 1
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あれから午後の授業まで受けてから食堂で夕食を済ますことにした。今日から営業を始めた食堂のご飯は美味しくて、めちゃくちゃ感動した。料理自体は民間料理が多かったが、貴族の気取ったご飯より数倍美味しい。
前世のこともあって、どうやら俺は庶民舌らしい。同級生はみんな文句をつけながら食べていたし。俺は美味しいと思うんだけどな。
(まあ、家での飯は両親の目が気になって、料理の味なんてよくわからなかったのもあるな)
作法にうるさい貴族の前では、決して粗相をしてはいけない。だが、学校の庶民的な食堂はそんなものを気にする必要がなかった。上級生の中には大声で喋りながら食事をしていたものもいたし。
(俺の同級生達はそれに戸惑っていたけど…でも、学園生活に慣れていくにつれて、あの上級生たちのように食事中でもはしゃぐようになるかもな)
貴族が多い学校とは言え、学園からしてみれば好き好んで貴族を入学させているというわけではない。試験に受かるのがいつも貴族だというだけで、ヤドリギ学園は身分問わず誰でも受け入れる、というのがコンセプトだ。
だから周囲の評価に反して、学内は自由な感じなのだろう。
ああそれにしても…今朝も寝坊したから朝食を食べれていなかったんだ。昼にサンドイッチを食べたけど、成長期の男子の食事としては足りてないだろう。つまり、オムライスとサラダとスープを平らげたのにも関わらず俺のお腹はまだ余裕があるってことだ。
「…おい、レオン。お前、見た目に反して、大食らいなんだな」
「え、そう?」
「いや、だって……なんでもない」
追加でビーフシチューを頼んでいたら、ジャンにドン引くような目で見られた。心外だ。
朝食の分まで食事をしてお腹いっぱいになって、そろそろ寮に帰るか、という段階になる。
代金を支払って学食から外に出る。夕暮れの空を見上げながら寮へ続く中庭の通路を歩いた。中庭にはきれいな花がたくさん植えてあって、ここからでもよく見えた。中庭の奥には迷路のバラ園があるらしい。いつか見てみたいものだ。
中庭の隣には森がある。森より先は立入禁止になっているため、普通の生徒は入れない。
森の先にはヤドリギの泉がある。学園のいちばん重要な場所とも言える泉で、主人公の運命が大きく変わった場所でもある。
(行ってみたら思い出せるかなぁ…)
主人公の今後の運命を変えるようなどでかい情報があの泉に埋まっているのだが、その内容をなかなか思い出せない。昨日からずっと考えているのだけど、思い出す気配さえしないのだ。
主人公は泉で、何を知るんだろう。彼自身の重要な情報がそこで明かされるはずなのだがな。
寮の近くの通路まで来たときだ。スマホから着信を知らせるメロディーが鳴った。誰からだろう、と画面を見れば、母親の名前が映っている。
「え゛」
昨日ぶりの電話に、ひやりとした汗が流れた。直ぐに我に返って通話をつなげると、母親の低い声が聞こえてくる。
スマホを耳に当てながら、通路から離れて中庭の方に歩いていく。通行人に話を聞かれても面倒だ。
「レオン」
「もしもし、母様。どうしたのですか?昨日ぶりですね。こんなに頻繁に電話をかけてくれるなんて嬉しい限りです」
「調子いいわね、あんた。身の程を知りなさい」
ぎくり。
どうにも母親には、俺の素がバレている節がある。いつものように相手を立てる言い方をしたつもりだったのだが、母にとって違和感があるものになったらしい。
すいません、と素直に謝る。
「水晶の儀は終わりましたか」
「あ、はい…。私は水属性、と言われました」
「…そう」
それきり、電話口が静かになる。電話の向こうでは、何を言うべきかと困っている気配がした。母様がこんな風に言葉に困るなんて珍しい。
(静寂が気まずい…)
食事以外の場面で母と話していて沈黙が流れるのは、滅多にないことだ。何を言い淀んでいるのかとそわそわするが、決して急かしてはいけないことはわかる。大人しく、母の次の言葉を待つ。
「えっと……いかがでしょうか……?」
が、耐えられなくなった俺が先に静寂を破ってしまうことになった。
だって、静かな母様とか怖すぎるんだもん。
怒られるだろうかと思ったが、母が声を荒げる様子はない。しばらくして帰ってきた母の声は、彼女にしては静かなトーンだった。
「……今後は、こういうことはもっと早めに報告なさい。フェレオル家の当主に相応しい行動をとっていただきたいわ。他の生徒は既に家族に、水晶の儀の報告の電話をしているというのに…」
「あ…、すみません」
「杖の色にふさわしい服を新調しておきます。帰省時に渡すので、次から正装するときはそれを着てください」
(報告電話……、確かに、すっかり頭から抜けていた)
母から電話をかけてこなければ、俺は報告電話をしなかっただろう。母様はそのことに関して、不満があったみたいだ。
(でも、今の沈黙はそれ以外の理由がありそうだけどなぁ)
「それで、有力な家の友人はできそうですか」
「……ああ、それなら、ご安心ください」
はいはい、コネ作りの進捗ですね。やっぱり、母様が気になるのはそこだよな。
俺の姿が相手に見えていないのはわかっているが、母様の機嫌を取るときにいつもしている笑顔が出てしまう。
なんとなーく覚えていたクラスメイトの名前を何人か適当に挙げてやったら、母様の感情のよくわからない声が帰ってきた。
「そう。これからも、フェレオル家のことだけを考えて行動しなさい。あと、成績を少しでも落とせば、家庭教師を送りますから。いいですね」
「はい、母上様」
前回と同じように、ぷつりと電話が切られた。相手に了解も得ずに切るのって失礼に当たるんじゃないか?息子が相手だからいいってこと?
それにしても、最後に釘を差されたなぁ。まあ、俺が成績を落とすなんて余っ程のことがないと無い……はずだし。大丈夫だろうけど。
家庭教師で済むなら全然いいんだけど。成績を落としたら、両親からの嫌味がすごいだろうなぁ。家庭教師よりもそっちのほうが嫌だ。
貴族様の嫌味ってムカつくんだよな。……言われたときの対処法も、よくわかっていないし。
……原作のレオンは、どう対処していたんだろう。思えば、俺は原作のレオンとほぼ同じ人生を辿っているが、性格は全然違うはずだから、もしかしたら本来よりも能力が劣っている可能性がある。
原作のレオンは文武両道で魔法の天才で成績はいつも学年一位で。……ハイスペックすぎないか?あれで性格が悪くなければよかったのにな。
(学年一位……あれ?なんか忘れているような……気のせいか)
引っかかりができたものの、すぐに気のせいだと思い直す。
それにしても……。一応、入学試験では首席を取っているけど、この先ずっと一番でいるのは厳しいかもしれない。
「……もっと頑張らないといけないな」
もしも家庭教師をつけられたら、自由な時間がなくなるし。母様に良く思われていたほうが、今後物語に動きがあった際も自由にやりやすそうだ。ニールのことも手助けしてやりたいからな。
そう意気込んでいると、背後から砂利を踏む音が聞こえてきた。
前世のこともあって、どうやら俺は庶民舌らしい。同級生はみんな文句をつけながら食べていたし。俺は美味しいと思うんだけどな。
(まあ、家での飯は両親の目が気になって、料理の味なんてよくわからなかったのもあるな)
作法にうるさい貴族の前では、決して粗相をしてはいけない。だが、学校の庶民的な食堂はそんなものを気にする必要がなかった。上級生の中には大声で喋りながら食事をしていたものもいたし。
(俺の同級生達はそれに戸惑っていたけど…でも、学園生活に慣れていくにつれて、あの上級生たちのように食事中でもはしゃぐようになるかもな)
貴族が多い学校とは言え、学園からしてみれば好き好んで貴族を入学させているというわけではない。試験に受かるのがいつも貴族だというだけで、ヤドリギ学園は身分問わず誰でも受け入れる、というのがコンセプトだ。
だから周囲の評価に反して、学内は自由な感じなのだろう。
ああそれにしても…今朝も寝坊したから朝食を食べれていなかったんだ。昼にサンドイッチを食べたけど、成長期の男子の食事としては足りてないだろう。つまり、オムライスとサラダとスープを平らげたのにも関わらず俺のお腹はまだ余裕があるってことだ。
「…おい、レオン。お前、見た目に反して、大食らいなんだな」
「え、そう?」
「いや、だって……なんでもない」
追加でビーフシチューを頼んでいたら、ジャンにドン引くような目で見られた。心外だ。
朝食の分まで食事をしてお腹いっぱいになって、そろそろ寮に帰るか、という段階になる。
代金を支払って学食から外に出る。夕暮れの空を見上げながら寮へ続く中庭の通路を歩いた。中庭にはきれいな花がたくさん植えてあって、ここからでもよく見えた。中庭の奥には迷路のバラ園があるらしい。いつか見てみたいものだ。
中庭の隣には森がある。森より先は立入禁止になっているため、普通の生徒は入れない。
森の先にはヤドリギの泉がある。学園のいちばん重要な場所とも言える泉で、主人公の運命が大きく変わった場所でもある。
(行ってみたら思い出せるかなぁ…)
主人公の今後の運命を変えるようなどでかい情報があの泉に埋まっているのだが、その内容をなかなか思い出せない。昨日からずっと考えているのだけど、思い出す気配さえしないのだ。
主人公は泉で、何を知るんだろう。彼自身の重要な情報がそこで明かされるはずなのだがな。
寮の近くの通路まで来たときだ。スマホから着信を知らせるメロディーが鳴った。誰からだろう、と画面を見れば、母親の名前が映っている。
「え゛」
昨日ぶりの電話に、ひやりとした汗が流れた。直ぐに我に返って通話をつなげると、母親の低い声が聞こえてくる。
スマホを耳に当てながら、通路から離れて中庭の方に歩いていく。通行人に話を聞かれても面倒だ。
「レオン」
「もしもし、母様。どうしたのですか?昨日ぶりですね。こんなに頻繁に電話をかけてくれるなんて嬉しい限りです」
「調子いいわね、あんた。身の程を知りなさい」
ぎくり。
どうにも母親には、俺の素がバレている節がある。いつものように相手を立てる言い方をしたつもりだったのだが、母にとって違和感があるものになったらしい。
すいません、と素直に謝る。
「水晶の儀は終わりましたか」
「あ、はい…。私は水属性、と言われました」
「…そう」
それきり、電話口が静かになる。電話の向こうでは、何を言うべきかと困っている気配がした。母様がこんな風に言葉に困るなんて珍しい。
(静寂が気まずい…)
食事以外の場面で母と話していて沈黙が流れるのは、滅多にないことだ。何を言い淀んでいるのかとそわそわするが、決して急かしてはいけないことはわかる。大人しく、母の次の言葉を待つ。
「えっと……いかがでしょうか……?」
が、耐えられなくなった俺が先に静寂を破ってしまうことになった。
だって、静かな母様とか怖すぎるんだもん。
怒られるだろうかと思ったが、母が声を荒げる様子はない。しばらくして帰ってきた母の声は、彼女にしては静かなトーンだった。
「……今後は、こういうことはもっと早めに報告なさい。フェレオル家の当主に相応しい行動をとっていただきたいわ。他の生徒は既に家族に、水晶の儀の報告の電話をしているというのに…」
「あ…、すみません」
「杖の色にふさわしい服を新調しておきます。帰省時に渡すので、次から正装するときはそれを着てください」
(報告電話……、確かに、すっかり頭から抜けていた)
母から電話をかけてこなければ、俺は報告電話をしなかっただろう。母様はそのことに関して、不満があったみたいだ。
(でも、今の沈黙はそれ以外の理由がありそうだけどなぁ)
「それで、有力な家の友人はできそうですか」
「……ああ、それなら、ご安心ください」
はいはい、コネ作りの進捗ですね。やっぱり、母様が気になるのはそこだよな。
俺の姿が相手に見えていないのはわかっているが、母様の機嫌を取るときにいつもしている笑顔が出てしまう。
なんとなーく覚えていたクラスメイトの名前を何人か適当に挙げてやったら、母様の感情のよくわからない声が帰ってきた。
「そう。これからも、フェレオル家のことだけを考えて行動しなさい。あと、成績を少しでも落とせば、家庭教師を送りますから。いいですね」
「はい、母上様」
前回と同じように、ぷつりと電話が切られた。相手に了解も得ずに切るのって失礼に当たるんじゃないか?息子が相手だからいいってこと?
それにしても、最後に釘を差されたなぁ。まあ、俺が成績を落とすなんて余っ程のことがないと無い……はずだし。大丈夫だろうけど。
家庭教師で済むなら全然いいんだけど。成績を落としたら、両親からの嫌味がすごいだろうなぁ。家庭教師よりもそっちのほうが嫌だ。
貴族様の嫌味ってムカつくんだよな。……言われたときの対処法も、よくわかっていないし。
……原作のレオンは、どう対処していたんだろう。思えば、俺は原作のレオンとほぼ同じ人生を辿っているが、性格は全然違うはずだから、もしかしたら本来よりも能力が劣っている可能性がある。
原作のレオンは文武両道で魔法の天才で成績はいつも学年一位で。……ハイスペックすぎないか?あれで性格が悪くなければよかったのにな。
(学年一位……あれ?なんか忘れているような……気のせいか)
引っかかりができたものの、すぐに気のせいだと思い直す。
それにしても……。一応、入学試験では首席を取っているけど、この先ずっと一番でいるのは厳しいかもしれない。
「……もっと頑張らないといけないな」
もしも家庭教師をつけられたら、自由な時間がなくなるし。母様に良く思われていたほうが、今後物語に動きがあった際も自由にやりやすそうだ。ニールのことも手助けしてやりたいからな。
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