主人公を犯さないと死ぬ悪役に成り代わりました

キルキ

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無属性の新入生 2

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「困りましたなぁ。非常事態だ」

占い師のように白いマントをかぶった学園長が、部屋を行ったり来たりしながら頭を悩ませていた。金の刺繍が施された神父服とマントがひらりとはためくその様子は神々しさを感じる。

しかし今はその神々しさに感心する余裕など、ニールにはなかった。

「学園長……水晶は本当に、何も現れなかったのですか?」

先程受けたばかりの水晶の儀で、ニールは属性魔法が現れていない、と判断された。15歳以上の青年に属性魔法が現れないなんて、絶対に有り得ない事態。それはニールも痛いほど知っていることだった。

ニールは学長室のふかふかのソファに座りながら、忙しなく動き回る学長を見上げる。

再び先程のことについて聞いてくる僕の声を聞いた学園長は、僕と目を合わせた後に申し訳無さそうに眉尻を下げた。

「何度も水晶に聞いてみましたけど、ダメですな。君の属性魔法が全く見えない」
「で、でも、学園長……。僕は確かに15歳を越えているんですよ」

縋る思いで、僕はそう言った。年齢詐欺していると疑われたくない思いもあって、必死に訴える。

「わかっている。あなたを疑っているわけではありませぬ」
「……」

宥めるような学長の声に、ぐっと何も言えなくなる。ドクンと胸が苦しくなって、耐えられなくて俯いた。

優しい先生だ。これだけありえないことが起きているというのに、庶民の身である僕の話を信じてくださる。だというのに僕は、その優しさに報いることもできないなんて。

もういっそのこと、大声を上げて泣いてしまいたかった。

不安な気持ちから、膝の上に置いた手に力が入る。固く握りしめられた自分の拳を見つめていると、視界の端に白いサテン素材のマントがひらりと見えた。

ぽん、と肩に置かれたのは、学長の手だった。

「ニールくん。これは命令ではなく提案なのだが……、この学園に通うのはよしたほうがいいのではありませぬか?」

僕にとっては死刑宣告に等しいそれに、顔をあげる。

「学長……っ」
「待ちなさい。退学しろと命令しているのではない。ただ、私はあなたが心配なのだ。そもそもここは、貴族の巣窟のような場所……あなたにとって、過ごしにくいところでしょう。加えて、先程のような悪目立ちをしてしまえば、今後学園で過ごしにくくなるのでは?」

一段と冷静になった学長の声が、広い部屋に響いた。

「あなたほど優秀な子であれば、ここでなくとも受け入れてくれる学校はたくさんある。……この学校に固執する理由は無いだろう?」

僕はこの学校に通えないのか?
せっかく、死ぬほど努力して、この学校に合格したのに?

どうしよう、と考えたその瞬間、脳裏に浮かんだのは、街に残してきた両親の姿だった。

「この学園の入試を合格できたとき、母と父がすごく喜んでくれたんです。良かったねって、ずっと応援してたのよって、涙を流すほどで。生活に余裕ないくせに、父がケーキを買ってきたりして……」

……そうだ、ここを退学する理由なんて、僕にはないじゃないか。

確かに、悪目立ちをしてしまった自覚はある。庶民出身であるというネックもあって、同級生から陰で揶揄われていることも想像できた。

入学して二日目だというのにこの惨状では、今後の生活が思いやられるところだ。けれど、決して安くない入学金を掻き集めて払ってくれた両親の思いを、無碍にすることはできない。

合格順位はギリギリだったけど……、めちゃくちゃ努力して、やっとヤドリギ学園の生徒になれたんだ。この身分を早々に手放したくない。

(それに、優しそうな人もいるし)

レオン=フェレオル、と名乗った男子生徒。
話を聞くに、上流階級の貴族の息子であるというに加えて、入学試験では首席で通ったという。

レオンくんは、庶民の僕にも優しくしてくれた。意地の悪そうな生徒もいるみたいだけど、でもきっと、レオンくんのように親切な人がきっとこの学園に他にもいるはずだ。

大丈夫……、仲良くなれる人が、きっといる。

「僕、この学校に通いたいです。周りと違って不出来な生徒ですけど……、無属性魔法はしっかりマスターしているし、筆記も頑張るので……!」

だから、ここにいさせてください。

懸命に言葉を紡いで、声を振り絞った。頭を下げたまま静止して、学園長の次の言葉を待つ。

「……」

なかなか返事が返ってこない…?

数分の間そうしていたというのに、一向に学長の声が聞こえなかった。どうしてだろう、と恐る恐る顔を上げる。そして、学長の顔を見てぎょっとした。

「が、がくえんちょ……?」
「すみませぬ、久しぶりにあなたのような……、美しい原石に出会えたので、感動してしまい……」

学長はなぜか泣いていた。

想定外のことに、ソファに座ったまま思わず後退りをする。そんな失礼な態度を取ってしまった僕を気にした様子のない学長は、床に片膝をつくと僕の両手を手に取った。

あ、あの、せめて涙を拭ってください。

「驚かせてしまいましたか。…あなたも知るように、この学園の大半は貴族出身です。だからどいつもこいつも、権力を盾に命令してきたり脅してきたりする子ばかりで……っ、こんなに純粋な人と、久しぶりに話したのです……」

しみじみとそう話す学園長に、少し憐れみの情が産まれた。貴族の子供を束ねていると言われるヤドリギ学園の学長は、僕が思っていたよりも情に熱い人であるらしい。

その勢いに若干尻込みながらも、学長の目を見返した。

「あなたのその輝きに免じて……魔法実技の成績を免除してさしあげよう。ただし、授業にはなるべく出席すること。見学でいいから、授業には参加してくだされ。これが私にできる最大限の譲歩です」
「…っ、ありがとうございますっ!」

がばっと頭を下げてお礼を言うと、学長の鼻を啜る音が聞こえた。

変な先生だけど、親切な人みたい。急に涙を流されたのはびっくりしたけど、むしろ僕の分まで泣いてもらったような気持ちで、少しすっきりした。

…といっても、これからの学園生活への不安がなくなったわけじゃないけど。でも今はとにかく、この学園で学べることをありがたく思わないと。

属性魔法が現れないなんて、こんな落ちこぼれ生徒は強制退学されてもおかしくない。ましてや、この名門校に入学したい貴族はごまんといるのだ。庶民の僕に居場所を作ってくれただけで、規制のようなものである。

「ではまず、これからのことを話していこうか。ああ、杖はどうされますかな。本来なら、診断された属性専用の杖を学園から差し上げるのだが…」
「僕はこの、無属性の杖でいいです」

腰から下げた灰色の杖を指差す。

「なるほど、いいでしょう」

もとからそう提案するつもりだったのか、学長はすぐに頷いた。そしてこれからのこと……免除される科目や、寮の生活で気をつけることなどを話した。

学長の計らいで、なるべく今回の情報が広まらないようにはしてくれるみたいだ。「気休めですが」と言っていたが、それでもありがたい。

「あとは、何を話すべきか……すみませぬ、本日は少々仕事が立て込んでおりまして、今はここまでといたしましょう。今日は授業に出ず、そのまま寮にお戻りなさい。何かあれば、私に相談を。では、あなたの幸せな学園生活を願って…」

学長は最後に締めくくると、慌ただしい足取りで次の仕事に向かっていった。学長の仕事って忙しいと聞くし、今もギリギリの状態で僕のために時間をとってくれたのだろう。

「…よし、がんばろう」

明日からの学校生活に自身を奮い立たせながら、僕は寮に戻っていった。
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