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第二章 蠅、付きまとう

16.捜索開始

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「どうしますか?」
 悩んでいても仕方ない。不安や心配性の帆野が、先陣を切って話すとは、自分ながらに驚いている。

「じゃあ、多数決にしましょうか」
 浅霧がそのあとに続いた。
「賛成の人」
 手を上げたのは、浅霧、帆野、高郷、景子の四人。この時点で、この場から動くことが決まった。

「でも、探すにしろよ。どう探すんだ?」
 と、高郷が言った。案があると答えた浅霧が、自身のリュックの中から、地図を取り出す。中央に広げて、その周りを六人で囲んだ。

「班ごとに分かれて探しましょう。私と帆野さん、そして、雲原さん夫婦、高郷さんと殻屋さん」
 地図を指で四分割にし、左上の枠から、AからDと順に四つ分けた。
「ちょっと待て」
 と、正平が言う。確かに、これでは人数が足りない。
「これだと、一つだけ開くんじゃないか?」
「私たちに、知ってる人がもう一人います」
 
(まさか……)
 恐らく、トランクに閉じこもった塩染だろう。どう説明するのだろうか。
「そいつ、生きてるのか?」
「大丈夫です。車にいるので、そこを捜索してもらいます。では、Aから私と帆野さん、Bは雲原さん夫婦、Cが殻屋さんと高郷さんでお願いします。Dは頼んでおきますから」

 一斉に立ち上がり、この部屋を後にしようと、足を踏み出す。
「待って!」
 背後から、女将の声。皆が振り返る。
「このまま置いていく気?」
「君は」
 正平が口を開いた。
「人を殺そうとした。わからなくはないだろう?」

 言い訳をすることもなく、歯を食いしばってうなだれる。居心地の悪い、奥歯に物が挟まった感覚で頭を埋め尽くす。その鬱憤を晴らすかのよう、唸り声を帆野は上げた。
「わかったよ。その代わり、ついてくるなよ? この旅館を守るんだ。いいな?」

 顔を上げたが、なにも答えない。潤んだ瞳が、こちらを見つめるだけだった。ため息を吐いた正平が、帆野の左肩を掴んで、縄を解きに向かう。次に、右肩をツンツンと突かれた。耳元に顔を近づけたそうな、浅霧に耳を貸す。
「イヤホン持った?」
「ポケットに入ってます」

 視線を感じたので、そちらに目を向けると、殻屋がその一部始終を見ていたのか、目が合った。鼻が効くというかなんというか。見逃さない洞察力が凄まじい。

 しかし、細かいことを聞かず、そのまま先を歩いてしまった。正平を最後尾にして、この部屋から後にする。

   ・  ・  ・

 一人ずつロードを交換して、一つのグループを使ってから各所に向かった。完全に他の人から離れたことを確認し、道が開けた場所を二人で立って、右耳にだけワイヤレスイヤホンを掛け、周囲を確認して電話を掛ける。
「もしもし?」
「はい、塩染です」
 今までの経緯を電話で話す。

「はあ……そんなことが。わかりました。私は、そちらの方に向かえばいいんですね?」
「はい。それともう一つ」
「なんでしょう?」

「なんで隠してたんですか?」
 少しばかりの沈黙が続く。集中力が切れたのか、周囲への警戒心が高まった。
「死神から言われたことです。どうしてかも聞くなと」
「気にならなかったんですか?」
「気になりましたよ。でも、脅されてできなかった。俺だって、鬱憤を晴らせないのは嫌ですから。常和さんの罪滅ぼしも出来ない」

「……そうですか。わかりました。このままつけっぱなしにしてていいですから、お願いします。」
「わかりました。なにか異常がありましたら、伝えます」
「うちのメンバーには、気を付けてください」

 駐車場があるのはBエリア。そして、紅楽亭があるのもBエリア。この辺りを警戒して移動しなければ、雲原夫婦に見つかってしまう。通話を切らずに周りを警戒して、帆野と浅霧も歩き始めた。

    ・  ・  ・

 右に折れた、突き当りまで住宅に挟まれた道路。
 道中に、何人かゾンビを目撃したが、見通しが良い場所は、非常に助かっている。Aエリアの道のりまでは良かったものの、ここから先は探すと言っても、中々骨が折れるというもの。

 その場所は、寺や監禁されていた病院などがあるところ。畑は多くなく、全体的に木造住宅が並ぶ。見通しも悪く、見つからないように蘇りの儀式をするのも、難しくはない話だ。

 洞窟か地下と言っていたが……地下である場合、一軒一軒探さなければならない。
「どうします?」
 ぽつんと二人だけしかいない真ん中で、ひっそりと浅霧に声をかけた。

「そうですね……」
 家から道路にはみ出している血液、凄惨な光景が脳裏を過る。ここの周辺は、呪いによってゾンビになった加害者が多い。確認できるだけでも、住職、占い師、病院にいた平助と医者。そのため、襲われた被害者も多いだろう。

 この場に立つことは危険だが、八方塞がりの場所で立つよりかは安全である。他のゾンビは、どこに行ったのだろうか……どれくらい歩き回って、広がったのかすらわからない。

「洞窟なら、森側を探せばいいと思いますけど、地下とかだとねぇ……」
「地下でも、絞られてるんじゃないですか? 流石に、関係のない人の家の地下とかには、作らないと思うので」

「確かに、そうですね。じゃあ、占い師の婆さんの家とか、寺とか?」
「はい。証拠探しながらでも」

「あ、あぁ、そうですね」
 当然、残しているのかどうか、疑問が頭の中に浮かんだが、今やそんなことを言っている場合ではない。仮に呪いを解いたとして、復活する可能性を考えた場合、証拠を抑えておいて損はない。浅霧の意見を呑んで、先へ進んだ。
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