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第二章 蠅、付きまとう

15.呪物

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 浅霧と帆野が泊まる部屋。
 人数が増えただけあって部屋は狭いが、縄で縛られた女将を以外は仲間である。現在は、高郷をいれた六人。玄関近くの手前の部屋で、壁を背にして立っており、女将は奥の部屋。こちらから見える位置に、縄で縛られた状態で座らせる。

 帆野が立ってる対面にいるのは、左から高郷、正平、景子の順。こちらは、右に浅霧、そして残る殻屋の順。

「紹介します」
 なにから話そうかとも思ったが、正面にいる高郷の紹介がまだだったので、それから始めた。
「なんか、呪物コレクターだそうです」

 皆が一同にして怪訝な表情をした。無理もない。呪物を集めている、なんていう物好きを目の前にしたら、そういった反応にもなることだろう。

「おいおい、そんな目で見るのは止めてほしいな」
「ゾンビが出たって言ったら、信じます?」
 何気に食いついたのは、浅霧だった。

「ゾンビ? いるのなら信じるぞ」
「呪物で、そういったものになることはありますか?」
 え? と、思わず声を漏らしてしまった。確かに、この村には呪いの類いが行われ、そういった書物が存在しているのはわかるが……

「どういうことですか?」
 こちらに視線を向けるが、なにも答えずに高郷に戻す。
「うーん、ゾンビねぇ……呪い殺す、不幸にさせるとかなら聞いたことあるけどなぁ、ゾンビか……俺は見たことはないけど、もし、そんな呪物があるなら、是非持ち帰りたいもんだけどな」

「そうですか……」
 確かに、呪物の話はしたが、ゾンビとそれが繋がるところはなかったはずだ。どこの物かは知らない。ここに伝わる呪物も聞いたが、それは人を生き返らせる代わり、憑依させる人間と血液が必要というだけの話ではないのだろうか。

「なんで、呪物なんですか?」
「ちゃんと行われているのに、ゾンビがいるなら、他からそうなったって考え方も良いんじゃないですか? 今までのことを整理すると、呪物が引き金となっていても」
「まぁ、わからなくはないですけど……」

「ゾンビって言うけどさ」
 と、高郷が言う。
「そのゾンビって、誰がなってるの? 村人全員とか?」
 それに、帆野が答える。その説明の時――女将が目を見開き、口をパカッと開いたまま、食い入るように聞いていた。

「なにを驚いてる?」
 その表情の変化を見逃さない。早速、質問を試みる。悔しげに唇を噛み締め、わかりやすいため息を吐いた。

「一人、赤ん坊が死んだ。儀式のことでどうこうじゃない。ただ、その時に止めるよう入った刑事と、子どもの親がいて……」
「待て。聞いてないぞ……もう一人、亡くなった人がいるのか?」

「そう。常和ときわ和也かずや。亡くなった紗華さやかちゃんのお父さん。執念だったと思う……」
「じゃあ、その日で三人……」
「そうね。貴方がた二人が、この事を調べてるって聞いて」

「でも、なんで話すように?」
「だって、医者にお坊さんに占い師でしょ? みんな、関係する人がゾンビになってるし……今の話からして、呪いでなったかもしれないなんて言われたら、もうこの村を守る必要もなくなって……」

「儀式に参加してたのか?」
「いえ……流石にそこまでの、手を汚す勇気が出なかった。祟りを恐れているくせに、止める儀式は他人にさせるなんて、卑怯よね……」
「場所は教えられてたってこと?」

「そうね。欠席した人は、他にもいるんじゃないかしら。女性なら、尚更でしょう……」
「なるほど……」
「しかしまぁ」
 と、正平が口を開く。
「なんで反対派の人間なんかの子どもを。こうなることくらい、考えられただろ?」

「段々信仰も薄くなって、今や古い人だけが熱狂的に信じてる。賛同しててもね。生贄を捧げるためだけに、子どもを出産したい、なんて思う人なんていないでしょ?
 もしかしたら、具体的な日程を知るためだけに、信仰してるフリをしてる人もいたのかもしれない。信じない人の中から選ぶしかなかった。自然死にしようと考えてはいたんだけど、日程も知らされてないのに、常に紗華ちゃんを見張ってたみたいだし」

 概要はつかめた。が……やはり、被害者が他にいるというのが気になった。塩染は何故、それを黙っていたのだろうか。話していれば、もう少しなにか変わったはずなのだが……

「では、その呪いを解きに行ったほうが、良さそうですね」
 と、浅霧が言う。周囲から反対の声は、当然湧き上がった。そんな代物に命を張って、危険な外を歩くなど、あまりに対価が合わないものだ。止められる確証もなければ、それのせいと決まったわけではない。

「俺は、賛成だな」
 高郷だけは例外だった。呪物コレクターという変人の意見だと思っているのか、反対も賛成も出ない。沈黙がこの場の空気を、包みこんでいる。高郷も、それ以上の意見を言うことはなかった。

「今までのことを整理しても、呪いの結果って考えるしかないと思いませんか?」
「そうだけど」
 と、正平が言う。
「まだ見つかってないなにかって、考えるほうが自然だろ」
「そうは言われても、そのために時間を持て余しても仕方がありません」

「時間なら、明日の朝になってからでも……」
「その時には、遅いんじゃありません?」
「なんで」

 まさか、と高郷が口を開いた。
「いや、でも……あれはゾンビになるんじゃなくて、死ぬんだぞ?」
「そうですけど……動機を考えれば、わからなくはないと思います。子どもを殺された恨みで捧げ、その子どもを生き返らせるため、儀式を行った。生贄は、殺した人にすれば良い。一石二鳥です」

(確かに、辻褄は合うけど……)
 引っ掛かることがあった。
「待ってください。浅霧さん、親も殺されてますよ?」
「まぁ、そうですけど、それなら筋は通りませんか? それを前提にして行動すれば、なにか見つかるんじゃないでしょうか」

「でもさ」
 と、正平が言う
「それと、時間がどう関係あるの?」
「朝までに、誰にも見つからず成功すれば、子どもが生き返ります」

「あ、あぁ……なるほど」
「でも、わざわざ止めること?」
 殻屋が言った。恐らく、被害者の気持ちを組んでのことだろう。

「だって、狂った因習で殺されたのよ? 村長やあの婆さんは自業自得。そんなやつらを犠牲にして、生き返らせたとしたら、わざわざ止める必要も」

「他の人も犠牲になります」
「もうどうせ、みんなゾンビになってるよ、きっと」

 一つの可能性が頭をよぎる。もし、蘇りの儀式が途中で終わったとしたら……それはすなわち。
「もしかして、止めればみんな、生き返ってる可能性はあるって考えてるんですか?」
「わかりません。ですが、行動してみても悪くないと思います。捕まえることだって出来るかもしれませんし」

「いいか?」
 と、控えめに手を上げて、高郷が言う。
「断じて言うぞ。俺の情報は自信がある。ゾンビなんてことは聞いてない。他の可能性を考えないか?」
「どんな呪物にせよ、なにかしらを用いて、この自体になったと考えられます。なのであれば、みんなを助けるために、行動してもいいんじゃないでしょうか」

 皆が皆、黙ってしまった。
 不確かな点は、いくつもある。
・死ぬ存在がゾンビになった理由。
・亡くなってると思われる常和和也の存在。
・呪いを解けば、生き返る。
 賭けて動くか、それともじっとしているか……どちらの選択が、正しいのだろうか。
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