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第二章 蠅、付きまとう

8.2歴史記念館後編

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「兄ちゃん兄ちゃん」
 と、肩を叩いて軽い口調で聞く、男が声をかけてくる。黒い帽子に銀縁眼鏡、無精髭を生やした年相応の男。
「はい」
「聞く耳立てるつもりはなかったんだけどな。聞こえてしまったもんでな……」
「気を悪くしてないですよ」
「ここには、当時村長を恨んだ農民が、あらゆる呪いを掛けたって話、知ってるか?」

 今度は、予想だにしない話が舞い込んでくる。
「いえ」
「俺な、その伝説の書物ってやつを探してんだよ」
「あそこにはないんですか?」
 丁度、浅霧が経ってるところだ。
「姉ちゃんがずっと立ってるだろ? 読もうにも読めんよ」

「はあ……」
「で、藁人形やら蠱毒やら、そういった呪いの類をやってたそうなんだ。その時に、殺された子どもを生き返らすとかいう面目で、死んだ人間を生き返らす黒魔術の本を、どっかか仕入れてきたって話、知ってるか?」

「全然。そういうの信じてるんですか?」
「なに。信じる信じないじゃないんだよ。立派な呪物じゃないか」
「呪物?」
「そうそう。俺は高郷たかさと広明ひろあきって言うんだけどな、呪物を集めててさ。そいつを貰えないかと、探しに来たわけ。まぁ、貰えないにしてもさ、人目で良いからお目にかかりたくて」

(そんな趣味の人もいるんだなぁ……)
 しかし、そうは言っても、非常に興味深いものではある。
「どんな代物なんです?」
「どうも、依代となる人間を一人、まぁこの村で言うなら、死んだ子どもと同年齢の子どもだな。そいつを一人使って、死んだ人間を憑依させるって感じなんだ。当然、元いた人格は完全に殺される。で、その後、それを下ろすために人間一人分の血が必要らしいんだ」
「一人分って……結構多いじゃないですか」

「まぁな。成人となれば当然、約五リットルくらいだろ? 体重によりけりだけど、まぁ結構な量が必要になる。まぁ、今回は赤ん坊だろうから、そこまで多くはないんだろうけど。
 それを元にして、本人の骨や髪の毛、遺伝子がわかるものを元にして、冥界から連れ戻す。そして、五合星にいる対象におろすって形なんだ。けど、これがな……生半可なことではなくて、完全に定着するのに一晩かかるらしいんだ。それに、他の人には誰にも見られてはならない」

「っていうことは……叫んでも、気づかれないようにしなければならないってことですか?」
「そう。完全に外から遮断された、そうだな。地下施設とでも言えばいいか、そこに監禁しなきゃならない。当然、その人間に死なれちゃいけない。舌噛まれたりしたら、たとえ憑依したところで、生き返るわけじゃないからな」

「でも、黒魔術なんでしょ?」
「そう。代償もある。生贄に使われた血の持ち主を、間接的にも殺すことになる。な? ゾクゾクするだろ?」
「ま、まぁ……」

「こんなもの、相当だろ? 一体何人が食われたり、翻弄されたと思う? 生き返らせたいやつなんて、生きていれば一人くらいはいるもんだろ?」

 そんな時、まだ死んだわけでないが、早海の顔が頭に浮かんだ。たとえそれが、非現実的であったとしても、藁にも縋る思いで、そんなものを利用してしまうかもしれない。心身が参っている人を利用しようとする者は、この世にたくさんいる。

「ま、見つけたら教えてくれよ。紅楽で泊まってるからよ」
「何号室ですか?」
「三号室。君は?」
「九号室です」

「おっけ。じゃあ、よろしく」
 そう言って、高郷は歴史記念館を去っていく。残されたのは、浅霧と帆野。今、従業員と思われる人が一人、館内を掃除しているが、隣の些細な会話でさえ聞き取れるほどの静寂。ヒソヒソと喋っていても、喋っているということだけは把握できる。

 浅霧は未だ、例の書物の前にいる。そちらへと向かい、隣に立った。
「なにかわかりました?」
「うーん、まぁたいしたことは書いてませんでした。結構、歴史あるみたいです」
「いろいろと聞けましたよ」
「そうなんですね。後で聞かせてください」

 その時だった。衝撃音に似たなにが、遠くの方で轟く。それは、雷のようではなく、なにかが爆発したような、そんな音。
「なんだ?」
 反射的に声が漏れてしまう。
「結構大きな音でしたね……」
 その音の正体を探るべく、歴史記念館を後にした。
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