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第二章 蠅、付きまとう

7.情報

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 浅霧たちの部屋からあのオープンスペースまでだと、それなりに距離がある。突き当りまで歩き、左に曲がって中央。壁側に沿ったソファーのような木製の椅子、そしてテーブルがあり、部屋から見えた夫婦と目があい、お互いに会釈をする。

 いきなり浅霧から、肘打ちで合図が来た。観光客だろうが、情報収集には容赦がないらしい。
「観光ですか?」

 二人とも、快く「はい」と返事が来た。そこまで、距離を感じない人たちのように思える。庭をまじまじとみたいと思い、一番近いところまで歩を進め、手すりを掴んで体を預ける。

「綺麗ですね」
「えぇ。もったいないですよ」
 と、妻と思わしき女性――雲原うんばら景子けいこが答えた。振り返って皆の方を見ると、夫婦に対面するよう、浅霧が腰を掛けている。
「ホームページですか?」
 浅霧が言った。

「はい。まぁ、建ったばっかりだから仕方ないですけどね」
「やっぱり。結構、綺麗ですもんね」
 と、帆野は答える。

「村興ししてるからさ、それでだろう」
 と、夫と思われる男性――雲原正平しょうへいが言った。
「なんで、そんなことを……」

「自然を愛し、故郷を大事にする人たちのために、活性化させてるって、言ってたような。ニュースかなんかで見てない?」

「あんまり、興味がなくて」
「なるほどね……若い人は、政治に興味があるとか聞くけど」
「例外ですね」

「新しくなってるところも見たでしょう?」
 景子が、話を続ける。
「景色も綺麗ですし。なにしろ、空気が美味しい。観光客も増えてるみたいです。それはそうと、どうしてあなた達はここに?」

「この村のミステリーを探しに、ですかね」
「ちょっと」
 と、考えるよりも先に口から言葉が出ていた。デート、と応えようかと思った時に、浅霧はストレートに本題へと入っていった。カップルで訪れているという体があるのに、これでは矛盾していないだろうか。

「ミステリー? 気になるね」
 どうやら、話が進みそうだ。後戻りは出来そうにない。
「噂、みたいなレベルですけどね。例えば、この村の田んぼには、作物を奪う妖怪がいるとか。夜な夜な、農民が寝静まった頃、悪戯をされた妖怪は、復讐に田んぼを荒らす、みたいな」

 ところどころ繋がるところはあるものの、それなりに良く出来た上手い嘘のように感じた。思いの外、正平は笑いのツボにハマったらしく、ゲラゲラと笑っていた。

「それ、クマかなんかじゃない?」
「まぁ、たぶんそんなところだと思います。こういう噂を調べに来まして。私と彼は、オカルト研究会で」
「へぇ、じゃあ大学生?」
「はい」
「なんだ、てっきりデートなのかと」

「そんな感じでもあります。嫌な人とはいけませんし、付き合い長いですから」
「焼いちゃうねぇ……」
 と、夫婦はお互いに顔を合わせた。

「私達だって、新婚旅行で来たじゃない。焼いてる場合?」
 景子は、悪戯な笑みを浮かべて、正平をいじっているようだ。こちらもこちらで、なんとも微笑ましい。

 旅館の仲居が、眼前の廊下をモップを持って通る。どうやら、床の掃除をしているらしい。清潔を保つのにもやるのはわかるが、大変な仕事だな、と心の底から思った。

 正平が、腕時計で時間を確認しているのが視界に入る。
「まだ時間あるな。どっか行かないか?」
 視線の先には、景子がいる。
「いいね。行きましょ」

 そう言って二人は立ち上がると、「では」と去っていった。今度は、近くにいた仲居に声をかける。そこまで離れていないため、こちらにも声が聞こえた。

「すみません、歴史記念館の他に、観光になるところってあります?」
 と、正平が聞く。
「えぇっと……近くに湖があるのと、あと公園に大きな桜の木が生えてますね」

 (桜の木か……)
 季節的に時期ではないが、花見はさぞ綺麗であろう。行ってみたい気もする。葉があるだけでも良い。大きさというものも伺いたい。

 ただ、やはり歴史記念館以上の収穫はなさそうだ。さすがに忌まわしき風習については書いていないだろうが、あの殺された刑事が言うことも確認が取れる。話の流れで、村長の身の上話など、いろいろ聞ければ大いに進展することであろう。

「浅霧さん」
「はい。行きましょう」

 夫婦に続いて、仲居に歴史記念館の場所を聞くと、丁寧に教えてくれた。その足で、すぐに向う。
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