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第一章 誰か、中にいる。

7.進展

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 中の部屋は、入って右手にある扉、そして左手にあるスライド式の窓以外、丁度コの時のように壁に沿って本棚でなぞられていた。別の部屋いけると思われる扉には、openと札が下げられ、スライド式の窓から覗く庭、そこから眩い光が差し込んでいる。部屋の中央辺りの場所に、テーブルと椅子。様子からして本を読む空間ということだろう。

 この部屋の空間や、家の外観を見て、親がどこで働いている人なのかとは気になりはしたが、直接聞くまでの気持ちは起きない。読書は、趣味の一つではあるため、溢れるほど羨ましい。テーブルにノートパソコンを置いて、座るために椅子に腰を掛けた。

 座ってみても、やはりこの光景はあまりにも心地が良い。エアコンが見当たらないのは気になりはしたが、右手扉近くにあるコンセントから延びる、冷風機があるため、恐らくそれを頼りにしているのだろう。

 と、そこでふと隣のopenと札が下げられた部屋が気になった。裏側にひっくり返すと、closeの文字が。当然と言えば当然なのだが……誰かの仕事場かなにかなのだろうか。

 念のためにノックをして、いるかどうかを確認する。もし在宅していれば挨拶はするだろうから、返事がなかったのは想像に難くはない。本棚を見て回りたいが、その気持ちは押さえてテーブルに戻り、送られてきたメール内部を見る。電話番号の並びからして固定電話だけらしい。流石にスマホとはいかないだろう。書いてある上から順に電話番号を打つ。

(えぇっと……なんて名乗ればいい? 初めてなのに、こんなの任せるか? 普通。平然といろいろ質問出来たのがまずかったかなぁ……)
 浅霧に聞こうと隣の部屋に行くが、退屈している割には、テレビの音声がはっきりした。無音の空気が、あまり好みではないのだろうか。
「浅霧さん」
 帆野を見遣り、テレビの音声を消した。

「どうしたの?」
「なんてかければいいのかと思って」
「うーん、ストーカーの相談を受けた探偵局の者ですが、でいいんじゃないですか?」
「ありがとうございます」

(浅霧さんがやってくれないかな……)
 ただ、丁寧に教えてくれたのは事実なので、礼を言う。あまりに見ない微笑みで返してくれた影響で、不満なことも遥か彼方へと消え去っていく。とりあえず、椅子に座って一息ついた。

 被害者が子どもの場合は親が出るだろうが、植物状態になっているときに電話をかけ、もしストーカーの被害が受けていなかったとしたら。茶化したと捉えられてもおかしくない。しかし、迷っていても先に進まない。思い切って電話を掛ける。

――はい。
 女性が出た。母親だろうか。
――突然のお電話失礼いたします。浅霧探偵事務所の帆野と申します。
――探偵? どのようなご用件で。
――男にストーカーされているって件でお話を伺いたいなと。
――ストーカー? なんの話をしてるんですか?
――聞いていませんか?
――聞いていません。
 語句が強くなっており、どう思っているかはわからないが、どうやら癇に障ったようだ。
――間違いだったようです。申し訳ありません。
――いいえ。
――では。

「はぁ……」
(なんか一気に疲れたなぁ)
 くよくよ考えても仕方がない。まだ一発目ではないか。そのような前提で見て、不機嫌になられるから、ショックが大きというだけのはず。一度深呼吸をするも、心臓の高鳴りが緊張を伝えてくるが、くよくよしていると時だけが刻々と過ぎていくため、テンポを崩さず次の被害者宅へ電話する。

 結果、十人と連絡をしたが、ストーカーを目撃したという人が六人だけだった。この差があるのは謎だが、とりあえず連絡は出来たため、浅霧に報告しに行く。

「ありがとうございました」
「浅霧さんがやってもよかったんじゃないですか?」
「初めてなのに、受け答えを率先してやってたから。ちょっとやらせてみたいなって思って」
「あぁ、やっぱり……依頼者に対しての質問ですか?」
「そうです」
「まぁ、あれは気になったから聞いただけで……」

「普通緊張するものじゃない?」
「しないと言ったら噓にはなりますね」
「でしょ? それでも出来てたんだから、すごいなぁって思ってました」
「あ、ありがとうございます」
 一息ついたところで、テレビの画面が見える場所まで映る。ゾンビが出てくるホラー映画のようだ。

「良い趣味してますよ」
 と、浅霧が楽しげに言った。
「好きなんですか?」
「わりと好きですよ。帆野さんは?」
「率先して見たことは、ありませんね」
「嫌いでもなければ、好きでもないって感じですか?」
「まぁ、そんなところです」
 丁度CMに入り、リモコンを手に持って次のシーンまでカットする。

「あれ、録画してたやつだったんですね」
「そうです」
 モヤッとしたことはあったが、これもまた口に出さず。一連の行動から見て、細かい気遣いはしない人なのだろう。

 少しばかりではあるが、進展はあった。ある程度考察してもいいが……それよりも、浅霧が事務所で撮った映像のことが気になった。車内では確認できなかったため、どうにも後味が悪い。再び隣の部屋へ。他の物には目もくれず、映像ファイルまでカーソルを持っていく。

(あれ……)
 映像の更新日を見たが、『未来に撮られた映像』と同じ更新日になっている。更新された時間と近い時間に撮ったのではないか? と、考えはしたが、数秒の単位まで同じなのは、不自然と言わざるを得ない。他に映像をとったときに、それが影響するかどうかはわからないが、このSDカードに存在する映像は、全て更新されると考えてもいいだろう。すぐさま確認する。

 別枠で開かれた映像は、真っ黒な画面を映し、反射してうっすらと帆野自身の顔が映る。一秒か二秒の待機後、事務所が映し出された。見えちゃったという帆野の発言からして、言葉に変化はない。どんな恐怖映像が待ち受けているのかとドキドキしていたが、進めていっても、幽霊など映る気配すら感じない。が、映像に黒い閃光のようなノイズが所々に入っている。目を凝らしてもう一度、最初から再生するも、ノイズが入っているのみで、それ以上の変化はなかった。

 安堵の息が漏れる。ノイズなのであれば、まだ安心できるというもの。幽霊など映っていようものなら、さすがに身の毛がよだつところだった。除霊以前に、いわくつきの物で撮影したということに、呪われるのではないかという恐怖さえ生まれたが、幽霊が映っていなければ何も問題ない。ノイズなど頻繁に起こるではないか。写真の時の手振れと同じだ。

 映像のウィンドを消して、一息つく。顔を手で拭うと、帆野の視界に二つの映像ファイルが更新されているのが見えた。
「え?」
 つい一分前の事のようだ。十三時ぴったりの時刻である。部屋を飛び出すと、茫然とした表情で帆野を見遣る浅霧がいた。

「更新されてます」
 なんのリアクションもせずにテレビを止めた。パソコンの元へと急ぐ。ほどなくして、浅霧は左側に中腰でパソコンに目を向けている。
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