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第一章 誰か、中にいる。

3.1特殊事案前編

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 翌日。その後、まずは被害者宅の情報と、ストーカーがいなかったか、など聞き込みをしたいと相談し、ロードで連絡先を交換して家を後にした。自宅に帰り、風呂など一通りのことを済ませると、そのまま就寝。昼食後と予定していたのだが、十時頃に連絡が来る。

 帆野は、早寝早起きとは言えないが、健康的な生活を送っていると自負しているため、早かった連絡も支障はなかった。
「植物人間絡みの事件かもしれないので、事務所に来てください」
「了解しました。すぐ向かいます」
 朝風呂は済んでいるので、身支度だけ済ませて家を後にする。

    ・  ・  ・

 (確か……上だったよな)
 事務所前に到着したものの、名前すら書いておらず、一階は朝でもシャッターが閉じられていた。
 外装は白塗り、二階へ上がる鉄製の階段は黒塗り。扉は、二部屋しかついていないので、アパートというわけではない。

 一階は、レストランや喫茶店という線は薄い。居酒屋など、夜の時間帯に営業している店なのだろうと予想したが、どうやら外れのようだ。一度来たとは言え、迷う可能性も考えられるので、スマホのマップアプリを使用してここまで来た。

 スニーカーでも上がるのがわかる、鉄の響きを背後に、網目でモザイク使用のガラスが入った鉄の扉の前に立つ。インターホンをすると、何故かロードで入るよう返事が来た。早速家に上がらせてもらう。玄関から上がった左から右まで扉がある。靴をそろえて上がり、正面の扉を開た。

 横長の広い1LDKの部屋。右側奥に三連の引き戸があるところを見ると、そちらが一部屋らしい。それに添えられるようスタッキングシェルフ、近くに円形のカーペットとテレビと台、そしてL字型のソファー。カーペットの頭上にシーリングファンライトがあり、また左側には、帆野と浅霧が会話したソファーとテーブルがある。すでに依頼者と思われる女性――貝塚《かいづか》愛実まなみと、浅霧が座っていた。丁度その時、帆野の視線に気づいた女性が、軽く会釈での挨拶を交わす。
 
 右側の一室は恐らく、一見した感じ寝室となっている。見られたくないという気持ちはなく、堂々と開けられていた。あまり、まじまじと見るのも気が引けるので、とりあえず二人の元へと移動する。

 こうして近づいたからこそ気が付いたのだが、依頼者は姿勢も整っていて、育ちのいいという印象だ。ベージュのスカートに白色の半袖のシャツ。とても清楚な恰好をしているように感じる。

 浅霧の隣に空間一つあけて座ると、テーブルの上に置いてある、ノートパソコンの画面を帆野に向けた。
「この映像を見てください」
 映像ということで、程度は強くはないが、気持ちが身構えた。カーソルを持っていき、ファイルを開く。

 左奥にベッド、その手前に洋服箪笥が見切れ、右奥には勉強机、その近くの床にテレビとゲーム……と、配置されているも、生活感がまるでない。綺麗すぎるという意味ではなく、どう生活していたのだろうと思うほど、荒れていた。CDや丸められた紙、飲んだペットボトルなどあふれていて、散々なありさまだった。
「三脚かなにかで、入口から撮られてるんですか?」
 愛実に問うつもりで、目を遣る。

「だと、思います。まぁ、そんなもの持ってるはずがないんですが……」
 ボブの髪の毛を、右耳の後ろにそっとかける。扉の開かれる音が聞こえたため、視線を戻した。
「あれ、扉の音……」

 愛実が言葉を零したので、気になって一瞬だけ目を向ける。やがて、髪がくしゃくしゃに乱れていた女性が入ってきた。この部屋の荒れ方や、身なりに関して気にしていないところを見ると、引きこもりということだろうか。

 中央にあるテーブルに座り込むと、カメラの正面をただじっと見つめるだけで、なにも行動を起こさない。しかし、異様な緊張感がある。恐らく、その緊張の正体は、右手に握られた包丁だ。

 光源となっている要素は、後ろにあるカーテンから漏れる太陽光のみ。それでも、事態を把握するには十分なくらいだ。パジャマ姿ということは、寝起きからすぐというところは察せられる。愛実に比べて、随分と老けているようにも見えるが、顔立ちは瓜二つといっていいほどそっくりだ。

(双子か……?)
 いろいろなところを注意深く見ようと思ったときに、左下にある字幕の日付は、目を疑うものだった。明日の日付である。時刻は十時四十二分と、今の時間から見た場合、あと十分もすれば丸一日経ったと言える。

「これ……」
「どうしたんですか?」
 これに愛実が反応した。
「いや、なんでカメラの撮影日が来週なんだって思いまして」
「……こういう事件を扱いになられているんでしょう? そうお伺いしましたが」
「あ、帆野は今日から共に働くことになった、相棒みたいなものです」
「あ、そうなんですね。失礼いたしました」

 いいえという気持ちを込めて、気持ち微笑んで会釈する。ノートパソコンへと画面を戻したが、画面の中の女性は、未だに茫然とレンズを見つめている。その瞳に吸い込まれると同時に、自身と目が合っているように感じて、ほんの少し居心地の悪さを覚えた。

 ようやくなにかを語るも、口の動きだけで声が聞こえない。どれくらいの長さかは、体感でも中といったところだろうか。長くもなく、短くもない。音が入っていない以上、スローにして解析しない限りはわからないだろう。

 扉の音は確認できたものの、声を含めた他の音、何一つ聞こえない。胸に包丁の切っ先を向けて、呼吸を整えているように見える。だが、刺さることもなく、なにかに打たれたように後方へと倒れてしまった。包丁は力が抜けた手から解放され、散乱したCDや紙の上に落ちる。

 状況をまるで整理できない。包丁を使って自害すると思いきや、そんなこともなくただ倒れた。
(なるほど……)
 その映像を見て、ロードでの一件を思い出した。まだそうと限ったわけではないが、確かに浅霧が感じる気持ちもわからなくはない。浅霧の横顔に目を向けると、帆野に合わせた。

「えぇっと、まず……この人は?」
 双子かどうかをまず確認したい。清潔感のある愛実とは全く違うので、十中八九そうだろうとは思うが。
「姉です。姉の香奈(かな)です」
「香奈さんは、どうされてます?」
「家にいますよ」
「会えたりしますか?」
「うーん……難しいと思います。引きこもりで、私以外の人とは会う気はないので」
「そうですか……」

 ということは、直接香奈から聞くことは出来ないだろう。愛実に頼んで家に入れてもらい、無理にでも助けに行くか……考えられてそれくらいだろう。

「すみません。先に聞くべきでしたね。お名前は……?」
 愛実は、自身の名前を伝えた。
「貝塚さんから見て、お姉さんの様子が変だったとかは、ありますか?」
「ありません。そんなことは。家に引きこもってはいるんですけど、とても誇らしい姉です」
 どこか迫ってくる対応に、一歩気持ちが引いてしまう。
 とりあえず、意図を汲み取ることを考えると、自殺するまでのことではないと言いたいのだろう。

「そんなことより、そのビデオを解析していただけませんか? 事実なのであれば。姉を助けるのに協力していただきたいですし、無関係なのであれば無視しますから。予定では、あくまで明日なので、一刻も早くしてほしいんです」
 そう急かされたので、ビデオに関することだけを聞くことにする。

「今、お応えできるとすれば、この日付は、仮に編集して作ったというわけではないんですね?」
「していません。そもそも、映像に映ってる日付を、私がどうやっていじるんですか?
 当然、編集もしていません。そういう悪戯いたずらを私がする意味もないですから。映像ファイルの日付は、昨日の夜になっていると思いますけど。画面の日付が未来になってたら、そりゃファイルの日付だって気にしますよね?」
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