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ベッドの中で
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◇◇◇
シャワーを浴びて、ジャージの寝間着に着替えて高梨の寝室を訪問する。ノックをして部屋に入ると、彼もスウェット地のルームウェアで待っていた。
「狭いベッドで申し訳ないね」
「構わないです。でも、この部屋はホント何もないですね」
ふたりでベッドに入り、ゴソゴソと寝心地のいい体勢を探しながら話をする。
「仕事で必要なものは書斎に運んでるから。それに僕は別に欲しいものもないし」
「そうなんですか。趣味とかは、ないんですか」
「ないね」
お互い向きあう形で横たわり、目をあわせた。
「僕は生まれたときから、持ちものはすべて父親が管理していたし、与えられるもの以外は持つことを許されなかったんだ」
「……そんな」
薄闇で目を見ひらく。
「日用品から勉強道具、靴下一足、消しゴム一個まで、父の選んだものを使っていた。僕自身に選択の自由はなかった」
「本当に? お小遣いは? 好きなものは買わなかったの? お菓子とか、玩具とか」
「小遣いはもらったことがない。必要なものは最高級の品を揃えられていたし、食べものも栄養管理されてキチンと与えられていた。玩具の類いは持ったことがない。ついでに言えば友人もいない。人間関係も彼に管理されていたから」
「そんな生活、信じられない。窮屈じゃなかったんですか」
「僕にとってはあたり前だったんだ。馴染みすぎてて疑問も持たなかった。幼い頃から後継者のレア・アルファとして、ふさわしい行動を取るように言い聞かされていたしね。父はいつも言っていた。お前は特別な人種で、普通人とは違う生き方をしなければならないと。だから、彼が突然病で死んだとき、次の指示がまったくなくなったことに呆然としたものだよ」
「……」
「独り立ちするには、支えが必要だった。何か、指針となるものが」
「うん」
「ずっとそれを探してるんだ」
「でもちゃんと、すごく立派に仕事をしてるじゃないですか」
高梨が吐息で微笑む。
「探すことが、支えになってたからね」
そう言って、陽斗の髪に触れてきた。短い黒髪をなでて、少しつまんで弄ぶ。
「嫌われたくなかったんだよ。いつか出会うその指針となる人に」
高梨の指先は愛情に満ちている。陽斗は彼の求める人が誰かわかっていたから申し訳なくなってしまった。
「あの……」
「うん」
「俺、前に、高梨さんのデザインしたスイートルームに連れていってもらったじゃないですか」
「うん。そうだったね」
「あそこに泊まったとき、フェロモンがわずかに出てたって、高梨さんは言ってたけど、あれって、本当に出てたんですか?」
「出てたよ」
迷いなく肯定する。
「……どうしてなんだろ」
あのとき一度だけ、自分の身体に変化が訪れたのはなぜなのか。
「酒を飲んでたから? いやでも、ここにきてからも何度も飲んで寝てるし。高い場所だったから? 違うな。俺は高い場所あんまり好きじゃないし」
うーんと考えると、そんな陽斗を見つめつつ、高梨が提案した。
「じゃあ、今度、またあそこに泊まりにいこうか」
「……え?」
「そうしたら、また出るかもしれない」
「ああ、……うん、まあ……」
それには尻ごみしてしまう。再び泊まって、次はフェロモンが出なかったらと思うと、落ちこみ具合も半端なくなりそうで怖い。
モゴモゴと返事をごまかした陽斗に、高梨は理由が推測できたのだろう、あえて話を打ち切った。
「もう寝ようか。明日も早いからね」
「ぅん……」
陽斗が少し背中を丸めると、上半身を包みこむように高梨がそっと抱きしめてくる。
ただ身体を触れあわせる行為に、陽斗は深い安堵を覚えた。
こうやって、くっついて眠るだけで、こんなにも心は満たされる。この充足感だけで運命の番になれたなら、どれだけいいだろう。
――この人のことが好きだ。
ずっと一緒にいたい。こうやって夜をすごしたい。
けれど期限の日は迫っている。三十日を迎えるとき、自分はいったいどうなっているのだろうか。
相手の体温を感じつつ、つらつらとそんなことを考えているうち、陽斗はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
シャワーを浴びて、ジャージの寝間着に着替えて高梨の寝室を訪問する。ノックをして部屋に入ると、彼もスウェット地のルームウェアで待っていた。
「狭いベッドで申し訳ないね」
「構わないです。でも、この部屋はホント何もないですね」
ふたりでベッドに入り、ゴソゴソと寝心地のいい体勢を探しながら話をする。
「仕事で必要なものは書斎に運んでるから。それに僕は別に欲しいものもないし」
「そうなんですか。趣味とかは、ないんですか」
「ないね」
お互い向きあう形で横たわり、目をあわせた。
「僕は生まれたときから、持ちものはすべて父親が管理していたし、与えられるもの以外は持つことを許されなかったんだ」
「……そんな」
薄闇で目を見ひらく。
「日用品から勉強道具、靴下一足、消しゴム一個まで、父の選んだものを使っていた。僕自身に選択の自由はなかった」
「本当に? お小遣いは? 好きなものは買わなかったの? お菓子とか、玩具とか」
「小遣いはもらったことがない。必要なものは最高級の品を揃えられていたし、食べものも栄養管理されてキチンと与えられていた。玩具の類いは持ったことがない。ついでに言えば友人もいない。人間関係も彼に管理されていたから」
「そんな生活、信じられない。窮屈じゃなかったんですか」
「僕にとってはあたり前だったんだ。馴染みすぎてて疑問も持たなかった。幼い頃から後継者のレア・アルファとして、ふさわしい行動を取るように言い聞かされていたしね。父はいつも言っていた。お前は特別な人種で、普通人とは違う生き方をしなければならないと。だから、彼が突然病で死んだとき、次の指示がまったくなくなったことに呆然としたものだよ」
「……」
「独り立ちするには、支えが必要だった。何か、指針となるものが」
「うん」
「ずっとそれを探してるんだ」
「でもちゃんと、すごく立派に仕事をしてるじゃないですか」
高梨が吐息で微笑む。
「探すことが、支えになってたからね」
そう言って、陽斗の髪に触れてきた。短い黒髪をなでて、少しつまんで弄ぶ。
「嫌われたくなかったんだよ。いつか出会うその指針となる人に」
高梨の指先は愛情に満ちている。陽斗は彼の求める人が誰かわかっていたから申し訳なくなってしまった。
「あの……」
「うん」
「俺、前に、高梨さんのデザインしたスイートルームに連れていってもらったじゃないですか」
「うん。そうだったね」
「あそこに泊まったとき、フェロモンがわずかに出てたって、高梨さんは言ってたけど、あれって、本当に出てたんですか?」
「出てたよ」
迷いなく肯定する。
「……どうしてなんだろ」
あのとき一度だけ、自分の身体に変化が訪れたのはなぜなのか。
「酒を飲んでたから? いやでも、ここにきてからも何度も飲んで寝てるし。高い場所だったから? 違うな。俺は高い場所あんまり好きじゃないし」
うーんと考えると、そんな陽斗を見つめつつ、高梨が提案した。
「じゃあ、今度、またあそこに泊まりにいこうか」
「……え?」
「そうしたら、また出るかもしれない」
「ああ、……うん、まあ……」
それには尻ごみしてしまう。再び泊まって、次はフェロモンが出なかったらと思うと、落ちこみ具合も半端なくなりそうで怖い。
モゴモゴと返事をごまかした陽斗に、高梨は理由が推測できたのだろう、あえて話を打ち切った。
「もう寝ようか。明日も早いからね」
「ぅん……」
陽斗が少し背中を丸めると、上半身を包みこむように高梨がそっと抱きしめてくる。
ただ身体を触れあわせる行為に、陽斗は深い安堵を覚えた。
こうやって、くっついて眠るだけで、こんなにも心は満たされる。この充足感だけで運命の番になれたなら、どれだけいいだろう。
――この人のことが好きだ。
ずっと一緒にいたい。こうやって夜をすごしたい。
けれど期限の日は迫っている。三十日を迎えるとき、自分はいったいどうなっているのだろうか。
相手の体温を感じつつ、つらつらとそんなことを考えているうち、陽斗はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
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