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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
仲間と共に《Bet my soul》16
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「え────?」
ボタボタっ、水風船が弾けたように紅いものを垂れ流す音に彩芽は瞳を丸くする。
彼女は撃たれたのだ。
急所でもある腹部の位置を。
「彩芽ッ!?」
一体誰が撃った?混乱の中で駆け出そうとした俺の眼前で彩芽は再び撃たれた。
二発目は肺の辺りをやられたらしく、彩芽は血の泡を吐き出しながら四つん這いに倒れる。
「────下らん」
此の世の全てに対して告げるような傲慢不遜な低い声。
ついさっきまで居なかったはずのその人物は、未だ硝煙が立ち上る銃口をこちらに向けていた。
「復讐から解放された?違うな。その小娘は下らん同情とやらに感けて本質を見失った愚か者に過ぎない。そんな覚悟だから絶好の復讐の機会も逃す上に私なぞに裏を掻かれるのだ、彩芽」
闘いで荒れ果てたこの場にそぐわない、折り目正しい濃紺のスーツに身を包んだ初老の男。
そのたった一人の人物に皆が眼を丸くする。
淡々とした様子で相手を糺弾するその仕草は、一年近く前のあの時と何一つ変わっていなかった。
「ミチェル・ベアード!?どうしてここに、いや、何故貴様が生きている!?」
収めていた銃を取り出して向けた先、ミチェルは持っていた銃口の代わりにギョロリと視線を向け返してくる。
たったそれだけの仕草で、俺の全身は銃口を向けられるよりも遥かに重い緊張が圧し掛かってきた。
細められた瞳孔にはオオカミだった時の狂気がしっかりと宿っている。
『ミチェルだと?!あのクソったれがどうして生きてやがるんだ隊長!?』
『嘘でしょ?仮に生きていたとしてどうしてこんなところにいるのよ?』
かつての宿敵の存在を明言したことにより、レクスやリズを含め、元部下達が口々に動揺を表している。
その畏れは隣にいたセイナにも波紋していた。
「ミチェルってまさか、フォルテが以前話していたFBI長官のこと?確か崩落した連邦捜査局に巻き込まれたんじゃ……」
「それはえらく浅慮な発想だな、イギリスの王女よ。瓦礫に押し潰されたからといって人が死ぬとは限らない。本当に人が死ぬのは与えられた役割を果たした時だ。例えば、今もそこでムシケラみたいに這いつくばっている小娘のようにな」
指の代わりに恐ろしいほど軽い仕草で銃口を差し向けるミチェル。
命を何だとも思っていないような軽薄な態度に、俺の中で沸々と怒りが込み上げてくる。
「……ミ、チェル……どうし……て、裏切った……」
今際の際から発せられたようなかすれ声は彩芽からのものだった。
彩芽は未だ何が起きたのか把握できておらず、朦朧とする意識の中でぼんやりとミチェルの構える銃口の方を見ている。
おそらくは警察時代の繋がりもあったのだろう……どうやら今回の騒動で彼女のバックについていたのはFBIだったらしい。
「なんだ、まだ生きていたのか死に損ない。お前の役割はとうの昔に終わったんだ……だからあの世でご両親に会わせてやろう」
「止めろミチェル!!」
三発目の銃弾を彩芽に向けて放とうとしたミチェルに、俺が銃口を向けたまま叫ぶ。
両者が引き金に指を掛けた瞬間、突然俺とセイナの横を凄まじい風圧を伴った何かが駆け抜けていく。
あれはアイリスが放つ魔術弾!
螺旋に渦巻く竜巻の如きジャイロ回転によって威力を増した、7.62×51㎜NATO弾がミチェルへと差し迫る。
だが────
『────外れた……っ!?』
無線越しに聞こえたのは表情の乏しいアイリスからは想像もつかない驚愕の声。
実際その事象を目の当たりにした俺もセイナも言葉を失っている。
『魔術防壁!?いや、もっと異質な空間の歪みを感じたにゃ』
どうやらその道に詳しいベルですらも形容し難い事象だったらしい。
有り体のまま語るなら銃弾は確かに命中した……が、激突した途端、何事も無かったかのように風圧は霧散してしまったのだ。
もちろん、ミチェル本人は何事も無かったかのように佇んでいる。
銃把を握りしめたまま。
「ボブやカルロス、そして彩芽。私の駒は全て貴様達に敗れた……だがその代わりに私はこの絶対的護りと絶対的破壊を手に入れた。魔科学弾頭という名の世界で唯一神であろうと抗うことのできない兵器をな」
「ウソよ!その魔科学弾頭には動力源である神の加護が足りていないと彩芽は言っていたわ。扱うことは不可能よ」
隣のセイナが傍若無人な態度に反論する。
確かに彼女の指摘通り、そうでなければ彩芽がわざわざ姿を晒してまで時間を稼ぐ理由にならないうえに、もし本当に使用できるのであれば、ミチェル自身も悠長に時間を浪費せずに発射していたはずだ。
だが何故だろう……
ミチェルの力強い言葉には有無を言わさぬ説得力が篭められている。
大統領である兄と全く同じよう。
「半分正解で半分誤りだイギリスの王女。確かにまだ魔科学弾頭は未完成品。だが扱うために必要なパーツは全てここに揃っているのだ」
ミチェルの言葉を解する前に、奴は銃を持つ手とは反対の左手を地と並行に掲げる。
一体何をする気だと、皆が身構えた眼前で既に変化は訪れていた。
「彩芽ッ!?」
何も無かったはずの左手には、いつの間にか満身創痍の彩芽が掴まれていたのだ。
スーツの袖から覗くその腕も人のものではなく、獣の如き艶やかな体毛と刃物のように尖った黒い鋭爪に姿形を変化していた。
サイズ感まで以前対峙した時のような荒々しい姿ではない。
人の体躯を保ったままミチェルは力も理性も完全に制御していた。
「グッ……ぅ……っ」
細い首を鷲掴みにする指先が、白い肌へとどんどん食い込んでいく。
撃たれた場所も致命傷である彩芽は抵抗することもままならない状態で、減少していく酸素の中を必死に喘いでいる。
「そう暴れるな……今ここで綺麗さっぱりラクにしてやる。お前の復讐も野望も全てな」
血の滴る身体を掲げたまま、右手に持っていた銃口を彩芽の胸元へと押し付ける。
俺を含め皆が一斉に銃を放つが、どうやっても銃弾はミチェルへは届かない。
『────皆んな伏せるにゃ!』
銃弾の豪雨が降り注ぐ中、掛け声と共にベルの放ったRPG7が炸裂する。
鮮烈な威力を物語る火柱と爆煙。
彩芽も巻き込む危険はあっても、攻撃が通らないのであれば必要な火力だ。
例え相手が戦車であろうとも耐えることはできないだろう。
だが────
「嘘でしょ……ッ!?」
撃ち尽くした空のマガジンを素早く交換しながらセイナは驚愕を顕にする。
魔力によって精製された金属片と火薬が入り交じる爆風が晴れた先には、傷どころかシワ一つ見て取れないミチェルが口角を上げていたのだ。
俺達全員の銃撃を以てしても、その見えない何かを貫通することはついぞ叶わなかった。
「最期だ。ここまで私達の野望の為に暗躍してくれた彩芽には真実を教えてやろう」
ボタボタっ、水風船が弾けたように紅いものを垂れ流す音に彩芽は瞳を丸くする。
彼女は撃たれたのだ。
急所でもある腹部の位置を。
「彩芽ッ!?」
一体誰が撃った?混乱の中で駆け出そうとした俺の眼前で彩芽は再び撃たれた。
二発目は肺の辺りをやられたらしく、彩芽は血の泡を吐き出しながら四つん這いに倒れる。
「────下らん」
此の世の全てに対して告げるような傲慢不遜な低い声。
ついさっきまで居なかったはずのその人物は、未だ硝煙が立ち上る銃口をこちらに向けていた。
「復讐から解放された?違うな。その小娘は下らん同情とやらに感けて本質を見失った愚か者に過ぎない。そんな覚悟だから絶好の復讐の機会も逃す上に私なぞに裏を掻かれるのだ、彩芽」
闘いで荒れ果てたこの場にそぐわない、折り目正しい濃紺のスーツに身を包んだ初老の男。
そのたった一人の人物に皆が眼を丸くする。
淡々とした様子で相手を糺弾するその仕草は、一年近く前のあの時と何一つ変わっていなかった。
「ミチェル・ベアード!?どうしてここに、いや、何故貴様が生きている!?」
収めていた銃を取り出して向けた先、ミチェルは持っていた銃口の代わりにギョロリと視線を向け返してくる。
たったそれだけの仕草で、俺の全身は銃口を向けられるよりも遥かに重い緊張が圧し掛かってきた。
細められた瞳孔にはオオカミだった時の狂気がしっかりと宿っている。
『ミチェルだと?!あのクソったれがどうして生きてやがるんだ隊長!?』
『嘘でしょ?仮に生きていたとしてどうしてこんなところにいるのよ?』
かつての宿敵の存在を明言したことにより、レクスやリズを含め、元部下達が口々に動揺を表している。
その畏れは隣にいたセイナにも波紋していた。
「ミチェルってまさか、フォルテが以前話していたFBI長官のこと?確か崩落した連邦捜査局に巻き込まれたんじゃ……」
「それはえらく浅慮な発想だな、イギリスの王女よ。瓦礫に押し潰されたからといって人が死ぬとは限らない。本当に人が死ぬのは与えられた役割を果たした時だ。例えば、今もそこでムシケラみたいに這いつくばっている小娘のようにな」
指の代わりに恐ろしいほど軽い仕草で銃口を差し向けるミチェル。
命を何だとも思っていないような軽薄な態度に、俺の中で沸々と怒りが込み上げてくる。
「……ミ、チェル……どうし……て、裏切った……」
今際の際から発せられたようなかすれ声は彩芽からのものだった。
彩芽は未だ何が起きたのか把握できておらず、朦朧とする意識の中でぼんやりとミチェルの構える銃口の方を見ている。
おそらくは警察時代の繋がりもあったのだろう……どうやら今回の騒動で彼女のバックについていたのはFBIだったらしい。
「なんだ、まだ生きていたのか死に損ない。お前の役割はとうの昔に終わったんだ……だからあの世でご両親に会わせてやろう」
「止めろミチェル!!」
三発目の銃弾を彩芽に向けて放とうとしたミチェルに、俺が銃口を向けたまま叫ぶ。
両者が引き金に指を掛けた瞬間、突然俺とセイナの横を凄まじい風圧を伴った何かが駆け抜けていく。
あれはアイリスが放つ魔術弾!
螺旋に渦巻く竜巻の如きジャイロ回転によって威力を増した、7.62×51㎜NATO弾がミチェルへと差し迫る。
だが────
『────外れた……っ!?』
無線越しに聞こえたのは表情の乏しいアイリスからは想像もつかない驚愕の声。
実際その事象を目の当たりにした俺もセイナも言葉を失っている。
『魔術防壁!?いや、もっと異質な空間の歪みを感じたにゃ』
どうやらその道に詳しいベルですらも形容し難い事象だったらしい。
有り体のまま語るなら銃弾は確かに命中した……が、激突した途端、何事も無かったかのように風圧は霧散してしまったのだ。
もちろん、ミチェル本人は何事も無かったかのように佇んでいる。
銃把を握りしめたまま。
「ボブやカルロス、そして彩芽。私の駒は全て貴様達に敗れた……だがその代わりに私はこの絶対的護りと絶対的破壊を手に入れた。魔科学弾頭という名の世界で唯一神であろうと抗うことのできない兵器をな」
「ウソよ!その魔科学弾頭には動力源である神の加護が足りていないと彩芽は言っていたわ。扱うことは不可能よ」
隣のセイナが傍若無人な態度に反論する。
確かに彼女の指摘通り、そうでなければ彩芽がわざわざ姿を晒してまで時間を稼ぐ理由にならないうえに、もし本当に使用できるのであれば、ミチェル自身も悠長に時間を浪費せずに発射していたはずだ。
だが何故だろう……
ミチェルの力強い言葉には有無を言わさぬ説得力が篭められている。
大統領である兄と全く同じよう。
「半分正解で半分誤りだイギリスの王女。確かにまだ魔科学弾頭は未完成品。だが扱うために必要なパーツは全てここに揃っているのだ」
ミチェルの言葉を解する前に、奴は銃を持つ手とは反対の左手を地と並行に掲げる。
一体何をする気だと、皆が身構えた眼前で既に変化は訪れていた。
「彩芽ッ!?」
何も無かったはずの左手には、いつの間にか満身創痍の彩芽が掴まれていたのだ。
スーツの袖から覗くその腕も人のものではなく、獣の如き艶やかな体毛と刃物のように尖った黒い鋭爪に姿形を変化していた。
サイズ感まで以前対峙した時のような荒々しい姿ではない。
人の体躯を保ったままミチェルは力も理性も完全に制御していた。
「グッ……ぅ……っ」
細い首を鷲掴みにする指先が、白い肌へとどんどん食い込んでいく。
撃たれた場所も致命傷である彩芽は抵抗することもままならない状態で、減少していく酸素の中を必死に喘いでいる。
「そう暴れるな……今ここで綺麗さっぱりラクにしてやる。お前の復讐も野望も全てな」
血の滴る身体を掲げたまま、右手に持っていた銃口を彩芽の胸元へと押し付ける。
俺を含め皆が一斉に銃を放つが、どうやっても銃弾はミチェルへは届かない。
『────皆んな伏せるにゃ!』
銃弾の豪雨が降り注ぐ中、掛け声と共にベルの放ったRPG7が炸裂する。
鮮烈な威力を物語る火柱と爆煙。
彩芽も巻き込む危険はあっても、攻撃が通らないのであれば必要な火力だ。
例え相手が戦車であろうとも耐えることはできないだろう。
だが────
「嘘でしょ……ッ!?」
撃ち尽くした空のマガジンを素早く交換しながらセイナは驚愕を顕にする。
魔力によって精製された金属片と火薬が入り交じる爆風が晴れた先には、傷どころかシワ一つ見て取れないミチェルが口角を上げていたのだ。
俺達全員の銃撃を以てしても、その見えない何かを貫通することはついぞ叶わなかった。
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