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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
仲間と共に《Bet my soul》8
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「おっと、と……」
術者がやられたことで能力が解放されたらしく、俺はゆっくりと重力の戻った世界へと降り立った。
そのすぐそばには気を失った父親の表情を覗き込むようセイナが俯いている。
「……上手くいったのか?」
「うん、多分大丈夫だと思う……」
見た目よりも落ち込んでいない声音でセイナは答える。
「鉄籠手のおかげで力加減は問題なかったわ。あとは目覚めた時にどうなるか……」
望み薄に呟き左手を覗き込む相棒。
俺が告げた秘策。
それは電撃によってオスカーを気絶させることだった。
真面じゃない相手を説得するよりも遥かに効果的かつ実用的手段であり、なおかつ相手を殺すことなく黙らせるのにこれ以上の手法は無い。
問題は相手の懐まで接近することと、そしてセイナの力加減だったが、沈黙したオスカーの様子を見る限り成功といえるだろう。
「これからどうする。ソイツと俺を背負って戦艦外まで脱出できそうか?」
「一人ならいけそうだけど、二人はちょっと厳しいかな……」
セイナはそう言って大穴の開いた空を見上げた。
暁が翳りだした赤黒い上空から鳴り響く轟音は今も絶え間なく続いている。
闇雲に外に出ようものなら戦闘機の的になりかねない。
どれだけ神器が優れていようとも、流石に大人二人を背負って弾幕の中を逃げることは不可能だろう。
それならいっそのこと────
「それはダメ」
口にしかけたその言葉を予見してセイナがキッとこちらを睨んだ。
「折角ここまで来て『一人なら』とか絶対に言わないで。そんなつもりだったら初めからアタシはここにいないし、誰かを犠牲にしてまで逃げようなんて思わないわ」
アンタはいつもそうやって自分のことを────
ブツブツと苦言を漏らす口元を窄めたセイナ。
無意識にやっている膨れっ面は可愛いが、その真剣なブルーサファイアの瞳に射抜かれた俺はお道化ることすら赦されない。
内心で溜息が零れる。
説得が利かないのはどうやら親子共々同じらしい。
「分かった分かった、もう言わねえからよ。そこまで言うなら三人が助かる方法を考えようぜ?な?」
「……バカ」
諭すようにポンポンとその両肩に手を置くが、それが余計に子供扱いされていると勘違いして更に機嫌を損ねたらしく彼女はプイッとヘソを曲げてしまう。
戦場の真っただ中、それも恐らく世界で今一番荒れている激戦区の中心にいるとは思えない気の抜けた会話。
お互いに生死を掛けた死闘を制した後だ。気が抜けてしまうことは否めないとはいえ少々油断し過ぎかもしれない。
けれど俺は、この気を遣わないセイナとの会話が本当に心地よかった。
ようやく、ようやく彼女を取り戻した実感を得たことで不思議と笑みが浮かぶ。
「なんでニヤニヤしてんのよ?」
「べ、別にそんな顔してねぇよ……っ」
咎めるジト眼に間の悪さを感じ、俺は顔を振って油断した心の隙を消し去る。
感傷に浸りたい気持ちは山々だが、ボロボロのこの戦艦がいつ墜とされるかも分からないんだ。
とにかく脱出手段を探さないと……そう思って辺りを見渡そうとしたその時だった────
「────まさか本当に先導者を倒してしまうなんて……」
乾いた感嘆が部屋の隅で響く。
何もなかった黒曜の壁面一角が左右に割れ、一人の少女が姿を現す。
「正直敗けると思っていたよ。フォルテ・S・エルフィー」
「彩芽……」
黒のコートに身を包む今回の事件の主要人物。
先程俺に折られた左手首を力なく下げたまま、彩芽は何故か組織の長がやられたというのに余裕の表情を浮かべていた。
「全く、これじゃあ私の立てた計画が全てご破算だよ」
「私のだと……?」
「あぁそうさ。私の、私だけの計画がね」
私達ではなく私。
彩芽はわざわざその部分を強調して告げたのだ。
肩を竦める仕草は強がりなのか、それとも本当に困惑しているのか読むことができない。
「世界を混沌に導く。確かに今の組織の方針は私の利害と一致していた。けれど本当は初めから加担する気なんて無かったのさ」
「どういうこと?アンタの目的は戦争を引き起こすことじゃなかったの?」
不気味な態度を取り続ける彩芽にセイナが怪訝を示す。
自身の両親を失った事件の復讐を果たすため、世界に混沌を齎すことこそ彼女の目的とばかり思い込んでいたが、どうやらその限りではないらしい。
「それもそうだが、私の本当の狙いはこれさ」
そう言って彩芽は開けた黒曜の壁の後ろを指で示したが、俺もセイナもいまいちピンと来ていなかった。
ゆっくりと開かれる扉の背後に見えるのは、この部屋と同じ聳えるような黒い壁にしか見えなかったからだ。
「分からないのも無理はない。いま見えているのも全体の三分の一でしかないからね」
一体何を言って……?
「────奴の本当の目的は、この戦艦に格納されている魔科学弾頭だ……っ」
疑念を抱いていた思考がその声によって一瞬にして掻き消された。
それほど下部から聞こえてきた声の主の正体が衝撃的だったのだ。
「お父さま……っ!?」
セイナが眦を見開いた先、ボロボロの身体を無理矢理起こしたオスカーの姿がそこにはあった。
それもさっきまでの冷徹無比な態度とは打って変わり、口にした言の葉には憂いや後悔といったものが滲みだしている。
「おいオスカー、魔科学兵器って一体なんだ?それにお前……」
正気に戻っている?
まだダメージが抜けきってない肩で息をするオスカーの様は痛々しく、そして妙に人間らしい仕草のように感じた。
俺やセイナに対する印象もかなり緩和されている。
さっきまでのゴミを見るような眼ではない、こちらをハッキリと見定める瞳には明らかに感情が宿っていた。
「不覚を取った……フォルテ・S・エルフィー」
根拠を裏付けるように肯定の意を示すオスカー。
「私は奴に操られていたんだ。奴の持つ私やセイナと相性最悪の神の加護によって……グッ……!」
内傷でズタボロの身体が悲鳴を上げ、吐血したものを飛散させる。
それでも喋ることを止めようとしないオスカーに、堪らずセイナが寄り添う。
「お父さま落ち着いて!傷が開くわ」
「構わんッ!!私の命一つで世界が救えるのなら……っ」
オスカーが無理やり娘の介抱を振りほどく。
決死の形相は死の淵に足を掛けた人物の物とは思えない、使命という枷をものともしない信念の強さが溢れている。
そうだった。
自身の身を削ってでも信念を全うする姿。
これが本当の彼の、現イギリス皇帝陛下の姿だったことを。
「よく聞けフォルテ。彩芽の狙いはこの戦艦に積まれた史上最悪の兵器。かつてアメリカFBIで発案され、その危険性から製造が中止された、魔術と科学、そして神器の力、即ち神の加護を併合させた魔科学弾頭だ。その威力は未だ使用された実績こそないが計算上では核弾頭の数倍には匹敵する」
「そんな、ウソでしょ……」
セイナが引き攣った表情で喉を震わせる。
オスカーの説明もそうだが、彼女が本当に戦慄しているのは彩芽の背後にあった黒曜の壁だと思っていたもの、それが実は円柱形に伸びる魔科学弾頭であったということだ。
天に向かって伸びるそれの明確な高さは分からないが、円周だけでなら百メートルを優に超えていそうほどの粗暴なフォルム。
それでもってよく見れば電子機器などの精密機器も散在しており、正しく科学と魔術の融合創作と称するに値するだろう。
まるで出来の悪いデザイナーが設計した大型建造物でも眺めているような気分だった。
術者がやられたことで能力が解放されたらしく、俺はゆっくりと重力の戻った世界へと降り立った。
そのすぐそばには気を失った父親の表情を覗き込むようセイナが俯いている。
「……上手くいったのか?」
「うん、多分大丈夫だと思う……」
見た目よりも落ち込んでいない声音でセイナは答える。
「鉄籠手のおかげで力加減は問題なかったわ。あとは目覚めた時にどうなるか……」
望み薄に呟き左手を覗き込む相棒。
俺が告げた秘策。
それは電撃によってオスカーを気絶させることだった。
真面じゃない相手を説得するよりも遥かに効果的かつ実用的手段であり、なおかつ相手を殺すことなく黙らせるのにこれ以上の手法は無い。
問題は相手の懐まで接近することと、そしてセイナの力加減だったが、沈黙したオスカーの様子を見る限り成功といえるだろう。
「これからどうする。ソイツと俺を背負って戦艦外まで脱出できそうか?」
「一人ならいけそうだけど、二人はちょっと厳しいかな……」
セイナはそう言って大穴の開いた空を見上げた。
暁が翳りだした赤黒い上空から鳴り響く轟音は今も絶え間なく続いている。
闇雲に外に出ようものなら戦闘機の的になりかねない。
どれだけ神器が優れていようとも、流石に大人二人を背負って弾幕の中を逃げることは不可能だろう。
それならいっそのこと────
「それはダメ」
口にしかけたその言葉を予見してセイナがキッとこちらを睨んだ。
「折角ここまで来て『一人なら』とか絶対に言わないで。そんなつもりだったら初めからアタシはここにいないし、誰かを犠牲にしてまで逃げようなんて思わないわ」
アンタはいつもそうやって自分のことを────
ブツブツと苦言を漏らす口元を窄めたセイナ。
無意識にやっている膨れっ面は可愛いが、その真剣なブルーサファイアの瞳に射抜かれた俺はお道化ることすら赦されない。
内心で溜息が零れる。
説得が利かないのはどうやら親子共々同じらしい。
「分かった分かった、もう言わねえからよ。そこまで言うなら三人が助かる方法を考えようぜ?な?」
「……バカ」
諭すようにポンポンとその両肩に手を置くが、それが余計に子供扱いされていると勘違いして更に機嫌を損ねたらしく彼女はプイッとヘソを曲げてしまう。
戦場の真っただ中、それも恐らく世界で今一番荒れている激戦区の中心にいるとは思えない気の抜けた会話。
お互いに生死を掛けた死闘を制した後だ。気が抜けてしまうことは否めないとはいえ少々油断し過ぎかもしれない。
けれど俺は、この気を遣わないセイナとの会話が本当に心地よかった。
ようやく、ようやく彼女を取り戻した実感を得たことで不思議と笑みが浮かぶ。
「なんでニヤニヤしてんのよ?」
「べ、別にそんな顔してねぇよ……っ」
咎めるジト眼に間の悪さを感じ、俺は顔を振って油断した心の隙を消し去る。
感傷に浸りたい気持ちは山々だが、ボロボロのこの戦艦がいつ墜とされるかも分からないんだ。
とにかく脱出手段を探さないと……そう思って辺りを見渡そうとしたその時だった────
「────まさか本当に先導者を倒してしまうなんて……」
乾いた感嘆が部屋の隅で響く。
何もなかった黒曜の壁面一角が左右に割れ、一人の少女が姿を現す。
「正直敗けると思っていたよ。フォルテ・S・エルフィー」
「彩芽……」
黒のコートに身を包む今回の事件の主要人物。
先程俺に折られた左手首を力なく下げたまま、彩芽は何故か組織の長がやられたというのに余裕の表情を浮かべていた。
「全く、これじゃあ私の立てた計画が全てご破算だよ」
「私のだと……?」
「あぁそうさ。私の、私だけの計画がね」
私達ではなく私。
彩芽はわざわざその部分を強調して告げたのだ。
肩を竦める仕草は強がりなのか、それとも本当に困惑しているのか読むことができない。
「世界を混沌に導く。確かに今の組織の方針は私の利害と一致していた。けれど本当は初めから加担する気なんて無かったのさ」
「どういうこと?アンタの目的は戦争を引き起こすことじゃなかったの?」
不気味な態度を取り続ける彩芽にセイナが怪訝を示す。
自身の両親を失った事件の復讐を果たすため、世界に混沌を齎すことこそ彼女の目的とばかり思い込んでいたが、どうやらその限りではないらしい。
「それもそうだが、私の本当の狙いはこれさ」
そう言って彩芽は開けた黒曜の壁の後ろを指で示したが、俺もセイナもいまいちピンと来ていなかった。
ゆっくりと開かれる扉の背後に見えるのは、この部屋と同じ聳えるような黒い壁にしか見えなかったからだ。
「分からないのも無理はない。いま見えているのも全体の三分の一でしかないからね」
一体何を言って……?
「────奴の本当の目的は、この戦艦に格納されている魔科学弾頭だ……っ」
疑念を抱いていた思考がその声によって一瞬にして掻き消された。
それほど下部から聞こえてきた声の主の正体が衝撃的だったのだ。
「お父さま……っ!?」
セイナが眦を見開いた先、ボロボロの身体を無理矢理起こしたオスカーの姿がそこにはあった。
それもさっきまでの冷徹無比な態度とは打って変わり、口にした言の葉には憂いや後悔といったものが滲みだしている。
「おいオスカー、魔科学兵器って一体なんだ?それにお前……」
正気に戻っている?
まだダメージが抜けきってない肩で息をするオスカーの様は痛々しく、そして妙に人間らしい仕草のように感じた。
俺やセイナに対する印象もかなり緩和されている。
さっきまでのゴミを見るような眼ではない、こちらをハッキリと見定める瞳には明らかに感情が宿っていた。
「不覚を取った……フォルテ・S・エルフィー」
根拠を裏付けるように肯定の意を示すオスカー。
「私は奴に操られていたんだ。奴の持つ私やセイナと相性最悪の神の加護によって……グッ……!」
内傷でズタボロの身体が悲鳴を上げ、吐血したものを飛散させる。
それでも喋ることを止めようとしないオスカーに、堪らずセイナが寄り添う。
「お父さま落ち着いて!傷が開くわ」
「構わんッ!!私の命一つで世界が救えるのなら……っ」
オスカーが無理やり娘の介抱を振りほどく。
決死の形相は死の淵に足を掛けた人物の物とは思えない、使命という枷をものともしない信念の強さが溢れている。
そうだった。
自身の身を削ってでも信念を全うする姿。
これが本当の彼の、現イギリス皇帝陛下の姿だったことを。
「よく聞けフォルテ。彩芽の狙いはこの戦艦に積まれた史上最悪の兵器。かつてアメリカFBIで発案され、その危険性から製造が中止された、魔術と科学、そして神器の力、即ち神の加護を併合させた魔科学弾頭だ。その威力は未だ使用された実績こそないが計算上では核弾頭の数倍には匹敵する」
「そんな、ウソでしょ……」
セイナが引き攣った表情で喉を震わせる。
オスカーの説明もそうだが、彼女が本当に戦慄しているのは彩芽の背後にあった黒曜の壁だと思っていたもの、それが実は円柱形に伸びる魔科学弾頭であったということだ。
天に向かって伸びるそれの明確な高さは分からないが、円周だけでなら百メートルを優に超えていそうほどの粗暴なフォルム。
それでもってよく見れば電子機器などの精密機器も散在しており、正しく科学と魔術の融合創作と称するに値するだろう。
まるで出来の悪いデザイナーが設計した大型建造物でも眺めているような気分だった。
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