323 / 361
神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
グッバイフォルテ《Dead is equal》8
しおりを挟む
圧倒的な悪魔の力に太刀打ちできず、最期に重くなった瞼が閉じようとしたその時だった─────
「─────バカッヤロー……ッ!!」
手放しかけた意識と決意。
両者を叱咤するその言葉に、アタシは諦めかけていた瞳を見開いた。
眼下にうっすら映ったのは、胸元を刺されたままのベルゼが、血の泡を吐きながらも言葉をひねり出す痛ましい姿だった。
「いつまでも優等生ぶってんじゃねぇよ嬢ちゃん。てめぇの覚悟ってのは……そんなチンケな障壁程度で諦めちまうような軟なものじゃねーだろ……」
致死量に匹敵する自らの血に溺れてしまいそうになりながらも、その瞳は紫電の輝きを保っていた。
微かな勝機も見逃さないように。
「大人しく終わっちまうくらいならなぁ……くたばる最期の瞬間まで醜く足掻いてみせろよ……セイナッ!!」
初めてアタシの名を叫ぶその右腕が、瞳と同じバイオレットへ染まる。
体表を流れる血へと巡るのは酸素ではなく紫電の嘶き。
閃光めいた神々しい雷の力を得た鉤爪は、摂氏数千度の熱エネルギーを帯びることによりその切れ味を増大させ、ベルゼはそれを全身へと残された全ての力を絞りつくしようにして左腕を振るった。
「『千獣王の爪遊び』!!」
ガシャンッ!!!!
融解して砕けた金属が宙を舞いながら、アタシを締め上げていた拘束が緩まった。
ベルゼの渾身の一撃はフォルテ本人へと向けてではなく、彼が装備する左腕の義手を膾と切り裂いたのだ。
『一つの魔眼を使用するのに対し、必ず契約した武器を触媒に能力を発動させている』
数か月前にベルゼが教えてくれたことだけど、今の攻撃はその極地。
ぎりぎりまで魔眼の力を増幅させることにより唯一無二の力を得ることができるという、ベルゼの最初で最後の奥の手。
と言うのは停戦協定を結ぶ際に教えてくれたことだけど、やろうと思えばそれを使ってフォルテへ一矢報いることもできたはずなのに、そうしなかったのは彼自身のプライドか、それとも何か別の思いがあったのか……アタシには理解できなかった。
それでも今は、生み出してくれた一筋の希望を無下にするようなことだけは絶対にしない。
地へと再び脚を付ける手前、感情の死んだはずのフォルテがこっちを視た気がした。
喪った左腕に一切の動揺を魅せない紅い瞳。
この場における脅威対象をアタシ一人に絞るように、右腕の刃を差し向けようと力が入る。
「おっと、そうは……させねえぜ」
ベルゼは懐に突き刺さった刃ごと。フォルテの腕を抱え込むように動きを封じ込める。
「…………」
機械のように無反応ながらも、思いもしなかった障害を前にして、フォルテの眉がピクリと動く。
「へっ……いいザマだ。それにいい加減見飽きたんだよ。ナヨナヨと女々しいてめぇの姿なんざ」
ベルゼが舌を出して嗤う姿を横目に、アタシの身体がレンガ調の街路に着地する。
この距離なら─────
「かましてやれセイ─────ぐはぁッ!!」
興奮の叫喚を上げていたベルゼをフォルテが無理矢理蹴り飛ばす。
小太刀を強引に引き抜かれた肢体は中空に血の軌跡を残し、無残にも瓦礫に叩きのめされる。
視認していないがおそらく死んだと思われる一撃、だけど動揺も怯みも抱いている暇はない。
この人を救いたい。
そう決意したから。
どれほど薄情と言われようと、多大なる犠牲を払おうとも、それで治るのなら彼のことを選ぶ。選び抜く。
柵に対する迷いなんてとうの昔に捨てていたんだ。
何故って?
それはアタシにとってフォルテが─────
「はぁぁぁぁッッッ!!!!」
フォルテがベルゼの処理を終えてこちらに向き直るよりも先に、身長差を生かした捨て身のタックルを仕掛ける。
殆ど無抵抗に倒れる身体へと跨り、返り血で濡れた胸元へと両手を着く。
痩躯に見えて実はかなり引き締まった筋肉の弾力からは、まだ仄かに人の熱が残っている。
懐かしい、思わず安堵してしまいそうになる感覚だけど、フォルテは偽りの太陽を見上げてもなお、ハイライトの死んだ瞳のまま右腕の小太刀を突き刺そうとしていた。
「ごめん……ッ」
短い謝罪の念を漏らしつつ、アタシは自らの力を解放した。
周囲の光を飲み込むように瞬転すると同時に、眼を覆いたくなるような眩い電撃を解き放つ。
神の加護を利用した『放出』。
それこそが、さっきベルゼに話していたアタシが唯一知っているフォルテを治す方法。
一番初めに彼と出会った時、今回と同じ暴走状態に陥ってしまった彼を治したのも、アタシの放電だったということをついさっき思い出したのだ。
詳しい原理も理屈も分からないことに合わせて、果たしてその方法で本当に治る確証は無かった。けど、救える確率が元々ゼロだったアタシにとってそれに賭けるほかなかったうえ、超人的力で忘れがちだけど、今なお満身創痍のフォルテには他の有効手段を思いつくことが出来なかった。
「戻ってきて、フォルテ……ッ!」
ヤーレングレイブル無しで放たれた電撃が、フォルテの全身を駆け巡る。
肢体の末端部位を激しく暴れさせ、苦悶とはいえ紅い瞳には久しく表情らしいものが写っていた。
それでもなお右手に持った小太刀だけは離すことなく、それどころかアタシに向けて突き刺そうとぐにゅりと動き続ける指先を力任せ抑え込んでいる。
まだ、足りないって言うの……!?
それならもう構うことは無い。
不器用ながらも加減していた力の一切を、止めることなく全て解放した。
元来『雷』というものは瞬発的な高火力を指すものだけど、今のアタシはその威力を保ったまま攻撃を継続している状態。
その抵抗すら許さない神の力に圧倒され、フォルテの身体がくの字へと折れ曲がり、身体に収まりきらない電撃は、周囲の瓦礫や倒れた大木を炭のように真っ黒へと焦がしていく。
煌びやかだったショッピングモールが丸焦げになるよりも先に、右手の指先から小太刀がするりと抜け落ち、放出の限界を迎えていたアタシも遂に力が底をつく。
もう、これ以上打つ手を持ち合わせていない。
それでも事の成り行きを身構えたアタシだったが、さっきまで感じていた魂に粘り付くような殺気が霧散していることに気づいた。
「……ぅ……ッ」
呻きと共にぎゅっと引き絞っていた瞳がゆっくりと開かれる。
瞼の内に収まっていたのは血赤の如き紅ではなく、見慣れたいつもの黒い灯が宿っていた。
「セイ……ナ……?」
「─────バカッヤロー……ッ!!」
手放しかけた意識と決意。
両者を叱咤するその言葉に、アタシは諦めかけていた瞳を見開いた。
眼下にうっすら映ったのは、胸元を刺されたままのベルゼが、血の泡を吐きながらも言葉をひねり出す痛ましい姿だった。
「いつまでも優等生ぶってんじゃねぇよ嬢ちゃん。てめぇの覚悟ってのは……そんなチンケな障壁程度で諦めちまうような軟なものじゃねーだろ……」
致死量に匹敵する自らの血に溺れてしまいそうになりながらも、その瞳は紫電の輝きを保っていた。
微かな勝機も見逃さないように。
「大人しく終わっちまうくらいならなぁ……くたばる最期の瞬間まで醜く足掻いてみせろよ……セイナッ!!」
初めてアタシの名を叫ぶその右腕が、瞳と同じバイオレットへ染まる。
体表を流れる血へと巡るのは酸素ではなく紫電の嘶き。
閃光めいた神々しい雷の力を得た鉤爪は、摂氏数千度の熱エネルギーを帯びることによりその切れ味を増大させ、ベルゼはそれを全身へと残された全ての力を絞りつくしようにして左腕を振るった。
「『千獣王の爪遊び』!!」
ガシャンッ!!!!
融解して砕けた金属が宙を舞いながら、アタシを締め上げていた拘束が緩まった。
ベルゼの渾身の一撃はフォルテ本人へと向けてではなく、彼が装備する左腕の義手を膾と切り裂いたのだ。
『一つの魔眼を使用するのに対し、必ず契約した武器を触媒に能力を発動させている』
数か月前にベルゼが教えてくれたことだけど、今の攻撃はその極地。
ぎりぎりまで魔眼の力を増幅させることにより唯一無二の力を得ることができるという、ベルゼの最初で最後の奥の手。
と言うのは停戦協定を結ぶ際に教えてくれたことだけど、やろうと思えばそれを使ってフォルテへ一矢報いることもできたはずなのに、そうしなかったのは彼自身のプライドか、それとも何か別の思いがあったのか……アタシには理解できなかった。
それでも今は、生み出してくれた一筋の希望を無下にするようなことだけは絶対にしない。
地へと再び脚を付ける手前、感情の死んだはずのフォルテがこっちを視た気がした。
喪った左腕に一切の動揺を魅せない紅い瞳。
この場における脅威対象をアタシ一人に絞るように、右腕の刃を差し向けようと力が入る。
「おっと、そうは……させねえぜ」
ベルゼは懐に突き刺さった刃ごと。フォルテの腕を抱え込むように動きを封じ込める。
「…………」
機械のように無反応ながらも、思いもしなかった障害を前にして、フォルテの眉がピクリと動く。
「へっ……いいザマだ。それにいい加減見飽きたんだよ。ナヨナヨと女々しいてめぇの姿なんざ」
ベルゼが舌を出して嗤う姿を横目に、アタシの身体がレンガ調の街路に着地する。
この距離なら─────
「かましてやれセイ─────ぐはぁッ!!」
興奮の叫喚を上げていたベルゼをフォルテが無理矢理蹴り飛ばす。
小太刀を強引に引き抜かれた肢体は中空に血の軌跡を残し、無残にも瓦礫に叩きのめされる。
視認していないがおそらく死んだと思われる一撃、だけど動揺も怯みも抱いている暇はない。
この人を救いたい。
そう決意したから。
どれほど薄情と言われようと、多大なる犠牲を払おうとも、それで治るのなら彼のことを選ぶ。選び抜く。
柵に対する迷いなんてとうの昔に捨てていたんだ。
何故って?
それはアタシにとってフォルテが─────
「はぁぁぁぁッッッ!!!!」
フォルテがベルゼの処理を終えてこちらに向き直るよりも先に、身長差を生かした捨て身のタックルを仕掛ける。
殆ど無抵抗に倒れる身体へと跨り、返り血で濡れた胸元へと両手を着く。
痩躯に見えて実はかなり引き締まった筋肉の弾力からは、まだ仄かに人の熱が残っている。
懐かしい、思わず安堵してしまいそうになる感覚だけど、フォルテは偽りの太陽を見上げてもなお、ハイライトの死んだ瞳のまま右腕の小太刀を突き刺そうとしていた。
「ごめん……ッ」
短い謝罪の念を漏らしつつ、アタシは自らの力を解放した。
周囲の光を飲み込むように瞬転すると同時に、眼を覆いたくなるような眩い電撃を解き放つ。
神の加護を利用した『放出』。
それこそが、さっきベルゼに話していたアタシが唯一知っているフォルテを治す方法。
一番初めに彼と出会った時、今回と同じ暴走状態に陥ってしまった彼を治したのも、アタシの放電だったということをついさっき思い出したのだ。
詳しい原理も理屈も分からないことに合わせて、果たしてその方法で本当に治る確証は無かった。けど、救える確率が元々ゼロだったアタシにとってそれに賭けるほかなかったうえ、超人的力で忘れがちだけど、今なお満身創痍のフォルテには他の有効手段を思いつくことが出来なかった。
「戻ってきて、フォルテ……ッ!」
ヤーレングレイブル無しで放たれた電撃が、フォルテの全身を駆け巡る。
肢体の末端部位を激しく暴れさせ、苦悶とはいえ紅い瞳には久しく表情らしいものが写っていた。
それでもなお右手に持った小太刀だけは離すことなく、それどころかアタシに向けて突き刺そうとぐにゅりと動き続ける指先を力任せ抑え込んでいる。
まだ、足りないって言うの……!?
それならもう構うことは無い。
不器用ながらも加減していた力の一切を、止めることなく全て解放した。
元来『雷』というものは瞬発的な高火力を指すものだけど、今のアタシはその威力を保ったまま攻撃を継続している状態。
その抵抗すら許さない神の力に圧倒され、フォルテの身体がくの字へと折れ曲がり、身体に収まりきらない電撃は、周囲の瓦礫や倒れた大木を炭のように真っ黒へと焦がしていく。
煌びやかだったショッピングモールが丸焦げになるよりも先に、右手の指先から小太刀がするりと抜け落ち、放出の限界を迎えていたアタシも遂に力が底をつく。
もう、これ以上打つ手を持ち合わせていない。
それでも事の成り行きを身構えたアタシだったが、さっきまで感じていた魂に粘り付くような殺気が霧散していることに気づいた。
「……ぅ……ッ」
呻きと共にぎゅっと引き絞っていた瞳がゆっくりと開かれる。
瞼の内に収まっていたのは血赤の如き紅ではなく、見慣れたいつもの黒い灯が宿っていた。
「セイ……ナ……?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる