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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
グッバイフォルテ《Dead is equal》2
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「クソッタレ……本当に満身創痍かよ……!」
建物に背を預けてぐったりと腰を下ろすベルゼは、荒い呼吸を隠そうともせずぼやいた。
『人へ簡単に魂を売った邪神風情が、その程度の『共鳴』如きで、この悪魔『ベルフェゴール』に抗うとはな』
紅色の瞳がベルゼを見下ろす。
AIの発する定型文のような口調が、フォルテだったものから投げかけられる。
幽霊のように舞い降りたその悪魔は、断言するだけあって呼吸一つ、髪の毛一本まで乱れはない。
抑えた脇腹からは朱い液体がドクドクと、湯水のように溢れ出してきてやがる。
この俺様がここまで歯が立たねえとはなぁ……
『『バアル・ゼブル』いや……『ベルゼブブ』どうしてそのような醜悪な魂に惹かれたんだ?』
かつてのライバルはもうベルゼのことすら見ておらず、その瞳に秘められた悪魔へと語りかける。
その、紫眼の化身『バアル・ゼブル』またの名を『ベルゼブブ』
『怠惰』のベルフェゴールと並ぶ七つの大罪。『暴食』を司る七柱の内の一柱。
この悪魔がベルゼのことを同類と称したのはそういうことだ。
「けっ、ほざいてろよクソ悪魔。てめぇだって散々フォルテに支配されていた口だろ。オマケに二つも魔眼を持ち合わせておいて百年も封じ込められてるなんざ、実はよっぽど大したことないんだろお前」
強がりの苦笑が悪魔を見返す。
最期の一時までその男は、自分という存在を曲げないように。
そして、最後までその隙を見逃さないように、ただじっと身体の内に力を溜め込む。
────勝負は一瞬だ。
内なる声に応じることなく精神を研ぎ澄ませる。
ガラじゃねーんけどな。
こういうマジな殺し合いってやつは。
何よりバアルが嫌う行為だからな。
『品が無いとはいえ言葉はよく選んだ方が良いぞ。それがいつ遺言となるか分からないからな』
フォルテが契約武器を振り上げた。
────案ずるな。刻の辛酸は甘美な勝利への重要な経験だ。いつまでも同じ味では我も飽きる。
「へ、それなら心配はいらねえな」
悪魔の機嫌は上々。
本当なら願い下げだが、大量に借りた力の源を利き腕の契約武器へ。さらにその三本刃の内の真中のさらに先端へ。
地響きすら起こせそうな力の奔流を針よりも細く尖らせるイメージ。
今この瞬間────ベルゼの刃は神羅万象何物であろうと切り裂ける魔刃へと変貌を遂げた。
その一切の痕跡すら表出させることなく。
「生憎とお前のような二流悪魔に敗けるような男じゃねーからよ」
『三流役者の最期にぴったりな遺言だな』
空から『死』が降ってくる。
そんな錯覚すら抱かせるような一撃が、ベルゼの首元へと迫る寸前のことだった。
一人の少女が飛び出してきたのは────
「────はぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
恐怖を咆哮で打ち消し、震えは痛みを再認することで誤魔化して、今の自分が持てる全てを出し切るつもりでセイナは二人の間に割って入る。
振り下ろされた刃を双頭槍で受け止めた途端、大地を風圧がひと撫でした。
「グッ……!」
なんて馬鹿力なの……っ!?
全身の骨が軋むような感覚に、アタシは呻いた。
「バッ!何やってんだ嬢ちゃん!!」
両腕と全身を槍に添える形で何とか耐えているアタシの背後、建物に背を預けたままのベルゼが叫んだ。
魔眼で人外と化した一撃は、ギリギリのところでベルゼの首元へは到達していなかった。
しかし、今アタシがほんの一瞬でも気を抜けば、その首はおろか、アタシの身体もついでとばかりに真っ二つにされてしまうだろう。
「こんなことして、てめぇに何のメリットも無いだろ!死にたくなかったらさっさと逃げちまえよ!」
「あーもう……っ!うるっさいわね!!」
ベルゼの言う通り、助ける義理なんてない。
それに、本当ならアタシだって逃げ出したいほど恐かった。
人が変わったようなフォルテのことが。その存在が。
でも……っ!
弱気な心情をそのたった一言で排斥し、アタシは交えたまま膠着状態だった刃を押し返していく。
こんな形で、覚悟すら捨てたフォルテに人殺しなんてさせてたまるか。
そう思った身体へと神が宿る。
アタシには存在しないはずの『力』が、建物すら膾斬りにしてしまうフォルテの一撃を弾き返した。
それに歓喜も驚愕もすることなく、アタシは次の一撃が来ることに身構える。
「……?」
斬撃は飛んでこなかった。
街を跋扈し馳せ巡っていた彼が突然、歯車の狂った機械のように動きを止める。
その紅い瞳には、目覚めてからようやくアタシをセイナとしてみているような気がした。
もしかして……もとに戻って────
そう思って踏み出そうとした身体が意思に反して地から離れていく。
「逃げるぞ!」
いつの間に立ち上がったベルゼがアタシの腰を片腕で抱き、一目散にその場から退散してしまう。
「ちょっ……離しなさいよこのバカッ!!」
「バカはてめぇの方だ!!アイツもアイツだが、そのパートナーのおめぇも狂ってる」
「なっ!?助けたあげたのになんて言いぐさよ!!っ……!この、降ろしなさいっ!!」
どれだけ藻掻いても、ベルゼの剛腕に抑えつけられたアタシの身体は、その拘束から逃れることが出来ない。
罵声を浴びせ合っている内に、みるみる遠ざかっていく相棒の姿。
あれほど暴れていた猛獣は、不思議なことに一歩もその場から動こうとせず、こちらを追撃する様子も無い。
「────────」
孤独の街に取り残された鬼人の虚ろな紅い瞳。
石造のように固まったその視線は、アタシが居たその場所をただじっと見つめたままだった。
建物に背を預けてぐったりと腰を下ろすベルゼは、荒い呼吸を隠そうともせずぼやいた。
『人へ簡単に魂を売った邪神風情が、その程度の『共鳴』如きで、この悪魔『ベルフェゴール』に抗うとはな』
紅色の瞳がベルゼを見下ろす。
AIの発する定型文のような口調が、フォルテだったものから投げかけられる。
幽霊のように舞い降りたその悪魔は、断言するだけあって呼吸一つ、髪の毛一本まで乱れはない。
抑えた脇腹からは朱い液体がドクドクと、湯水のように溢れ出してきてやがる。
この俺様がここまで歯が立たねえとはなぁ……
『『バアル・ゼブル』いや……『ベルゼブブ』どうしてそのような醜悪な魂に惹かれたんだ?』
かつてのライバルはもうベルゼのことすら見ておらず、その瞳に秘められた悪魔へと語りかける。
その、紫眼の化身『バアル・ゼブル』またの名を『ベルゼブブ』
『怠惰』のベルフェゴールと並ぶ七つの大罪。『暴食』を司る七柱の内の一柱。
この悪魔がベルゼのことを同類と称したのはそういうことだ。
「けっ、ほざいてろよクソ悪魔。てめぇだって散々フォルテに支配されていた口だろ。オマケに二つも魔眼を持ち合わせておいて百年も封じ込められてるなんざ、実はよっぽど大したことないんだろお前」
強がりの苦笑が悪魔を見返す。
最期の一時までその男は、自分という存在を曲げないように。
そして、最後までその隙を見逃さないように、ただじっと身体の内に力を溜め込む。
────勝負は一瞬だ。
内なる声に応じることなく精神を研ぎ澄ませる。
ガラじゃねーんけどな。
こういうマジな殺し合いってやつは。
何よりバアルが嫌う行為だからな。
『品が無いとはいえ言葉はよく選んだ方が良いぞ。それがいつ遺言となるか分からないからな』
フォルテが契約武器を振り上げた。
────案ずるな。刻の辛酸は甘美な勝利への重要な経験だ。いつまでも同じ味では我も飽きる。
「へ、それなら心配はいらねえな」
悪魔の機嫌は上々。
本当なら願い下げだが、大量に借りた力の源を利き腕の契約武器へ。さらにその三本刃の内の真中のさらに先端へ。
地響きすら起こせそうな力の奔流を針よりも細く尖らせるイメージ。
今この瞬間────ベルゼの刃は神羅万象何物であろうと切り裂ける魔刃へと変貌を遂げた。
その一切の痕跡すら表出させることなく。
「生憎とお前のような二流悪魔に敗けるような男じゃねーからよ」
『三流役者の最期にぴったりな遺言だな』
空から『死』が降ってくる。
そんな錯覚すら抱かせるような一撃が、ベルゼの首元へと迫る寸前のことだった。
一人の少女が飛び出してきたのは────
「────はぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
恐怖を咆哮で打ち消し、震えは痛みを再認することで誤魔化して、今の自分が持てる全てを出し切るつもりでセイナは二人の間に割って入る。
振り下ろされた刃を双頭槍で受け止めた途端、大地を風圧がひと撫でした。
「グッ……!」
なんて馬鹿力なの……っ!?
全身の骨が軋むような感覚に、アタシは呻いた。
「バッ!何やってんだ嬢ちゃん!!」
両腕と全身を槍に添える形で何とか耐えているアタシの背後、建物に背を預けたままのベルゼが叫んだ。
魔眼で人外と化した一撃は、ギリギリのところでベルゼの首元へは到達していなかった。
しかし、今アタシがほんの一瞬でも気を抜けば、その首はおろか、アタシの身体もついでとばかりに真っ二つにされてしまうだろう。
「こんなことして、てめぇに何のメリットも無いだろ!死にたくなかったらさっさと逃げちまえよ!」
「あーもう……っ!うるっさいわね!!」
ベルゼの言う通り、助ける義理なんてない。
それに、本当ならアタシだって逃げ出したいほど恐かった。
人が変わったようなフォルテのことが。その存在が。
でも……っ!
弱気な心情をそのたった一言で排斥し、アタシは交えたまま膠着状態だった刃を押し返していく。
こんな形で、覚悟すら捨てたフォルテに人殺しなんてさせてたまるか。
そう思った身体へと神が宿る。
アタシには存在しないはずの『力』が、建物すら膾斬りにしてしまうフォルテの一撃を弾き返した。
それに歓喜も驚愕もすることなく、アタシは次の一撃が来ることに身構える。
「……?」
斬撃は飛んでこなかった。
街を跋扈し馳せ巡っていた彼が突然、歯車の狂った機械のように動きを止める。
その紅い瞳には、目覚めてからようやくアタシをセイナとしてみているような気がした。
もしかして……もとに戻って────
そう思って踏み出そうとした身体が意思に反して地から離れていく。
「逃げるぞ!」
いつの間に立ち上がったベルゼがアタシの腰を片腕で抱き、一目散にその場から退散してしまう。
「ちょっ……離しなさいよこのバカッ!!」
「バカはてめぇの方だ!!アイツもアイツだが、そのパートナーのおめぇも狂ってる」
「なっ!?助けたあげたのになんて言いぐさよ!!っ……!この、降ろしなさいっ!!」
どれだけ藻掻いても、ベルゼの剛腕に抑えつけられたアタシの身体は、その拘束から逃れることが出来ない。
罵声を浴びせ合っている内に、みるみる遠ざかっていく相棒の姿。
あれほど暴れていた猛獣は、不思議なことに一歩もその場から動こうとせず、こちらを追撃する様子も無い。
「────────」
孤独の街に取り残された鬼人の虚ろな紅い瞳。
石造のように固まったその視線は、アタシが居たその場所をただじっと見つめたままだった。
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