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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
神々の領域《ヨトゥンヘイム》14
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銃口より未だ醒め止まぬ煙が哀愁を醸し出し中、持っていたレミントンM700をその人物は降ろした。
騒がしい駆動音で溢れる動力室の一角で力なく倒れた標的の亡き姿。
そのか細き姿を認め、ぬるりと立ち上がる。
「…………」
その人物は、戦艦内に溶け込むような灰色の迷彩服を着用していた。
深々と被ったフードの下に顔は無い。
比喩でも揶揄でもなく、そのスナイパーは灰色の包帯をミイラのように巻いていた。
引き金を引くためだけの存在。
感情も、言語も、思考を表す全ての事柄を殺し、愚直に命令をこなす存在になるために、そのスナイパーが編み出したたった一つの方法だった。
そんなスペシャリストであるその人物が、ゆっくりとした足取りで仕留めた標的に近づいていく。
(────撃たれたのは久しぶりだ)
思えば数年前のあのとき以来か?
スナイパーは穿たれた胸へと視線を落とす。
急所を護るために付けていた防弾性アーマーが、見るも無残に砕け散っていた。
(これが無ければ即死だった)
それはこのスナイパーがつい最近まで昏睡状態になった原因。数年前に撃たれて致命傷となった時の教訓からなる装備の一つだ。
どんな一撃でも初撃だけは絶対に防ぐことのできる魔具。
技術も素材も希少過ぎて世界に一つしかない上に、軽く触れただけでも初撃と見做されると壊れてしまうところがネックだが、それでも一撃必殺を是とするスナイパーという職業に二発目は無い。そう、同時撃ちがあってもその次は無いのだ。
それほどスナイパーという職種は初撃が生命線なのだから。
役目を終えたとばかりに、身体から崩れ落ちたそれに何の感慨も抱くことなく、スナイパーは歩みを続ける。
世界でも指折りの彼を以てしても、結果的に先制を許した相手。
視界が悪いことも災いして、それが一体誰なのか、スナイパーは気づいていなかった。
故に好奇心に駆られる。
何より、同じ魔力の匂いを感じた。
「…………」
標的だったものをスナイパーが見下ろす。
甘栗色の髪を持つ小柄な少女。
乱れたマフラーに隠れて上手く表情が見えないと、伸ばしかけた手を止める。
きっと、その顔は私の銃弾で形すら残っていないだろう。
(それでも、こんなところで干からびては可哀そうだ)
人間らしい慈悲を機械的思考ではじき出して、火種となる炎の魔術を指先に宿す。
(ここならよく燃える)
ちらりと視線をずらした場所にはドラム缶に含まれた可燃性の潤滑油が置かれていた。
私の風の魔術と併用すれば、他に火が燃え広がることなく綺麗に灰にできるだろう。
あのマッドサイエンティストに渡して死体を辱められるくらいなら、これが一番任務的に確実で、なおかつ死闘を繰り広げた好敵手にはふさわしい最期だ。
珍しく人間らしい思考が混在し始めていることにその人物はまだ気づいていない。
「…………?」
その辺にあったジョッキに継がれた油を手に取り、掛けようとしたところでその手が止まった。
マフラーに刺された鮮紅色の煌めきに眼を奪われたからだ。
あぁ、そうか。
この娘は、あの時の────
カチンッ!
「っ……!?」
周囲に群がる機械の駆動音とは違う金音。
ゴロリッ……と重い火薬の塊が、鉄板の床へと転がった。
(手榴弾!?)
道連れ覚悟の置き土産に気づいて、咄嗟に後方へと飛び退る。
信管を作動音から計算して、このまま下がれば致命傷は免れる。
機械的にそう判断した思考速度は、確かに並大抵の人にはできない行為であり。
「ッ……!!」
同時に世界で一番読みやすい思考回路だと、そうボクは思っていた。
信管を抜いたように見せかけた囮の手榴弾と、死んだふりによる合わせ技で隙を突いたボクは、持っていたリボルビングライフルを素早く構えた。
視線の先、面食らったように驚嘆を魅せるのは魔術弾使いの怨敵。
奴がいま考える通り、確かに魔術弾はボクの古傷のあたりに直撃していた。
それこそ数年前と全く同じように。
『でも、数年前に対策していたのはお前だけじゃない』
口元を隠すように付けたマフラーは、保温性を重視しているからでも、口元の傷を隠すためだけに付けているのではない。
この日のためだけに肌身離さず装備していた、防弾防刃性のマフラーなのだ。
奴の腕は確かに一流スナイパーの中でも頭一つ抜けているが、決して完ぺきという訳ではない。無意識に急所の中でも大きい的を狙う癖がある。
実際それは褒められた習慣と称する方が正しい。
敵を絶対に屠るために、当たれば即死する箇所で一番面積が広い場所を狙うことはスナイパーとしては当然だ。
しかし、本来であればそこで殺した人間に彼の癖を見抜くことは文字通りできない。
ボクのような例外を除けばね。
何度も敵対してはその狙撃を目の当たりにしていたボクなら、その長所的短所を見つけることなど三キロメートル先を狙撃するよりもずっと簡単なことだ。
今度は外さない!
何の感情の揺らぎもないまま、引き金に指を込めた。
リボルバーに込めた弾頭と魔力が、撃鉄を叩くと同時に飛翔する。
「……っ!」
避けることも受けることも敵わない一撃必殺の攻撃に、魔術弾使いは片腕を差し出した。
利き腕とは逆の左手の平。
弾丸を受けると同時、魔力で強化されたライフル弾の回転に腕が持っていかれながらも、腕内に収めたまま軌道を正中線から無理矢理逸らす。
しかし逸らすことが出来ても、威力までは殺すことはできない。
魔術弾使いはまるで腕を引っ張るように身体ごと後方へ吹っ飛ばされ、この部屋の中心に坐する巨大な機械へと叩きつけれた。
「ちっ……」
心臓を狙った一撃だったが、肝が据わっているというか無鉄砲というか、とにかく魔術弾使いはボクの一撃を見事防いで見せた。
当然────その代償はかなり高くついたけどね。
ボトリッと水風船を破裂させたような水音を響かせて叩きつけられたのは、奴の左腕だった部分。
機械に叩きつけられると同時に手のひらから侵入した銃弾が肩部から突き抜け、限界を迎えた左腕がまるで手羽先を折るみたいに簡単に千切れたのだ。
粗い挽肉のような荒々しい断面からは、紅い血しぶきがいまなお噴水のように飛び散っている。
機械のような奴かと思っていたけど、どうやられっきとした人間らしい。
「流石に、この程度じゃやられないか」
ペッと口の中に溜まっていたものを吐き出すと、地面に綺麗な赤い花が咲く。
ボクも致命傷こそ免れていたが、弾丸の衝撃までは殺せずモロに食らってしまっていたからね。
おかげでこうして立っていられるのも不思議なほど酷い脳震盪に、顎は砕けて口を開くのも億劫なほどだ。
「どうして眼の前で爆発させなかった、そう言いたいんだろう?」
「…………っ」
両者肩で呼吸をするほど辛いのに、それでもボクは口を開いた。
非効率であることは重々承知している。
いや、むしろ何かしていないと今にもぶっ倒れてしまいそうだからこそ、ボクは奴の疑問に応えてやることにする。
「確かにここにあるのは本物だ」
転がる手榴弾を無造作に蹴散らす。
足元を綺麗にし、戦闘開始時に少しでも優位に立つために。
「お前ごと爆発するという方法は計画としては持ち合わせていた。こうなることも少なからず想定していたからね。でも……」
さっき話したロナの笑顔が微かに蘇る。
朦朧とした意識下でもそれは、まるでひまわりのような輝きを失うことは無かった。
「お前との心中なんて御免だね。ボクはボクだけの力でお前を倒す。それが死んだ父にできる唯一の手向けだからね」
こんな奴と一緒に父に会うつもりはない。
それに、今の僕には待ってくれている仲間もいる。
そう簡単に死んでやるものか。
「さぁ、構えろ。お互いこれが最期だ」
スナイパーに二撃目はない。
一度死んだ者同士、これが本当の最期の狙撃。
距離にして約三十メートルもない位置で睨み合う両者が、互いの引き金に指を掛けた───
騒がしい駆動音で溢れる動力室の一角で力なく倒れた標的の亡き姿。
そのか細き姿を認め、ぬるりと立ち上がる。
「…………」
その人物は、戦艦内に溶け込むような灰色の迷彩服を着用していた。
深々と被ったフードの下に顔は無い。
比喩でも揶揄でもなく、そのスナイパーは灰色の包帯をミイラのように巻いていた。
引き金を引くためだけの存在。
感情も、言語も、思考を表す全ての事柄を殺し、愚直に命令をこなす存在になるために、そのスナイパーが編み出したたった一つの方法だった。
そんなスペシャリストであるその人物が、ゆっくりとした足取りで仕留めた標的に近づいていく。
(────撃たれたのは久しぶりだ)
思えば数年前のあのとき以来か?
スナイパーは穿たれた胸へと視線を落とす。
急所を護るために付けていた防弾性アーマーが、見るも無残に砕け散っていた。
(これが無ければ即死だった)
それはこのスナイパーがつい最近まで昏睡状態になった原因。数年前に撃たれて致命傷となった時の教訓からなる装備の一つだ。
どんな一撃でも初撃だけは絶対に防ぐことのできる魔具。
技術も素材も希少過ぎて世界に一つしかない上に、軽く触れただけでも初撃と見做されると壊れてしまうところがネックだが、それでも一撃必殺を是とするスナイパーという職業に二発目は無い。そう、同時撃ちがあってもその次は無いのだ。
それほどスナイパーという職種は初撃が生命線なのだから。
役目を終えたとばかりに、身体から崩れ落ちたそれに何の感慨も抱くことなく、スナイパーは歩みを続ける。
世界でも指折りの彼を以てしても、結果的に先制を許した相手。
視界が悪いことも災いして、それが一体誰なのか、スナイパーは気づいていなかった。
故に好奇心に駆られる。
何より、同じ魔力の匂いを感じた。
「…………」
標的だったものをスナイパーが見下ろす。
甘栗色の髪を持つ小柄な少女。
乱れたマフラーに隠れて上手く表情が見えないと、伸ばしかけた手を止める。
きっと、その顔は私の銃弾で形すら残っていないだろう。
(それでも、こんなところで干からびては可哀そうだ)
人間らしい慈悲を機械的思考ではじき出して、火種となる炎の魔術を指先に宿す。
(ここならよく燃える)
ちらりと視線をずらした場所にはドラム缶に含まれた可燃性の潤滑油が置かれていた。
私の風の魔術と併用すれば、他に火が燃え広がることなく綺麗に灰にできるだろう。
あのマッドサイエンティストに渡して死体を辱められるくらいなら、これが一番任務的に確実で、なおかつ死闘を繰り広げた好敵手にはふさわしい最期だ。
珍しく人間らしい思考が混在し始めていることにその人物はまだ気づいていない。
「…………?」
その辺にあったジョッキに継がれた油を手に取り、掛けようとしたところでその手が止まった。
マフラーに刺された鮮紅色の煌めきに眼を奪われたからだ。
あぁ、そうか。
この娘は、あの時の────
カチンッ!
「っ……!?」
周囲に群がる機械の駆動音とは違う金音。
ゴロリッ……と重い火薬の塊が、鉄板の床へと転がった。
(手榴弾!?)
道連れ覚悟の置き土産に気づいて、咄嗟に後方へと飛び退る。
信管を作動音から計算して、このまま下がれば致命傷は免れる。
機械的にそう判断した思考速度は、確かに並大抵の人にはできない行為であり。
「ッ……!!」
同時に世界で一番読みやすい思考回路だと、そうボクは思っていた。
信管を抜いたように見せかけた囮の手榴弾と、死んだふりによる合わせ技で隙を突いたボクは、持っていたリボルビングライフルを素早く構えた。
視線の先、面食らったように驚嘆を魅せるのは魔術弾使いの怨敵。
奴がいま考える通り、確かに魔術弾はボクの古傷のあたりに直撃していた。
それこそ数年前と全く同じように。
『でも、数年前に対策していたのはお前だけじゃない』
口元を隠すように付けたマフラーは、保温性を重視しているからでも、口元の傷を隠すためだけに付けているのではない。
この日のためだけに肌身離さず装備していた、防弾防刃性のマフラーなのだ。
奴の腕は確かに一流スナイパーの中でも頭一つ抜けているが、決して完ぺきという訳ではない。無意識に急所の中でも大きい的を狙う癖がある。
実際それは褒められた習慣と称する方が正しい。
敵を絶対に屠るために、当たれば即死する箇所で一番面積が広い場所を狙うことはスナイパーとしては当然だ。
しかし、本来であればそこで殺した人間に彼の癖を見抜くことは文字通りできない。
ボクのような例外を除けばね。
何度も敵対してはその狙撃を目の当たりにしていたボクなら、その長所的短所を見つけることなど三キロメートル先を狙撃するよりもずっと簡単なことだ。
今度は外さない!
何の感情の揺らぎもないまま、引き金に指を込めた。
リボルバーに込めた弾頭と魔力が、撃鉄を叩くと同時に飛翔する。
「……っ!」
避けることも受けることも敵わない一撃必殺の攻撃に、魔術弾使いは片腕を差し出した。
利き腕とは逆の左手の平。
弾丸を受けると同時、魔力で強化されたライフル弾の回転に腕が持っていかれながらも、腕内に収めたまま軌道を正中線から無理矢理逸らす。
しかし逸らすことが出来ても、威力までは殺すことはできない。
魔術弾使いはまるで腕を引っ張るように身体ごと後方へ吹っ飛ばされ、この部屋の中心に坐する巨大な機械へと叩きつけれた。
「ちっ……」
心臓を狙った一撃だったが、肝が据わっているというか無鉄砲というか、とにかく魔術弾使いはボクの一撃を見事防いで見せた。
当然────その代償はかなり高くついたけどね。
ボトリッと水風船を破裂させたような水音を響かせて叩きつけられたのは、奴の左腕だった部分。
機械に叩きつけられると同時に手のひらから侵入した銃弾が肩部から突き抜け、限界を迎えた左腕がまるで手羽先を折るみたいに簡単に千切れたのだ。
粗い挽肉のような荒々しい断面からは、紅い血しぶきがいまなお噴水のように飛び散っている。
機械のような奴かと思っていたけど、どうやられっきとした人間らしい。
「流石に、この程度じゃやられないか」
ペッと口の中に溜まっていたものを吐き出すと、地面に綺麗な赤い花が咲く。
ボクも致命傷こそ免れていたが、弾丸の衝撃までは殺せずモロに食らってしまっていたからね。
おかげでこうして立っていられるのも不思議なほど酷い脳震盪に、顎は砕けて口を開くのも億劫なほどだ。
「どうして眼の前で爆発させなかった、そう言いたいんだろう?」
「…………っ」
両者肩で呼吸をするほど辛いのに、それでもボクは口を開いた。
非効率であることは重々承知している。
いや、むしろ何かしていないと今にもぶっ倒れてしまいそうだからこそ、ボクは奴の疑問に応えてやることにする。
「確かにここにあるのは本物だ」
転がる手榴弾を無造作に蹴散らす。
足元を綺麗にし、戦闘開始時に少しでも優位に立つために。
「お前ごと爆発するという方法は計画としては持ち合わせていた。こうなることも少なからず想定していたからね。でも……」
さっき話したロナの笑顔が微かに蘇る。
朦朧とした意識下でもそれは、まるでひまわりのような輝きを失うことは無かった。
「お前との心中なんて御免だね。ボクはボクだけの力でお前を倒す。それが死んだ父にできる唯一の手向けだからね」
こんな奴と一緒に父に会うつもりはない。
それに、今の僕には待ってくれている仲間もいる。
そう簡単に死んでやるものか。
「さぁ、構えろ。お互いこれが最期だ」
スナイパーに二撃目はない。
一度死んだ者同士、これが本当の最期の狙撃。
距離にして約三十メートルもない位置で睨み合う両者が、互いの引き金に指を掛けた───
応援ありがとうございます!
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