SEVEN TRIGGER

匿名BB

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

神々の領域《ヨトゥンヘイム》10

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「はぁ……はぁ……」

 肩で呼吸をしながら、蒸し暑い機械の密集した動力室から飛び出したアタシは、上部へと続く階段を駆け上がっていく。
 目指すはこの先の頂上に位置する艦橋ブリッジ

「引きこもりには……少々堪えるよ」

 小鹿のように震える脚の代弁をするようにアタシは吐露する。
 東京タワーの時のようにひとっ飛びできれば楽だったけど、周囲に張り巡らされた武装を考えればこうやって走ることこそ一番安全なのは理解できないわけじゃない。

「でもほんと非効率……っ」

 戦艦の内部構造といい、ロナちゃん自身がやっていることといい、感じることの何もかも全てにその言葉が当てはまっていた。。
 それでもこうして足を止めずにいるのは、それほど私はフォルテ達のことが好きなんだろう。
 今はその気持ちだけで無限に体力が……とまでは流石に行けず足が止まる。
 棒のように言うことを聞かない脚を休ませるのと同時に、失った酸素を取り込むため数秒ばかり通路に寄り掛ることにした。
 ふと、すぐ近くの壁際に外の情景を映す窓が設置されているのに気づくロナちゃん。
 外から昼過ぎの陽気が差し込んでいるその場所へと、明りに群がる虫のよう這い寄ったロナは、何と無しに最初に降り立った場所を見下ろしてみる。
 まだフォルテが居るような気がして。

「っ…………!」

 アタシは、自らの弱音に鞭打つようにして走り出した。
 見下ろした場所には大好きなフォルテも、相手にしていた狂人ベルゼの姿も無かった。
 あるのは無差別な破壊と混沌が入り混じった激戦の跡だけ。
 いつもの調子ならそれだけで心を乱されて、居もしない彼を追い求めては自分を見失っていたに違いない。
『キミはここへ何をしに来たんだ?』
 けど、さっきアイリスに言われた言葉が、そんなアタシを鼓舞するように止まっていた足を動かさせていた。

「アタシは……アタシはぁっ……!」

 元セブントリガーも、CIA副長官の役職も関係ない。
 各国の総意がこの戦艦が展開している魔術防壁の停止だからでもない。
 アタシロナアタシロナとして、大切な仲間であるフォルテやアイリス達に報いるためにもここにやって来たんだ!
 最後に控えていた扉を蹴破る様にして、艦橋ブリッジへとアタシは突入する。
 狭苦しい通路の先にあったのは大きな箱を思わせる手広な空間だった。
 外観の古臭さとは似ても似つかない最新鋭の電子機材がずらりと肩を並べ、モニターや計器類もぎっしりと敷き詰められている。
 それでも不思議と窮屈さを感じなかったのは、四方の外装が大きな防弾ガラスによって構成されているからだろう。
 普通の戦艦よりも遥かに巨大な『ヨトゥンヘイム』の中枢を担うその場所は、艦橋ブリッジと言うよりも、数日前にフォルテと訪れた東京タワーの展望台と同じような構造になっていた。
 ただ、ある一点だけを除いて……

「なに、これ……」

 嫌悪を催す言葉が自分のものだと気づくまでに数秒は掛かっただろう。
 それほどに衝撃的光景がアタシの眼前に飛び込んできたからだ。

「触手……?」

 天井から無数に伸びるイソギンチャクの触手を思わせる機械。
 一本一本の体表が爬虫類を思わせる金属の関節ウロコによって構成され、まるで無脊椎動物のような滑らかな動きを可能にしている。先端には蜂のような鋭い針エストックを持ち合わせているため細かな動作にも対応しており、本来数百と人員を必要とする制御盤や電子機器の制御を人間以上に精密に行っている。
 ずっとおかしいとは感じていた。
 ここに来るまで、ベルゼとあの魔術弾使いのスナイパー以外の人の姿を見ていなかったことに。

「確かにこれは見せられないね」

 幹部クラスであるアルシェですらこの場所には立ち入らせてもらえなかったらしいけど、なんとなくその理由が理解できたよ。これほど巨大で多くの人を乗せていた戦艦を、まさかこんなグロテスクな装置一つで動かしていたなんて……どれだけ信頼できる機械だとしても信用できるはずが無い。

「────やはり君もそう思うか?」

「っ!」

 アタシの独り言にそう投げかける『男』が居て、反射的に身構える。
 声がしたのは部屋の前方右奥の隅。ちょうどうねうねと蠢く触手群のカーテンに遮られたその場所は、さっきアイリスが銃口を向けたところであり、声を掛けてきたその男は眼下に広がる外界を見下ろすようにして佇んでいた。

「なんでもかんでもビジュアルだの格好だの、姿形がそんなに大切なものかな?」

 男にしては妙に鼻に突くような特徴的甲高い声。
 嫌でも頭に残るその声に、思わず眼を見開いた。

「その声はまさか……っ!?」

 ゆっくりと男が触手の影から姿を見せる。
 低身長のずんぐりとした体形は雪だるまのように不格好で、その男の言葉を際立たせていた。
 優秀なFBI副長官という肩書からは想像つかないほど、醜いその姿が露わとなる。

「久しぶりだなロナ・バーナード。ベトナム以来だな」

「ボブ・ス……チャップリン」

 危うく間違えそうになって即座に訂正したが、チャップリンは脂汗が滲むこめかみに青筋を浮かべる。

「違う、チャップリンではないッ!!私はボブ・スミスだ」

「あれ、そうだったっけ?」

「貴様ぁ……っ」

 怒りで作った握りこぶしは脂肪で握り飯のように真ん丸になっている。
 チャップリン。数か月前にベトナムで『ヨルムンガンド』の武器密造工場に関与していたとして捕まえた男だが、輸送中の飛行機ごと行方が分からなくなっていた。

「そっか、ここの魔術防壁の技術を使えばレーダーなんて簡単に欺けるもんね。流石のロナちゃんも失念していたよ。それで?飛行機に乗っていた乗組員は全員サメの餌にでもしたのかな?」

「まさか、動物愛護主義者である私がサメにそんなマズい餌を与えるわけがないだろう。それに海を汚すつもりはないからな、あの飛行機の部品は全てこの機内に収容してあるさ」

 それが本当なら良いけど。
 アタシは嘘か冗談とも取れないチャップリンの態度に表情を崩さない。
 この男をベトナムから運送する時。アメリカ政府の職員が何人か同行していた。
 もちろんそこにはアタシやレクスの部下達も含まれている。
 行方不明となった職員達家族の為にも、ここで彼らが実験動物のように扱われてなければいいけど……

「そーいえば先日、貴様の仲間であるあの小娘、確かセイナとか言ったか?奴も彼らとも同じように地下に幽閉されていたなぁ」

「セイナをどうしたの!?」

 仲間を引き合いに出されて思わず漏れてしまった反応。それが痛快らしく、意地の悪い笑みをチャップリンが浮かべる。

「さぁ、どうかな。上手い言葉が見つからないなぁ……」

 道化師クラウンめいた笑みが感情を逆撫でする。
 此方の殺気など上の空といった態度で思案して見せては「あぁ、そうか!」なんて言葉を大袈裟に口にして見せる。

とでも言えば満足かなぁ?」

「ッ!!」

 その言葉が許せなくて、信じたくなくて、アタシはショットガンを向けて引き金を引く。

 ガキィィィィィィン!!!!

「なッ!?」

 しかし、それをまるで予知していたかのように周りを蠢いていた触手がチャップリンの周囲を覆ってしまう。
 鉄のカーテンに衝突した散弾全てが無情な火花だけを残して、砂粒のように地面に転がる。

「あっはっはっはっ!仲間のことになるとすぐに我を忘れるところはあいっかわらずだな。そんなにあのセイナが私に汚されることが嫌だったのか?それとも……君が私にベトナムで

「…………」

「そう、あの時の君もそういう顔をしていた。『私は何をされても平気』なんて強がった表情だ。それを数人の男達に嬲られて必死に堪えようとしていた君の表情は、今でも夢に見る私の最高のコレクションさ」

 触手のカーテンから顔だけを覗かせたそいつは、わざとらしく生唾たっぷりの舌なめずりを見せつけてくる。
 まるで、過去に食べたその味を舌の上で思い出させるように。
 正しく豚と称するに相応しい姿で喚く男。自体にはもう怒りを感じなかった。
 だってもうコイツはロナの中ではどうやって屠殺するかの家畜たいしょうでしかなく、死にゆくものの末路なんて気にするだけ無駄な労力なのだから。
 瞬間────ドクンっと大きく脈を打つ。
 霞んでいた深い記憶の底。
 ロナの中にあってロナのものではない過去の記憶から。本来存在しないはずの血まみれの両手が視えた気がした。

「どうした黙りこくって?嬉しくて声も出ないというならあの時と同じようにしてやっても良いんだぞ?幸いここにはベトナムの時とは比べ物にならないほど多くのがいる。これだけあれば満足できる────」

 ズダンッ!!
 言葉の代わりに放ったショットガンの砲声へ触手のカーテンが再び反応する。
 それだけで五月蠅いの音は遮られた。

「さっきからベラベラと、要点を纏めて話すこともできないの?」

 夏の陽気が一瞬で凍るような低い声。
 幕間の隙間から再び顔を覗かせたチャップリンは、まるで首筋にナイフでも宛がわれたかのように慄きを見せている。
 一瞬、アタシは『』を呼ぶことが出来たのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 ロナがロナを演じることを止めたことによって現れたそれは、ロナ以上でもロナ以下でもない一人の暗殺者という存在だ。

「それにさっきからお前の言っていることには嘘が混じってる」

「なんだと?」

 あぁ、やっぱりそっか。
 身の恐れからか、さっきと違って余裕のないチャップの反応を見て確証する。

「セイナはお前なんかに絶対に汚すことなんてできない。彼女、ロナと違ってちょー気高いから、触ろうものなら絶対お前に傷を負わせているはず。例え拘束されてたとしても噛みちぎるくらいはやるよ?あの娘。でもお前が五体満足なのはおかしいし、眠らせていた間になんてことは相手の反応を嗜好とするお前が一番やらないこと。それぐらい見ていなくても分かるよ。最初にその映像をロナに対して用意していないことが何よりの証拠だよ」

 道端に唾を吐き捨てるように言って、怒りに打ち震えるチャップをロナが笑ってやる。
 本当につまらないものを見るように、乾いた蔑みを向けられたチャップは、男の尊厳を酷く傷つけられたかのように激昂する。

「いいだろ……認めてやる。確かにお前の言う通り、あの小娘はまだ彩芽の奴が地下に幽閉していて私は手が出せていない。しかしなぁ、結局は時間の問題さ」

 開き直ったチャップは昂った感情を抑えることができず、荒い息と共に言の端を震えさせている。血走った瞳は今にも飛び出てきそうで、力任せな歯ぎしりが奏でる音が酷く耳障りだ。

「彩芽の奴が言ったからな『ここでお前を抑えることができればどんな欲望も叶えてやる』とな。だからここで貴様を捉えることさえできれば結果は同じ。貴様もあの小娘も、次いでにあの彩芽も。私を馬鹿にするやつは全部纏めて犯し尽くしてやる!!」

 撒き散らした欲望に呼応するようにして、周囲を蛇のように蛇行していた触手達が一斉に動きを止める。
 息を殺す空気の静けさが訪れる。
 機械が発する独特な殺気に包まれた瞬間────触手達が意思を伴い、四方八方よりロナ目掛けて襲い掛かり始めた。
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