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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
神々の領域《ヨトゥンヘイム》8
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艦橋を目指す途中、階段を駆け上るボク達は一つの空間に出た。
視界に収まりきらない、見上げるほど大きな機械が密集する動力室。
直接この戦艦を動かすためではない。この神器は見てくれこそ戦艦そのものだが、こと内部構造に関しては全く違うらしく、ここにあるものもあくまで砲台や重火器などの設備を遠隔で操作するための設備らしい。
辺り一面を埋め尽くす様々な機械達が漏らす蒸気や油は、まるで呼吸をしているかのように途絶えることなく、そこそこ広い空間を熱気で埋めつくしている。
まるで鉄鋼工場だな。とボクはマフラーの内で漏らした。
「ここまではアルシェの地図通りだね」
隣で電子機器が表示するマップと睨み合いながら告げるロナ。
「あっつー」なんて緊張感の無いの様子のまま、ベッキーから用意されたパイロットウェアの袖で無造作に汗を拭う彼女。
余程さっきのボクの言葉が聞いたらしい。
普通の兵士なら言及すべきところだが、これが彼女にとって一番集中できる状態であることを知っている以上、余計な小言を挟むつもりは無かった。
「ロナ、出口はどっち?」
「この部屋の外周を回った先だよ。ほら、あそこの右奥にあるところ」
ジャングルの杉のように聳える機械を調整するためか、この部屋の側面にはキャットウォークが設けられている。
ロナが指差したのも、下層階と定義すべき場所にいるボク達から見て右斜め上、油気を含んだ蒸気の先に霞むドアを指さしていた。
「早くここを抜けよう。でないと艦橋で制御系統マヒさせる前に、ロナちゃん自身がフリーズしちゃうよ」
銀髪ツインテの先まで汗でぐっちょりな様子のロナが先行して、すぐにこちらへと振り返る。
彼女の意志に反して、ボクがその場から動こうとしなかったからだ。
「どうしたのアイリス?」
訝る彼女に反応せず、ボクはただじっと瞳を瞑り、この場に流れている異質な風の流れを感じ取っていた。
────いる。
そう思った時には、反射的に身体が動いていた。
「え、────ちょっ!?」
気付いた時にはボクはロナへ足払いを掛けており、意表を突かれた彼女は面白いように倒れていく。
その丁度頭のあった位置に向かって飛来するのは赫々たる朱い銃弾。
ガラスの銃弾に映るボクの顔は、マフラー越しでも分かるほど両頬が吊り上がっていた。
ようやく……巡り合うことができた。
父を殺した相手と確信したことで、ボクの心よりも身体がその再会に打ち震えている。
「…………」
後方で弾ける必殺の初撃を見送りつつ、中空のロナを両手で抱えて近くの遮蔽物へと走った。
「ありがとうアイリス。今の銃弾ってまさか」
安全を確保してから降ろしたロナが持ち前の呑み込みの早さで状況を察していた。
「奴だ……」
父を二度も殺めた緋色の魔術弾使い。
その存在を肯定しつつ、ライフルを構えながらスゥゥゥっと吐いた息に連動して、ボクの意識が戦闘時の口数が少ない状態に推移していく。
「場所はどこ?」
「位置は不明。多分一階」
銃声は聞こえなかったが、弾頭の方向から逆算する。
「どうする?」
「予定通り」
おっけー。と返事したロナがガチャンッとショットガンをコッキングさせた。
ボクがロナと共に戦艦内に潜入した理由は彼女を護衛することにある。
それは、本作戦で要がボクでもフォルテでもなく、機械に精通した彼女だからだ。
今の孤立無援を打開するためにも魔術防壁解除は必須であり、そのためにもロナを艦橋まで無事に送り届けることは絶対条件だった。
もちろん、正面同士の戦闘であればロナが敗けるとは微塵も考えていない。
しかし、これら目論見の中で一番危惧していたのは死角からの攻撃────つまりは狙撃だった。
『入り組んだ艦内から狙撃?そんなことが本当に可能なのか?』
一時間ほど前、輸送ヘリでボクが述べた意見に、フォルテは半信半疑といった様子だった。
スナイパーにとって最大の武器が『距離』であることを彼は知っているからだ。
でも、父を撃ったあのスナイパーならそんな優位を捨ててでも目標を仕留めにくるだろう。
『どうしてそう言い切れる?』
眉を顰めて聞き返す彼。
どうして?どうしてだって?
そんなこと決まっている。
「予測通り……」
恍惚に呟いた言葉が、機械の駆動音に紛れて消えていく。
長い間ずっと標的としてきたことから、奴の思考はまるで自分のものと相違ないほど読み解くことができる。
奇襲に気づくことができたのも、仮にボクが奴ならば同じようにここでロナを狙撃していたからだ。
「アイリス、タイミングはどうするの?」
「任せる」
機械を背に愛銃を構える。
逸る気持ちが心臓を早鐘のように鳴り響かせる。
こんなに感情を制御できないのもボクらしくない……と、その違和感が思わぬ形で具現化してしまう。
「ここから先はアルシェからの情報も無い。気を付けていけ……む、どうした?」
柄にもなく気遣った心の声に返事が無く、隣に視線を向けるとロナはキョトンとハニーゴールドの瞳を満月のように丸くしていた。
「いや、その……ありがとう。さっきといい今といい、心配してくれて。ふふ……」
「何でそこで笑うんだい?」
戦闘の最中だというのに、クスリと笑ったロナ。
嘲笑うとも不敵さとも違う、とても幸せそうな微笑。
普段の陽気さを演じているものとは一線を画しているその姿はまるで、野原に咲く一凛の花のように美しかった。
「ちょっと過保護なところがフォルテみたいって思っただけ」
本当にそうだ。
さっきも今も、ボクの態度はボクらしくない。
まるで……こうなる前の時のようだ。
父さんと共にタッグを組んでいた、あの時の……
「もしかして、ロナちゃんを気遣ってわざと真似したの?」
「…………」
「あーごめん。からかいたかった訳じゃないからそんな眼で見ないで……」
認めがたい解釈に有無を言わさぬジト眼で凄むボクに、ロナは堪らず弁明する。
流石にそこまで器用ではないし、何よりあのフォルテと一緒だなんて……そのむず痒さが真面目に心配したことを余計に恥ずかしくさせる。
「でも、本当にありがとう。ロナも色々と悩んでたけど、さっきの言葉で吹っ切れたよ。為すべきことじゃない、自分自身が何をしたいのか。忘れていたその当たり前に改めて気づくことができた。だからアイリスも、ここで死のうだなんて馬鹿なことは考えないようにね」
微かに瞳が反応する。
途中の言葉はよく分からなかったが、最後の言葉は流石に無視することが出来なかった。
「驚いた?幾ら口数が少ないとはいえ、表情にはそう書いてあるよ」
「……死ぬつもりは……ない」
本心からの言葉に、ロナは「いいや」とボクの言葉以上に強く否定した。
「倒せるなら死んでもいいと思っているでしょ?ダメ。そんなことロナちゃん赦さないから」
「…………」
「だーめ、そんな風に凄んだってそこは認めないよ。アイリスもさっき言ってたじゃん。ロナ達のことを大切な家族だって。それは他のみんなも同じだよ?フォルテもセイナもアタシも、誰一人欠けることを望んでなんかいない。だから────んっ……」
彼女はボクの額に優しく口づけをした。
滑らかな唇の感触は、復讐という靄に閉ざされていた心情に一筋の光が指す。
慈母に満ちたそれが離れるのを最後に、彼女の表情がキッと鋭い眼光へと切り替わった。
「絶対帰るよ。みんなでね」
「……分かった」
口調にムスッとした感情を表しながらも渋々頷く。
ロナに諭されるのは癪だけど、それでも不思議と悪い気はしなかった。
今までは全てが自分の為だったボクにも、こうして誰かの為に役立てることを強く認識できたから。
そして、それが何よりも心地よかったから。
「行こう。タイミングは任せる」
「おっけー、三秒でいこう。三、二、」
ロナのカウントが開始される。
世界を構築する上では短いその合間に瞳を閉じて、肺に溜まった胸焼けするような熱気を吐き出しつつ呼吸を一定に保つ。
今も周辺を埋め尽くす機械達の音を消す。
外部で鳴り響く戦闘の音を消す。
自身の呼吸音も、考えも、感情も。
不必要ものをできる限り排除し、聴くのは標的が発する生命だけだ。
この場に溶け込もうとしている異質。それを引きずり出すように……
「一、いまっ!!」
「ッ!!」
ボク達は遮蔽物として扱っていた機械から飛び出した。
ロナが斜め横に向かって、ボクはそれをカバーする後方の位置で片膝を着く。
スコープは覗かない。
これだけ蒸気や油で烟る視界の中では反応が遅れる上、標的が百メートル視界内に居れば当てることなど造作もない。
眼よりも肌で探るような感覚で銃を構える。
敵は動きを見せない。
此方の出方を伺っているようだ。
「ふっ!!」
両者の動きが無いうちに、壁際に向かって走っていたロナが中央の機会目掛けてクナイ式のナイフを投擲した。
器用にも、機械上部に巻き付いたそれとを繋ぐ隕石の糸を駆使して空中を翔け上がっていく。
狙うはただ一つ。上部へと続く右奥の扉だ。
────キンッ!
その音は部屋の中央で響いた。
それと同時に理解した。
さっき、銃声を聞き漏らしていたと思っていたがそうではなかったらしい。
ハンドベルを奏でたような金音。
どうやらガラスの弾丸故か、火薬以外の何かを推進剤としていることから普通の銃声とは音の質が異なるようだ。
機械の駆動音と誤認していたこの音こそが、まさに奴の銃声だった。
靄の中から飛び出した一筋の赤い閃光は、中空に輝く流星の軌跡を切って落とす。
「きゃっ!?」
短い悲鳴と共に銀の尾が重力に逆らって落ちていく。
それでもボクは微動だにしない。
味方の窮地に錯乱することなく、毛の先一つも動揺を魅せない。
コイツが仲間を嬲ってこちらを焙り出そうとすることは知っている。
父を撃ったあの日と同じ。
でも今のボクはあの日とは違う。
信頼する仲間が居て、皆に信頼される立場に居る。
あの頃の、父の背中を追っていた頃の未熟者じゃない。
……捉えた……っ!
思うと同時に引き金へと力を入れる。
一発の銃声。
専心しきった感覚が本来視えない敵の姿を鮮明に捉えていた。
その一撃が奴の胸の中央を射抜かんとして、吸い込まれるように銃弾が着弾した。
勝った。
ぐらりと揺れる標的の姿に確信して、ボクはようやく瞬きをする。
ここまでの道のりは険しく果ての無いものだったが、終わってしまえばなんと呆気ない最期か。
無感動な感慨は、急にポツンと知らない土地に放り捨てられたような気分に近い。
フォルテがベトナムで話していた復讐の意義とは果てしてこういうことだっただろうか?
自問自答してみても答えは無い。
それをどうこうと思うような心はボクの中には残っていないようだった。
溜め込んでいた肺の酸素を入れ替えつつ斜め上の仲間を見やると、彼女は再び取り出したクナイ型ナイフをキャットウォークに絡ませつつ態勢を立て直している。
あっと言う間に部屋の出口に辿り着いた彼女は、脇目もふらずにそのまま飛び出していってしまう。
『もしあのスナイパーが現れたらボクが引き受ける。だから君は前だけ走れ』
という、機内での話を忠実に守っての行動だった。
この霧のような蒸気も相まって、彼女は決着がついたことにすら気づいていなかったらしい。
「さて……」
敵は片付けた以上、ボクもここに留まる理由は無くなった。
感情に乏しいボクが今更復讐を遂げたことへ抱く感情なんて持ち合わせているはずもなく、ロナの後を追いかけようと立ち上がろうとしたその時だった。
────キンッ!
「────あっ────」
規則的な機械の中で響いた不規則な金音。
目前の勝利に表出した隙を突く一撃。
気付いた時には、それはボクの顔に直撃していた。
古傷の位置を抉るように飛翔した魔術弾。
先日の祭りの時に食べたリンゴ飴のような朱の光沢をもつそれが、着弾と同時に細かな破片となって身体に突き刺さっていく。
普通の銃弾と似て非なる性質をもつ魔術弾は、少女に破片交じりの爆発をプレゼントした。
まるで小さな嵐をぶつけられたようだ。
それは少女の身体にはあまりに酷な一撃で、静寂に呑まれる意識の中でボクが感じた最後の感想だった。
バタリと仰向けになった衝撃で生命活動を停止する。
蒸し暑さだけがその脳裏にこびり付いていた。
あの日と同じように……
視界に収まりきらない、見上げるほど大きな機械が密集する動力室。
直接この戦艦を動かすためではない。この神器は見てくれこそ戦艦そのものだが、こと内部構造に関しては全く違うらしく、ここにあるものもあくまで砲台や重火器などの設備を遠隔で操作するための設備らしい。
辺り一面を埋め尽くす様々な機械達が漏らす蒸気や油は、まるで呼吸をしているかのように途絶えることなく、そこそこ広い空間を熱気で埋めつくしている。
まるで鉄鋼工場だな。とボクはマフラーの内で漏らした。
「ここまではアルシェの地図通りだね」
隣で電子機器が表示するマップと睨み合いながら告げるロナ。
「あっつー」なんて緊張感の無いの様子のまま、ベッキーから用意されたパイロットウェアの袖で無造作に汗を拭う彼女。
余程さっきのボクの言葉が聞いたらしい。
普通の兵士なら言及すべきところだが、これが彼女にとって一番集中できる状態であることを知っている以上、余計な小言を挟むつもりは無かった。
「ロナ、出口はどっち?」
「この部屋の外周を回った先だよ。ほら、あそこの右奥にあるところ」
ジャングルの杉のように聳える機械を調整するためか、この部屋の側面にはキャットウォークが設けられている。
ロナが指差したのも、下層階と定義すべき場所にいるボク達から見て右斜め上、油気を含んだ蒸気の先に霞むドアを指さしていた。
「早くここを抜けよう。でないと艦橋で制御系統マヒさせる前に、ロナちゃん自身がフリーズしちゃうよ」
銀髪ツインテの先まで汗でぐっちょりな様子のロナが先行して、すぐにこちらへと振り返る。
彼女の意志に反して、ボクがその場から動こうとしなかったからだ。
「どうしたのアイリス?」
訝る彼女に反応せず、ボクはただじっと瞳を瞑り、この場に流れている異質な風の流れを感じ取っていた。
────いる。
そう思った時には、反射的に身体が動いていた。
「え、────ちょっ!?」
気付いた時にはボクはロナへ足払いを掛けており、意表を突かれた彼女は面白いように倒れていく。
その丁度頭のあった位置に向かって飛来するのは赫々たる朱い銃弾。
ガラスの銃弾に映るボクの顔は、マフラー越しでも分かるほど両頬が吊り上がっていた。
ようやく……巡り合うことができた。
父を殺した相手と確信したことで、ボクの心よりも身体がその再会に打ち震えている。
「…………」
後方で弾ける必殺の初撃を見送りつつ、中空のロナを両手で抱えて近くの遮蔽物へと走った。
「ありがとうアイリス。今の銃弾ってまさか」
安全を確保してから降ろしたロナが持ち前の呑み込みの早さで状況を察していた。
「奴だ……」
父を二度も殺めた緋色の魔術弾使い。
その存在を肯定しつつ、ライフルを構えながらスゥゥゥっと吐いた息に連動して、ボクの意識が戦闘時の口数が少ない状態に推移していく。
「場所はどこ?」
「位置は不明。多分一階」
銃声は聞こえなかったが、弾頭の方向から逆算する。
「どうする?」
「予定通り」
おっけー。と返事したロナがガチャンッとショットガンをコッキングさせた。
ボクがロナと共に戦艦内に潜入した理由は彼女を護衛することにある。
それは、本作戦で要がボクでもフォルテでもなく、機械に精通した彼女だからだ。
今の孤立無援を打開するためにも魔術防壁解除は必須であり、そのためにもロナを艦橋まで無事に送り届けることは絶対条件だった。
もちろん、正面同士の戦闘であればロナが敗けるとは微塵も考えていない。
しかし、これら目論見の中で一番危惧していたのは死角からの攻撃────つまりは狙撃だった。
『入り組んだ艦内から狙撃?そんなことが本当に可能なのか?』
一時間ほど前、輸送ヘリでボクが述べた意見に、フォルテは半信半疑といった様子だった。
スナイパーにとって最大の武器が『距離』であることを彼は知っているからだ。
でも、父を撃ったあのスナイパーならそんな優位を捨ててでも目標を仕留めにくるだろう。
『どうしてそう言い切れる?』
眉を顰めて聞き返す彼。
どうして?どうしてだって?
そんなこと決まっている。
「予測通り……」
恍惚に呟いた言葉が、機械の駆動音に紛れて消えていく。
長い間ずっと標的としてきたことから、奴の思考はまるで自分のものと相違ないほど読み解くことができる。
奇襲に気づくことができたのも、仮にボクが奴ならば同じようにここでロナを狙撃していたからだ。
「アイリス、タイミングはどうするの?」
「任せる」
機械を背に愛銃を構える。
逸る気持ちが心臓を早鐘のように鳴り響かせる。
こんなに感情を制御できないのもボクらしくない……と、その違和感が思わぬ形で具現化してしまう。
「ここから先はアルシェからの情報も無い。気を付けていけ……む、どうした?」
柄にもなく気遣った心の声に返事が無く、隣に視線を向けるとロナはキョトンとハニーゴールドの瞳を満月のように丸くしていた。
「いや、その……ありがとう。さっきといい今といい、心配してくれて。ふふ……」
「何でそこで笑うんだい?」
戦闘の最中だというのに、クスリと笑ったロナ。
嘲笑うとも不敵さとも違う、とても幸せそうな微笑。
普段の陽気さを演じているものとは一線を画しているその姿はまるで、野原に咲く一凛の花のように美しかった。
「ちょっと過保護なところがフォルテみたいって思っただけ」
本当にそうだ。
さっきも今も、ボクの態度はボクらしくない。
まるで……こうなる前の時のようだ。
父さんと共にタッグを組んでいた、あの時の……
「もしかして、ロナちゃんを気遣ってわざと真似したの?」
「…………」
「あーごめん。からかいたかった訳じゃないからそんな眼で見ないで……」
認めがたい解釈に有無を言わさぬジト眼で凄むボクに、ロナは堪らず弁明する。
流石にそこまで器用ではないし、何よりあのフォルテと一緒だなんて……そのむず痒さが真面目に心配したことを余計に恥ずかしくさせる。
「でも、本当にありがとう。ロナも色々と悩んでたけど、さっきの言葉で吹っ切れたよ。為すべきことじゃない、自分自身が何をしたいのか。忘れていたその当たり前に改めて気づくことができた。だからアイリスも、ここで死のうだなんて馬鹿なことは考えないようにね」
微かに瞳が反応する。
途中の言葉はよく分からなかったが、最後の言葉は流石に無視することが出来なかった。
「驚いた?幾ら口数が少ないとはいえ、表情にはそう書いてあるよ」
「……死ぬつもりは……ない」
本心からの言葉に、ロナは「いいや」とボクの言葉以上に強く否定した。
「倒せるなら死んでもいいと思っているでしょ?ダメ。そんなことロナちゃん赦さないから」
「…………」
「だーめ、そんな風に凄んだってそこは認めないよ。アイリスもさっき言ってたじゃん。ロナ達のことを大切な家族だって。それは他のみんなも同じだよ?フォルテもセイナもアタシも、誰一人欠けることを望んでなんかいない。だから────んっ……」
彼女はボクの額に優しく口づけをした。
滑らかな唇の感触は、復讐という靄に閉ざされていた心情に一筋の光が指す。
慈母に満ちたそれが離れるのを最後に、彼女の表情がキッと鋭い眼光へと切り替わった。
「絶対帰るよ。みんなでね」
「……分かった」
口調にムスッとした感情を表しながらも渋々頷く。
ロナに諭されるのは癪だけど、それでも不思議と悪い気はしなかった。
今までは全てが自分の為だったボクにも、こうして誰かの為に役立てることを強く認識できたから。
そして、それが何よりも心地よかったから。
「行こう。タイミングは任せる」
「おっけー、三秒でいこう。三、二、」
ロナのカウントが開始される。
世界を構築する上では短いその合間に瞳を閉じて、肺に溜まった胸焼けするような熱気を吐き出しつつ呼吸を一定に保つ。
今も周辺を埋め尽くす機械達の音を消す。
外部で鳴り響く戦闘の音を消す。
自身の呼吸音も、考えも、感情も。
不必要ものをできる限り排除し、聴くのは標的が発する生命だけだ。
この場に溶け込もうとしている異質。それを引きずり出すように……
「一、いまっ!!」
「ッ!!」
ボク達は遮蔽物として扱っていた機械から飛び出した。
ロナが斜め横に向かって、ボクはそれをカバーする後方の位置で片膝を着く。
スコープは覗かない。
これだけ蒸気や油で烟る視界の中では反応が遅れる上、標的が百メートル視界内に居れば当てることなど造作もない。
眼よりも肌で探るような感覚で銃を構える。
敵は動きを見せない。
此方の出方を伺っているようだ。
「ふっ!!」
両者の動きが無いうちに、壁際に向かって走っていたロナが中央の機会目掛けてクナイ式のナイフを投擲した。
器用にも、機械上部に巻き付いたそれとを繋ぐ隕石の糸を駆使して空中を翔け上がっていく。
狙うはただ一つ。上部へと続く右奥の扉だ。
────キンッ!
その音は部屋の中央で響いた。
それと同時に理解した。
さっき、銃声を聞き漏らしていたと思っていたがそうではなかったらしい。
ハンドベルを奏でたような金音。
どうやらガラスの弾丸故か、火薬以外の何かを推進剤としていることから普通の銃声とは音の質が異なるようだ。
機械の駆動音と誤認していたこの音こそが、まさに奴の銃声だった。
靄の中から飛び出した一筋の赤い閃光は、中空に輝く流星の軌跡を切って落とす。
「きゃっ!?」
短い悲鳴と共に銀の尾が重力に逆らって落ちていく。
それでもボクは微動だにしない。
味方の窮地に錯乱することなく、毛の先一つも動揺を魅せない。
コイツが仲間を嬲ってこちらを焙り出そうとすることは知っている。
父を撃ったあの日と同じ。
でも今のボクはあの日とは違う。
信頼する仲間が居て、皆に信頼される立場に居る。
あの頃の、父の背中を追っていた頃の未熟者じゃない。
……捉えた……っ!
思うと同時に引き金へと力を入れる。
一発の銃声。
専心しきった感覚が本来視えない敵の姿を鮮明に捉えていた。
その一撃が奴の胸の中央を射抜かんとして、吸い込まれるように銃弾が着弾した。
勝った。
ぐらりと揺れる標的の姿に確信して、ボクはようやく瞬きをする。
ここまでの道のりは険しく果ての無いものだったが、終わってしまえばなんと呆気ない最期か。
無感動な感慨は、急にポツンと知らない土地に放り捨てられたような気分に近い。
フォルテがベトナムで話していた復讐の意義とは果てしてこういうことだっただろうか?
自問自答してみても答えは無い。
それをどうこうと思うような心はボクの中には残っていないようだった。
溜め込んでいた肺の酸素を入れ替えつつ斜め上の仲間を見やると、彼女は再び取り出したクナイ型ナイフをキャットウォークに絡ませつつ態勢を立て直している。
あっと言う間に部屋の出口に辿り着いた彼女は、脇目もふらずにそのまま飛び出していってしまう。
『もしあのスナイパーが現れたらボクが引き受ける。だから君は前だけ走れ』
という、機内での話を忠実に守っての行動だった。
この霧のような蒸気も相まって、彼女は決着がついたことにすら気づいていなかったらしい。
「さて……」
敵は片付けた以上、ボクもここに留まる理由は無くなった。
感情に乏しいボクが今更復讐を遂げたことへ抱く感情なんて持ち合わせているはずもなく、ロナの後を追いかけようと立ち上がろうとしたその時だった。
────キンッ!
「────あっ────」
規則的な機械の中で響いた不規則な金音。
目前の勝利に表出した隙を突く一撃。
気付いた時には、それはボクの顔に直撃していた。
古傷の位置を抉るように飛翔した魔術弾。
先日の祭りの時に食べたリンゴ飴のような朱の光沢をもつそれが、着弾と同時に細かな破片となって身体に突き刺さっていく。
普通の銃弾と似て非なる性質をもつ魔術弾は、少女に破片交じりの爆発をプレゼントした。
まるで小さな嵐をぶつけられたようだ。
それは少女の身体にはあまりに酷な一撃で、静寂に呑まれる意識の中でボクが感じた最後の感想だった。
バタリと仰向けになった衝撃で生命活動を停止する。
蒸し暑さだけがその脳裏にこびり付いていた。
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