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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
神々の領域《ヨトゥンヘイム》1
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気が付けば、そこは暗闇と漆黒とが絡み合う無の世界が広がっていた。
引力すら感じさせない、不感の大海。
宙を揺れる髪先から、自身が漂っているのだと知覚する
アタシは……一体……
一糸纏わぬ姿であることに躊躇いすら覚えず、朦朧とする意識がそんな不毛なことを考察する。
空っぽ。
際限ないようにも極僅かとも解釈できる心の闇。
アタシの空間にはなにも詰まっていなかった。
だとしたら、アタシをアタシたらしめるものは一体何なのか?
己の人格や自我。空っぽの器を以てしてそれらを形成することは叶わない。
だが同時にそれは、器に満たすもの次第では何物にも染まることを表していた。
無垢なる魂にはどんなものだって描けるように……
そう思うと『一人称』ですらどこか朧気に感じてしまう。
「────────」
どこからか、皆無に染まる空間へ共鳴するような声が響く。
何と言っているかは聞き取れないが、無の海原に漂うアタシは声の方向へと手を伸ばす。
それは一種のる偶然であり、同時に変化を求めるアタシにとっては必然と言うべき行動だったのだろう。
しかし、それは決して反応してはならない悪霊の囁きだった。
『み ぃ つ け た』
伸ばした腕を這うように、冷酷な無数の鎖が全身に纏わりつく。
引き千切れそうな程に張られた四肢が大の字を作り、抵抗はおろか寸分とも動かすことすら敵わない。
それどころか、肢体に食い込む鎖を介して悪霊がアタシの精神へと入り込んでくる。
呻くアタシの姿に悪霊が嗤う。
助けを呼ぼうと、彼の名を叫ぼうと試みたが、そのアタシの口ですら悪霊は容易く抑え込んでしまった。
純白だった精神は、瞬く間に闇より深い漆黒へと染め上げられ、アタシと概念していたる心はる意識を失ってしまう。
次第に自分自身の名前も、あれほど『 』していた彼の名前ですらも、思い出せなくなっていた。
何も……かも……
操縦桿を改めて握り直した彼が飛ぶ戦場は晴天。空も海も青いこの場所で、止まない銃弾が降り注ぐ。
『三番隊、状況を報告しろ』
『ダメです!五機のうち分隊長を含めて四機が離脱。残った機体も壊滅した五番隊と共に壊滅状態です!』
『クソッ……こっちも被弾した!緊急脱出する……っ』
『四番隊の分隊長がやられた!?このままではこちらも……うわぁ!』
『クソォックソォォォ!!援軍は来ないのか!?』
戦場というのは悲惨だ。
スポーツなどと違って引き分けは無い。あるのは蹂躙する側とされる側。
今まさに、日米共同戦線はその窮地へと立たされていた。
「狼狽えるな!!」
全ての通信へと一喝する彼は一番隊の長であり、この六部隊からなる急造部隊の全体指揮を任されたアメリカ空軍大佐『アレクシス・テイラー』。
彼が操るF-15Eは、戦闘機としては多用途機種として抜きんでた性能は無いが、一兵卒からの叩き上げ将校である彼の戦闘経験上最も馴染んだ機体とも言える。
そんな彼を以てしても、いや、これだけの戦闘機乗りを集めたとしても。今回の敵は分が悪いとしか言いようが無かった。
機銃もミサイルも防がれる要塞。絶対的防御にこちらが為す術などありはせず。それでも大統領の命とあって逃げ出すことも許されない。
おまけに中国の戦闘機も入り混じっての乱戦は、幾度の戦闘を経験したことのある彼であってもかなりの苦戦を強いられていた。
「いま引けば、この飛空戦艦は中国の地へ我らの名を冠して攻め込んでしまう。そうなれば、もっと多くの命が巻き込まれる戦争へと発展してしまう。何としてもここは食い止めるのだ」
対象目標ヨトゥンヘイムの主砲がこちらに狙いを定めて一射。
寸でのところで機体を逸らしつつ急下降、そのままUターンしつつ、すれ違いざまの中国機を機銃で撃ち墜とす。
「大統領は言った。もうじきこの場をひっくり返す一手を打つと。それまでは何としても時間を稼ぐ」
それが本当かどうか彼自身にも分からない。
しかし、最悪の現状を維持するためには希望が必要だった。
現にいま、その司令部として置かれていた防衛省と連絡が取れないことが事実だとしても。
司令部は現状の悲惨さを理解してくれている。その認識こそが、ほぼ限界に達していた彼ら部隊を押し留めて居る最後のタガとなっていた。
「あと何分持つか……」
緊張で荒くなった呼吸はそんなことを宣っていた。
三度目の機体も既に煤で黒々と汚され、レールガンの一撃で装甲の一部が焼き爛れている。弾薬も燃料もあと僅かしか残っておらず、レーダーの一部も故障をきたしている。
四度目はおそらく……もう戦場が持たないだろうな。
ここまで死力を尽くして墜とせなかった目標は初めてであり、自らの技量不足を悔やんだのは僅かな溜息一回。
最期はおめおめと帰還するつもりはない、目標が健在である以上、たとえこの機体をぶつけてでも止めて見せる。
忠誠を誓った大統領にこの身を捧げる覚悟を決めたその時だった。
故障したレーダーの死角位置、斜め上の積雲から飛び出した一機の中国機が仲間の敵討ちとばかりに迫っていた。
完全に不意を突かれた彼は緊急脱出しようと試みるも……動かないっ!?
どうやらさきのレールガンの熱量によってキャノピーの一部が融解し、はじけ飛ばなくなっているようだ。
やられる……っ!
長年培ってきたパイロットとしての勘がそう囁いてくる。
もう彼自身にはどうすることもできなかった。
自分の死に様を受け入れる様に、操縦桿を握る手を緩めようとした瞬間────
ズダダダダダダッッッッッ!!!!!
雷鳴のような機銃の連射によって中国側の戦闘機が撃ち墜とされた。
彼ら二機を除いて近辺に援護できる見方も、誤射する敵ですらも居なかったというのに……
「一体何が起こった……むっ、通信?」
錐揉みしながら堕ちていく戦闘機から人が排出された様子を横目に太陽を見上げると、
『────各部隊、聞こえるか?』
まだ夕暮れ時にもならない空に流れ星が三つ、こちらへと瞬く姿を視界に捉えたのは。
『こちらは元セブントリガー隊長『トリガー1』フォルテ・S・エルフィーだ』
引力すら感じさせない、不感の大海。
宙を揺れる髪先から、自身が漂っているのだと知覚する
アタシは……一体……
一糸纏わぬ姿であることに躊躇いすら覚えず、朦朧とする意識がそんな不毛なことを考察する。
空っぽ。
際限ないようにも極僅かとも解釈できる心の闇。
アタシの空間にはなにも詰まっていなかった。
だとしたら、アタシをアタシたらしめるものは一体何なのか?
己の人格や自我。空っぽの器を以てしてそれらを形成することは叶わない。
だが同時にそれは、器に満たすもの次第では何物にも染まることを表していた。
無垢なる魂にはどんなものだって描けるように……
そう思うと『一人称』ですらどこか朧気に感じてしまう。
「────────」
どこからか、皆無に染まる空間へ共鳴するような声が響く。
何と言っているかは聞き取れないが、無の海原に漂うアタシは声の方向へと手を伸ばす。
それは一種のる偶然であり、同時に変化を求めるアタシにとっては必然と言うべき行動だったのだろう。
しかし、それは決して反応してはならない悪霊の囁きだった。
『み ぃ つ け た』
伸ばした腕を這うように、冷酷な無数の鎖が全身に纏わりつく。
引き千切れそうな程に張られた四肢が大の字を作り、抵抗はおろか寸分とも動かすことすら敵わない。
それどころか、肢体に食い込む鎖を介して悪霊がアタシの精神へと入り込んでくる。
呻くアタシの姿に悪霊が嗤う。
助けを呼ぼうと、彼の名を叫ぼうと試みたが、そのアタシの口ですら悪霊は容易く抑え込んでしまった。
純白だった精神は、瞬く間に闇より深い漆黒へと染め上げられ、アタシと概念していたる心はる意識を失ってしまう。
次第に自分自身の名前も、あれほど『 』していた彼の名前ですらも、思い出せなくなっていた。
何も……かも……
操縦桿を改めて握り直した彼が飛ぶ戦場は晴天。空も海も青いこの場所で、止まない銃弾が降り注ぐ。
『三番隊、状況を報告しろ』
『ダメです!五機のうち分隊長を含めて四機が離脱。残った機体も壊滅した五番隊と共に壊滅状態です!』
『クソッ……こっちも被弾した!緊急脱出する……っ』
『四番隊の分隊長がやられた!?このままではこちらも……うわぁ!』
『クソォックソォォォ!!援軍は来ないのか!?』
戦場というのは悲惨だ。
スポーツなどと違って引き分けは無い。あるのは蹂躙する側とされる側。
今まさに、日米共同戦線はその窮地へと立たされていた。
「狼狽えるな!!」
全ての通信へと一喝する彼は一番隊の長であり、この六部隊からなる急造部隊の全体指揮を任されたアメリカ空軍大佐『アレクシス・テイラー』。
彼が操るF-15Eは、戦闘機としては多用途機種として抜きんでた性能は無いが、一兵卒からの叩き上げ将校である彼の戦闘経験上最も馴染んだ機体とも言える。
そんな彼を以てしても、いや、これだけの戦闘機乗りを集めたとしても。今回の敵は分が悪いとしか言いようが無かった。
機銃もミサイルも防がれる要塞。絶対的防御にこちらが為す術などありはせず。それでも大統領の命とあって逃げ出すことも許されない。
おまけに中国の戦闘機も入り混じっての乱戦は、幾度の戦闘を経験したことのある彼であってもかなりの苦戦を強いられていた。
「いま引けば、この飛空戦艦は中国の地へ我らの名を冠して攻め込んでしまう。そうなれば、もっと多くの命が巻き込まれる戦争へと発展してしまう。何としてもここは食い止めるのだ」
対象目標ヨトゥンヘイムの主砲がこちらに狙いを定めて一射。
寸でのところで機体を逸らしつつ急下降、そのままUターンしつつ、すれ違いざまの中国機を機銃で撃ち墜とす。
「大統領は言った。もうじきこの場をひっくり返す一手を打つと。それまでは何としても時間を稼ぐ」
それが本当かどうか彼自身にも分からない。
しかし、最悪の現状を維持するためには希望が必要だった。
現にいま、その司令部として置かれていた防衛省と連絡が取れないことが事実だとしても。
司令部は現状の悲惨さを理解してくれている。その認識こそが、ほぼ限界に達していた彼ら部隊を押し留めて居る最後のタガとなっていた。
「あと何分持つか……」
緊張で荒くなった呼吸はそんなことを宣っていた。
三度目の機体も既に煤で黒々と汚され、レールガンの一撃で装甲の一部が焼き爛れている。弾薬も燃料もあと僅かしか残っておらず、レーダーの一部も故障をきたしている。
四度目はおそらく……もう戦場が持たないだろうな。
ここまで死力を尽くして墜とせなかった目標は初めてであり、自らの技量不足を悔やんだのは僅かな溜息一回。
最期はおめおめと帰還するつもりはない、目標が健在である以上、たとえこの機体をぶつけてでも止めて見せる。
忠誠を誓った大統領にこの身を捧げる覚悟を決めたその時だった。
故障したレーダーの死角位置、斜め上の積雲から飛び出した一機の中国機が仲間の敵討ちとばかりに迫っていた。
完全に不意を突かれた彼は緊急脱出しようと試みるも……動かないっ!?
どうやらさきのレールガンの熱量によってキャノピーの一部が融解し、はじけ飛ばなくなっているようだ。
やられる……っ!
長年培ってきたパイロットとしての勘がそう囁いてくる。
もう彼自身にはどうすることもできなかった。
自分の死に様を受け入れる様に、操縦桿を握る手を緩めようとした瞬間────
ズダダダダダダッッッッッ!!!!!
雷鳴のような機銃の連射によって中国側の戦闘機が撃ち墜とされた。
彼ら二機を除いて近辺に援護できる見方も、誤射する敵ですらも居なかったというのに……
「一体何が起こった……むっ、通信?」
錐揉みしながら堕ちていく戦闘機から人が排出された様子を横目に太陽を見上げると、
『────各部隊、聞こえるか?』
まだ夕暮れ時にもならない空に流れ星が三つ、こちらへと瞬く姿を視界に捉えたのは。
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