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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
ネモフェラのお告げ6
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「神器と言うのは二つある。コイツが持っているような予言者の杖や、おたくのセイナ嬢が持っているような生粋元来の本物の神器。そしてもう一つが、それら力を併用して作った『人工神機』。あのヨトゥンヘイムはなぁ、バカ親父が作り上げた神器の力を利用して翔ぶ箱舟なんだ」
人工神機。
言葉は知らなかったが、それらに覚えはある。
セイナが東京タワーの先端を吹き飛ばした密輸された弾薬。
電気でも魔力でも油圧でもない、未知の動力源で稼働していた戦闘騎兵グリーズ。
ベトナムで見た神器を利用した研究工場。
『神の力を動力とした兵器』。チャップリンがグリーズに乗り込んだ時の妄言と思っていた言葉が記憶の片隅で再生される。
「じゃあ、神器を集めていたのはそのためか?あれを飛ばし続けるための」
「いや、それはないだろう」
きっぱりとした否定に、俺のみならずロナも片眉をピクリと動かす。
「いいか、両者の決定的違いは力が尽きるか尽きないかにある。前者は永続的に、後者は蓄蔵的に神の力を振るうことができる。つまり、あれほど巨大な飛空戦艦を飛ばすための動力源は既に内部構造として取り組まれているのだろう」
バカ親父ならその辺りの欠陥など幾らでも改善できる。
呼称こそ忌嫌うものだが、その腕には誰よりも信用している彼女だからこその言葉である。
「『ならどうして?』といった貌だな。それまでは私には分からないさ。どうしてセイナ嬢を連れ去ったのか。内部構成員であったそこの田舎魔女ですら知らなかったことだ。もしかするとそれらに起因するのやもしれないが……」
それ以上はこの鬼才を以てしても計り知れないことらしい。
まぁいい。相手が誰であろうと関係は無い。
セイナを取り戻す。今の俺にとって必要なのはそれだけだ。
「結果……出た」
首筋にゾクリッと来るような冷気を纏った声が投げかけられる。
再びブツブツと考察を始めるベッキーを横目に、いつの間にか魔力の煌めきを収めたアルシェが傍に立っていた。
「その表情は、大凶か?」
再び座席に腰掛ける俺を、機内照明を遮る魔女帽子から覗く淡い水色
物悲しく揺れるそれを見て、今日の運勢は外れと肩を竦めてしまう。
「いいや、さっきも言った通り今回はそういった類いの占いではなくお告げだ。曖昧な運気を出すものではなく、この先君の君の将来を左右する助言のようなものだ」
それは元来、人々が不幸な出来事に巻き込まれないためのおまじないであり、靴紐が切れて転ぶ、大雨に振られる、そういった些細な事故から身を護るための術を教えてくれるものという。
しかし時としてそれは、雷に打たれるような、毒蛇に噛まれるような事象を引き当ててしまうことがあるらしい。
「今回は、その最たるものを引き当ててしまった」
「死……か」
キーボードを叩くロナの手が止まる。
アメリカの時と同じでアルシェは二度目の死刑宣告を言い渡す。
それら原理こそさっぱりだが、この少女がつまらない嘘を吐かないことは、ここまでのやり取りから見てまず間違いない。
何より、言葉に詰まるこの小さな魔女の姿から、質の悪い冗談でないことは明白だろうな。
「それで?」
「え?」
気落ちしていない俺の言葉にようやく彼女がこちらに焦点を合わせた。
「お告げだよ。死という過程はまあ置いておいて、それを回避する手段も同時に聴けたんだろ?ならそっちを教えてくれよ」
「君は……怖くないのか?どうしてそんな、そんな表情でいれるんだ。あの時、私を救ってくれた時と同じような……」
指摘されるまで気づかなかった。
まさか死を告げられて笑っているなんて……
その理由がよく分からず、吟味するように俺自身という思考に訴えかける。
深く悩むと思っていた思考は、いとも容易く言語化できてしまう。
「死んでも良いと思える仲間達を見つけたことかな……」
満足気に語る俺とは別、この場に居た全員がその言葉に凍り付いた。
きっと、その言葉もまた冗談などではない、俺の本心であると判ってしまったから。
「あーでも、別に死ぬ気があるって訳じゃない。昔は正しいと思っていた自己犠牲も今はあまり好かないし、人より永く生きて来たけど、死だけは一度も経験したことないから……正直怖い」
栄枯転変、どんなものにも始まりがあって終わりがある以上、死というのは必ず訪れる。
それは皆が平等に受ける権利であり、同時に二度と体験することのない経験。
怖くないはずなんてない。
「でも、そのたった一つしかないその命を俺のために張ってくれる人達が居た。皆が俺のことを信じて……だから俺も……」
皆のためにこの命を張りたい。
投げ捨てるのではなく、誰かのために振るう。
その為の力も、居場所も、そして……仲間も。俺は手に入れることができたのだから。
「分かった」
決意を読み取ったアルシェが瞳をキュッと一度絞り、決意した慧眼を見開いた。
そこに動揺は無く、告げられた神のお導きをありのまま口にする。
「近い未来、君の死は『必定』。回避したくば絶対に意志を曲げないことと、多くを求めないことだ」
「多くを……?」
最初は良い、だが後に続いたそれはいまいち具体性に欠ける。
一体何に対し、俺は多くを求めてはならないのか……
「残念だけどここまでだ。これ以上の助言はあるべき未来を曲げる行為。即ち自然の摂理への反逆と捉えかねない。そうなれば私はおろか、ここに居る全員が死ぬことになりかねない」
アルシェはそれ以上、多くを語ることは無かった。
胸の内で何度も何度もその言葉を反芻させては収めようと努力するが、結局、その瞬間が訪れるまで俺には分からなかった。
それから数分、戦闘区域に突入した機内は重苦しい沈黙に包まれていた。
作戦前とはいえ、俺が所属していた、もとい、指揮していた部隊は大抵、作戦開始間際まで騒がしい連中が多かった。しかし今は、遠来する爆撃の音が響くばかりで、あとは各々自分の世界に閉じこもっていた。
「ねぇ……フォルテ」
そんな静寂を破ったのは、隣に腰掛けていたロナだった。
ハニーゴールドの瞳に落ち着きは無く、指は物寂しく銀髪の先を弄っている。
いつもならセイナが居ないことを良いことにベタベタと寄り添ってくる彼女だが、珍しく今は適切な距離に身を置いていた。
機体に乗るくらいからどこか様子がおかしかったが、それは何か仕事をしているからだと勝手に思い込んでいた。
だが、いつからかそのキーボードを叩いていた手は鳴りを潜め、このような静寂を作り上げていたことに、俺は声を掛けれてようやく気付かされる。
「どうした、不安か?」
「……っ」
握ろうとした手を反射的に引っ込めるロナ。
拒絶とも取れる態度に、俺はよりもやった本人が一番驚いている様子だ。
「ご、ごめん……その……」
モジモジと、さらにバツ悪くなった様子で口籠る少女の姿には、不安ではなく迷いが視えた。
もしかすると、この大きな作戦を前に思うところがあるのかもしれない。
怯える小動物に無理な圧を掛けて警戒されないように、咎めるわけでもなく、俺はただじっと、彼女が口にするのを待つことにした。
心臓の鼓動が無言の機内の時間を進める。
ちくり、ちくり、彼女の呼吸だけが過ぎ去った時間と共に早まっていく。
そこで呑気に大欠伸をかましている科学会の鬼才と同じ稀代の天才は、その胸の内で何を思うか。
その回転率は凡人の俺には想像もつかない。
スーパーコンピューターを以てしても数分は掛かる難問に、彼女はようやく答えを得たりと大きく呼吸を吐く。
「実はその……アタシ今まで────」
ピーピーピーピー!!!!!!!!
彼女の想いの端くれを遮るように、鳴り響いたのは警告アラートだった。
人工神機。
言葉は知らなかったが、それらに覚えはある。
セイナが東京タワーの先端を吹き飛ばした密輸された弾薬。
電気でも魔力でも油圧でもない、未知の動力源で稼働していた戦闘騎兵グリーズ。
ベトナムで見た神器を利用した研究工場。
『神の力を動力とした兵器』。チャップリンがグリーズに乗り込んだ時の妄言と思っていた言葉が記憶の片隅で再生される。
「じゃあ、神器を集めていたのはそのためか?あれを飛ばし続けるための」
「いや、それはないだろう」
きっぱりとした否定に、俺のみならずロナも片眉をピクリと動かす。
「いいか、両者の決定的違いは力が尽きるか尽きないかにある。前者は永続的に、後者は蓄蔵的に神の力を振るうことができる。つまり、あれほど巨大な飛空戦艦を飛ばすための動力源は既に内部構造として取り組まれているのだろう」
バカ親父ならその辺りの欠陥など幾らでも改善できる。
呼称こそ忌嫌うものだが、その腕には誰よりも信用している彼女だからこその言葉である。
「『ならどうして?』といった貌だな。それまでは私には分からないさ。どうしてセイナ嬢を連れ去ったのか。内部構成員であったそこの田舎魔女ですら知らなかったことだ。もしかするとそれらに起因するのやもしれないが……」
それ以上はこの鬼才を以てしても計り知れないことらしい。
まぁいい。相手が誰であろうと関係は無い。
セイナを取り戻す。今の俺にとって必要なのはそれだけだ。
「結果……出た」
首筋にゾクリッと来るような冷気を纏った声が投げかけられる。
再びブツブツと考察を始めるベッキーを横目に、いつの間にか魔力の煌めきを収めたアルシェが傍に立っていた。
「その表情は、大凶か?」
再び座席に腰掛ける俺を、機内照明を遮る魔女帽子から覗く淡い水色
物悲しく揺れるそれを見て、今日の運勢は外れと肩を竦めてしまう。
「いいや、さっきも言った通り今回はそういった類いの占いではなくお告げだ。曖昧な運気を出すものではなく、この先君の君の将来を左右する助言のようなものだ」
それは元来、人々が不幸な出来事に巻き込まれないためのおまじないであり、靴紐が切れて転ぶ、大雨に振られる、そういった些細な事故から身を護るための術を教えてくれるものという。
しかし時としてそれは、雷に打たれるような、毒蛇に噛まれるような事象を引き当ててしまうことがあるらしい。
「今回は、その最たるものを引き当ててしまった」
「死……か」
キーボードを叩くロナの手が止まる。
アメリカの時と同じでアルシェは二度目の死刑宣告を言い渡す。
それら原理こそさっぱりだが、この少女がつまらない嘘を吐かないことは、ここまでのやり取りから見てまず間違いない。
何より、言葉に詰まるこの小さな魔女の姿から、質の悪い冗談でないことは明白だろうな。
「それで?」
「え?」
気落ちしていない俺の言葉にようやく彼女がこちらに焦点を合わせた。
「お告げだよ。死という過程はまあ置いておいて、それを回避する手段も同時に聴けたんだろ?ならそっちを教えてくれよ」
「君は……怖くないのか?どうしてそんな、そんな表情でいれるんだ。あの時、私を救ってくれた時と同じような……」
指摘されるまで気づかなかった。
まさか死を告げられて笑っているなんて……
その理由がよく分からず、吟味するように俺自身という思考に訴えかける。
深く悩むと思っていた思考は、いとも容易く言語化できてしまう。
「死んでも良いと思える仲間達を見つけたことかな……」
満足気に語る俺とは別、この場に居た全員がその言葉に凍り付いた。
きっと、その言葉もまた冗談などではない、俺の本心であると判ってしまったから。
「あーでも、別に死ぬ気があるって訳じゃない。昔は正しいと思っていた自己犠牲も今はあまり好かないし、人より永く生きて来たけど、死だけは一度も経験したことないから……正直怖い」
栄枯転変、どんなものにも始まりがあって終わりがある以上、死というのは必ず訪れる。
それは皆が平等に受ける権利であり、同時に二度と体験することのない経験。
怖くないはずなんてない。
「でも、そのたった一つしかないその命を俺のために張ってくれる人達が居た。皆が俺のことを信じて……だから俺も……」
皆のためにこの命を張りたい。
投げ捨てるのではなく、誰かのために振るう。
その為の力も、居場所も、そして……仲間も。俺は手に入れることができたのだから。
「分かった」
決意を読み取ったアルシェが瞳をキュッと一度絞り、決意した慧眼を見開いた。
そこに動揺は無く、告げられた神のお導きをありのまま口にする。
「近い未来、君の死は『必定』。回避したくば絶対に意志を曲げないことと、多くを求めないことだ」
「多くを……?」
最初は良い、だが後に続いたそれはいまいち具体性に欠ける。
一体何に対し、俺は多くを求めてはならないのか……
「残念だけどここまでだ。これ以上の助言はあるべき未来を曲げる行為。即ち自然の摂理への反逆と捉えかねない。そうなれば私はおろか、ここに居る全員が死ぬことになりかねない」
アルシェはそれ以上、多くを語ることは無かった。
胸の内で何度も何度もその言葉を反芻させては収めようと努力するが、結局、その瞬間が訪れるまで俺には分からなかった。
それから数分、戦闘区域に突入した機内は重苦しい沈黙に包まれていた。
作戦前とはいえ、俺が所属していた、もとい、指揮していた部隊は大抵、作戦開始間際まで騒がしい連中が多かった。しかし今は、遠来する爆撃の音が響くばかりで、あとは各々自分の世界に閉じこもっていた。
「ねぇ……フォルテ」
そんな静寂を破ったのは、隣に腰掛けていたロナだった。
ハニーゴールドの瞳に落ち着きは無く、指は物寂しく銀髪の先を弄っている。
いつもならセイナが居ないことを良いことにベタベタと寄り添ってくる彼女だが、珍しく今は適切な距離に身を置いていた。
機体に乗るくらいからどこか様子がおかしかったが、それは何か仕事をしているからだと勝手に思い込んでいた。
だが、いつからかそのキーボードを叩いていた手は鳴りを潜め、このような静寂を作り上げていたことに、俺は声を掛けれてようやく気付かされる。
「どうした、不安か?」
「……っ」
握ろうとした手を反射的に引っ込めるロナ。
拒絶とも取れる態度に、俺はよりもやった本人が一番驚いている様子だ。
「ご、ごめん……その……」
モジモジと、さらにバツ悪くなった様子で口籠る少女の姿には、不安ではなく迷いが視えた。
もしかすると、この大きな作戦を前に思うところがあるのかもしれない。
怯える小動物に無理な圧を掛けて警戒されないように、咎めるわけでもなく、俺はただじっと、彼女が口にするのを待つことにした。
心臓の鼓動が無言の機内の時間を進める。
ちくり、ちくり、彼女の呼吸だけが過ぎ去った時間と共に早まっていく。
そこで呑気に大欠伸をかましている科学会の鬼才と同じ稀代の天才は、その胸の内で何を思うか。
その回転率は凡人の俺には想像もつかない。
スーパーコンピューターを以てしても数分は掛かる難問に、彼女はようやく答えを得たりと大きく呼吸を吐く。
「実はその……アタシ今まで────」
ピーピーピーピー!!!!!!!!
彼女の想いの端くれを遮るように、鳴り響いたのは警告アラートだった。
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