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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
ネモフェラのお告げ1
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ふんわり靡く淡い水色のストレート。御大層な三角帽子に素顔を隠した小柄な少女は、高校生と思しき胡桃色のブレザーを着用している。
数か月ぶりだというのに、その特徴的姿を一目見ただけでアメリカでの激闘が鮮明に思い出されるような衝撃。
俺に限らず、因縁浅からぬロナも僅かばかり頬を強張らせていた。
「やぁやぁ、まだ生きていたんだね……フォルテ」
「……アルシェ、どうしてお前がここに?」
友人にでも挨拶するような気兼ねさで愛想を振りまくのは、ヨルムンガンドの構成員として敵対したアルシェ・マーリン。ヤールングレイプルの争奪戦に敗れた彼女は、アメリカで軟禁されていると聞いていたはずだが……
「それについては、私が紹介するよフォルテ」
疑問を請け負うようにして声を上げたのはベアードだった。
「彼女が本件におけるスーパーアドバイザーさ。幾つかの司法取引を経て、情報協力してもらっているんだ」
「そう、だから身構えなくとも結構。私にはもう敵対する意思もない。なにより今の環境には大変満足しているんだ」
まるでビジネスパートナーでも見るかのような淡い水色の瞳は、猜疑心を掻き立てられずにはいられなかった。
「本気か?そいつはかつてアメリカをめちゃくちゃにした張本人なんだぞ?それに、初めは大した情報も出さなかったくせに、いまさら都合が良すぎないか?」
「それは過去の話し。あの時は喋ると死ぬ呪いが掛けられていたからな。でも解除した今はその心配も必要ない。そんな私の事情よりも、今は組織として変化しつつあるヨルムンガンドを止めなくては……」
「変化しつつある?」
虚偽を感じさせない力強い言葉に、思っていたこととは別の違和感を覚えた。
「なんだその物言いたげな瞳は?フォルテは私のことをただのテロリストか何かとでも思っているのか?」
それ以外の表現の他に何があるというのだろうか?
心の内を覗いた自称マーリン・アンブローズの末裔は、人知れずイラっとした思いを軽い咳払いで誤魔化す。
「いいだろう。私のやるべき準備は全て終わったが、まだ猶予はある。それまで私達の活動目的を教えてやろう」
まるで、指揮者が伴奏を奏でさせるように改まって、近代の魔女が口を開こうとした刹那、何者かが会議室の外から駆け込んできた。
「た、大変ですぅっ!!」
「うぎゃっ!!?」
悲鳴にも似た叫び。
それは入室と同時に叫んだ女性と、開け放たれた扉に吹き飛ばされた魔女のものだ。
「あぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
ノックすることすら忘れて入室してきたのはスーツ姿の日本人女性。
歳は中年で伊部や川野より一回り年下でベアードと同じくらい。茶のセミロングを流した少し若作りなこの人物は、松下まり。さっき見かけた政務官は、二回りも年下でぐるぐると瞳を回す魔女に、キツツキのようなスピードで頭を下げていた。
「騒々しいぞ、松下君。一体何があったというのか?」
「申し訳御座いません……これを」
上司からの叱咤に怯むことなく差し出したのは小型タブレット。
「いま放送局全てを、あの戦艦が電波ジャックしてこんな映像を……っ」
どうやらテレビ放送を受信している機種らしいが、幾らチャンネルを変えても映る映像は真っ暗な画面ばかり。電源は確かに入っているものの、砂嵐といったノイズ音もない、ただただ闇のような空間が広がっているだけだった。
「ライブ配信で流れている映像を少し巻き戻し、初めから音声再生します」
俺が物理に弱い魔女を介抱するよう席に座らせてから、皆が食い入るように机に置かれた電子機器を見やる。
再生した映像は闇に包まれたままで音声だけが再生された。
『聞け、統治国家に支配される愚かな民衆諸君。私はかつてこの国に生まれた君達と同じ同士であり、そして、この国を救済する者だ』
圧のある中性的日本語。
機械処理が成されている合成音声は、まるで独裁者の演説のように語りを紡いでいく。
『諸君、この国は腐っている。かつては列強諸国と肩を並べる以上の力を有していた我々は、魔術の到来によってその国力を衰退させ、戦争にも敗れた。その結果が今の民主主義と謳う独裁国家の設立だ。平等と称して無垢なもの欺き、従順な洗脳を善として、純真に首輪を施す悪行。弱き者は強き者によって淘汰されるこの国の形が、一体どこに民主主義があると言うのだろうか。否、答えは断じて否。頭の先から手足の末端まで死滅し、ただただ呼吸するだけで精一杯な国の形にそんなものがあるはずがない。だがそれも全てこのような態勢を作り上げたアメリカという国と、その犬に成り下がっている日本政府に問題がある。なら私が示して見せようこの国が進むべき未来のためにもな……』
気付けば中性的なはずの声音にあの少女の姿が浮き彫りとなっていく。
しかし、数時間前に会話した時のような人間性は、その一片たりともが淘汰されている。
翳りの中でぎらつく刃。
それを彼女は、ピアノの鍵盤を両手で叩くような乱暴さで振り落とした。
『今から私がこの日本を代表として、中華人民共和国とロシアに宣戦布告する』
「なっ!?」
それ以上声が出なかった。
会議室に居た女性達は眼を瞠り、男性陣は険しい顔つきで彫りの陰影を濃くした。
動揺は会議室だけに留まらず、この外務省という建物全体が文字通り職員達の不安と響動めきで揺れている。きっと、この国全体がそうなっているに違いない。
それら煽動に対する国民の反応を、まるで咀嚼するように遊ばせた後、さらに少女は……彩芽は、各地に灯った小さな火へ油を注ぐよう言葉を重ねていく。
『奴らはアメリカと裏で手を結び、大量の武器を密輸していた。見るがいいこの映像を!!』
暗転していた画面に真新しい映像が流れ出す。
中国各地で武器を密輸入している様子。
魔術による軍事実験。
対日本と無数に掲げた軍人達の訓練。
それらをパラパラとアルバムをめくるような気安さで表示させていく。
その中には……数か月前に潰したベトナム中国間の密造工場。そして、荒れ狂う鉄の巨人。チャップリンが操縦するグリーズの姿も映し出されている。
『しかしそれだけではない、アメリカは日本側にも武器を密輸していた。いや、密輸させられていた。武器を与えることで互いに正当性を持たせることで代理戦争を引き起こし、二つの国と密接にある立場を利用して軍需産業を求めようとしていたのだ。覚えているか?数か月前、まだ記憶に新しい東京タワーが倒壊した事故のことも。あれは実際に密輸した兵器を使用した者を隠蔽するために国が施した施策だ。断じて老朽化ではない』
論より証拠とばかりにこちらも確たる証拠となる映像類が流れ出す。
まさに国家機密のオンパレードだ。
しかしそれは予期せぬ形で、さきの俺の発言の裏付けともなっていた。
皆が生唾を飲み込むように画面を凝視しているのは、打ち合わせしたと疑いたくなるほど俺の発言の証明が次々と公開されているからだ。
あと少しでも公言が遅れていたら、俺が取り繕っても信憑性は皆無だっただろう……そう考えるとゾッとする。
脂汗が滲む額を拭う間にも、電波ジャックされた画面から中性声ががなり立てている。
『このままでは我々国民は他国の食い物とされて衰退の一途を辿るだろう。それでいいのか?このまま我関せずと逃げ出すのか?ちがう。我々は対抗せねばなるまい。中国にもロシアにも、そしてアメリカにも。故に私がこの戦艦を用いて手本を見せてやる。まずは隣国を灰燼としてやろう』
それにしても……この違和感はなんだ?
この電子機器から聞こえてくる台詞は支離滅裂のようで、言い知れない説得力のようなものがあった。
単に俺が今回のケースに深く関わっていたからではなく、眼に見えない何かが感情に囁きかけてくるような、心の内を見透かされた気分を誘発させることにあった。
現状を理解している俺やここにいる人間はハッキリと違うと言えるので、その違和感は粗末な問題にしかならない。
だがもし、これを何も知らない無垢な人々が視たら、一体どんな感情を抱くのだろうか……
想像もつかない一抹の不安。中性声がニヤリと画面の向こうで嗤ったのは気のせいではないだろう。
『もちろん君達にはやるべきことがある。それは、このような事態を引き起こした人物の粛清だ。アメリカの大統領と日本の首相。奴らはいま東京の防衛省で身を隠している。さぁ今こそ武器を取れ同志諸君。正義は我ら『ヨルムンガンド』にある!』
嫌な余韻を残して映像は終焉を迎える。
鼻で笑えるのならどれほど気が楽だっただろう。
大統領が生きていることも、彼らがここにいる情報も、どうやって知ったのかは重要ではない。
ドカァァァァァァァァァァァン!!!!!
そう、誰かが訴えるよりも先に変化の方から訪れた。
数か月ぶりだというのに、その特徴的姿を一目見ただけでアメリカでの激闘が鮮明に思い出されるような衝撃。
俺に限らず、因縁浅からぬロナも僅かばかり頬を強張らせていた。
「やぁやぁ、まだ生きていたんだね……フォルテ」
「……アルシェ、どうしてお前がここに?」
友人にでも挨拶するような気兼ねさで愛想を振りまくのは、ヨルムンガンドの構成員として敵対したアルシェ・マーリン。ヤールングレイプルの争奪戦に敗れた彼女は、アメリカで軟禁されていると聞いていたはずだが……
「それについては、私が紹介するよフォルテ」
疑問を請け負うようにして声を上げたのはベアードだった。
「彼女が本件におけるスーパーアドバイザーさ。幾つかの司法取引を経て、情報協力してもらっているんだ」
「そう、だから身構えなくとも結構。私にはもう敵対する意思もない。なにより今の環境には大変満足しているんだ」
まるでビジネスパートナーでも見るかのような淡い水色の瞳は、猜疑心を掻き立てられずにはいられなかった。
「本気か?そいつはかつてアメリカをめちゃくちゃにした張本人なんだぞ?それに、初めは大した情報も出さなかったくせに、いまさら都合が良すぎないか?」
「それは過去の話し。あの時は喋ると死ぬ呪いが掛けられていたからな。でも解除した今はその心配も必要ない。そんな私の事情よりも、今は組織として変化しつつあるヨルムンガンドを止めなくては……」
「変化しつつある?」
虚偽を感じさせない力強い言葉に、思っていたこととは別の違和感を覚えた。
「なんだその物言いたげな瞳は?フォルテは私のことをただのテロリストか何かとでも思っているのか?」
それ以外の表現の他に何があるというのだろうか?
心の内を覗いた自称マーリン・アンブローズの末裔は、人知れずイラっとした思いを軽い咳払いで誤魔化す。
「いいだろう。私のやるべき準備は全て終わったが、まだ猶予はある。それまで私達の活動目的を教えてやろう」
まるで、指揮者が伴奏を奏でさせるように改まって、近代の魔女が口を開こうとした刹那、何者かが会議室の外から駆け込んできた。
「た、大変ですぅっ!!」
「うぎゃっ!!?」
悲鳴にも似た叫び。
それは入室と同時に叫んだ女性と、開け放たれた扉に吹き飛ばされた魔女のものだ。
「あぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
ノックすることすら忘れて入室してきたのはスーツ姿の日本人女性。
歳は中年で伊部や川野より一回り年下でベアードと同じくらい。茶のセミロングを流した少し若作りなこの人物は、松下まり。さっき見かけた政務官は、二回りも年下でぐるぐると瞳を回す魔女に、キツツキのようなスピードで頭を下げていた。
「騒々しいぞ、松下君。一体何があったというのか?」
「申し訳御座いません……これを」
上司からの叱咤に怯むことなく差し出したのは小型タブレット。
「いま放送局全てを、あの戦艦が電波ジャックしてこんな映像を……っ」
どうやらテレビ放送を受信している機種らしいが、幾らチャンネルを変えても映る映像は真っ暗な画面ばかり。電源は確かに入っているものの、砂嵐といったノイズ音もない、ただただ闇のような空間が広がっているだけだった。
「ライブ配信で流れている映像を少し巻き戻し、初めから音声再生します」
俺が物理に弱い魔女を介抱するよう席に座らせてから、皆が食い入るように机に置かれた電子機器を見やる。
再生した映像は闇に包まれたままで音声だけが再生された。
『聞け、統治国家に支配される愚かな民衆諸君。私はかつてこの国に生まれた君達と同じ同士であり、そして、この国を救済する者だ』
圧のある中性的日本語。
機械処理が成されている合成音声は、まるで独裁者の演説のように語りを紡いでいく。
『諸君、この国は腐っている。かつては列強諸国と肩を並べる以上の力を有していた我々は、魔術の到来によってその国力を衰退させ、戦争にも敗れた。その結果が今の民主主義と謳う独裁国家の設立だ。平等と称して無垢なもの欺き、従順な洗脳を善として、純真に首輪を施す悪行。弱き者は強き者によって淘汰されるこの国の形が、一体どこに民主主義があると言うのだろうか。否、答えは断じて否。頭の先から手足の末端まで死滅し、ただただ呼吸するだけで精一杯な国の形にそんなものがあるはずがない。だがそれも全てこのような態勢を作り上げたアメリカという国と、その犬に成り下がっている日本政府に問題がある。なら私が示して見せようこの国が進むべき未来のためにもな……』
気付けば中性的なはずの声音にあの少女の姿が浮き彫りとなっていく。
しかし、数時間前に会話した時のような人間性は、その一片たりともが淘汰されている。
翳りの中でぎらつく刃。
それを彼女は、ピアノの鍵盤を両手で叩くような乱暴さで振り落とした。
『今から私がこの日本を代表として、中華人民共和国とロシアに宣戦布告する』
「なっ!?」
それ以上声が出なかった。
会議室に居た女性達は眼を瞠り、男性陣は険しい顔つきで彫りの陰影を濃くした。
動揺は会議室だけに留まらず、この外務省という建物全体が文字通り職員達の不安と響動めきで揺れている。きっと、この国全体がそうなっているに違いない。
それら煽動に対する国民の反応を、まるで咀嚼するように遊ばせた後、さらに少女は……彩芽は、各地に灯った小さな火へ油を注ぐよう言葉を重ねていく。
『奴らはアメリカと裏で手を結び、大量の武器を密輸していた。見るがいいこの映像を!!』
暗転していた画面に真新しい映像が流れ出す。
中国各地で武器を密輸入している様子。
魔術による軍事実験。
対日本と無数に掲げた軍人達の訓練。
それらをパラパラとアルバムをめくるような気安さで表示させていく。
その中には……数か月前に潰したベトナム中国間の密造工場。そして、荒れ狂う鉄の巨人。チャップリンが操縦するグリーズの姿も映し出されている。
『しかしそれだけではない、アメリカは日本側にも武器を密輸していた。いや、密輸させられていた。武器を与えることで互いに正当性を持たせることで代理戦争を引き起こし、二つの国と密接にある立場を利用して軍需産業を求めようとしていたのだ。覚えているか?数か月前、まだ記憶に新しい東京タワーが倒壊した事故のことも。あれは実際に密輸した兵器を使用した者を隠蔽するために国が施した施策だ。断じて老朽化ではない』
論より証拠とばかりにこちらも確たる証拠となる映像類が流れ出す。
まさに国家機密のオンパレードだ。
しかしそれは予期せぬ形で、さきの俺の発言の裏付けともなっていた。
皆が生唾を飲み込むように画面を凝視しているのは、打ち合わせしたと疑いたくなるほど俺の発言の証明が次々と公開されているからだ。
あと少しでも公言が遅れていたら、俺が取り繕っても信憑性は皆無だっただろう……そう考えるとゾッとする。
脂汗が滲む額を拭う間にも、電波ジャックされた画面から中性声ががなり立てている。
『このままでは我々国民は他国の食い物とされて衰退の一途を辿るだろう。それでいいのか?このまま我関せずと逃げ出すのか?ちがう。我々は対抗せねばなるまい。中国にもロシアにも、そしてアメリカにも。故に私がこの戦艦を用いて手本を見せてやる。まずは隣国を灰燼としてやろう』
それにしても……この違和感はなんだ?
この電子機器から聞こえてくる台詞は支離滅裂のようで、言い知れない説得力のようなものがあった。
単に俺が今回のケースに深く関わっていたからではなく、眼に見えない何かが感情に囁きかけてくるような、心の内を見透かされた気分を誘発させることにあった。
現状を理解している俺やここにいる人間はハッキリと違うと言えるので、その違和感は粗末な問題にしかならない。
だがもし、これを何も知らない無垢な人々が視たら、一体どんな感情を抱くのだろうか……
想像もつかない一抹の不安。中性声がニヤリと画面の向こうで嗤ったのは気のせいではないだろう。
『もちろん君達にはやるべきことがある。それは、このような事態を引き起こした人物の粛清だ。アメリカの大統領と日本の首相。奴らはいま東京の防衛省で身を隠している。さぁ今こそ武器を取れ同志諸君。正義は我ら『ヨルムンガンド』にある!』
嫌な余韻を残して映像は終焉を迎える。
鼻で笑えるのならどれほど気が楽だっただろう。
大統領が生きていることも、彼らがここにいる情報も、どうやって知ったのかは重要ではない。
ドカァァァァァァァァァァァン!!!!!
そう、誰かが訴えるよりも先に変化の方から訪れた。
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