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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

混沌が始まる日7

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 御大層な役職で実名を伏せたベアード。
 まるで、来れば嫌でも分かるとでも言いたげな態度にそれ以上の言及は止めた。
 下手に突っかかってさっきのような恥をかくのはごめんだからな。

「ベアード氏の言う通り、そうしたいのも山々なのですが、遅いですね彼女」

 資料をロナから受け取っていると、伊部は不安そうに壁の時計を見つめる。
 秒単位のスケジュールを気にする防衛省らしく、起きてから初めて見た壁時計には電子式の日付とアナログの針が十時を指していた。
 アイリスの言っていた通り、本当にあの死闘から数時間しか進んでいない。
 その少女はというと、椅子に腰かけた瞬間、電池が切れた人形のように瞳を瞑っては睡眠聴取スリープモードに移行していた。世界で一番堂々とした居眠りである。
 その潔さには溜息を通り越して唖然としてしまう。
 まさかこれは夢か?と疑いつつカップの淵に口を付けるが、黒々とした苦みと酸味がそれを真っ向から否定した。

「確かさっきの件で友人に連絡を取っていると言っていたな。通路で電話する彼女を見たから間違いないはずだ」

「では、先に話しを進めましょう。ロナさん、進行の程宜しくお願い致します」

 ベアードに応じて伊部がそう指示を出すと「かしこまりました。では僭越ながら」と、ロナは丁寧に断りを入れてから粛々と説明を始めた。





 戦慄を覚えたのは、映像が流れ出して数秒のことだった。
 数時間前に視た巨大な戦艦ヨトゥンヘイムとそれに群がる無数の戦闘機。
 ステルス機F35に搭載された空対空ミサイルAIM-120C/Dが放たれ、それを軍艦の高射砲Mk 45 5インチと推定されるバルカンが撃ち落す。爆風の雲に突っ込んだ機体が旋回し、今度はすれ違い様に機銃M61バルカンの一斉掃射を見舞うが、鋼鉄の巨壁を前にが着弾を拒むように弾丸全てを弾き飛ばしてしまう。武装を撃ち尽くしたF35がすり抜けていったのを、戦艦に備え付けられた口径太めの砲身がぐるりと自動追尾オートロックしつつ青白い光を射出した。
 雲すら円形に突き破る電磁砲レールガンと思しき魔弾は戦闘機を掠める。掠めた鉄羽が水が蒸発するように融解して弾頭に誘爆、撃墜にまで追い込んだ。
 幸い兵士は脱出装置が作動して難を逃れたようだが、見たことも無い武装に最新鋭機が蹂躙される姿は眼を疑う他なかった。
 だが、それら武装を動かしている敵の姿は甲板に一人もいない。
 機銃も砲撃も、全てが独りでに動いては敵を何人も屠っている。
 まるで……その戦艦が一つの生き物であるように。
 悠然と漂う巨大な戦艦くじらは、群がる戦闘機いわしへ悠然と猛威を振るう光景は、幾多の戦線を潜り抜けてきた俺でも息を呑むものだった。
 そんな。軍用の無人偵察ドローンが捉える戦闘の全容をスクリーンに表示させたまま、ロナが会議の進行を務めていた。

「この戦艦『ヨトゥンヘイム』は、本日未明東京湾に出現、武力行使、領空侵犯などを認め、現在はこれを撃墜するために各国合同作戦を展開中で────」

 最初の説明でもう既に嫌な汗がじんわりと背中に滲む。
 分かっていたことだが、あの戦艦は害を為す兵器として二国どころか三国共同して撃墜する。この会議はそういう話しの方向性で議論が進められている。
 しかし、それは同時にあの船内のどこかに囚われたセイナを見殺しにすることに他ならない。
 イギリスはそれを理解しているのか?と、この場にいる代表者セバスチャンに眼をやると、彼は何故か涼しい顔でこちらに微笑を返してくる。
 ポーカーフェイスか?それとも何か別に策があるのか?
 その微笑いみが全く理解わからなかった。

「推定全長約五百メートル、重量およそ三百トン。今日こんにちまでの飛空機体としては史上最大級の大きさを誇り、また、主力兵装である魔力を弾頭とした電磁砲レールガンを筆頭に、前例のない兵器を多数内包しており────」

 その真意を確かめる間もなく、スクリーンから投射された立体映像によってテーブルの上に出現した『ヨトゥンヘイム』の全体像。それを用いてロナは、流麗な口調でこれまでに観測された兵装について簡潔ながら丁寧に、初聴の俺でも分かりやすく解説していく。

「中でも厄介なのがステルス迷彩と魔力防壁。東京港連絡橋レインボーブリッジを壊滅させた際も、姿を見せるまでは自衛隊の陸対空レーダーJTPS-P14海対空レーダーOPS-24にも観測することができなかった」

「ちょっと良いか?」

 ジェイクが右手を上げる。
 発言権を譲るようにロナが話を切ったのち、彼は組んでいた足を解きつつ、前のめりに繁々しげしげとヨトゥンヘイムの映像レプリカを眺めつつ呟く。

「こんなドでかい物体を迷彩程度で隠すことなんて不可能じゃないのか?本来ステルス迷彩というのは姿こそ隠せど存在が消えることはない。人以下の小動物であれば話は別だが、あれだけ巨大なものが一度もセンサーに引っかからず、湾内まで侵入できたなどとは未だに信じられないのだが?」

 ジェイクの疑問はもっとも。
 俺の使用しているICコートがまさに当てはまるのだが、あれは姿こそ隠せるがセンサーなどには引っかかる。あくまで視覚的な迷彩であり、そこに存在している以上は赤外線などを透過することができないのだ。

「それはあの迷彩の造りが根底から違うことにある」

 答えたのはロナではなく、対面に座る川野氏だった。

「あれは周囲の風景に同化しているのではなく、艦全体を魔力の層で覆い隠している魔術迷彩。姿だけではなく、空気中に漂う現存魔力に周波数を合わせることでその存在を悟らせないようにしているのだ。だからレーダーのような風景の中で動くものに反応するものでは発見することができない。レーダーとは風景から逸脱した異物を見る道具であって、を疑うことはないからな。認めたくはないが、実際に触れること以外でその存在を認知できない迷彩は、最新鋭の国家技術と比較しても頭一つ分は抜けていると言えるだろうな」

 空気には誰も反応しないように魔力には反応しない。防衛大臣ということもあって兵器に対し明るい彼はそう締め括った。

「そうか、数か月前の大陸間弾道ミサイルICBM。アメリカテロ事件の時の警報が奴のものだとしたならば、その辻褄も合う」

 ベアードが独自の見解を述べつつ、同時に苦々しく眉間に皺を寄せる。
 数か月間のアメリカテロ事件。
 何故か回収できた神器『ヤールングレイプル』を巡るヨルムンガンドとの戦闘の際、突如アメリカに襲い掛かったICBM警報システムのアラート。結果としてミサイルは到来しなかったが、アメリカ上部より向けられたその銃口の位置を見つけることはついぞ敵わなかった。
 だがもし、あのヨルムンガンドの本拠地とされるヨトゥンヘイムがこちらに砲身を構えていたとすれば、それら説明の裏付けにもなる。

「その可能性は十二分にあります。断定はできませんがほぼ確定とみて差し支えないかと」

 同調する形でロナが肯定する。
 アメリカや日本ですらその接近に気づけない戦艦。
 どうりでヨルムンガンドが活発に活動しておきながら、一度もそのアジトを捉えることが出来なかったわけだ。

「それにこれには別のメリットもあり、それが先ほど申した魔力防壁です。魔力と同化するということは即ち大量の魔力を保有するのと同義です。それを有効活用するようにヨトゥンヘイムはその圧倒的魔力を盾として使い、防壁を展開しています」

 サンプルとして出されたスクリーンの映像は、さっき見たステルス機F35とヨトゥンヘイムの戦闘の場面。旋回したF35が放ったM61バルカン砲がヨトゥンヘイムに触れることなく、何もない中空で水面を打つ雨粒のように弾けた。
 雨粒は銃弾。水面は展開された魔力の防壁、弾ける様子は運動エネルギーが緩和されたことを表している。
 魔力というのは万能の素材だ。
 become何物 anythingにもなりbut何物nothingにもならない
 その当たり前が人々の常識であるように、火、水、土、風、神羅万象のみならず、時として魔力は人の理解には及ばない効果を発揮することもある。
 例を出すなら竜の殺気がまさにそれだ。
 彼女の殺気おもいに反応した魔力は空間の歪みを生じさせ、最期に至っては詠唱魔術すら使用せず、剣術のみで絶対斬殺距離結界を生み出していた。
 他にも神の加護は魔術が意図的に変化させられたものであると、以前ロナから聞いたこともあった。
 しかし、そうした非現実的現象よりもっと人々に身近な二つある。
 それは自然治癒と魔力防壁だ。
 自然治癒は魔力によって身体異常を助ける抗生物質みたいなもので、『末期癌患者が感動する出来事に直面した後、綺麗さっぱり腫瘍が無くなった』なんて話しはよくあることで、あれは意図しない魔力が身体の悪い部分を代わりに吸い取ってくれた、というのが最近の研究で判明している。
 魔力防壁は魔術に長けた者が扱う最も有名な防護術であり、対魔術戦では欠かせない代物だ。それができない俺はこうして対魔防効果のある八咫烏ヤタガラスを羽織っているのだが、魔術戦は通常、自身の魔力を扱って防壁を作り、さっきの抗生物質と同じ要領で害の無い状態に変換し威力を緩和させる。
 簡単に言うと防弾チョッキと同じだ。
 拳銃弾程度低位魔術なら防げるが、ライフル弾上位魔術は威力を殺しきることができず貫通してしまう。
 あの戦艦の場合はその圧倒的魔力からバルカン砲それ以上の威力を防いでいるが、ミサイルさらに上位に関しては防げないらしく、映像で見たような固定機銃による対空迎撃をしているらしい。
 ちょっとやそっとでは撃墜できない程の潤沢した装備群だが、それでも政府の見解は当然撃墜一択だ。
 それも生半可な方法ではなく、どっちかが滅ぶこと必死な全力投入も辞さない姿勢。
 とても迎撃を待ってくれるような状態ではない。
 俺は内心で複雑な気分となっていた。

「と、これだけ聞くと手の打ちようが無いように聞こえますが、デメリットもあります」

 焦燥感に駆られる俺とは別、仕事に集中するロナは生真面目な口調を崩さず、話題の転換期を表すように赤いリムへ手を当てる。

「ステルス迷彩は攻撃する時は使用できない。これは通常の光学迷彩と同様で音や衝撃によってセンサーに引っかかってしまうことが原因と推測されます。また、我々がヨトゥンヘイムに付けた位置情報によってその効果は結果として無効となり、もう奇襲を受けることは皆無であると断定できます」

 アイリスが付けたマーキングによって常にGPSが表示された状態にあるヨトゥンヘイムは、例えステルス状態でも怖くはない。それは理解できる……のだが、一つ解せない。
 ならどうして、ヨトゥンヘイムはリスクを冒してまで姿を晒したのか?
 それほどまでに彩芽は必要だったから?それともセイナが欲しかったのか?
 何か別の理由があるのでは?と、一人悩む合間にも議論は続けられる。

「動力源が未だ不明のヨトゥンヘイムの速度は約六十キロ前後であり、新潟沖佐渡島を過ぎて日本海に出るまで約八時間を要し、今も目的は不明ながらも日米両国空軍が撃墜に向けて奮闘している状況が続いています」

「そう言えば聞こえこそ良いが。打つ手が無いと言うのも否定はできない」

「それに関してはいま打開策を────」

 そんなロナと伊部、ベアードなどが議論する最中、不意を突くように川野が口を開いた。

「やはり……核を使う準備を────」
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