SEVEN TRIGGER

匿名BB

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

混沌が始まる日5

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 室外と切り離された仄暗い室内に明滅するスクリーン表示。
 その脇には見慣れた銀髪の少女が楕円形のテーブルを囲む御仁方に何やら説明をしている様子。
 まるでプレゼンでも披露しているかのような光景に見えなくも無かったが、その折、立てこもり犯の室内に突入するくらいの気概で入った俺のことを、楕円形のテーブルを囲んだ人物達がこちらを一瞥することで一時的に会議が中断されてしまう。
 彼らの視線を睥睨してみると、ある人は待ちかねたように、ある人は悩みの種に頭を抱えるように、その反応もまちまちだ。
 思わずバツ悪く苦虫を噛み殺してしまう。
 ハッキリしない意見に自身の置かれた状況を把握できたのは僥倖ぎょうこうと捉えることもできるが、何とも気まずいことこの上ない状況に変わりはなかった。

「ようやく来たね。ダー……フォルテ」

 最初に声を掛けてくれたのは、スクリーン横で会議の進行を務めていたロナだった。今は仕事モードらしく、身体の線がハッキリとしたタイトなネイビースーツに身を包んでおり、白のワイシャツと赤ネクタイはどこかパリッとした印象を与えてくる。
 俺を見て『ダーリン』と一瞬だけ素に戻りかけた彼女は軽い咳払いを挟んでから、キリリとした様子で掛けた赤い下リム眼鏡を調整しては平静を保っている。
 よく見るといつもはツインテとなっている髪も朱色のシュシュで一纏めおさげにしてあった。

「あれだけの戦闘を繰り広げた後だというのに、今回は随分と早いお目覚めじゃないか」

 魔眼を使用すると寝込む癖のある俺へと少し皮肉交じり告げたのは、相変わらず眼がチカチカするような派手派手のワインレッドスーツを着崩したジェイクだ。
 大統領暗殺事件より連絡が取れない状況にあったが、どうやら彼は生き延びていたらしい。
 そんな彼がケラケラとこちらに笑いかけるのに対し、待ったを掛けたのは向かいに腰掛ける初老の男性だった。

「これのどこが早いんだジェイク殿。がっつり朝の九時まで熟睡など、私が防衛大臣に就いてから一度もしたことが無いぞ。それに起きていればこうして東京タワーにイギリス大使館、果てはレインボーブリッジまでも粉砕し、ついでに私の胃の腑も破壊するような男など、ずっと眠っていてくれた方がよかった」

 早口でぼやき散らすのは、先の医務室で見た日本の防衛大臣、川野小太郎その人である。
 ハンカチで汗を拭うその表情は口調に反してやつれており、兵器、自衛隊などに関してまず第一の『トップ』となる彼は、ここに来るまでの間にも様々な問題に悩まされていたであろう。その様子がひしひしと伝わってくる……が、だとしても風評被害だ。
 抗議しようとした矢先、その言葉へ即座に反応したロナと、あろうことかアイリスまでもが文句ありげにジト目で殺気を飛ばしている……こらこら。
 自身が怒るよりも先に友人がそれ以上にブチギレて逆に冷静になるというあれに陥った俺が、川野氏に悟られる前に何とか二人を宥めるべく眼で牽制している最中。

「まあまあ、それはもう気にしないということでさっき話しを纏めたじゃないか川野君」

 先に異変に気付いた川野氏の隣に座る男性が素早くフォローに入っていた。
 伊部昭三、日本の内閣総理大臣。
 日々あらゆる舌戦を制したきた彼は、内なる本心を当たり障りのない笑顔かめんで隠しつつ、その場の空気を穏便に保とうとしてる。

「君の言った通り、全ての事件において確かに彼は関わっていた。でも破壊することに関与した部分はなかったと、さっきロナさんからも詳細を確認したじゃないか。それで誤りないですよね?フォルテさんも」

「あ、あぁ……はい」

 問い返されて僅かに口籠る。
 気兼ねなく話しかけられたことに驚いたのではない、僅かだが、本当に僅かだが、破壊に関与した後ろめたさがあったからだ。
 ほんの数舜、誰にも悟られないように眼を動かすことなくスクリーン側を視野に入れると、ロナからも『問題ない』と目配せを受ける。
 どうやら、はそういうことになっているらしい。
 口は災いの元、余計なことには触れないでおこう。

「私だって分かってますよ総理。ですがこちらは、あの事件で他の方々に支障が出ないよう煩いハエ共マスゴミ全てを引き受けたのですし、愚痴の一つや二つくらいは言わせてくださいよ……」

 うわー一般人に聞かれたら大スキャンダルになりそうなこと口走ってやがるよこの人……
 川野さん、ちょっと口が悪すぎないですかね?
 でも裏を返せば、会議室内ここではそれだけ秘密が保持されているとも取れなくもない。

「こちらの不手際、誠に痛み入ります」

 ロナの慇懃無礼な謝罪を受けて、少しだけ気を持ち直したらしい川野氏が言葉を切るように深い嘆息を漏らす。
 馬子にも衣装というやつで、完全仕事モードのロナは行動一つ一つとっても折り目正しく、少女の可愛いから女性の美しいに印象を変化させている。
 見ている者(主に男性)に心のゆとりを授けてくれるような美貌。普段のだらしないソファーにキャミとパンツに腹丸出しで寝ているところとか、そんなの知ったら川野氏はきっとショックで卒倒するのだろうな……

「まあまあそんな畏まらずとも、アメリカ政府からはあの戦艦の位置情報を提供して頂いている訳ですし」

 本来であればもっと堂々とするべき伊部総理は、日本人特有の他人の顔色を窺いつつ、周囲の温度が沸騰しないよう計らってくれている。

「それにフォルテさんのおかげで再びこうして各国共同するきっかけを作ってくださったのですから」

「俺のおかげ?」

 その気遣いは、今の状況に当惑している俺へも向けられる。が、そんな自覚は微塵も無いのでついそんな反応で無下にしてしまう。
 しかし伊部は真面目に逡巡しつつ、すぐさま「あぁ、そういうことでしたか」と、得心したようにちょっと大げさに頷いて見せた。

「フォルテさんは未だどういった状況なのかを理解されていないということでしたか……いやはやこれは失礼。ちょうど席を立った方々もいることですし、現行の会議内容も含めてご説明いたしましょうか」

 朗らかな笑みが指し示したテーブルの上、空席となっている数カ所には人が居たことを表すコーヒーからは沸き立つ湯気の尾を宙に漂わせている。



「まずは改めて感謝を、フォルテ・S・エルフィー殿。そして同時に多大なるご無礼、失態について謝罪をさせて頂きたい。今回の件は誠に申し訳なかった」

 何の前触れもなく急に総理が頭を下げた光景に、会議室の空気が凍り付いた。
 俺に限らず、ロナやアイリス、ジェイクまでもが息を呑むその行為は、一国の長が、国際指名手配されている(させられている)人物に向けてする行為ではない。

「おいおい、顔を上げてくれよ。俺なんかにアンタが頭下げちゃあここで働いている連中に示しがつかないだろ……」

 フロストガラスに区切られた会議室の中身には幸い外部の人間に認知される畏れこそないが、一体どこの世界に防衛省で総理の頭を下げさせる脚本が存在するだろうか?そんな三流シナリオは現実では絶対に起こりえない現象に他ならなかった。
 しかし何故だろう……以前にもどこかの大統領に似たようなことを告げた気がする……

「ふん、それが判っているなら素直に総理の謝罪を受け入れたまえ」

 唯一、この状況をあまり面白いと感じていない人物。机に肘着いては手には顔を乗せるという横暴とも取れる態度のまま川野氏はぼやいた。

「これはこの場でできる最大限の信頼の証だ。あくまで形を取り繕った上でのものだから、ジジイの頭頂部に悦を見出すような変人でないのなら、さっさと受け取ってしまえ、フォルテ・S・エルフィー。そうでないと一向に話が先に進まん」

 身も蓋も無い。
 それを聞いたアイリスが嫌悪を表すように、普段から鋭い視線をカミソリのように顰めている。
 元より川野小太郎という人物は歯に衣着せぬ言動で問題をズバズバと解決する、政治家にしては珍しいやり手であり、その実績も折り紙付きだ。
 俺としては比較的好きな部類のタイプだが、いざ実感するとまさにその言葉が辞書の説明に書いてあるくらいしっくりくる。
 しかし、日本中の誰しもがどよめく総理に対する態度は、単に敬意を払っていないのではなく、川野は伊部がそういう男であると熟知した上で信頼を寄せているのだと理解わかってしまう……
 俺がベアードに対してそうであったように。

「まあまあそうカリカリしないでくれ川野君。どんなことわりも形から入ることは極めて重要な要素の一つだ。これまでの説明をする前に我々の意志を予めハッキリとさせておかないと、彼らに要らぬ誤解を与えかねないからな」

 伊部ジジイはもっと否定すべき点に触れることなく「さて……」と話の口火を切り出した。

「まずは今回の事の発端である『大統領暗殺事件』。本来であれば我々は互いに協力すべき間柄にありながら、敵の思惑通りに分断されてしまった」

 事実を再認するような呟きに、この場の誰れもがそれに否定の意を示さなかった。
 彩芽に、ヨルムンガンドに、俺達はまんまと嵌められた。
 その事実は否定したくても否定できない事実だ。

「凶弾に倒れた大統領と王女様により、自国以外敵として見做さなければならなかった二カ国。それらを守り通すことも叶わず、剰え我々自身も敵の幻影にかどわかされる拮抗状態。そんな敵が誰か分からない手探り状態の中、唐突に届いた一報が『犯人である男を捉えることに成功した』だった」

「それに関しては我々も一報が入ったよ。まぁ、あくまでニュース程度の拙い情報だったがね」

 話しを聞いていたジェイクが補足するよう呟いた言葉に、「うむ」」と伊部は相槌を挟む。
 確かイギリス政府側も似たような状態であったことを、大使館前でセイナから聞いていた。

「しかし、その確たる情報とは裏腹に、私の方にはその詳しい情報が一向に届かなかった。いくら警護が厳しくなっていたとはいえあれは異常だ。まるで私を過保護扱いとしつつ蚊帳の外に追いやるような……しかし、川野君のような絶対的信頼を寄せる者が当該事件の対応で困窮している最中、私一人の安直な考えで動くこと敵わず、結局対応が後手にばかり回ってしまっていた。フォルテ君が例の地下施設に閉じ込められていたとはいざ知らずにね……」

「そのための謝罪ってことか」

 ここまでの状況説明を簡潔に纏めると、ただの失態に対する言い訳。
 元を正せば彼らは大統領を護れば良かったものを、前後問わず対応はガタガタ。
 おまけに俺は濡れ衣で苦渋の三日間を味合わされていた。
 さっきの伊部の謝罪はそのことに対してと知って、つい俺の口調にも剣呑としたもので角が立つ。

「いかにも。かつて私の前総理前任が追放した少女が政府及び警察にもたらした毒。それがここまで未曾有な損害を生み出すと予見しきれていなかった責任。今回は運よく独断専行してくれた公安部部長のおかげで今もこうして君達の前で醜態を晒せる程度には事なきを得ているが、弁明する権利は当然無いと理解している。しかし今はそれらを悔い病む暇もないことも事実。開き直りと言って差し支えないことは重々承知だが、どうか今はこの拙い謝罪を聞き入れて欲しい」

「────っ」

 都合が良いにも程がある。
 そう口にしかけたところで、ふと感じた違和感が俺の意識を引っ張った。
 俺以外の周囲の人間の反応が、あまりにも簡素だったことだ。
 ここまでの話しを俺以外の連中は既に聞いていたとはいえ、どうしてそんな平然としていられるのだろうか?
 恨み言の一つや二つ呈していてもおかしくないというのに、伊部たちはおろか、ジェイクとロナ、アイリス達の反応すら非常に淡泊だ。
 それはまるでニュースに流れてきた赤の他人の情報でも見ているような冷たさで、とても自分達が仕えていた主が死んだとは思えない軽薄さは、見ていて苛立ちすら覚える程だった。

「俺のことはどうでもいい。どれだけの苦渋も辛酸も、生きているのなら幾らでも耐え抜いてみせる。だがな……死んじまったらそれすら感じることができないんだ……ッ!」

 死んだ者は還ってこない。
 こんなことは言ったって時間の無駄だ。
 俺にとっての冷静である部分りせいがそう告げていたが、一度口走ってしまったらもう止まることはない。
 そんな怒りに打ち震える喉で漏らした思いに、会議室に居た全員が唖然としていた。

「フォルテ?」

 キョトンとしたロナがいつもの調子で瞳を瞬いている。
 仕事モードに入っている彼女でさ『素』に戻ってしまうほど、今の俺は平常心を忘れていた。
 このあたりずっと戦い尽くめで、その死を弔うことも、手向けの言葉すら送ることができていなかったうえ、大事な師を二度も失い、加えてパートナーまでも失いかけている。
 一つでも精神を苛む出来事がこうも立て続けに起きれば、その怒りもまた必然。仏ですら三度までしか恩情を与えてくれないのだ。俺が三度も耐えられるはずが無かった。

「アイツは常に自身よりも人々のことを想い、その矜持いきかたを曲げることは一度もなかった。例えそれがどんな苦しい状態でも決して投げ出すことはなかった。そんな偉大な男の最期がこんなにも呆気ないとは寂し過ぎるじゃないか……幾らもうベアードに声が届かないからといって、俺に謝罪したって何も変わらない」

 独り熱くなる俺に、ようやく違和感の正体に気づいた皆が口を僅かに開いていた。

「フォルテ。その……」

「言うなアイリス。俺だって分かってる。皆がこの危機的状況の中で前を向こうとしているってのに、俺一人が子供じみた駄々をこねていることも……でもアイツは、ベアードは俺にとって大切な……」

 友人だったんだ。
 それ以上の言葉が続かなかった。
 言葉を遮られたアイリスは、いつも以上に気難しい表情で何やら思案している。
 伊部と川野は気まずそうに顔を見合わせ、ジェイクは感情を悟られないように目元を手で覆い、悲しみに巨躯を小刻みに震わせていた。
 ようやく賛同してくれる者が現れたことに昂る感情は、本来なら気づくべき変化や違和感を盲目とさせる。

「あのねフォルテ……実を言うと……」

 これ以上はまずい。
 ロナは内心で焦っていた。
 それは彼女が進行役として、これ以上俺が感傷に浸ることは会議に影響を及ぼすから……ではなく、かなり前より浸透していた勘違い……それがここにきて大火傷になると目に見えていたからである。

 コンコンコン。

 小気味いいノック音に気づかず熱意を振るっていた俺の背後で扉が開き、その人物が会議室に入ってくる。

「────待たせてすまない。しかし伊部君、会議室からもう少し近くにトイレを設置できなかったのか?おかげでだいぶ時間を……って、そこで何しているんだいフォルテ?」

 俺に声を掛けてきたスーツの人物は、紛うことなきアメリカ大統領であるガブリエル・ベアードその人だった。
 彼はハンカチで手を吹きつつ、熱い男と評論していたのとは裏腹の間の抜けた声を漏らしていた。

「べ、ベアード!?どうして……死んだんじゃなかったのか?」

 死人が突然現れて眼を白黒とさせる俺と、その光景に首を傾げるベアード。
『間に合わなかった』と嘆くロナの溜息が漏れ出た瞬間、ずっと悲しみではなく笑いをこらえていたジェイクの声だけが小さな会議室を占拠した。
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