SEVEN TRIGGER

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

幻影の刺客《シャドーアサシン》6

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「フォルテッ!!」

 セイナの金切り声を掻き消す、ガチンッ!と鉱物同士を叩いたような巨音が執務室に鳴り響いた。

「……な、なに!?」

 確かな手ごたえを感じていたクリストファーが、虚を突かれて思わず本音が漏れる。
 身体の回転と共に振り抜いた一撃は、身を真っ二つにするどころか途中で動きを止めていた。
 逆手に持った俺の小太刀によって。

「残念だったな」

 ニヤリと俺の口から笑みが零れる。
 挑発に乗って振り抜いた一撃。
 一見感情的に振るったそれはブラフで、実際にはそれほど力は込めていなかった。
 クリストファーがさっきから無駄に挑発を繰り返していたのは、おそらくこちらのミスを誘うためであり、俺は敢えてそれに乗ったと見せかけ奴が隙を見せるのを待った。
 幻影の殺意を籠めた一突きのあと、軽くバックステップさせながら小太刀を引き戻す。
 逆手に持ち替えて刃の峰を義手に添わせ、半身に力を蓄えることで重撃を片腕で受け止める。
 必殺の一撃を防がれ、悪態を付いたクリストファーが咄嗟に飛び退ろうとするのを、俺は空いた右手でスーツの下襟ラベルを掴んで逃さない。
 銃で撃つことは容易いが、それを抑えてわざわざ掴んだ理由はただ一つ。

「おらあぁッ!!」

 無理矢理引き寄せた右手と、力任せに振り被った頭がクリストファーの顔面を直撃する。
 種も仕掛けもないただの頭突きヘッドバット
 しかし、俺の石頭から繰り出される一撃は、巨岩を砕くほどの折り紙付きだ。

「ガハァッ……!」

 綺麗な鼻頭をひん曲げるような鉄槌に、あれだけ強がっていたクリストファーも悶絶せざる得ない。
 でも、まだ許さない。
 鼻血を垂らしながらグラりとふら付いた身体を、襟を掴んでいた右手で無理矢理保ち、俺はさらにもう一撃をお見舞いする。
 それから何度も、何度も、何度も、何度も……
 執務室に、トンカチで岩を殴るような重低音が木霊する。
 俺を見下ろしていたクリストファーの頭が、打ち立てられる釘のように徐々にその高さを失っていく。

「グ……ァ……やめ……」

 白いキャンパスに赤い絵の具をぶちまけたような顔になってクリストファーが懇願する。
 膝の折れた身体には既に力が入っておらず、重いブロードソードはだらしなく部屋の絨毯にその刃を寝かせている。
 穢れた血で濡れた額を拭いつつ俺が納刀したのを見て、ようやくこの苦痛から解放されると安直な考えに至ったクリストファー。
 もちろんそんなわけがない。

「え……何を……貴様……」

 風通しの良くなった歯の隙間からピューピューと荒い息遣いを洩らすクリストファーの両頭部を鷲掴みにし、装飾の煌びやかな天井が見えるほどに俺は自身の額を向けた。

「やめろぉ……これ以上は死んでしまう!もう許してくれぇ……何でも、何でも言うことを聞くからぁ」

「止める訳無いだろ。少なくとも俺は三日間もこの苦痛を受けたんだからな。それよりもよーく噛み締めとけ、これがお前が散々悦として扱ってきた人々の苦痛の味だぁ!!」

「や、やめろおおおおおおお!!!!!」

 頭蓋が割れる感触。
 振り落とされた最後の頭突きが地響きのように執務室を揺らす。

 流血した額と眼を剥いた放心で、クリストファーが絨毯の上に頽れた。



「もう……やり過ぎよフォルテ」

 決着とみたセイナが背後から駆け寄ってくる。

「そうか?このクソ野郎にしては結構軽めにしたつもりなんだが」

 額に付いた薄汚い血を払いつつ俺が唇を尖らせると、セイナはかぶりと共にポニーテールを左右にゆさゆさと振る。

「そうじゃないわ。アンタさっき言ったじゃない……アタシが殴る分を残しておくって。でもこれじゃあ、殴るのはまた別日になりそうだわ」

 倒れたままのクリストファーに皮肉を述べたセイナと顔を見合わせては微笑み、俺達は作戦の成功を称してハイタッチした。
 その眩しい笑顔を数日振りに取り戻したことに、言い知れない幸福感のようなものを感じていると……

「ま、だだ……まだ、敗けてない」

 亡霊のような嘆きが足下より発せられた。

「止めとけ、お前の力じゃ俺はおろかセイナ一人にも手も足も出ないぞ」

 先の叫びで生じたアドレナリンであまり痛みを感じていないかもだが、頭蓋を砕き割ったのだ。そうそう動けるものではない。
 それでもなお蠢く往生際の悪さに、勝手に死なれても困るからと俺はしゃがみこんだ。

「分かった教えてやるよ。お前じゃ勝てない理由をな」

 いちいち説明してやらんとならない面倒さに、正直早いとこ援軍が来る前に逃げたい俺は嘆息しつつ口を開く。

「一つ、お前はセイナよりも強いと言ったが、それはあくまで昔の稽古での話し、実践童貞のお前の剣術なんて手に取るように読める」

 太刀筋は人となりを体現する。
 認めたくないが、コイツの剣術は性格に反して美麗な線のように小綺麗だった。
 それは、いかにも習い事で極めました。と言わんばかりの。
 故に実戦経験の無さが起因して、どれだけ威力を誇る一撃を振るおうとも、それと共に心の内まで駄々洩れになってしまってはお粗末極まりない。
 結果、裏の裏を掻かれて俺に反撃を食らったのだ。
 もしこれが仮にセイナだとしたら、俺はさらに裏ないし敢えて表を取っていただろう。

「一つ、お前はお前のためにしか戦っていない。それでは護るべき者のために戦う者には勝てない」

 国の未来を案じていたクリストファーの言葉には、セイナが思う国民に対しての思いが込められていなかった。
 あくまで自分が認められることのみ固執しているような……そんな強迫観念めいたものだ。
 だが、それでは護るものに戦う者には勝てないと、そう言った師匠の受け売りではあるが、俺もセイナを…他の仲間達を護るために戦っている手前敗けるわけにはいかない。

「そして最後もう一つ。お前は俺に喧嘩を売った。それだけだ」

 言い終えると、クリストファーを動くのを止めた。
 止めたというよりも動けなくなってきたのだろう。
 代わりに未だ衰えない差すような眼光だけがこちらに向けられている。

「何も……知らないくせに……私がこれまで、虐げられ、ここまで来るのにどれほど努力したか……」

 ドロドロとした鍋底で煮詰まって凝り固まったような憎悪。
 その厭悪えんおに再び口を開こうとした俺を、セイナが片手で制した。

「それでも、他人を蹴落とし、貶めていいものではないわ。特にアタシ達のような貴族は人々の見本となる生き方をしないとならない。道を踏み外した時の道しるべとなるためにもね。でもきっと、アナタにはそれが無かったのね……幼くして親族を失ったアナタには……」

「なっ……!あ……」

 憐れむセイナにあれほど憤っていたクリスが拍子抜けしたように言葉が出てこない。
 母を傷つけられ、本来ならば憎悪を返されて然るべき相手にそうされては誰だってそうなる。
 おまけにそれを素でやっているところが痛い。
 たった一言で、この少女と青年の格は決定されてしまったのだから。
『汝の敵を愛せよ』とは、最高の屈服マウンティングなのかもしれないな。

「何よ?」

 うわー……とえげつない精神攻撃に引きつる俺を見るや、セイナが怪訝そうに片眉を吊り上げる。
 ここで本音を口にすれば、肉体的に暴力マウンティングされかねない俺は、言葉を選ぶように視線を泳がせた。

「道しるべ、か……天涯孤独の俺は誰を頼ればいいのかと思ってな」

 不老のこの身体にとってそれは無縁なことであると、まるで屁理屈のように聞こえたかもしれないその言葉を吐いたことに、俺は僅かばかりの後悔を覚える。
 それにセイナは押し黙った。
 怒らせてしまったか?と視線を落とすと、彼女は怒りも、ましてや憐れむ様子でもない、何やら少し落ち着かないといった様子で髪を遊ばせていた。

「……そんなの……アタシを頼ればいいじゃない」

「え?」

 小さくて聞き逃してしまった俺に、彼女はプルプルと震えている。
 白いブラウスから覗く彼女のうなじは、血液の流動を示すように桜色に染まっていた。

「だから……誰もいないってなら、アタシを頼ればいいじゃない……このバカ」

 消え入るように呟いた後にカァァァと肌が紅潮する。
 その思いを告げることは、彼女にとって素肌を見せるくらい恥ずかしい行為だったようだ。いや、もしかするとそれ以上か。

「お前……」

 素直に驚いた。
 セイナが俺にそんなことを言ってくれるなんて。
 その実感がないことに戸惑いを覚えたが、それでもやっぱり嬉しい。

「ありがとな」

「~~~っ!」

 感じた思いをそのまま言葉にすると、セイナはビクンッ!と電流が走ったように一度身体を震わせた。
 嬉しさを噛み締めるように。
 どうしてか不意に、小柄なこの少女を目一杯抱きしめてやりたいという衝動に駆られた。
 心のうちに収めることのできなくなった思いが、王女でも、相棒でもなく、このたった一人の少女を全身で感じたいと。

 ドゴオオオオオンッッッッ!!!!

 窓外で爆散した車が宙を舞い、執務室の窓ガラスに強烈な爆風の波動が押し寄せていた。
 他にも雑多な叫喚やら怒号が蔓延はびこっている。
 突入してからまだ十分も経っていないというのに、自身がここへ襲撃に来たことをおざなりにしてしまうところだった。
 こんな時に俺は全く……
 心惜しい気持ちをグッと堪え一つ息を吐く。

 別に今せずとも、この作戦が終わった後で幾らでも抱きしめることはできる。
 何度も唱えるように自身へ言い聞かせていると、胸を掻き立てる衝動は鳴りを潜めていった。

「引き上げよう。セイナ」

「……うん」

 ぎこちなくも短くやり取りを済ませ、俺が生き証人であるクリストファーを抱えようとした時だった。

 パリィィィィィィィィン!!!!

 執務室の朝日を映し出していた巨大な三面窓の一つが割れた。
 ロナが仕掛けた爆発の余波ではない、たった一発の銃弾によって。

『ボクじゃない。フォルテ』

 口数の少ないアイリスが告げた一言に、俺とセイナは反射的に臨戦態勢に入る。
 脱出のためにアイリスが破壊したのではないとすれば、この場所を撃てるのは建物前の広場のみ。
 そして、自分達の上役が居る執務室を撃つ人物はこの建物所属の人員にはいない。
 なら簡単だ。俺達でもイギリス所属でない第三者の組織。
 言葉を交わさずとも、互いにそれを瞬時に判断して武器を向けた窓際に、何かが────朱い絨毯に舞い散ったガラス片を踏みしめた。

「はは、ははははは!!!」

 古ぼけたラジカセのような、耳障りな音が地より響いた。
 何かに気づいたクリストファーが突然、壊れた人形のように嘲笑をあげだしたのだ。

時間切れタイムアップ。お前はここで終わりだフォルテ」
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