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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
幻影の刺客《シャドーアサシン》5
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「いやはや驚いたよ。まさかあの穴倉から這い出てくるなんて……一体どんな手品を使ったのか、是非とも聞かせて欲しいなぁフォルテ・S・エルフィー」
退路を断たれても尚、そのニヒルな表情をしていられるのは己の実力に自身があるからなのか、それとも単に強がっているのか。
「それに……セイナお嬢様まで一緒とは、概ねその男に唆されたのでしょう。ほら、今なら許してあげますから早くこっちへ来て下さい」
「嫌よ」
気取った態度を崩さないクリストファーに俺が噛みつくよりも先に、痺れを切らしたセイナが一歩前に踏み出した。
「アンタみたいな、私利私欲のために他者の命を何とも思っていない人の言葉なんて聞きたくないわ」
「一体何を仰っているのでしょうか?私は────」
「とぼけても無駄よ、全部フォルテから聞いたから。アナタが裏でヨルムンガンドと通じていたことも、今回の騒動に関与していること。そして……ベアード大統領を毒牙にかけ、エリザベス三世を……アタシの母までも暗殺しようとしたことの全てを」
それを聞いたクリストファーは少し驚いたようにほんの僅かに眉を動かした。
「セイナお嬢様はその男の言うことを信用なさるのですか?親族である私の言葉ではなく、その犯罪者の虚言を」
「えぇ、フォルテがそんな下らない嘘を吐く人物ではないことは、この数か月過ごしてきたアタシが一番よく知っているわ。何よりそういうアナタこそ、これは一体どういうことかしら?我が物顔で居座っているこの場所は本来、アタシの両親が使用するお部屋のはずだけど」
それを聞いた俺は思い出した。
この部屋はイギリスで見たエリザベスの書斎と造りがほぼ同じであることを。
既視感の正体と、セイナが普段見せない程に怒りを露わにしていることに合点がいく。
この部屋は皇帝陛下と女王陛下のための執務室であり、それをさも当たり前のようにクリストファーが使っていることは本来有りえないことだ。
そのことを咎めるように睨み付けるセイナを、クリストファーは何度か思案するように様相をみせたが……
「はぁ……」
とうとう面倒臭くなったように溜息を漏らした瞬間、クリストファーの眼が変わる。
人を見下した、セイナの前では一度も見せなかった表情。
「全く、黙っていれば妹と同じように可愛かったものを」
「……っ!」
数日前に出会った俺とは違い、数十年前からクリストファーのことを知っているセイナはショックを受けたように顔を強張らせる。
それでも決して食い下がることなく、闘志を宿した瞳は数舜たりとも逸らしていなかった。
「どうして……どうしてこんなことを……ッ!?」
「どうして?生温いからさ!君の両親のやり方は」
本性を露わにしたクリストファーは、まるで堰を切ったかのように暴言を巻き散らす。
「ちまちまと古いやり方ばかりで、どんな政策でもやれ信頼だのやれ尊重だのと下らないことばかり。俺がトップになればもっと利益率や金儲けで人々を幸せにすることができるってのに……ずっと目障りだったんだよ、お前の両親が!」
「そんな……たったそれだけの理由でお母様に手を掛けたの?」
「そうさ。皇帝陛下が不在のこの状況下で奴さえいなくなれば、未成年のリリー王女ではなくこの私がトップとして政策ができる。そうなれば後はこっちのものだ。どんな方法でも結果さえ出せれば人々は俺を支持するからな」
全く悪びれない様子のクリストファーに、燃え滾る怒りを内に宿しているセイナは火山のように憤激寸前だ。
握り締めたグングニルにも力が入る彼女は、今にも猪の如く飛び出すギリギリのところで踏み止まっている。
だが、それに気づいているクリストファーはニヤリと口元を歪めては挑発するように────
「それとも、もっと真面な理由が御所望でしたかな、セイナお嬢様」
「……ッ!このッ!」
「待て」
飛び出しかけたセイナの肩を掴んで呼び止めると、顔を紅潮させた彼女がこちらを振り返った。
その表情を見ただけで判る。
これは本当に怒っている時に彼女が見せるものであり、同時に冷静さを欠いている時のものだということを。
「俺がやる。お前の気持ちは判るが少し頭に血が上り過ぎだ」
「うるさい!アイツはお母様を侮辱した!!絶対に許せない!」
「あぁ……判ってる。でもここは俺に任せてくれないか?」
優しく諭すような口調に、震えるほどに燃え滾っていた彼女の熱が差し水を注がれたようにほんの僅か勢いを緩めた。
瞳孔の見開いていたブルーサファイアの瞳が次第に冷静さを取り戻していく。
「でも……」
「大丈夫、お前が何度か殴れるくらいには息の根を残しといてやるからよ」
刀を抜いた臨戦態勢で俺はセイナを庇うように前に出る。
本人自身気づいてはいないかもしれないが、数十年信頼してきた人物をたった数分で切り捨てられる程、人間上手にはできていない。
誤魔化すような怒りで立ち向かっても、結局は足元を掬われてしまうだろう。
だからこそ、ここは俺一人で奴を倒す。
散々酷い目に遭わされたとかの復讐心ではなく、セイナを……大切な仲間を守るためにも。
「別に私は二人同時でも構わないけど?」
目論見を潰され面白くないのか、クリストファーが更に挑発するような口調で煽ってくるが、その程度で動じる俺ではない。
「ふん、口先だけなら何とも言えるんだ。さっさとお前の言う結果とやらでそれを証明してくれよ」
「お前ぇ……!」
簡単な挑発に乗せられたクリストファーが抜刀と共に駆け出した。
どうやら煽り慣れてはいるが、煽られるのは慣れていないらしい。
大上段に振りかぶった一撃を、迎え撃つように駆け出た俺が左手の村正改で受ける。
人柄や言動の割に筋の通った重い衝撃が義手越しに響き、驚嘆の意を示した俺にニヤリとクリストファーが嗤う。
「私のこのフロードソードが飾りとでも思ったのだろうが、生憎と剣術は嫌というほど叩き込まれている。それこそ数年前に何度かセイナと手合わせもしたが、私は一度だって負けたことが無いッ!」
固唾を呑んで見守っていたセイナも、そのことについては否定しないあたり嘘ではないらしい。
初撃で調子付いたらしいクリストファーの気勢が籠った連撃を、刃のリーチ差もあって俺は受け流すことに精一杯になる。
「どうしたッ!そんな弱腰じゃあいつまで経っても私には勝てないぞ」
爛々とする瞳、その吊り上がる口の端から漏れる言葉に俺は耳を貸さない。
視るのは敵の外観ではなく内面だ。
言葉自体には直接的な意味は無い。
その言葉を発する心理状況を読み、相手の隙を突くことだけを考える。
「だから大統領も守れないんだよ」
「ッ……!」
フロードソードの袈裟斬りを力任せに弾き返した俺が不用心にも直情的な一撃を繰り出したのを、クリストファーは嬉々として待っていた。
突き出した一撃を自らの懐へと誘い込むように引き入れ、刃の腹に沿うように身体を回転させる。
セイナが得意とするカウンター。
同じ西洋系統の剣術を学んでいただけあって、その身捌きは瓜二つだった。
「しまっ────」
懐に入られて泡食ったように漏らすその一言にクリストファーは勝利を確信した。
退路を断たれても尚、そのニヒルな表情をしていられるのは己の実力に自身があるからなのか、それとも単に強がっているのか。
「それに……セイナお嬢様まで一緒とは、概ねその男に唆されたのでしょう。ほら、今なら許してあげますから早くこっちへ来て下さい」
「嫌よ」
気取った態度を崩さないクリストファーに俺が噛みつくよりも先に、痺れを切らしたセイナが一歩前に踏み出した。
「アンタみたいな、私利私欲のために他者の命を何とも思っていない人の言葉なんて聞きたくないわ」
「一体何を仰っているのでしょうか?私は────」
「とぼけても無駄よ、全部フォルテから聞いたから。アナタが裏でヨルムンガンドと通じていたことも、今回の騒動に関与していること。そして……ベアード大統領を毒牙にかけ、エリザベス三世を……アタシの母までも暗殺しようとしたことの全てを」
それを聞いたクリストファーは少し驚いたようにほんの僅かに眉を動かした。
「セイナお嬢様はその男の言うことを信用なさるのですか?親族である私の言葉ではなく、その犯罪者の虚言を」
「えぇ、フォルテがそんな下らない嘘を吐く人物ではないことは、この数か月過ごしてきたアタシが一番よく知っているわ。何よりそういうアナタこそ、これは一体どういうことかしら?我が物顔で居座っているこの場所は本来、アタシの両親が使用するお部屋のはずだけど」
それを聞いた俺は思い出した。
この部屋はイギリスで見たエリザベスの書斎と造りがほぼ同じであることを。
既視感の正体と、セイナが普段見せない程に怒りを露わにしていることに合点がいく。
この部屋は皇帝陛下と女王陛下のための執務室であり、それをさも当たり前のようにクリストファーが使っていることは本来有りえないことだ。
そのことを咎めるように睨み付けるセイナを、クリストファーは何度か思案するように様相をみせたが……
「はぁ……」
とうとう面倒臭くなったように溜息を漏らした瞬間、クリストファーの眼が変わる。
人を見下した、セイナの前では一度も見せなかった表情。
「全く、黙っていれば妹と同じように可愛かったものを」
「……っ!」
数日前に出会った俺とは違い、数十年前からクリストファーのことを知っているセイナはショックを受けたように顔を強張らせる。
それでも決して食い下がることなく、闘志を宿した瞳は数舜たりとも逸らしていなかった。
「どうして……どうしてこんなことを……ッ!?」
「どうして?生温いからさ!君の両親のやり方は」
本性を露わにしたクリストファーは、まるで堰を切ったかのように暴言を巻き散らす。
「ちまちまと古いやり方ばかりで、どんな政策でもやれ信頼だのやれ尊重だのと下らないことばかり。俺がトップになればもっと利益率や金儲けで人々を幸せにすることができるってのに……ずっと目障りだったんだよ、お前の両親が!」
「そんな……たったそれだけの理由でお母様に手を掛けたの?」
「そうさ。皇帝陛下が不在のこの状況下で奴さえいなくなれば、未成年のリリー王女ではなくこの私がトップとして政策ができる。そうなれば後はこっちのものだ。どんな方法でも結果さえ出せれば人々は俺を支持するからな」
全く悪びれない様子のクリストファーに、燃え滾る怒りを内に宿しているセイナは火山のように憤激寸前だ。
握り締めたグングニルにも力が入る彼女は、今にも猪の如く飛び出すギリギリのところで踏み止まっている。
だが、それに気づいているクリストファーはニヤリと口元を歪めては挑発するように────
「それとも、もっと真面な理由が御所望でしたかな、セイナお嬢様」
「……ッ!このッ!」
「待て」
飛び出しかけたセイナの肩を掴んで呼び止めると、顔を紅潮させた彼女がこちらを振り返った。
その表情を見ただけで判る。
これは本当に怒っている時に彼女が見せるものであり、同時に冷静さを欠いている時のものだということを。
「俺がやる。お前の気持ちは判るが少し頭に血が上り過ぎだ」
「うるさい!アイツはお母様を侮辱した!!絶対に許せない!」
「あぁ……判ってる。でもここは俺に任せてくれないか?」
優しく諭すような口調に、震えるほどに燃え滾っていた彼女の熱が差し水を注がれたようにほんの僅か勢いを緩めた。
瞳孔の見開いていたブルーサファイアの瞳が次第に冷静さを取り戻していく。
「でも……」
「大丈夫、お前が何度か殴れるくらいには息の根を残しといてやるからよ」
刀を抜いた臨戦態勢で俺はセイナを庇うように前に出る。
本人自身気づいてはいないかもしれないが、数十年信頼してきた人物をたった数分で切り捨てられる程、人間上手にはできていない。
誤魔化すような怒りで立ち向かっても、結局は足元を掬われてしまうだろう。
だからこそ、ここは俺一人で奴を倒す。
散々酷い目に遭わされたとかの復讐心ではなく、セイナを……大切な仲間を守るためにも。
「別に私は二人同時でも構わないけど?」
目論見を潰され面白くないのか、クリストファーが更に挑発するような口調で煽ってくるが、その程度で動じる俺ではない。
「ふん、口先だけなら何とも言えるんだ。さっさとお前の言う結果とやらでそれを証明してくれよ」
「お前ぇ……!」
簡単な挑発に乗せられたクリストファーが抜刀と共に駆け出した。
どうやら煽り慣れてはいるが、煽られるのは慣れていないらしい。
大上段に振りかぶった一撃を、迎え撃つように駆け出た俺が左手の村正改で受ける。
人柄や言動の割に筋の通った重い衝撃が義手越しに響き、驚嘆の意を示した俺にニヤリとクリストファーが嗤う。
「私のこのフロードソードが飾りとでも思ったのだろうが、生憎と剣術は嫌というほど叩き込まれている。それこそ数年前に何度かセイナと手合わせもしたが、私は一度だって負けたことが無いッ!」
固唾を呑んで見守っていたセイナも、そのことについては否定しないあたり嘘ではないらしい。
初撃で調子付いたらしいクリストファーの気勢が籠った連撃を、刃のリーチ差もあって俺は受け流すことに精一杯になる。
「どうしたッ!そんな弱腰じゃあいつまで経っても私には勝てないぞ」
爛々とする瞳、その吊り上がる口の端から漏れる言葉に俺は耳を貸さない。
視るのは敵の外観ではなく内面だ。
言葉自体には直接的な意味は無い。
その言葉を発する心理状況を読み、相手の隙を突くことだけを考える。
「だから大統領も守れないんだよ」
「ッ……!」
フロードソードの袈裟斬りを力任せに弾き返した俺が不用心にも直情的な一撃を繰り出したのを、クリストファーは嬉々として待っていた。
突き出した一撃を自らの懐へと誘い込むように引き入れ、刃の腹に沿うように身体を回転させる。
セイナが得意とするカウンター。
同じ西洋系統の剣術を学んでいただけあって、その身捌きは瓜二つだった。
「しまっ────」
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