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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
幻影の刺客《シャドーアサシン》2
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「これが今回の一件の全容だ」
「……そんなことがあったなんて」
三人で囲む食卓。
一人いないことに物寂しさを感じつつも、用意した食事を取りながら耳を傾けていたロナが相槌を打つ。
彼女ですら知りえなかった情報の数々に、焼き魚や豚汁に伸びていた箸が動きを止めていた。
「で、どうするつもりなんだい?」
アイリスが無表情で呟いた。
さっきまでぐうスカ寝ていたくせに、炊き立ての飯の匂いに釣られて覚醒した彼女は、わんこそばのような勢いでご飯を消滅させていた。
「クリストファーを叩く、今回の一件の発端である彩芽の所在が分からない以上、それを知っているであろう者から情報を集めるしかない。公安の情報だと奴が日本にいる時間も一日を切っているらしいからな。やるなら今しかない」
体力回復のために無理にでも口に物を放り込む俺の意見に対し、同意らしいアイリスはそれ以上何も言わなかった。
その肯定と取れるアイリスとは対照的に、ロナは表情を曇らせた。
「でも、フォルテはホントにそれでいいの?腐ってもクリストファーはイギリス政府の人間。それに敵対するってことはつまり────」
「あぁ……分かっている」
いくらクリストファーが悪人だとしても、世間にはそんな身の上話しは関係ない。
事情を知らない連中にとっては『大統領暗殺した犯人が今度はイギリス政府へ攻撃を仕掛けた』というレッテルが張られるだけだ。
でも……
「俺はやるよ。助けてもらった恩義もあるが、何より奴を……自身の欲の為に平気で人殺しするような暴君を野放しにすることはできない。例えそれで世間の風当たりが強くなってもな。まあ、それも今に始まったことでもないけどよ」
過去のセブントリガー時代のことを引き合いに俺は苦笑して見せたが、ロナはそれを見てより一層心配そうに目じりを下げる。
「ロナが心配しているのはそんな小さなことじゃないよ」
無理やり白い歯を見せていた俺の口元が、悲愴に満ちたロナの声を聴いて固く引き結ぶ。
訴えかけるようなそのハニーゴールドの瞳が何を言わんとしているのか気付いたからだ。
「セイナのこと……フォルテはそれでいいの?」
イギリスとの敵対。
それはつまり、エリザベス三世、そして……セイナに対して敵対することと同義である。
仮に今回の事情を話せば分かってくれるかもしれないが、それも絶対とは言い切れない。
「仕方ないさ。どんな理由があるにしても身内をやるからにはセイナを巻き込むことはできないさ。たとえ、もしそれでアイツと仲違いすることになったとしてもな」
「そう……ダーリンがそこまで言うなら……ロナはこれ以上何も言わないよ」
俺の覚悟が通じてくれたのか、ロナは寂しげな表情を見せながらもそれ以上言及することは無かった。
喧嘩するほどなんとやら。普段からよくセイナといがみ合っていた彼女も、いざ別れを意識すると思うところがあるようだ。
「……水を差すようで悪いけど、作戦と決行日時はどうするんだい?」
皆の意思が固まったタイミングを見て、山盛りの食事を粛々と食べ終えていたアイリスが呟く。
こういう時、感情に流されないアイリスの冷酷さは一見素っ気なくも見えるが、時間があまりないことを知ったうえで敢えて憎まれ役買ってくれているのだろう。
その証拠に食べ終えた彼女はいつものように深い眠りに就くことなく、こうして必要な情報を聞くために耳を傾けてくれている。
「その話しなんだが、作戦を伝える前に二人に一つ聞きたい」
食していた皿から手を引き、テーブルの向かいにいる二人に俺は改めて向き直った。
「いくらテロリストやそれに係わる連中を始末するとはいえ、先に言った通り、これから俺達が相手取ろうとしているのは国だ。今からだったらまだ間に合うが、これ以上聞けば本当に引き返せなくなるぞ……」
数十年生きてきた俺とは違い、彼女達はまだ幼年の少女に過ぎない。
その重荷を背負うにはあまりに早すぎると思っての言葉を聞いた二人は……
「……ダーリン、その台詞前にも聞いたけど、国の一つや二つくらいロナ達は何ともないから」
「下らない質問で貴重な時間を浪費するくらいなら、もう一品作れ」
過保護の親に向けるような、煩わしさ宿したジト目で睨み返してくる。
どうやら、此処まで尽くしてくれた彼女達への憂慮は杞憂に過ぎなかったようだ。
仲間達から向けられた呆れ顔に、俺はその日初めて心の底からの本当の笑みを浮かべて見せた。
「悪かった。お前達に対しては愚問だったな」
肩を竦めたその一言に、俺達のどんよりと暗かった空気に一筋の光が差し込んだ。
倒すべき敵も、俺達の目的も見定まって来たところで、ようやくいつもらしさが戻ってきた気がした。
「よし、作戦について話しをする。作戦決行時間は明日午前九時だ」
「……そんなことがあったなんて」
三人で囲む食卓。
一人いないことに物寂しさを感じつつも、用意した食事を取りながら耳を傾けていたロナが相槌を打つ。
彼女ですら知りえなかった情報の数々に、焼き魚や豚汁に伸びていた箸が動きを止めていた。
「で、どうするつもりなんだい?」
アイリスが無表情で呟いた。
さっきまでぐうスカ寝ていたくせに、炊き立ての飯の匂いに釣られて覚醒した彼女は、わんこそばのような勢いでご飯を消滅させていた。
「クリストファーを叩く、今回の一件の発端である彩芽の所在が分からない以上、それを知っているであろう者から情報を集めるしかない。公安の情報だと奴が日本にいる時間も一日を切っているらしいからな。やるなら今しかない」
体力回復のために無理にでも口に物を放り込む俺の意見に対し、同意らしいアイリスはそれ以上何も言わなかった。
その肯定と取れるアイリスとは対照的に、ロナは表情を曇らせた。
「でも、フォルテはホントにそれでいいの?腐ってもクリストファーはイギリス政府の人間。それに敵対するってことはつまり────」
「あぁ……分かっている」
いくらクリストファーが悪人だとしても、世間にはそんな身の上話しは関係ない。
事情を知らない連中にとっては『大統領暗殺した犯人が今度はイギリス政府へ攻撃を仕掛けた』というレッテルが張られるだけだ。
でも……
「俺はやるよ。助けてもらった恩義もあるが、何より奴を……自身の欲の為に平気で人殺しするような暴君を野放しにすることはできない。例えそれで世間の風当たりが強くなってもな。まあ、それも今に始まったことでもないけどよ」
過去のセブントリガー時代のことを引き合いに俺は苦笑して見せたが、ロナはそれを見てより一層心配そうに目じりを下げる。
「ロナが心配しているのはそんな小さなことじゃないよ」
無理やり白い歯を見せていた俺の口元が、悲愴に満ちたロナの声を聴いて固く引き結ぶ。
訴えかけるようなそのハニーゴールドの瞳が何を言わんとしているのか気付いたからだ。
「セイナのこと……フォルテはそれでいいの?」
イギリスとの敵対。
それはつまり、エリザベス三世、そして……セイナに対して敵対することと同義である。
仮に今回の事情を話せば分かってくれるかもしれないが、それも絶対とは言い切れない。
「仕方ないさ。どんな理由があるにしても身内をやるからにはセイナを巻き込むことはできないさ。たとえ、もしそれでアイツと仲違いすることになったとしてもな」
「そう……ダーリンがそこまで言うなら……ロナはこれ以上何も言わないよ」
俺の覚悟が通じてくれたのか、ロナは寂しげな表情を見せながらもそれ以上言及することは無かった。
喧嘩するほどなんとやら。普段からよくセイナといがみ合っていた彼女も、いざ別れを意識すると思うところがあるようだ。
「……水を差すようで悪いけど、作戦と決行日時はどうするんだい?」
皆の意思が固まったタイミングを見て、山盛りの食事を粛々と食べ終えていたアイリスが呟く。
こういう時、感情に流されないアイリスの冷酷さは一見素っ気なくも見えるが、時間があまりないことを知ったうえで敢えて憎まれ役買ってくれているのだろう。
その証拠に食べ終えた彼女はいつものように深い眠りに就くことなく、こうして必要な情報を聞くために耳を傾けてくれている。
「その話しなんだが、作戦を伝える前に二人に一つ聞きたい」
食していた皿から手を引き、テーブルの向かいにいる二人に俺は改めて向き直った。
「いくらテロリストやそれに係わる連中を始末するとはいえ、先に言った通り、これから俺達が相手取ろうとしているのは国だ。今からだったらまだ間に合うが、これ以上聞けば本当に引き返せなくなるぞ……」
数十年生きてきた俺とは違い、彼女達はまだ幼年の少女に過ぎない。
その重荷を背負うにはあまりに早すぎると思っての言葉を聞いた二人は……
「……ダーリン、その台詞前にも聞いたけど、国の一つや二つくらいロナ達は何ともないから」
「下らない質問で貴重な時間を浪費するくらいなら、もう一品作れ」
過保護の親に向けるような、煩わしさ宿したジト目で睨み返してくる。
どうやら、此処まで尽くしてくれた彼女達への憂慮は杞憂に過ぎなかったようだ。
仲間達から向けられた呆れ顔に、俺はその日初めて心の底からの本当の笑みを浮かべて見せた。
「悪かった。お前達に対しては愚問だったな」
肩を竦めたその一言に、俺達のどんよりと暗かった空気に一筋の光が差し込んだ。
倒すべき敵も、俺達の目的も見定まって来たところで、ようやくいつもらしさが戻ってきた気がした。
「よし、作戦について話しをする。作戦決行時間は明日午前九時だ」
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