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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
夏の音(ヴァケーションフェスティバル)3
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「これは一体どういうことかしら?まさか、わたくしのスコアを下げるためのスパイって訳じゃないでしょうね?」
「んなわけないだろ!声を出したことは謝るが、たかがゴルフのスコア程度で────」
「たかが……?」
思わず本音が混じってしまった俺の弁明に、エリザベスが更に眉間の皺を深くした。
世間では貴婦人、淑女、イギリスの花とまで言われている彼女が、今は蟹股で両肩を震わせながら、陽炎とは別の空気の揺らぎを背に纏っていた。
「年に一度、国家間のトップが集まるこのゴルフ。この結果がどれほど重要な事柄であるか……アナタまさか、その意味が分かっていないと言うのかしら?」
エリザベスの言う通り、日米英首脳会合は今回が初めてというわけでなく、魔術の進歩によって変化する情勢下において影響力のある各大国同士が方針を語り合うという、数年前から行われている大切な会議だ。
そのことは、去年外回りながら大統領の護衛として付き添っていた俺も勿論知っているし、このゴルフも恒例行事で毎年必ず行われていることも理解しているつもりだった。
しかし、今のエリザベスの言葉にはスコアを競うだけが目的ではないという含みがあるように感じ取れた。
ふと、エリザベスが燃えるような闘志を燃やす背後で、ベアードと伊部が彼女の言葉に呼応するかのように、職人が発する静寂かつ鋭利で研ぎ澄まされた気概を滾らせていた。
ジェイクに抑え込まれた口元で俺は生唾を飲み込む。
三人の気迫は、最早アスリートの域を軽く超えていた。
まさか、このゴルフはただのスコア遊びではなく、会合の結果、あるいは今後の国を左右するような何かがあるというのか……?
「夕食を誰の要望にするか賭けているのよ!負けられないに決まっているじゃない!」
────はっ?
なにかの聞き違いかと、自分の中でその言葉を理解しようと試みるも、何度やっても同じにしか捉えることができずに俺はポカンと口を開ける。
おかしいのは自分だけかと周りの人間を見渡してみたが、俺以外の四人は険しい表情を崩してすらいない。
「夕食?夕食ってあの夕食のことか?朝食昼食夕食の夕食だろ?」
「当たり前でしょ?それ以外にどんな夕食があるのよ?」
何度も反芻するようにして訊ねた俺のことを、エリザベスはどこか不思議そうに首を傾げて見せた。
なんだろう……分かっていたことだが、その態度はどこか釈然としない。
「今年こそは何としても勝って、不味いというイギリス料理のイメージを払拭させていただくわよ」
ドライバーをホームラン予告のように構えて告げるエリザベス。
……不味いというイメージは自覚あるのね。
「いえいえ、今年も負けて日本食を振る舞えなければ、我が国の面子にも関わります故、私も負けてはいられません」
伊部が細めの隙間から鋭い眼光を走らせ、虎視眈々と意気込んでいる。
なるほど。自国に他国を招いておいて、日本人らしい持て成しができないことは国の威信にかかわるということか……
「こういう場でくらいしか、私の好物は食べられないのでな……それに今回は君の夫のオスカー君もいないからな、完勝してバーガーセットを頂かせて貰おうか……」
元軍人であり、普段は栄養バランスの考えられた食事しか取らせてもらえないベアードは、ジャンクフードがご所望の様子。
それくらいなら俺が振る舞ってやるのに……
「知らなかったのかしら?夫より私の方が実力は上なのよ」
今回は体調不良ということになっているセイナの父であるオスカー侯爵。その代理である妻のエリザベスは、そのたわわに突き出た乳房を強調するように、白とピンクのゴルフウェアを反らした。
三人は互いに睨みを利かせては、再びバチバチと火花を散らす。
もういっそのこと自分の好きなもの食えよ……
「すごい……これが国の総統同士の戦い……」
「どこがだよ?」
理由を聞いてもそうとしか思えなかった俺とは対照的に、何故かジェイクは驚嘆の表情で口を開けていた。なんでお前はそこまで驚いてんだよ?
確かに皆ゴルフの腕は凄いが、理由があまりにもお粗末すぎないか?
しかし、考え方や視点を変えてみると、普段は公務に追われて好きなことや娯楽なんて皆無に等しい人達が、年に一度の遊びにマジになるというのも分からなくない。
それに、譲り合いではなく自分達の要望をハッキリと口にしている辺り、彼らの友好関係が非常に良好であることも同時に読み取れた。
「それでどうするエリザベス殿。私は打ち直しでも一向に構わないが?」
アメリカのスパイと言われた俺に気を遣ってか、ベアードがそう提案するも、
「いいわ、高貴なるイギリス王室には打ち直しも前四もありはしないわ」
ドライバーの次に飛距離の出る三番ウッドを手に、どこか楽しそうにティーイングエリアを駆け下りようとするエリザベス。
とりあえず三人とも仲がよろしいことは分かったが……あれ?なにか大事なことを忘れて────
「あっ!!」
失念していたあることを思い出して俺が再び驚嘆の声を上げると、びっくりしたエリザベスがティーイングエリアから真下へ転げ落ちていった。
「んなわけないだろ!声を出したことは謝るが、たかがゴルフのスコア程度で────」
「たかが……?」
思わず本音が混じってしまった俺の弁明に、エリザベスが更に眉間の皺を深くした。
世間では貴婦人、淑女、イギリスの花とまで言われている彼女が、今は蟹股で両肩を震わせながら、陽炎とは別の空気の揺らぎを背に纏っていた。
「年に一度、国家間のトップが集まるこのゴルフ。この結果がどれほど重要な事柄であるか……アナタまさか、その意味が分かっていないと言うのかしら?」
エリザベスの言う通り、日米英首脳会合は今回が初めてというわけでなく、魔術の進歩によって変化する情勢下において影響力のある各大国同士が方針を語り合うという、数年前から行われている大切な会議だ。
そのことは、去年外回りながら大統領の護衛として付き添っていた俺も勿論知っているし、このゴルフも恒例行事で毎年必ず行われていることも理解しているつもりだった。
しかし、今のエリザベスの言葉にはスコアを競うだけが目的ではないという含みがあるように感じ取れた。
ふと、エリザベスが燃えるような闘志を燃やす背後で、ベアードと伊部が彼女の言葉に呼応するかのように、職人が発する静寂かつ鋭利で研ぎ澄まされた気概を滾らせていた。
ジェイクに抑え込まれた口元で俺は生唾を飲み込む。
三人の気迫は、最早アスリートの域を軽く超えていた。
まさか、このゴルフはただのスコア遊びではなく、会合の結果、あるいは今後の国を左右するような何かがあるというのか……?
「夕食を誰の要望にするか賭けているのよ!負けられないに決まっているじゃない!」
────はっ?
なにかの聞き違いかと、自分の中でその言葉を理解しようと試みるも、何度やっても同じにしか捉えることができずに俺はポカンと口を開ける。
おかしいのは自分だけかと周りの人間を見渡してみたが、俺以外の四人は険しい表情を崩してすらいない。
「夕食?夕食ってあの夕食のことか?朝食昼食夕食の夕食だろ?」
「当たり前でしょ?それ以外にどんな夕食があるのよ?」
何度も反芻するようにして訊ねた俺のことを、エリザベスはどこか不思議そうに首を傾げて見せた。
なんだろう……分かっていたことだが、その態度はどこか釈然としない。
「今年こそは何としても勝って、不味いというイギリス料理のイメージを払拭させていただくわよ」
ドライバーをホームラン予告のように構えて告げるエリザベス。
……不味いというイメージは自覚あるのね。
「いえいえ、今年も負けて日本食を振る舞えなければ、我が国の面子にも関わります故、私も負けてはいられません」
伊部が細めの隙間から鋭い眼光を走らせ、虎視眈々と意気込んでいる。
なるほど。自国に他国を招いておいて、日本人らしい持て成しができないことは国の威信にかかわるということか……
「こういう場でくらいしか、私の好物は食べられないのでな……それに今回は君の夫のオスカー君もいないからな、完勝してバーガーセットを頂かせて貰おうか……」
元軍人であり、普段は栄養バランスの考えられた食事しか取らせてもらえないベアードは、ジャンクフードがご所望の様子。
それくらいなら俺が振る舞ってやるのに……
「知らなかったのかしら?夫より私の方が実力は上なのよ」
今回は体調不良ということになっているセイナの父であるオスカー侯爵。その代理である妻のエリザベスは、そのたわわに突き出た乳房を強調するように、白とピンクのゴルフウェアを反らした。
三人は互いに睨みを利かせては、再びバチバチと火花を散らす。
もういっそのこと自分の好きなもの食えよ……
「すごい……これが国の総統同士の戦い……」
「どこがだよ?」
理由を聞いてもそうとしか思えなかった俺とは対照的に、何故かジェイクは驚嘆の表情で口を開けていた。なんでお前はそこまで驚いてんだよ?
確かに皆ゴルフの腕は凄いが、理由があまりにもお粗末すぎないか?
しかし、考え方や視点を変えてみると、普段は公務に追われて好きなことや娯楽なんて皆無に等しい人達が、年に一度の遊びにマジになるというのも分からなくない。
それに、譲り合いではなく自分達の要望をハッキリと口にしている辺り、彼らの友好関係が非常に良好であることも同時に読み取れた。
「それでどうするエリザベス殿。私は打ち直しでも一向に構わないが?」
アメリカのスパイと言われた俺に気を遣ってか、ベアードがそう提案するも、
「いいわ、高貴なるイギリス王室には打ち直しも前四もありはしないわ」
ドライバーの次に飛距離の出る三番ウッドを手に、どこか楽しそうにティーイングエリアを駆け下りようとするエリザベス。
とりあえず三人とも仲がよろしいことは分かったが……あれ?なにか大事なことを忘れて────
「あっ!!」
失念していたあることを思い出して俺が再び驚嘆の声を上げると、びっくりしたエリザベスがティーイングエリアから真下へ転げ落ちていった。
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