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月下の鬼人(ワールドエネミー)下
断罪の銃弾(コンティニューザフューチャー)1
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「それで……?」
オーヴァルオフィスに差し込む昼の陽光を背に受けつつ、ベアードは厳格さを微塵も崩さない姿勢でそう訊ねてきた。
「それがどうしてこうなったのだ?」
この場所に逃げてくる前、今朝の騒動がまるで嘘であったかのような、寂々として静謐に包まれた部屋。
ベアードとは対面にあたるその部屋の入り口で、まだ塞がらない傷口を抑えつつ、俺は一人佇んでいた。
「……アイツは、俺達を護るために……自ら囮を買って出たんだ……」
「時を止める魔術だと……!?」
一面、爆発によって火の海となりつつある建物内。
出口に向けて一階通路を激走する中、アキラから聞いた種明かしに俺は素っ頓狂な声を上げる。
日々の鍛錬で、体内の魔力を操作しつつ魔術を練っていたところ編み出したものらしく、体力の消耗が激しい代わりに、使えば数秒間、刻を止めた中で自由に動けるらしい。
何故そんなものが使えるのかはさておき、そのおかげでアキラは俺からバイクのカギやUSBを音もなく盗み、少し前のロナやリズの窮地も救うことができたらしい。
「驚いた……魔術には長けていると自負していたけど、まさか私の知らない時間操作の魔術があったとはにゃ……でも本当にそれって魔術なのかにゃ?」
「なんでもいいじゃねーか!今こうして皆が無事に逃走できているなら。それよりも後ろのアイツをどうするか……」
そう言ってレクスが振り返るが、まだ背後にオオカミの姿はない。
執務室の下、火柱と業火で立ち込めていたあの部屋へと閉じ込めたが、あの程度でやられるとも思っていない。
いつまでもアイツに気を取られていれば、この場で心中することは免れられない。
しかし、仮に外に出られたとしても、あの狂暴化したミチェルをそのまま放出してしまうことはマズい……
それだけはなんとしても防がねばなるまい……
だけど……その方法がない。
必死に考えを巡らせている俺達へと、遂に倒壊の前兆、建物全体の波のような震えが始まり、ピリピリとした緊張が肌を突き刺していく。
建物が崩れるまでに脱出できるか……ギリギリだな……
最早一刻の猶予は無い状況の中、通路の出口、建物外へと出られる大きなエントランスが見えてくる。
今はとにかく脱出に専念して────
ヴォオオオオオオオオオ!!!!!!
「クソ……ッ!もう来やがったか」
恐怖を煽るような死神からの憎悪雄叫びに舌打ちする。
通路の出口付近で振り返ると、火の海を咆哮一つで左右に分断し、忌憚を体現するかのように灰色の毛並みを逆立てた化け物が姿を現す。
巨躯の奴が本気で駆ければ、俺達がこの馬鹿みたいに広いエントランスを出る前に追いつかれてしまう。
エントランスで迎え撃つか?
いや、それだと俺達全員この建物に押し潰されて終わりだ。
しかし、このまま逃げれば仮に建物の外に出られたとしても、暴力の暴風雨である奴をありのまま外に解き放ってしまうことになりかねない。
答えを躊躇しているうちに通路の出口までたどり着いてしまった。
と、その時、最後尾を走っていたアキラが急に立ち止まる。
通路の出口前で俺達へと背を向けたアキラはあろうことか、とんでもないことを口走った。
「……ここは俺が食い止めるから、お前たちは先に脱出しろ」
「何言ってんだ!お前一人だけ置いていけるか!」
俺は止まったアキラに気づいて立ち止まりながら叫んだ。
他の隊員達も同様に足を止めて振り返る。
「アキラ!!バカなこと言ってないで早く来なさい!」
「リズの言う通りだよ!みんなで助け合いながらここまで来たのに、アキラ一人を置き去りに何てロナ達できないよ!!」
爆破で折られたらしい折られた柱が乱雑に倒れたエントランスは火の手が回るのが早く、通路はおろか、広いはずの空間すら手狭に感じるほどに炎が侵食している。
もたもたしていると見動きすら取れなくなってしまうと、リズとロナが必死に呼びかけるも、決意が鈍らないようにするためか、頑なにアキラは振り返らない。
通路出口とは対局、オオカミが地響きを立てながら瓦礫を蹴散らして猛進する。
「行けッ!!このままミチェルに追いつかれて足止め食らっちまったら、全員建物の下敷きになっちまう。隊長も分かってんだろ?一人が囮になってミチェルを足止めする必要があることくらい」
一人が足止めしている間に皆は脱出。
オオカミは建物の奥に貼り付けにして、倒壊に巻き込ませる。
確かにアキラの言っていることは理に適っている。
だがそれは同時に、この隊の信条に大きく反している。
「だからって、それをお前がする必要なんて……だったら俺が……ッ!」
隊員達をかき分けて戻ろうとする俺を、レクスとシャドーが抑え込む。
「ダメだフォルテ!火の勢いが酷くてもう戻れない!!」
「放せよッ!!このままだとアキラがッ!!」
ドガァァァァァァァァン!!!!
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
血反吐を伴うほどの俺の訴えを、耳を劈く爆発音で打ち消された。
近くにあった建物を支える柱の一つが爆発し、俺達とアキラとのを断ち切るようにして倒れ落ちた。
「アキラァァァァァァァ!!!!」
塞がれた通路に向かう、姿が見えなくなったアキラに呼びかけるも返事は返ってこない。
その光景にリズやロナ、ベルまでが言葉を失い立ち尽くしてしまっている。
眩いほどに明るかったはずの俺の視界が、真っ暗になってグラりと傾いた。
「しっかりしろフォルテ!!」
その身体を、レクス達が何とか抑えてくれる。
「アンタがそんなだとみんなここでくたばっちまうぞ!アキラの覚悟を無駄にする気か!?」
きっと、レクスも泣き叫びたいはずなのに、その気持ちを押し殺して鼓舞してくれる姿を見て、俺も何とか体勢を立て直す。
「……全隊……ここから全速力で離脱する……」
喉から絞るように指示を出し、火の海の中、他の隊員達と共に建物の出口を目指して全速力で走った。
初めて知った。
これが……残された者の気持ちなのか……
お前も、お前達も同じ気持ちだったのか……?ヨハネ……
久しく感じた苦渋と辛酸の味に唇を噛み締める……
その思いとは対照的な朝日が俺達の身を焦がした。
建物が倒壊したのは、俺達が脱出してから僅か数秒のことだった。
「あるのさ、副隊長である俺がここで足止めするのが他のヤツより一番時間を稼げるからな……」
あーあ、助けてもらったのに、俺は何やってるんだか……
正面から突っ込んでくる化け物を前にして、俺は軽く嘆息をついた。
もちろんタダで死ぬつもりはない。
あとどれくらいこの建物がもつか、俺の身体がどこまで耐えれるか、そんなことはどうでもいい……
一分でも一秒でも、ここで奴を釘付けにする。
それにな……
「この部隊を指揮できるのはあんたしかいねえよ、フォルテ」
きっとそれは、この隊の誰もが思っている。
皆のことを見捨てずに、一度も眼を背けずに向き合ってくれた隊長なら────
残りカスの魔力に力を込めつつ、構えたオートクレールと共に俺は駆けだした。
オーヴァルオフィスに差し込む昼の陽光を背に受けつつ、ベアードは厳格さを微塵も崩さない姿勢でそう訊ねてきた。
「それがどうしてこうなったのだ?」
この場所に逃げてくる前、今朝の騒動がまるで嘘であったかのような、寂々として静謐に包まれた部屋。
ベアードとは対面にあたるその部屋の入り口で、まだ塞がらない傷口を抑えつつ、俺は一人佇んでいた。
「……アイツは、俺達を護るために……自ら囮を買って出たんだ……」
「時を止める魔術だと……!?」
一面、爆発によって火の海となりつつある建物内。
出口に向けて一階通路を激走する中、アキラから聞いた種明かしに俺は素っ頓狂な声を上げる。
日々の鍛錬で、体内の魔力を操作しつつ魔術を練っていたところ編み出したものらしく、体力の消耗が激しい代わりに、使えば数秒間、刻を止めた中で自由に動けるらしい。
何故そんなものが使えるのかはさておき、そのおかげでアキラは俺からバイクのカギやUSBを音もなく盗み、少し前のロナやリズの窮地も救うことができたらしい。
「驚いた……魔術には長けていると自負していたけど、まさか私の知らない時間操作の魔術があったとはにゃ……でも本当にそれって魔術なのかにゃ?」
「なんでもいいじゃねーか!今こうして皆が無事に逃走できているなら。それよりも後ろのアイツをどうするか……」
そう言ってレクスが振り返るが、まだ背後にオオカミの姿はない。
執務室の下、火柱と業火で立ち込めていたあの部屋へと閉じ込めたが、あの程度でやられるとも思っていない。
いつまでもアイツに気を取られていれば、この場で心中することは免れられない。
しかし、仮に外に出られたとしても、あの狂暴化したミチェルをそのまま放出してしまうことはマズい……
それだけはなんとしても防がねばなるまい……
だけど……その方法がない。
必死に考えを巡らせている俺達へと、遂に倒壊の前兆、建物全体の波のような震えが始まり、ピリピリとした緊張が肌を突き刺していく。
建物が崩れるまでに脱出できるか……ギリギリだな……
最早一刻の猶予は無い状況の中、通路の出口、建物外へと出られる大きなエントランスが見えてくる。
今はとにかく脱出に専念して────
ヴォオオオオオオオオオ!!!!!!
「クソ……ッ!もう来やがったか」
恐怖を煽るような死神からの憎悪雄叫びに舌打ちする。
通路の出口付近で振り返ると、火の海を咆哮一つで左右に分断し、忌憚を体現するかのように灰色の毛並みを逆立てた化け物が姿を現す。
巨躯の奴が本気で駆ければ、俺達がこの馬鹿みたいに広いエントランスを出る前に追いつかれてしまう。
エントランスで迎え撃つか?
いや、それだと俺達全員この建物に押し潰されて終わりだ。
しかし、このまま逃げれば仮に建物の外に出られたとしても、暴力の暴風雨である奴をありのまま外に解き放ってしまうことになりかねない。
答えを躊躇しているうちに通路の出口までたどり着いてしまった。
と、その時、最後尾を走っていたアキラが急に立ち止まる。
通路の出口前で俺達へと背を向けたアキラはあろうことか、とんでもないことを口走った。
「……ここは俺が食い止めるから、お前たちは先に脱出しろ」
「何言ってんだ!お前一人だけ置いていけるか!」
俺は止まったアキラに気づいて立ち止まりながら叫んだ。
他の隊員達も同様に足を止めて振り返る。
「アキラ!!バカなこと言ってないで早く来なさい!」
「リズの言う通りだよ!みんなで助け合いながらここまで来たのに、アキラ一人を置き去りに何てロナ達できないよ!!」
爆破で折られたらしい折られた柱が乱雑に倒れたエントランスは火の手が回るのが早く、通路はおろか、広いはずの空間すら手狭に感じるほどに炎が侵食している。
もたもたしていると見動きすら取れなくなってしまうと、リズとロナが必死に呼びかけるも、決意が鈍らないようにするためか、頑なにアキラは振り返らない。
通路出口とは対局、オオカミが地響きを立てながら瓦礫を蹴散らして猛進する。
「行けッ!!このままミチェルに追いつかれて足止め食らっちまったら、全員建物の下敷きになっちまう。隊長も分かってんだろ?一人が囮になってミチェルを足止めする必要があることくらい」
一人が足止めしている間に皆は脱出。
オオカミは建物の奥に貼り付けにして、倒壊に巻き込ませる。
確かにアキラの言っていることは理に適っている。
だがそれは同時に、この隊の信条に大きく反している。
「だからって、それをお前がする必要なんて……だったら俺が……ッ!」
隊員達をかき分けて戻ろうとする俺を、レクスとシャドーが抑え込む。
「ダメだフォルテ!火の勢いが酷くてもう戻れない!!」
「放せよッ!!このままだとアキラがッ!!」
ドガァァァァァァァァン!!!!
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
血反吐を伴うほどの俺の訴えを、耳を劈く爆発音で打ち消された。
近くにあった建物を支える柱の一つが爆発し、俺達とアキラとのを断ち切るようにして倒れ落ちた。
「アキラァァァァァァァ!!!!」
塞がれた通路に向かう、姿が見えなくなったアキラに呼びかけるも返事は返ってこない。
その光景にリズやロナ、ベルまでが言葉を失い立ち尽くしてしまっている。
眩いほどに明るかったはずの俺の視界が、真っ暗になってグラりと傾いた。
「しっかりしろフォルテ!!」
その身体を、レクス達が何とか抑えてくれる。
「アンタがそんなだとみんなここでくたばっちまうぞ!アキラの覚悟を無駄にする気か!?」
きっと、レクスも泣き叫びたいはずなのに、その気持ちを押し殺して鼓舞してくれる姿を見て、俺も何とか体勢を立て直す。
「……全隊……ここから全速力で離脱する……」
喉から絞るように指示を出し、火の海の中、他の隊員達と共に建物の出口を目指して全速力で走った。
初めて知った。
これが……残された者の気持ちなのか……
お前も、お前達も同じ気持ちだったのか……?ヨハネ……
久しく感じた苦渋と辛酸の味に唇を噛み締める……
その思いとは対照的な朝日が俺達の身を焦がした。
建物が倒壊したのは、俺達が脱出してから僅か数秒のことだった。
「あるのさ、副隊長である俺がここで足止めするのが他のヤツより一番時間を稼げるからな……」
あーあ、助けてもらったのに、俺は何やってるんだか……
正面から突っ込んでくる化け物を前にして、俺は軽く嘆息をついた。
もちろんタダで死ぬつもりはない。
あとどれくらいこの建物がもつか、俺の身体がどこまで耐えれるか、そんなことはどうでもいい……
一分でも一秒でも、ここで奴を釘付けにする。
それにな……
「この部隊を指揮できるのはあんたしかいねえよ、フォルテ」
きっとそれは、この隊の誰もが思っている。
皆のことを見捨てずに、一度も眼を背けずに向き合ってくれた隊長なら────
残りカスの魔力に力を込めつつ、構えたオートクレールと共に俺は駆けだした。
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