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月下の鬼人(ワールドエネミー)下
at gunpoint (セブントリガー)10
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感じたのは頬に走った痛みと衝撃。
真っ暗闇な夜空がチカチカと霞んだ。
草地に倒れこんでからようやく俺は、レクスに殴られたのだと理解した。
「痛ってーな!何するん────」
そこまで言いかけていた俺は、思わず口を噤んだ。
出鱈目に振り抜いた右ストレートの下。慄然とするような炯眼が俺を見下ろしていたからだ。
「……なんでだよ?」
静かな怒気を含んだ低い声。
普段おちゃらけて場を和ますレクスが激昂する姿に、俺を含め、皆が言葉を失っていた。
「なんで隊長はそうやって一人で抱え込もうとするんだよ!」
追われていることなど構いもしない叫喚がレクスから浴びせられる。
美麗な目鼻立ちに鋭い皺を寄せたその表情は、一見怒っているように見えるが、不思議と悲しんでいるようにも見えた。
「当然だ……お前達を守るためにはこうするしか方法が無いんだ」
普段物静かな人物がキレると数段凄みが増すのと同じで、冷静な狙撃手である彼の感情的な姿に、俺は辛うじて声を出すことだけで精いっぱいになっていた。
「隊長、アンタ一つ勘違いしているらしいな」
殴った衝撃で赤くなった右手を引っ込めるレクス。
掛け値なしの本気で殴ったのだろう。少し腫れた指先が僅かに痙攣していた。
「俺達はアンタに守ってくれなんて、部隊配属時から一度だって口にしたことは無かったぞ?」
「……ッ!」
たった一言。
そのたった一言に俺は、脳天を貫かれたような衝撃が走った。
反射的に、改めて俺は月夜に照らされた仲間達を見渡す。
いつの間にか倒れた俺を扇形に囲んでいた仲間達は、レクスの言葉を是認するようその表情を硬く引き結んでいた。
だが、その不退転の覚悟を見てもなお、俺の意志だけは揺らいでいた。
「確かにレクスの言う通りだ。だがそうだとしてもッ……俺は隊長としてお前達の命を第一に考えて────」
「考えてまた、アンタは自分の命を犠牲にするっていうのか?過去のアンタがそうしたように……」
数十年前。
あの時の俺も仲間を守るために命を投げ打った。
それしか方法が無かったからだ。
そして今も────
「お前達を守るために、俺には他に掛けれるものなんて……」
「だったら俺達の命だって一緒に掛ければいいだろッ!」
あぁ……ダメだ。
俺にはその言葉に言い返す術を持ち合わせていない。
ずっと言えずにいたその言葉を……
「もうよせよ、そうやって自分だけを傷つけるのは……俺達は仲間だろ。仲間って奴は守るもんじゃなくて、助け合うものだろ」
金糸の前髪の中、覗き込んでいた炯眼はいつの間にか眦を下げていた。
片膝を着いた瞳からは怒りの圧が消え、代わりに憐情のような慈悲が向けられる。
「俺達のことを心配してくれるのはありがたいが、隊長の、フォルテの命だって大切なんだ……そして、捕まったアキラの命も。だから────」
「もういい……」
もう、十分に理解したから。
俺は倒れこんでいた身体を起こし、草地の上に胡坐をかく。
レクスや、そして共に死地へと向かう仲間達を改めて見直すように。
皆の表情にはもう迷いや憂いといった負の感情は消え失せていた。
人種、性別、年齢、十人十色ではあるが、叩き殴り、怒鳴り怒鳴られを通して、数時間ぶりにようやく皆の意志がようやく一つに纏まったようだ。
「ここから先はもう後戻りできないぞ……」
FBIを敵に回すということは、このアメリカという国だけでない。
全世界を敵に回す、そう言っても過言ではない。
だがその事実を突きつけられてもレクスは、そして周りの誰一人として慄くことはない。
皆が同様に勇敢な笑みを見せてくれた。
「俺達が一度だって後ろに下がったことがあったか?隊長」
幸いSENTRY CIVILIANは破壊されていなかった。
入念に偽装していたおかげか、はたまたあのオオカミの気まぐれで見逃してくれたのかは分からなかったが、移動手段さえあればワシントンまでは二時間もかからない。
だとしても、到着は夜明け前ギリギリの時間だ。
天球の散りばめられた夜の帳。動力部を唸らせる装甲車が公道を、ただひたすらに北へ猛進していく。
隣の運転席、ハンドルを両手持ちで握るレクスの横顔は珍しく真剣だ。
しかし、その真剣の中にも雄々しいものが見え隠れしていた。
まるで試合中の逆境やピンチを楽しむスポーツ選手のような表情。
レクスだけではない。
後部座席で装備のチェックをする仲間達も黙々と作業はしているものの、その手つきや表情には軽やかさが見て取れた。
全く、これから世界の警察に喧嘩を売りに行くというのに呑気な連中だ。
でも……その光景が心地よかった。
口元の綻びを隠せなくなって、堪らず外へと視線を向ける。
だが、窓の外を彩る無数の星々も、どこまでも続く緑豊かな雄大な大地も、今の俺には見劣りすら覚える。
全く……何でこんなに近くにあって気づかなかったんだろうな。
この素晴らしき戦友達の姿に。
憂いやストレスとは違う、長い溜息を漏らしていると、ズボンに突っ込んでいたスマホが震えた。
ようやく掛かってきたか。
「よう、遅かったな」
真っ暗闇な夜空がチカチカと霞んだ。
草地に倒れこんでからようやく俺は、レクスに殴られたのだと理解した。
「痛ってーな!何するん────」
そこまで言いかけていた俺は、思わず口を噤んだ。
出鱈目に振り抜いた右ストレートの下。慄然とするような炯眼が俺を見下ろしていたからだ。
「……なんでだよ?」
静かな怒気を含んだ低い声。
普段おちゃらけて場を和ますレクスが激昂する姿に、俺を含め、皆が言葉を失っていた。
「なんで隊長はそうやって一人で抱え込もうとするんだよ!」
追われていることなど構いもしない叫喚がレクスから浴びせられる。
美麗な目鼻立ちに鋭い皺を寄せたその表情は、一見怒っているように見えるが、不思議と悲しんでいるようにも見えた。
「当然だ……お前達を守るためにはこうするしか方法が無いんだ」
普段物静かな人物がキレると数段凄みが増すのと同じで、冷静な狙撃手である彼の感情的な姿に、俺は辛うじて声を出すことだけで精いっぱいになっていた。
「隊長、アンタ一つ勘違いしているらしいな」
殴った衝撃で赤くなった右手を引っ込めるレクス。
掛け値なしの本気で殴ったのだろう。少し腫れた指先が僅かに痙攣していた。
「俺達はアンタに守ってくれなんて、部隊配属時から一度だって口にしたことは無かったぞ?」
「……ッ!」
たった一言。
そのたった一言に俺は、脳天を貫かれたような衝撃が走った。
反射的に、改めて俺は月夜に照らされた仲間達を見渡す。
いつの間にか倒れた俺を扇形に囲んでいた仲間達は、レクスの言葉を是認するようその表情を硬く引き結んでいた。
だが、その不退転の覚悟を見てもなお、俺の意志だけは揺らいでいた。
「確かにレクスの言う通りだ。だがそうだとしてもッ……俺は隊長としてお前達の命を第一に考えて────」
「考えてまた、アンタは自分の命を犠牲にするっていうのか?過去のアンタがそうしたように……」
数十年前。
あの時の俺も仲間を守るために命を投げ打った。
それしか方法が無かったからだ。
そして今も────
「お前達を守るために、俺には他に掛けれるものなんて……」
「だったら俺達の命だって一緒に掛ければいいだろッ!」
あぁ……ダメだ。
俺にはその言葉に言い返す術を持ち合わせていない。
ずっと言えずにいたその言葉を……
「もうよせよ、そうやって自分だけを傷つけるのは……俺達は仲間だろ。仲間って奴は守るもんじゃなくて、助け合うものだろ」
金糸の前髪の中、覗き込んでいた炯眼はいつの間にか眦を下げていた。
片膝を着いた瞳からは怒りの圧が消え、代わりに憐情のような慈悲が向けられる。
「俺達のことを心配してくれるのはありがたいが、隊長の、フォルテの命だって大切なんだ……そして、捕まったアキラの命も。だから────」
「もういい……」
もう、十分に理解したから。
俺は倒れこんでいた身体を起こし、草地の上に胡坐をかく。
レクスや、そして共に死地へと向かう仲間達を改めて見直すように。
皆の表情にはもう迷いや憂いといった負の感情は消え失せていた。
人種、性別、年齢、十人十色ではあるが、叩き殴り、怒鳴り怒鳴られを通して、数時間ぶりにようやく皆の意志がようやく一つに纏まったようだ。
「ここから先はもう後戻りできないぞ……」
FBIを敵に回すということは、このアメリカという国だけでない。
全世界を敵に回す、そう言っても過言ではない。
だがその事実を突きつけられてもレクスは、そして周りの誰一人として慄くことはない。
皆が同様に勇敢な笑みを見せてくれた。
「俺達が一度だって後ろに下がったことがあったか?隊長」
幸いSENTRY CIVILIANは破壊されていなかった。
入念に偽装していたおかげか、はたまたあのオオカミの気まぐれで見逃してくれたのかは分からなかったが、移動手段さえあればワシントンまでは二時間もかからない。
だとしても、到着は夜明け前ギリギリの時間だ。
天球の散りばめられた夜の帳。動力部を唸らせる装甲車が公道を、ただひたすらに北へ猛進していく。
隣の運転席、ハンドルを両手持ちで握るレクスの横顔は珍しく真剣だ。
しかし、その真剣の中にも雄々しいものが見え隠れしていた。
まるで試合中の逆境やピンチを楽しむスポーツ選手のような表情。
レクスだけではない。
後部座席で装備のチェックをする仲間達も黙々と作業はしているものの、その手つきや表情には軽やかさが見て取れた。
全く、これから世界の警察に喧嘩を売りに行くというのに呑気な連中だ。
でも……その光景が心地よかった。
口元の綻びを隠せなくなって、堪らず外へと視線を向ける。
だが、窓の外を彩る無数の星々も、どこまでも続く緑豊かな雄大な大地も、今の俺には見劣りすら覚える。
全く……何でこんなに近くにあって気づかなかったんだろうな。
この素晴らしき戦友達の姿に。
憂いやストレスとは違う、長い溜息を漏らしていると、ズボンに突っ込んでいたスマホが震えた。
ようやく掛かってきたか。
「よう、遅かったな」
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