SEVEN TRIGGER

匿名BB

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月下の鬼人(ワールドエネミー)下

at gunpoint (セブントリガー)9

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「なっ!?」

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
 旋回してきたヘリが発した言葉に俺はもちろん、他の隊員も絶句する。
 今この場にいない仲間はただ一人。
 気づけ、ポケットから乱暴にスマートフォンを取り出していた。

「待て隊長!逆探知の可能性がある」

「……っ」

 レクスの指摘に、コールボタンを押しかけていた指が寸前で止まる。
 一秒でも早く連絡したい歯がゆい気持ちを唇に残し、俺は即座にロナへと指示を飛ばした。

「ロナ、いつものように電波妨害ジャミングを!」

 返事は返ってこない。

「おいロナ、聞いて────」

 ヘリの羽音で聞こえなかったのかと、画面からロナへと視線を向けると、

「そんな……アキラが……」

 ロナの表情が悲痛と絶望で織り交ぜたようなものに染まり切っていた。
 譫言うわごとのように漏らす言葉には、いつもの陽気さは微塵もない。
 まるで、初めて会った時に見せた、気弱で臆病な姿そのものだった。

「ロナ、ロナ!」

 塞ぎこんでしまったロナに幾ら声を掛けても反応は無い。
 まるで魂を抜かれた人形だ。
 伏せられたハニーゴールドの瞳はその輝きを完全に失ってしまっている。
 もう一度声を掛けようと、俺が口を開こうとしたそれを、

 パシッ!

 短い破裂音。
 リズが、ロナの頬をはたいたのだ。
 引きこもり気味で絹のように白かった肌に、ほんのりとピンク色が滲む。

「……眼が、覚めたかしら?」

 軽く震えの入った声からは、怒りではなく悲嘆。
 それを決して悟らせないように唇を噛み締める。
 虚ろだったロナの瞳が、そのリズの表情に気づいてようやく感情を取り戻していく。

「ロナはこの中じゃ一番戦闘面で劣っているかもしれない。でも、アナタにしかできない仕事がいっぱいあるでしょ?」

 叩いた痛み、それも物理的にではなく心の痛みを隠すように、リズは右手を抑えた。

「半年前のフォルテの言葉を思い出しなさい!私達はあなたの仕事を……いや、あなた自身を必要としているのよロナ!だから……っ!」

「……リズ」

 普段のお仕置きとは違う、感情の込められた一撃。
 その思いが、色を失っていた瞳に再び力を取り戻させた。
 乱暴に双眸を拭い、大きく頭を振ったロナの銀尾が二つ、ぶんぶんと揺れる。

「……そうだよね、いつまでもめそめそしてたら、ロナちゃんらしくないもんね」

 強がるように、突きつけられた運命に抗うように、半日ぶりに彼女は笑顔を見せた。
 雪原という絶望的環境下で咲く一輪の花のように。

「ダーリン、待たせてごめん。いつでもいいよ」

「……あぁ、頼む」

 電話を掛けると同時に、調子を取り戻したロナが電子端末で妨害ジャミングを仕掛ける。これでアキラの携帯からこちらの位置を割り出される心配はなくなった。
 だが、それにしたってあのアキラがそう簡単に捕まるとは思えない。
 皆が固唾を呑んで俺を見る中、数回のコール音で電話は簡単に繋がった。

Helloこんにちは

 アジア訛りのない自然ネイティブな英語。
 それもまだ声変わりしたばかりの青年ではない、明らかな大人の男性声。
 認めたくないその事実を突きつけられ、ギリッと噛み締めた奥歯が鳴る。

「誰だお前、電話の持ち主はどうした?」

 皆が言葉の意に気づいて眼を丸くする。
 まさか……本当にアキラが捕まるなんて……
 電話の相手はそれらを嘲るように鼻を鳴らす。
 隠すつもりはないらしい。

『全く、第一声がそれか、君はやはり礼儀という物を知らないらしいな……相手に訊ねる前にまずは自分から名乗るべきじゃないのか?』

「生憎、泥棒に名乗るような名前は持ち合わせていないんだ」

 逆探知。
 視線の指示にロナはシャンっと銀髪を揺らす。

『そうか、それもそうだな。鬼に名など不要か』

「なに?」

 不愉快を誘う、どこか余裕に満ちた態度。
 妙に鼻につくような鬱陶しい喋り方と相まって、俺の声音にも感情が零れる。

『まあいい……君が名乗らないというなら、私もここではオオカミと名乗らせてもらおう、月下の鬼人』

 僅かに右眼を見開く。
 こいつ俺のことを知っているのか?
 それと同時に思い出される。
 俺はこの男の声を知っている。
 半年前、一度しか聞かなかったから忘れていたが。
 FBI所長の側近を務めていたクリムゾンレッドのスーツ。
 断片的だった情報が一気に集約された。

「なるほど……お前が血濡れの狼ブラッディウルフか」

『ほう?私のことをご存じとは、光栄、とでも言っておけば良いのかな?』

 FBI最強と名高いその男は、異名とは裏腹の気取った様子でそう答えた。
 悠然とした態度は、まるで俺達のことなど障害にならないと代弁しているかのようだ。

「何故こんな真似を?秘密を知ってしまったからか?」

『それもある……が、根底を言うならば、お前達がこの国の脅威であると我々が判断したということだ』

「脅威?はっ!大統領の命令の下、お前達と同じようにこの国に尽くしてきた俺達のことをか?」

『貴様達のような犯罪者と一緒にするな……ッ』

 携帯越しにも関わらず、その声を聞いた瞬間、ぞわりッ……と背中に怖気が走る。
 豹変ぶりに意表を突かれ、滲んだ汗が春の夜風で余計に冷たい。
 怒ったというよりも蔑み、侮蔑といった調子。
 余程、同じと称されたことが気に食わなかったらしい。

『国に尽くす?そんなことは当たり前のことだ。それができない犯罪者ゴミなどこの国には……いや、この世界に必要ない。それを貴様達は葬るどころかただいたずらに生かすばかり。何故力を持っていてそれを最大限振るわない?怠惰で浅ましいくせに何が世界最強の部隊だ。しかも大統領に拾われただけの犯罪者風情が我々と同格だと?笑わせる』

 正義感と怨念が入り混じったような言葉に耳を傾けつつ、ちらりと視線を電子端末のレーザーキーボードを叩くロナへ向ける。
 銀髪が電電太鼓のように振れる。

「お前達だって同じ穴のむじなだろ、ウランをくすねようとしたくせに、どの口が正義を語る?」

『略奪ではない。あれは平和維持のために必要な物資だ。それもこれも全て、あの大統領が悪いのだ』

「大統領?」

 何故そこでベアードが出てくる?

『なんだ?まさかお前達何も知らないのか?』

 せせら笑うような言葉に言い知れぬ焦燥感が募る。
 俺達は一度だってベアードの指示に背いたことはない。
 それはアイツが大統領であり、部隊の上司でもあるからだ。
 最初は奴個人を憎み、恨みこそしたが、それでも命令の内容には一度だって疑念を抱いたこと無い。
 その無意識に持っていた信頼が、自分達の盲点であることを初めて認識した。認識させられた気がした。

『最初こそ、お前達はそこらの取るに足らないテロリスト如きに、ちんけな正義を振りかざしていたかもしれない。だが、貴様達は活動拠点を海外へと拡大したかと思えば、我々の庇護下に置かれた現地部隊ばかり狙うとはな……おかげで計画に大きく支障をきたしてしまったよ』

「さっきから何の話しだ?」

 動揺を押し隠すために出した低い声に、苛立ちが籠る。
 庇護下?現地部隊?計画?
 さっきから何を言っているのかさっぱり分からない。
 そもそも俺達が他国で相手取っていた連中のほとんどが、アメリカとは無関係の中東、東南、南米といった人種ばかり。仮にそこにアメリカ人が混じっていれば、すぐに気づくはずだ。
 という俺の思考を読んだかのように、電話越しのオオカミは答えを露わにする。

『半年前からお前達が攻撃していた部隊、あれはギャングでもテロリストでもない。そのほとんどが我々が極秘裏に支配していた現地部隊だったのだ。武器の調達、戦闘の基礎、部隊の連携、それらを叩き込むことによって、アメリカの思想のために役立ってもらう戦士を、お前達は虱潰しらみつぶししていたということだ』

「つまりあれか?俺達は知らず知らずのうちに、お前達が丹精掛けて育てていた火種を消して回ってたってことか?大義名分のためにわざと力を持たせ、戦闘を引き起こして弾圧する。ウランはその抑止力のため、FBIの力を誇示するために使う。それがお前の言うところの計画か?」

 数舜の間が空く。
 俺の推測が図星であったかのように。

『……見た目はそこらのギャングと変わらないと思っていたが、やはり頭は切れるようだ』

「お前らのそのちんけな企みなんざ、ちょっと頭を捻れば誰でも分かる。つーか、散々俺達のことを犯罪者扱いして置いて、お前らだってその犯罪者を活用しているじゃねーか?」

 ロナがようやく『OKだよ』と口パクしてきたことに視線だけで頷く。

犯罪者ゴミには、犯罪者ゴミなりの使い道というものがあるんだ。そう、いま私の隣で眠っているこの青年と同じようにな』

「てめぇ、アキラに何しやがった!?」

『なに、ちょっと眠ってもらっているだけだ。お前達全員を誘きよせるための餌としてな。そのためにわざわざ逆探知の暇さえ与えたのだからな』

 流石に気づかれていたか。
 奇襲といい、一人だったとはいえアキラを人質に取ってしまうほどの手腕。
 FBI最強というのは伊達ではないということか。

「……解せねえな。何故チャンスを与えるようなことをする?それほどの腕があるならば、先の奇襲に乗じてアンタが先陣切っていれば、俺達を倒しきれずとも一人や二人は殺れてたかもしれないってのに」

『チャンスではない。これはあくまでお前達を一人残らず仕留めるための策だ。それに……』

 狼はほんの少しだけ躊躇するような気配を見せる。

『これで部下を生かして返した貸し借りは無しだ、次は容赦しない』

 律儀にそんな殺し文句を言われて俺は、怒りの中に今まで感じたことのない感情が芽生えた。
 共感……同情とでも言うべきか。
 俺にとっての仲間と同じように、奴にも守るべき部下達が居る。
 違うのは思想と立場だけ。
 歯向かう敵に剥き出しの殺意しか向けてこなかった俺にとっては、僅かに戸惑いを覚えるそれをすぐに掻き消すことができなかった。

刻限タイムリミットは朝日が昇るまでだ。投降するなら命は保証しよう。だが、もし姿を現さなければこの青年の命は無いと思え』

 脅しではないその言葉を吐いて、電話は切れた。
 まだ、先の戸惑いから醒めていないというのに……

「ダーリン……」

 僅かに呆けていた俺はロナの声にハッと我に返る。
 視界に映ったのは、月光に照らされている俺の部下達。
 あのオオカミと同じように、俺にとって守らなければならない大切な部下。

「大丈夫?どこか顔色が悪そうだったけど……?」

「あぁ、大丈夫だ。それよりも敵の居場所はどこか分かったのか?」

「まだ車で移動中のようだけど、行先からして恐らくは……」

「連邦捜査局本部……だろ?」

 逆探知せずとも薄々気づいていたその場所に、ロナは小さく頷く。
 ワシントンD.C.にあるFBIの本拠地。
 俺達を迎え撃つには絶好のその場所は、ホワイトハウスから千六百メートル一マイルも離れていない。
 大統領に助けを求めようとしたところで、きっと阻まれてしまうだろう。
 そして、辺りは民家が立て連なる街中。下手に暴れれば、街全体に多大な被害を及ぼしてしまう。
 状況こそ変化したが、それでも俺のやるべきことは変わらないらしい。

「よし、レクストリガー5

「なんだ、隊長?」

 急に作戦で使うコードで呼ばれたレクスが、やや怪訝顔で返事をした。

「これからこの部隊はお前に指揮を任せる。俺の教えた隠れ家まで皆が撤退する指揮を執って欲しい」

「任せるって、隊長はどうするんだよ?」

「俺は……アキラを助けに行く」

 言い放ったその言葉に、周囲の部下達が面食らった表情になる。

「なに言ってんだよ……アキラは皆で救出するに決まってるだろ?」

「いや、時間が無い。お前達が撤退している間に、俺がアキラを救出する。あぁ、悪いがSENTRYセントリー CIVILIANシビリアンは借りていくからお前達は徒歩で────」

 バゴンッ!!

 その一瞬、俺は何が起きたか分からなかった。
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