SEVEN TRIGGER

匿名BB

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月下の鬼人(ワールドエネミー)下

maintenance(クロッシング・アンビション)13

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「……ッ!???」

 一瞬で酔いが醒めた。
 ウェスタンドアの横、ずっと気配を殺していたその人物の囁きに、俺は本能的に飛び退る!
 影の中から姿を現したのは、特徴的なピンクがかった髪を肩まで下ろした少女の姿だった。
 見間違いなんかじゃない……うちの切り込み隊長兼本日料理当番のリーゼリッタ・スカーレットご本人様である。

「リ、リリリリリズッ……!?お、おおおおお前どうしてこんなところに……ッ!!?」

 呂律が回らないのは何もアルコールのせいだけではない。
 今日は用事があるから家を留守にすると言った以外、俺の動向を知るものなんていないはず……
 別にそれは不自然なことではなく、実際にベアードのところや、新たな武器調達関連の視察、単純に外のカフェで仕事したい時などによく言う常套句で、別段不自然に思う奴なんていない。
 だが今日に限っては、ロナからの買い物の誘い、アキラとの鍛錬の話し、ベルのよく分らん魔術の実験(体)などなど、他の隊員達の誘いを断っていた。
 勿論その中にはリズからの夕飯についても含まれている。
 それらすべてを断った上で、今日の俺はレクスとの約束を優先した。
 他の連中ならまだ文句が出る程度で済むかもしれない……だが、ことリズの誘いだけは食事に関するものなだけあって、二人で食事したなんて(ましてや酒を呑んできたなどと)知れれば、一体どんないちゃもんを付けられた上で、マハトマ・ガンディーも真っ青になるような理不尽な暴力を振るわれるか……考えただけで全身に怖気を感じる。

 そんな、酒が入ってロクに回ってない俺の思考の隙を突き、リズがボクサーのようなフロントステップとサイドステップを踏みながら距離を詰めてくる。
 影から飛び出してきたピンキッシュラーテルが、月光で髪や肌を躑躅色つつじいろに染める。その緩急をつけた動きに全く身体が付いていけず……あっと言う間に懐に入られた俺へと────
 バタリッ……
 想像していたよりもずっと軽い衝撃が走る。

「……ッ……?」

 身体には確かに何かが巻き付いているような感覚。
 畏れるあまり眼を瞑っていた俺が、おっかなびっくりまぶたを開けるとそこには……


「えへへぇ!」

「……は?」

 見下ろした先に映っていたのは、頬がだらしなく緩んだ切り込み隊長が、俺にべったりと抱き着いてる姿だった。

「……なッ……!?な、なななな、ななな!?」

 何が起きているんだ!??
 動揺のあまりその言葉が出てこない。
 男嫌いのはずのリズが、微笑みながら俺に抱きついている。
 これは幻覚か……!?

「どうしたのたいちょーそんなに怖い顔して……折角かっこいい見た目が台無しだよー」

 規律が服着て歩いているような厳格さとは正反対の、例えるならベルを彷彿させるような猫撫で声。
 上目遣いに見上げる顔は全体的に赤味がかっており、刃のように鋭いはずの吊り眼が、今はトロン……としている。
 コ、コイツまさか……ッ!?

「お、お前まさか酒を呑んだのか!?この店で!?」

 顔面蒼白の俺が、小さな肩を片手で抑えて問いかけるも、首が座っていないリズは「えへへへッ……」と壊れた人形のように笑い続けている。
 完全な泥酔状態。
 さっき俺に近づいてきた時のステップ……あれはただの千鳥足だったんだ。
 だが、一体いつ店内に……?
 俺が覚えている限り、リズはおろか、女性の姿は無かったはず。
 そもそもこの店は未成年立ち入り禁止(当たり前だが)、リズのような小中学生もどきが入れるはず────

「フォールテッ!」

 目線の高さに腰を落としていた俺の顔を、いきなりリズが両腕で抱き寄せる。
 ほんのりと柔らかな胸の感触、滑らかで透き通るようなピンクの髪質が顔面を包み込む。

「お、おいッ……しっかりしろリズ!気をしっかり持て!」

 正気に戻った時が一番怖いので、ずっと触れていたい感触を必死に引きはがそうとするも……こんな時にいつもの馬鹿力を発揮しているせいで逃げられない。
 端から見れば仲のいいバカップルにも見えなくはないが、幼気な少女の胸に頭を突っ込んだ変質者とも遜色ない。
 それだけリズと密着したおかげで気づいたが、全身に火照りはあるものの、直接的なアルコールの臭いはしなかった。
 それどころか、店内の方から漏れ出している空気の方が多分に含んでいる気さえ────
 そこまで考えて、我ながらあまりにも信じられない仮説に気づいてしまう。

「まさか……この空気に酔ったのか!?酒じゃなくて、酒場の空気に!!?」

 いつからここにいたかは分からないが、リズは何らかの理由で俺達のことを出待ちしていた。その間、この店から漏れ出している気化したアルコールを呼吸し続けた結果。できあがってしまったらしい。
 いやどんだけ弱いんだよ!?

「よってないよー!えっへへ、慌ててるフォルテもカワイイ!」

 なんだこの可愛い生き物は……ッ!?
 普段のリズから想像できない言葉が、とてつもないギャップを生み出していた。
 こんな姿を俺に見せたと知れれば、殺されるなんて生易しい話しでは済まない。
 きっと、未だ世界にはない俺専用の拷問法が確立され、三日三晩と死ぬほどの痛みに晒した後で、なぶり殺しにされるに違いない。
 想像しただけで全身の総毛だつ。
 だ、だだだだ、だがまだ慌てるような時間じゃない。
 よく考えてみろ。これを見たのは俺のみ。あとは誰にも見られていない。
 それに本人は泥酔状態でこのことを覚えているはずがない……と祈るしかない。
 元はと言えば無理矢理呑ませるような疚(やま)しいことは何一つしてから、俺は無実、何も悪くない。
 悪いのは人の体にベタベタデレデレとしているこの可愛い生き物だ。
 そうと決まれば今すぐ退散して────
 本人が正気に戻る前にその場から立ち去ろうとしたその時だった。
 店内の方から複数人の足音が聞こえてきたのは……

「おーし野郎ども!!次の店に行くぞぉぉぉ!!」

 レクス達が会計を終えて、店内から出ようとしていた。
 号令と地鳴りのような大合唱。
 それは……マズい……
 レクスが居るから事件に発展するようなこと……襲われたりは無いとしても、こんな姿を見られたと本人が知れば、きっととてつもないショックに陥ってしまうだろう。
 さらにレクスは酒が強い。多分今のリズを見ても記憶は残っている。
 俺と同じで、普段から理不尽な暴力を被っているレクスが(本人にもだいぶ非はある)こんなキュートなピンキッシュラーテルを見たら、一体どんな辱めを思いつくか……

 あー!!!クソッ……!!

 己が不幸に頭が禿げるくらい掻きむしった俺は、リズを背に抱きかかえた。
 思ってたよりもずっと軽い躯体くたいは、抵抗もなく簡単に寄り掛ってくる。

「わっ……!」

 アトラクションにでも乗せられたかのように、リズは何度か眼を瞬かせる。
 幸い(?)なことに、片腕の俺の背にリズはギュッと身体を密着させてくれた。
 せめて……誰にも見つかりませんように……!
 足を縺れさせながら、俺は足早に帰路に就くのだった。
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