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月下の鬼人(ワールドエネミー)上
Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》14
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カチカチカチカチ────
「あー……」
キーボードを叩く音を聞くたびに、魂が抜け出ていくような感覚に陥る。
いつもと変わらない朝。幾ら眼を擦っても減らない書類達。
「……一息付けるか」
脳内でそう思ったのか、あるいは口から漏れ出たのか分からないその言葉に────
「はい、コーヒー」
「あぁ……さんきゅー」
デスクの横に置かれたコーヒーカップを一瞥すると、湯気から芳醇な挽き立ての豆の香りが漂ってきた。
欠伸と共に口に運ぶと、いつも俺が淹れているオリジナルブレンドの味が、一気に眠気を覚ましてくれる。
パックや粉も捨てがたいが、やはりこうして自分で淹れたコーヒーには敵わない。
何十年も生きてきて、唯一の趣味とも言えるこのコーヒーの味だけは、誰にも負ける気がしない。
って……あれ?俺いまコーヒーなんて淹れたっけ……?
「どう……かな?」
朦朧としていた意識の中、コーヒーを啜りながら横を見ると、そこには銀髪の少女が立っていた。
「────って!?ロ、ロナ!?」
いつの間に部屋に入り込んでいたロナの存在に、ようやく気づいた俺が口からコーヒーを吹き出しそうになる。
「い、いつからそこにいた……?」
可愛い黄色と白のストライプのパジャマに身を包み、コーヒーサーバー片手に立っていたロナに俺がそう訊ねる。
「えっ?さっき入るって言った時、フォルテ返事してなかったっけ?」
と瞳を瞬かせながら首を傾げるロナ。
そう言われてみると、したようなしてないような……
多分、疲れでリモート状態になっていた俺が生返事をしていたのだろう。
我ながら警戒が甘すぎないか……?
「ごめん、疲れで気づいてなかったみたいだ……」
「そうだったんだ……そんなにその書類仕事が大変なら、良かったら私も手伝うけど……」
「え……」
マジで……?
今まで誰一人として言ってくれなかったその優しい一言に、思わず自分の耳を疑う。
天使の囁きとはこのような言葉のことを言うんだろうな……
でも……
「……い、いや……大丈夫だ。これは俺に任された仕事……他の隊員に押し付けることはできない……」
今作っている書類は、ベアードから隊長としての俺に任したものだ。それを横流しにしては隊長としての威厳が下がり、隊の規律にも響きかねない。
それに、一番怖いのは気まぐれなベアードが俺の身勝手に何をするか分からないことだ……
この前なんて、「大統領のところに話しがある」と、外出しようとしていたアキラに定期報告を頼んだだけで、「それは君の仕事だろ?」と、結局夜中の三時にワシントンに行く羽目になったからな……
「……でも……」
「いいから、そんなことはお前が気にしなくていいんだよ……」
頷きかけた頭を左右に振って、俺は邪念と眠気を払う。
これ以上粘られると頷いてしまいかねん……
話しを逸らすべく俺は、手に持っていたマグカップに注がれたコーヒーを見る。
「それよりも、このコーヒーは……」
「うん……」この前フォルテが淹れてくれたブレンドを真似てみたんだけど……不味くはない……?」
不安そうに俺に感想を聞いてくるロナ。
まるで、恋人が初めて手料理を振舞った時のような仕草に気恥ずかしさを感じてしまう。
「あ、あぁ……普通に美味いぞ」
その言葉にロナの表情がぱぁっ!と明るくなる。
お世辞でも何でもなく、素直にそう思うと同時に、俺が数十年積み上げてきた技術を、ものの数日でここまで再現されたことに嫉妬すら覚えるレベルだ。
「ありがとうな、おかげで目が覚めたよ」
「うん、また淹れるから……!」
何故だろう……
少し控えめな感じで笑ったロナの表情は────作り物のように見えた気がした……
「ロナッチー!ちょっと来てもらっていいかにゃー」
「あっ……はーい!じゃあ……またあとでフォルテ……」
ベルにあだ名で呼ばれたロナが部屋を出て行った。
アイツが入って数日、あれほど騒がしかったノーフォークの一軒家は比較的平穏な日常を送っていた。
というのも、新しく加入したロナが、この隊の中でもダントツで気が回るのだ。足りないものがあれば何も言わずに補充し、部屋が汚れていれば掃除をし、要望があれば誰であっても親身になって考えてくれる。まるで……召使い、メイドでも雇った気分だ。
流石は孤児院で長年生活してきただけあって、多人数での生活に慣れているようだった。
そのおかげもあって、最近では包丁やナイフや銃弾が飛ぶこともなく、脱衣所やトイレの前に指向性対人地雷やレーザートラップが仕掛けられることもなく、皆が対立することも少なくなっていた。
最初はオドオドしていて馴染めるのか不安だったが、これなら問題はなさそうだな。
そう思う反面、何故かさっき見せた笑顔が脳裏を過ると同時に……このままで本当にいいのだろうか……と俺の脳は訴えかけてくる。
ロナの気遣いは確かに助かってはいる。はっきり言ってありがたい。
でも、その前に俺達はチームであり、彼女もその一員となったわけだ。
さっきの話しじゃないが……これではロナに仕事を押し付けていることと変わりないんじゃ────
「フォルテッ!!大変だッ!!」
ノックもせずにレクスが駆け込んでくる。
任務以外の約束事には一、二時間は平気で遅れるほど、時間にルーズな彼にしては酷い慌てようだった。
「どうした?またリズの入浴でも覗こうとして、殺されかけているのか?」
血相を見れば、それが朝の挨拶ではないことくらい俺にも分かった。
そうと分かっていても、レクスの告げた言葉に、コーヒー飲んでいた俺の手が止まる。
いや、止めざる得なかった。
「訓練場でアキラが!!他の部隊の奴と一対一(タイマン)でケンカを始めたらしいッ!!」
流し込んだコーヒーの味がまだ喉に残る中、SENTRY CIVILIAN駆け込んだ俺達は、ノーフォーク海軍基地の訓練場────以前オートマタを使って演習した廃ビルの近くまで来ていた。
全周を魔術で生成された透明の防壁に囲まれた廃ビル。
時計を見ると、レクスの連絡からまだ数分しか経っていなかったにも関わらず、大勢の海兵隊員達が防壁に集まって、小さな輪ができていた。その中央からは、けたたましい金属音が絶え間なく木霊している。
まるで野外ライブでも観戦しに来たような騒ぎだ。
しかし聞こえてくるの歓声ではなく、KILL!!KILL!!という物騒な罵声だけだ。
「クソッ!!入っていけねぇ……!!」
野戦服やグリーンのタンクトップの巨漢達が邪魔で中央に行くことができない。
仕方なしに背伸びし、中央で何が起こっているのかを確認すると────ボロボロの黒い野戦服姿のアキラがそこにいた。
「この……ゴキブリ野郎……!!」
片膝と一緒に大剣『オートクレール』を地面に突き立てていたアキラが、日本語でそう吐き捨てていた。
見た目もそうだが英語でないあたり、かなり余裕がないのだろう。
隊の中でも一位二位を争うくらい近接戦闘の得意なアイツが、ここまで苦戦強いられているとは……余程の実力者らしいな。
輪の中にいる、もう一人の人物を確認すると……
「な、なんだアイツは……!?」
その異様な姿に口からそう漏れる。
「あー……」
キーボードを叩く音を聞くたびに、魂が抜け出ていくような感覚に陥る。
いつもと変わらない朝。幾ら眼を擦っても減らない書類達。
「……一息付けるか」
脳内でそう思ったのか、あるいは口から漏れ出たのか分からないその言葉に────
「はい、コーヒー」
「あぁ……さんきゅー」
デスクの横に置かれたコーヒーカップを一瞥すると、湯気から芳醇な挽き立ての豆の香りが漂ってきた。
欠伸と共に口に運ぶと、いつも俺が淹れているオリジナルブレンドの味が、一気に眠気を覚ましてくれる。
パックや粉も捨てがたいが、やはりこうして自分で淹れたコーヒーには敵わない。
何十年も生きてきて、唯一の趣味とも言えるこのコーヒーの味だけは、誰にも負ける気がしない。
って……あれ?俺いまコーヒーなんて淹れたっけ……?
「どう……かな?」
朦朧としていた意識の中、コーヒーを啜りながら横を見ると、そこには銀髪の少女が立っていた。
「────って!?ロ、ロナ!?」
いつの間に部屋に入り込んでいたロナの存在に、ようやく気づいた俺が口からコーヒーを吹き出しそうになる。
「い、いつからそこにいた……?」
可愛い黄色と白のストライプのパジャマに身を包み、コーヒーサーバー片手に立っていたロナに俺がそう訊ねる。
「えっ?さっき入るって言った時、フォルテ返事してなかったっけ?」
と瞳を瞬かせながら首を傾げるロナ。
そう言われてみると、したようなしてないような……
多分、疲れでリモート状態になっていた俺が生返事をしていたのだろう。
我ながら警戒が甘すぎないか……?
「ごめん、疲れで気づいてなかったみたいだ……」
「そうだったんだ……そんなにその書類仕事が大変なら、良かったら私も手伝うけど……」
「え……」
マジで……?
今まで誰一人として言ってくれなかったその優しい一言に、思わず自分の耳を疑う。
天使の囁きとはこのような言葉のことを言うんだろうな……
でも……
「……い、いや……大丈夫だ。これは俺に任された仕事……他の隊員に押し付けることはできない……」
今作っている書類は、ベアードから隊長としての俺に任したものだ。それを横流しにしては隊長としての威厳が下がり、隊の規律にも響きかねない。
それに、一番怖いのは気まぐれなベアードが俺の身勝手に何をするか分からないことだ……
この前なんて、「大統領のところに話しがある」と、外出しようとしていたアキラに定期報告を頼んだだけで、「それは君の仕事だろ?」と、結局夜中の三時にワシントンに行く羽目になったからな……
「……でも……」
「いいから、そんなことはお前が気にしなくていいんだよ……」
頷きかけた頭を左右に振って、俺は邪念と眠気を払う。
これ以上粘られると頷いてしまいかねん……
話しを逸らすべく俺は、手に持っていたマグカップに注がれたコーヒーを見る。
「それよりも、このコーヒーは……」
「うん……」この前フォルテが淹れてくれたブレンドを真似てみたんだけど……不味くはない……?」
不安そうに俺に感想を聞いてくるロナ。
まるで、恋人が初めて手料理を振舞った時のような仕草に気恥ずかしさを感じてしまう。
「あ、あぁ……普通に美味いぞ」
その言葉にロナの表情がぱぁっ!と明るくなる。
お世辞でも何でもなく、素直にそう思うと同時に、俺が数十年積み上げてきた技術を、ものの数日でここまで再現されたことに嫉妬すら覚えるレベルだ。
「ありがとうな、おかげで目が覚めたよ」
「うん、また淹れるから……!」
何故だろう……
少し控えめな感じで笑ったロナの表情は────作り物のように見えた気がした……
「ロナッチー!ちょっと来てもらっていいかにゃー」
「あっ……はーい!じゃあ……またあとでフォルテ……」
ベルにあだ名で呼ばれたロナが部屋を出て行った。
アイツが入って数日、あれほど騒がしかったノーフォークの一軒家は比較的平穏な日常を送っていた。
というのも、新しく加入したロナが、この隊の中でもダントツで気が回るのだ。足りないものがあれば何も言わずに補充し、部屋が汚れていれば掃除をし、要望があれば誰であっても親身になって考えてくれる。まるで……召使い、メイドでも雇った気分だ。
流石は孤児院で長年生活してきただけあって、多人数での生活に慣れているようだった。
そのおかげもあって、最近では包丁やナイフや銃弾が飛ぶこともなく、脱衣所やトイレの前に指向性対人地雷やレーザートラップが仕掛けられることもなく、皆が対立することも少なくなっていた。
最初はオドオドしていて馴染めるのか不安だったが、これなら問題はなさそうだな。
そう思う反面、何故かさっき見せた笑顔が脳裏を過ると同時に……このままで本当にいいのだろうか……と俺の脳は訴えかけてくる。
ロナの気遣いは確かに助かってはいる。はっきり言ってありがたい。
でも、その前に俺達はチームであり、彼女もその一員となったわけだ。
さっきの話しじゃないが……これではロナに仕事を押し付けていることと変わりないんじゃ────
「フォルテッ!!大変だッ!!」
ノックもせずにレクスが駆け込んでくる。
任務以外の約束事には一、二時間は平気で遅れるほど、時間にルーズな彼にしては酷い慌てようだった。
「どうした?またリズの入浴でも覗こうとして、殺されかけているのか?」
血相を見れば、それが朝の挨拶ではないことくらい俺にも分かった。
そうと分かっていても、レクスの告げた言葉に、コーヒー飲んでいた俺の手が止まる。
いや、止めざる得なかった。
「訓練場でアキラが!!他の部隊の奴と一対一(タイマン)でケンカを始めたらしいッ!!」
流し込んだコーヒーの味がまだ喉に残る中、SENTRY CIVILIAN駆け込んだ俺達は、ノーフォーク海軍基地の訓練場────以前オートマタを使って演習した廃ビルの近くまで来ていた。
全周を魔術で生成された透明の防壁に囲まれた廃ビル。
時計を見ると、レクスの連絡からまだ数分しか経っていなかったにも関わらず、大勢の海兵隊員達が防壁に集まって、小さな輪ができていた。その中央からは、けたたましい金属音が絶え間なく木霊している。
まるで野外ライブでも観戦しに来たような騒ぎだ。
しかし聞こえてくるの歓声ではなく、KILL!!KILL!!という物騒な罵声だけだ。
「クソッ!!入っていけねぇ……!!」
野戦服やグリーンのタンクトップの巨漢達が邪魔で中央に行くことができない。
仕方なしに背伸びし、中央で何が起こっているのかを確認すると────ボロボロの黒い野戦服姿のアキラがそこにいた。
「この……ゴキブリ野郎……!!」
片膝と一緒に大剣『オートクレール』を地面に突き立てていたアキラが、日本語でそう吐き捨てていた。
見た目もそうだが英語でないあたり、かなり余裕がないのだろう。
隊の中でも一位二位を争うくらい近接戦闘の得意なアイツが、ここまで苦戦強いられているとは……余程の実力者らしいな。
輪の中にいる、もう一人の人物を確認すると……
「な、なんだアイツは……!?」
その異様な姿に口からそう漏れる。
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