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月下の鬼人(ワールドエネミー)上
Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》12
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思わず俺は右眼を丸くする。
廊下に立っていたのは、セミロングの銀髪を下した少女。
全体的に小綺麗になってはいるが間違いない。
シリコンバレーの亡霊こと、ロナ・バーナードが佇んでいた。
あの時羽織っていたボロ布とは違い、綺麗な黒いキャミソールに白のショートパンツといったラフな格好をしていた。
馬子にも衣裳とはよく言ったものだ。元がかなり良かったこともあったが、身なりが整ったロナは、年相応の幼気な少女といった印象以上のものを受けた。
「……」
ロナは少し俯き気味なまま、何も発さずにモジモジとしている。
一度も日焼けしたこともないような白い肌が、何故かほんのりとピンク色に染まっていた。
「さぁ……遠慮することはない、そこへ腰かけたまえ」
俺一人の時とは雲泥の差で、厳かかつ丁寧な態度でベアードがそう告げたのに対し、コクリッ……と小さく頷いたロナが、申し訳なさそうにテクテクと入ってくる。
「……お、おいッ……!?ちょっと待てベアード……!これは一体どういうことだ!?」
ロナは確かに逮捕された。
悪事を働いたことは事実なのでそれは当然だが、彼女は人に直接被害を加えていないことのデータや、多方面の企業からの圧力を受けていたことから、情状酌量の余地有として、俺からベアードに刑期短縮を訴えていたのだが……
それにしたってここにいるのはおかしい……仮にそれが認められたとしても、こんなに早く拘置所を出れるわけがない!
「どうもなにもない、君の話していたことと資料を読み合わせて、彼女と司法取引をしたのだ……その結果がこれだ」
司法取引。被告人が検察側に協力することを条件に、処分を譲歩するシステムだ。
「君は確か、中間で動ける人材が居なくて困っている。そう言っていたな……」
「あ、あぁ……そうだが……」
眼の前の衝撃に、俺は反射的にそう答えてしまう。
「ならやはり丁度いい……土地代の代わりとして、彼女には君の部隊で働いてもらう……」
「はッ?はぁぁぁぁぁぁぁあ!!?」
勢い余って椅子から立ち上がり、ベアードに向って前のめりになってしまう。
「ただでさえ魑魅魍魎共を制御するのに手一杯だってのにッ!!これ以上面倒見れるわけがないだろッ!!俺は慈善家じゃねぇぞッ!!」
「だが、君の提出してきた書類を読む限り、これほど有能な人材は中々存在しないと思うのだが?」
「うぐッ……」
俺が提出した報告書をひらひらとさせ、不思議そうにそう告げるベアード。
確かにロナについて、大変優秀であることを報告書に記載していた。
それは嘘ではなかったが、あくまでそう報告したのは、街をあれだけ混乱させた責任を押し付けるためであり、決してその有能性を訴えるわけではなかった。
一枚でも書類を減らしたい……その一心でそう書いてしまった自分が憎い……
「だ、だからって、たかが司法取引で数年の禁固刑が全てチャラになるのはおかしいだろ!?どんなに良くても刑期が多少変化するだけで、無罪や責任能力が無いと判断されない限りは、ここで手錠をしてないこと自体が異常だ!!」
拘束どころか監視もいない、完全に自由な状態の少女。
武装こそしてないが、コイツがいつあの時のようにいつ牙を剥くかわからないのに……不用心にも程がある!
まるで、お腹いっぱいだから大丈夫と、猛獣を檻の外に出している気分だ。
「確かに君の言っていることは正論だ。いくら未成年とはいえ、ことがことだ。普通は許されない。普通ならな……」
「……どういうことだ……?」
含みのある言い方に、俺の対面に座ったロナが俯く。
チラッと横目に映ったその表情は、見たことがある。あれは確か、彼女が「ロア」とやらについて話していた時のものと同じだ。
「彼女、ロナ・バーナードには、別の人格が備わっていることが分かったのだ……その名も「ロア」。戦闘時など、自身が危機に晒された時に発現するらしく……今のお淑やかな彼女とは別で、好戦的かつ狂暴な性格と入れ替わるらしい……実証実験として、一か月前に君を捕らえたアメリカ合衆国シークレットサービスの隊員と戦わせてみたが、見事に打ち勝っていたぞ……」
マジかよ……
二重人格。
普通の人では有り得ないロナの優れた戦闘能力とハッキングには、そんな理由があったのか……
あの時、ロナが言っていた「私であって私ではない」っていのはそういうことだったのか……
「そしてその結果、彼女は二重人格であることが正式に認められ、事件を起こしたのもロアの責任であることが証明された……よって、彼女は自由の身となった……保護観察を条件としてな……」
嘘だ。
あの事件はロナが仕方なくやったことであり、どちらかというとロアの方が関係ないのだ……
コイツ……わざわざ俺の部隊に引き入れたいがためだけに、都合のいいように話を丸めやがったんだ……!
「だ、だが……俺の今やっている中間職をこいつに任せるのは、少々荷が重いと思うんだが……?」
「君と同等の戦闘力を保有していると報告書には書いてあるのにか?」
なにくそ真面目に書いてんだ!?俺!!
「ましてや最近ファンクションキーの使い方を覚えた君と違い、大手企業の口座や街のライフラインにすらハッキングできる、デミゴット級のクラッカーである彼女に、君の仕事が務まらないとでもいうのか……?」
いちいち癪に障る物言いしかできない奴だな……!
コントロールキーやオルトの使い方も覚えたわ!ボケッ!
「そうじゃねーよ!……その……あれだ、俺の仕事なんてろくでもないから、ロナ一人だと危ないって……言いたいだけだ……」
苦し紛れにそう告げると、ニヤリ……とベアードが悪魔のような笑みを見せたような気がした……
「君ならそう言うと思って、あらかじめもう一人用意してある」
「も、もう一人……だと!?」
ガキ、幼女、ナルシスト、猫、二重人格、これ以上に何を増やそうってんだ!?
「まあ奴については追々伝えるとして、それで?どうなんだ?」
「冗談じゃねーよ!!やってられるか!!」
三白眼で激昂する俺が、執務室の外に向かおうとすると、背後から、ずっと押し黙っていたロナが口を開いた。
「……やっぱり、私なんか迷惑だよね……」
ぶるぶると効果音が聞こえてきそうなほど震えた声に、足が止まる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
謝るロナがペコペコと頭を何度も下げる。
見ていなくてもそれが伝わってくる……
なんだよそれ……そんなの反則だろ……
これで断ったら俺が悪者みたいじゃねーか……
涙目の子猫を前に、俺は頭を掻きむしる。
「あぁぁぁぁぁ!!分かった……!分かったからその謝るのをやめてくれ!」
「いいんですか……!?」
涙目のロナが上目遣いに見上げてくる。
ちくしょう……男ならぶん殴ってるってのにッ……可愛いやつだなコイツッ……
「勝手にしろッ……ほかの連中が何て言うかは知らんけど……ただし、一つ条件がある!」
もう、今更一人や二人増えたところで何も変わらない、そう開き直った俺は後ろに振り返り、ロナのことを見下ろす。
「その何度も謝る癖はやめろ。素直なのは確かにいいことだが、愚直なのは考えものだぞ?もっとこう……てめえの行いに自信を持て……!」
「は、はい……ごめんなさい……」
「返事は「はい」だけでいい!」
「あっ、はい……ごめんなさい……あっ……その……」
両手をせこせこ動かしながら、何度も謝ろうとしてしまうロナ。
おいおい、俺の言っていることしっかり理解できているのか……?
「……それで、コイツと一体何の司法取引を交わしたんだ?」
ベアードの奇想天外な提案に、呆れて頭を抱える俺がそう訊ねる。
「ふっ……聞いて驚くな、実は彼女は────」
廊下に立っていたのは、セミロングの銀髪を下した少女。
全体的に小綺麗になってはいるが間違いない。
シリコンバレーの亡霊こと、ロナ・バーナードが佇んでいた。
あの時羽織っていたボロ布とは違い、綺麗な黒いキャミソールに白のショートパンツといったラフな格好をしていた。
馬子にも衣裳とはよく言ったものだ。元がかなり良かったこともあったが、身なりが整ったロナは、年相応の幼気な少女といった印象以上のものを受けた。
「……」
ロナは少し俯き気味なまま、何も発さずにモジモジとしている。
一度も日焼けしたこともないような白い肌が、何故かほんのりとピンク色に染まっていた。
「さぁ……遠慮することはない、そこへ腰かけたまえ」
俺一人の時とは雲泥の差で、厳かかつ丁寧な態度でベアードがそう告げたのに対し、コクリッ……と小さく頷いたロナが、申し訳なさそうにテクテクと入ってくる。
「……お、おいッ……!?ちょっと待てベアード……!これは一体どういうことだ!?」
ロナは確かに逮捕された。
悪事を働いたことは事実なのでそれは当然だが、彼女は人に直接被害を加えていないことのデータや、多方面の企業からの圧力を受けていたことから、情状酌量の余地有として、俺からベアードに刑期短縮を訴えていたのだが……
それにしたってここにいるのはおかしい……仮にそれが認められたとしても、こんなに早く拘置所を出れるわけがない!
「どうもなにもない、君の話していたことと資料を読み合わせて、彼女と司法取引をしたのだ……その結果がこれだ」
司法取引。被告人が検察側に協力することを条件に、処分を譲歩するシステムだ。
「君は確か、中間で動ける人材が居なくて困っている。そう言っていたな……」
「あ、あぁ……そうだが……」
眼の前の衝撃に、俺は反射的にそう答えてしまう。
「ならやはり丁度いい……土地代の代わりとして、彼女には君の部隊で働いてもらう……」
「はッ?はぁぁぁぁぁぁぁあ!!?」
勢い余って椅子から立ち上がり、ベアードに向って前のめりになってしまう。
「ただでさえ魑魅魍魎共を制御するのに手一杯だってのにッ!!これ以上面倒見れるわけがないだろッ!!俺は慈善家じゃねぇぞッ!!」
「だが、君の提出してきた書類を読む限り、これほど有能な人材は中々存在しないと思うのだが?」
「うぐッ……」
俺が提出した報告書をひらひらとさせ、不思議そうにそう告げるベアード。
確かにロナについて、大変優秀であることを報告書に記載していた。
それは嘘ではなかったが、あくまでそう報告したのは、街をあれだけ混乱させた責任を押し付けるためであり、決してその有能性を訴えるわけではなかった。
一枚でも書類を減らしたい……その一心でそう書いてしまった自分が憎い……
「だ、だからって、たかが司法取引で数年の禁固刑が全てチャラになるのはおかしいだろ!?どんなに良くても刑期が多少変化するだけで、無罪や責任能力が無いと判断されない限りは、ここで手錠をしてないこと自体が異常だ!!」
拘束どころか監視もいない、完全に自由な状態の少女。
武装こそしてないが、コイツがいつあの時のようにいつ牙を剥くかわからないのに……不用心にも程がある!
まるで、お腹いっぱいだから大丈夫と、猛獣を檻の外に出している気分だ。
「確かに君の言っていることは正論だ。いくら未成年とはいえ、ことがことだ。普通は許されない。普通ならな……」
「……どういうことだ……?」
含みのある言い方に、俺の対面に座ったロナが俯く。
チラッと横目に映ったその表情は、見たことがある。あれは確か、彼女が「ロア」とやらについて話していた時のものと同じだ。
「彼女、ロナ・バーナードには、別の人格が備わっていることが分かったのだ……その名も「ロア」。戦闘時など、自身が危機に晒された時に発現するらしく……今のお淑やかな彼女とは別で、好戦的かつ狂暴な性格と入れ替わるらしい……実証実験として、一か月前に君を捕らえたアメリカ合衆国シークレットサービスの隊員と戦わせてみたが、見事に打ち勝っていたぞ……」
マジかよ……
二重人格。
普通の人では有り得ないロナの優れた戦闘能力とハッキングには、そんな理由があったのか……
あの時、ロナが言っていた「私であって私ではない」っていのはそういうことだったのか……
「そしてその結果、彼女は二重人格であることが正式に認められ、事件を起こしたのもロアの責任であることが証明された……よって、彼女は自由の身となった……保護観察を条件としてな……」
嘘だ。
あの事件はロナが仕方なくやったことであり、どちらかというとロアの方が関係ないのだ……
コイツ……わざわざ俺の部隊に引き入れたいがためだけに、都合のいいように話を丸めやがったんだ……!
「だ、だが……俺の今やっている中間職をこいつに任せるのは、少々荷が重いと思うんだが……?」
「君と同等の戦闘力を保有していると報告書には書いてあるのにか?」
なにくそ真面目に書いてんだ!?俺!!
「ましてや最近ファンクションキーの使い方を覚えた君と違い、大手企業の口座や街のライフラインにすらハッキングできる、デミゴット級のクラッカーである彼女に、君の仕事が務まらないとでもいうのか……?」
いちいち癪に障る物言いしかできない奴だな……!
コントロールキーやオルトの使い方も覚えたわ!ボケッ!
「そうじゃねーよ!……その……あれだ、俺の仕事なんてろくでもないから、ロナ一人だと危ないって……言いたいだけだ……」
苦し紛れにそう告げると、ニヤリ……とベアードが悪魔のような笑みを見せたような気がした……
「君ならそう言うと思って、あらかじめもう一人用意してある」
「も、もう一人……だと!?」
ガキ、幼女、ナルシスト、猫、二重人格、これ以上に何を増やそうってんだ!?
「まあ奴については追々伝えるとして、それで?どうなんだ?」
「冗談じゃねーよ!!やってられるか!!」
三白眼で激昂する俺が、執務室の外に向かおうとすると、背後から、ずっと押し黙っていたロナが口を開いた。
「……やっぱり、私なんか迷惑だよね……」
ぶるぶると効果音が聞こえてきそうなほど震えた声に、足が止まる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
謝るロナがペコペコと頭を何度も下げる。
見ていなくてもそれが伝わってくる……
なんだよそれ……そんなの反則だろ……
これで断ったら俺が悪者みたいじゃねーか……
涙目の子猫を前に、俺は頭を掻きむしる。
「あぁぁぁぁぁ!!分かった……!分かったからその謝るのをやめてくれ!」
「いいんですか……!?」
涙目のロナが上目遣いに見上げてくる。
ちくしょう……男ならぶん殴ってるってのにッ……可愛いやつだなコイツッ……
「勝手にしろッ……ほかの連中が何て言うかは知らんけど……ただし、一つ条件がある!」
もう、今更一人や二人増えたところで何も変わらない、そう開き直った俺は後ろに振り返り、ロナのことを見下ろす。
「その何度も謝る癖はやめろ。素直なのは確かにいいことだが、愚直なのは考えものだぞ?もっとこう……てめえの行いに自信を持て……!」
「は、はい……ごめんなさい……」
「返事は「はい」だけでいい!」
「あっ、はい……ごめんなさい……あっ……その……」
両手をせこせこ動かしながら、何度も謝ろうとしてしまうロナ。
おいおい、俺の言っていることしっかり理解できているのか……?
「……それで、コイツと一体何の司法取引を交わしたんだ?」
ベアードの奇想天外な提案に、呆れて頭を抱える俺がそう訊ねる。
「ふっ……聞いて驚くな、実は彼女は────」
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